【完結】余命一カ月の魔法使いは我儘に生きる

大森 樹

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後編

29 知らない香り

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 ユリウスとルビーが夫婦になって早くも三ヶ月。二人は相変わらず、とても仲良く穏やかに暮らしていた。

 ラハティ公爵領ではルビーたち薬師や他の医師たちによって、順調に医療の発展を遂げていた。

「陛下に相談して、エルドア村にも医師を派遣することが決まりましたよ。ちょうど隣町出身の若い医師がいたそうで、うまく調整ができました」
「そうでしたか。安心いたしました」

 ユリウスは、自分の領地の高い医療技術を全ての地域に行き渡らせるように奮闘していた。

「ルビーの本もとても評判です。作ってくださりありがとうございます」
「それは良かったです」

 ルビーは自分の薬の知識を一冊の本にした。専門知識のいる難しいものや危険なものは省いて、簡単な治療に使ったり作れるものを書いたのだ。

「陛下がいたく感謝されていました。この本のおかげで救われる命があると」
「勿体無いお言葉です」

 ルビーはへへへと照れたように微笑んだ。

「……ルビーは休みでしたね。私も今日は早く帰れそうです」
「そ、そうですか」
「夜はゆっくりしましょう」

 耳元で囁かれて、ルビーは真っ赤に頬を染めた。その言葉はユリウスの『愛し合う』宣言だからだ。

「そんな可愛らしい顔をされては、仕事に行きたくなくなりますね」

 ユリウスにそんなことを言われて、ルビーはドキドキして胸がきゅっと締め付けられた。

「……続きは後で」

 わざとリップ音を鳴らしキスをしたユリウスの顔は、とても色っぽかった。ルビーと歳の差はあれど、年々渋く格好良くなるユリウスにずっと胸がときめきっぱなしだった。

「うう、格好良すぎます」

 ユリウスを見送った後、へにゃりと床にしゃがみ込んだルビーを使用人たちは微笑ましく見ていた。

「確かに最近の旦那様は艶が違いますね」
「そうですよね!」
「ええ、若い頃もたくさんの貴族令嬢たちを骨抜きにされてきましたが……その時とはまた違う洗練された深みが出てこられました」
「若い頃のユリウスもさぞ素敵だったのでしょうね」

 ユリウスが御令嬢方から絶大な人気があったことは噂で知っているが、彼と出逢った時にはもう落ち着いた年齢になっていたのでルビーは昔の姿を想像することしかできなかった。

「旦那様の若い頃の肖像画が残っていますよ。ご覧になられますか」
「ええ、それは是非見せてください!」

 ルビーは倉庫にしまわれていたたくさんの肖像画を見て、叫び声をあげていた。

「うわぁ……これは幼少期のものですね。可愛いです。天使みたい」

 両親と一緒に描いてあるユリウスの幼い頃の姿は、とても愛らしかった。

「すごい。この時からもう美丈夫ですね」

 これは騎士になったばかりの頃だろう。短く切り揃えた髪で、袖や襟に飾りの少ないシンプルな隊服を着ている姿だった。凛々しい顔で真っ直ぐ向いているが、まだ身体が細めだ。

「次は……」
「奥様、それはだめです!」

 侍女たちが慌てて止めに入ったが、ルビーはそれを見てしまった。

「これは……結婚式のですね。ナターシャ様、とてもお綺麗です。ユリウスも、とても格好良い」

 ルビーは愛おしそうにそっとその絵を指でなぞった。

「配慮ができずに申し訳ありません。私たちが先に除いておくべきでした」
「いいえ、お気になさらないでください。ユリウスからナターシャ様のことを聞いています。わたしは、彼女と結婚していたユリウスを好きになったのですから」

 流石に禁止されている魔法を使ってナターシャ本人と話したことを、ルビーは使用人たちに言うことはできなかった。

「これはお二人の大事な想い出ですから、大切に保管してください」
「はい。奥様……ありがとうございます」

 歴の長い侍女の中には、ナターシャに仕えていた者もいる。その者たちは、亡きナターシャを思い出しそっと涙を拭いた。

「見せていただきありがとうございます。とっても貴重なものが見れました」

 ルビーは今まで知らなかったユリウスのことを知れて、とても嬉しかった。

 使用人たちは気にしてくれているが、ルビーにはナターシャに対して嫌な気持ちになる感覚がわからなかった。むしろ、彼女へは感謝と尊敬の気持ちでいっぱいだ。

 ナターシャのおかげで、ラハティ公爵領は医療が発展し領民たちは健康に幸せに暮らしているのだから。

♢♢♢

「ルビー、ただいま帰りました」
「おかえりなさい」

 約束通り早く帰ってきたユリウスを出迎え、二人で一緒に晩御飯を食べた。

「そういえば、今日は倉庫にある肖像画を見ました! 幼い頃のユリウスは、とっっても可愛かったです」

 天使のような顔の幼いユリウスを思い出しながら、ルビーはふふふと笑った。

「え……あれを見たのですか?」
「はい!」
「なんだか恥ずかしいですね」

 ユリウスは口元を手で隠しながら、照れていた。

「あの頃のユリウスに出逢っていたら、私は絶対に猫可愛がりしています!」

 力強くそう宣言すると、ユリウスはこほんと咳払いをした。

「……それは困りますね」
「どうしてですか?」
「どちらかといえば、私ルビーを可愛がりたいので」

 さらりととんでもないことを言われて、ルビーは真っ赤に頬を染めた。

 席を立ったユリウスは、ルビーのそばまで近付いて「寝室で待っています」と囁いてリビングを出て行った。

 その時にふわりと甘い香水の匂いがして、ルビーの胸はザワザワと苦しくなった。なぜならそれは、明らかに女性ものの香りだったからだ。





 
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