29 / 38
後編
29 知らない香り
しおりを挟む
ユリウスとルビーが夫婦になって早くも三ヶ月。二人は相変わらず、とても仲良く穏やかに暮らしていた。
ラハティ公爵領ではルビーたち薬師や他の医師たちによって、順調に医療の発展を遂げていた。
「陛下に相談して、エルドア村にも医師を派遣することが決まりましたよ。ちょうど隣町出身の若い医師がいたそうで、うまく調整ができました」
「そうでしたか。安心いたしました」
ユリウスは、自分の領地の高い医療技術を全ての地域に行き渡らせるように奮闘していた。
「ルビーの本もとても評判です。作ってくださりありがとうございます」
「それは良かったです」
ルビーは自分の薬の知識を一冊の本にした。専門知識のいる難しいものや危険なものは省いて、簡単な治療に使ったり作れるものを書いたのだ。
「陛下がいたく感謝されていました。この本のおかげで救われる命があると」
「勿体無いお言葉です」
ルビーはへへへと照れたように微笑んだ。
「……ルビーは休みでしたね。私も今日は早く帰れそうです」
「そ、そうですか」
「夜はゆっくりしましょう」
耳元で囁かれて、ルビーは真っ赤に頬を染めた。その言葉はユリウスの『愛し合う』宣言だからだ。
「そんな可愛らしい顔をされては、仕事に行きたくなくなりますね」
ユリウスにそんなことを言われて、ルビーはドキドキして胸がきゅっと締め付けられた。
「……続きは後で」
わざとリップ音を鳴らしキスをしたユリウスの顔は、とても色っぽかった。ルビーと歳の差はあれど、年々渋く格好良くなるユリウスにずっと胸がときめきっぱなしだった。
「うう、格好良すぎます」
ユリウスを見送った後、へにゃりと床にしゃがみ込んだルビーを使用人たちは微笑ましく見ていた。
「確かに最近の旦那様は艶が違いますね」
「そうですよね!」
「ええ、若い頃もたくさんの貴族令嬢たちを骨抜きにされてきましたが……その時とはまた違う洗練された深みが出てこられました」
「若い頃のユリウスもさぞ素敵だったのでしょうね」
ユリウスが御令嬢方から絶大な人気があったことは噂で知っているが、彼と出逢った時にはもう落ち着いた年齢になっていたのでルビーは昔の姿を想像することしかできなかった。
「旦那様の若い頃の肖像画が残っていますよ。ご覧になられますか」
「ええ、それは是非見せてください!」
ルビーは倉庫にしまわれていたたくさんの肖像画を見て、叫び声をあげていた。
「うわぁ……これは幼少期のものですね。可愛いです。天使みたい」
両親と一緒に描いてあるユリウスの幼い頃の姿は、とても愛らしかった。
「すごい。この時からもう美丈夫ですね」
これは騎士になったばかりの頃だろう。短く切り揃えた髪で、袖や襟に飾りの少ないシンプルな隊服を着ている姿だった。凛々しい顔で真っ直ぐ向いているが、まだ身体が細めだ。
「次は……」
「奥様、それはだめです!」
侍女たちが慌てて止めに入ったが、ルビーはそれを見てしまった。
「これは……結婚式のですね。ナターシャ様、とてもお綺麗です。ユリウスも、とても格好良い」
ルビーは愛おしそうにそっとその絵を指でなぞった。
「配慮ができずに申し訳ありません。私たちが先に除いておくべきでした」
「いいえ、お気になさらないでください。ユリウスからナターシャ様のことを聞いています。わたしは、彼女と結婚していたユリウスを好きになったのですから」
流石に禁止されている魔法を使ってナターシャ本人と話したことを、ルビーは使用人たちに言うことはできなかった。
「これはお二人の大事な想い出ですから、大切に保管してください」
「はい。奥様……ありがとうございます」
歴の長い侍女の中には、ナターシャに仕えていた者もいる。その者たちは、亡きナターシャを思い出しそっと涙を拭いた。
「見せていただきありがとうございます。とっても貴重なものが見れました」
ルビーは今まで知らなかったユリウスのことを知れて、とても嬉しかった。
使用人たちは気にしてくれているが、ルビーにはナターシャに対して嫌な気持ちになる感覚がわからなかった。むしろ、彼女へは感謝と尊敬の気持ちでいっぱいだ。
ナターシャのおかげで、ラハティ公爵領は医療が発展し領民たちは健康に幸せに暮らしているのだから。
♢♢♢
「ルビー、ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
約束通り早く帰ってきたユリウスを出迎え、二人で一緒に晩御飯を食べた。
「そういえば、今日は倉庫にある肖像画を見ました! 幼い頃のユリウスは、とっっても可愛かったです」
天使のような顔の幼いユリウスを思い出しながら、ルビーはふふふと笑った。
「え……あれを見たのですか?」
「はい!」
「なんだか恥ずかしいですね」
ユリウスは口元を手で隠しながら、照れていた。
「あの頃のユリウスに出逢っていたら、私は絶対に猫可愛がりしています!」
力強くそう宣言すると、ユリウスはこほんと咳払いをした。
「……それは困りますね」
「どうしてですか?」
「どちらかといえば、私がルビーを可愛がりたいので」
さらりととんでもないことを言われて、ルビーは真っ赤に頬を染めた。
席を立ったユリウスは、ルビーのそばまで近付いて「寝室で待っています」と囁いてリビングを出て行った。
その時にふわりと甘い香水の匂いがして、ルビーの胸はザワザワと苦しくなった。なぜならそれは、明らかに女性ものの香りだったからだ。
ラハティ公爵領ではルビーたち薬師や他の医師たちによって、順調に医療の発展を遂げていた。
「陛下に相談して、エルドア村にも医師を派遣することが決まりましたよ。ちょうど隣町出身の若い医師がいたそうで、うまく調整ができました」
「そうでしたか。安心いたしました」
ユリウスは、自分の領地の高い医療技術を全ての地域に行き渡らせるように奮闘していた。
「ルビーの本もとても評判です。作ってくださりありがとうございます」
「それは良かったです」
ルビーは自分の薬の知識を一冊の本にした。専門知識のいる難しいものや危険なものは省いて、簡単な治療に使ったり作れるものを書いたのだ。
「陛下がいたく感謝されていました。この本のおかげで救われる命があると」
「勿体無いお言葉です」
ルビーはへへへと照れたように微笑んだ。
「……ルビーは休みでしたね。私も今日は早く帰れそうです」
「そ、そうですか」
「夜はゆっくりしましょう」
耳元で囁かれて、ルビーは真っ赤に頬を染めた。その言葉はユリウスの『愛し合う』宣言だからだ。
「そんな可愛らしい顔をされては、仕事に行きたくなくなりますね」
ユリウスにそんなことを言われて、ルビーはドキドキして胸がきゅっと締め付けられた。
「……続きは後で」
わざとリップ音を鳴らしキスをしたユリウスの顔は、とても色っぽかった。ルビーと歳の差はあれど、年々渋く格好良くなるユリウスにずっと胸がときめきっぱなしだった。
「うう、格好良すぎます」
ユリウスを見送った後、へにゃりと床にしゃがみ込んだルビーを使用人たちは微笑ましく見ていた。
「確かに最近の旦那様は艶が違いますね」
「そうですよね!」
「ええ、若い頃もたくさんの貴族令嬢たちを骨抜きにされてきましたが……その時とはまた違う洗練された深みが出てこられました」
「若い頃のユリウスもさぞ素敵だったのでしょうね」
ユリウスが御令嬢方から絶大な人気があったことは噂で知っているが、彼と出逢った時にはもう落ち着いた年齢になっていたのでルビーは昔の姿を想像することしかできなかった。
「旦那様の若い頃の肖像画が残っていますよ。ご覧になられますか」
「ええ、それは是非見せてください!」
ルビーは倉庫にしまわれていたたくさんの肖像画を見て、叫び声をあげていた。
「うわぁ……これは幼少期のものですね。可愛いです。天使みたい」
両親と一緒に描いてあるユリウスの幼い頃の姿は、とても愛らしかった。
「すごい。この時からもう美丈夫ですね」
これは騎士になったばかりの頃だろう。短く切り揃えた髪で、袖や襟に飾りの少ないシンプルな隊服を着ている姿だった。凛々しい顔で真っ直ぐ向いているが、まだ身体が細めだ。
「次は……」
「奥様、それはだめです!」
侍女たちが慌てて止めに入ったが、ルビーはそれを見てしまった。
「これは……結婚式のですね。ナターシャ様、とてもお綺麗です。ユリウスも、とても格好良い」
ルビーは愛おしそうにそっとその絵を指でなぞった。
「配慮ができずに申し訳ありません。私たちが先に除いておくべきでした」
「いいえ、お気になさらないでください。ユリウスからナターシャ様のことを聞いています。わたしは、彼女と結婚していたユリウスを好きになったのですから」
流石に禁止されている魔法を使ってナターシャ本人と話したことを、ルビーは使用人たちに言うことはできなかった。
「これはお二人の大事な想い出ですから、大切に保管してください」
「はい。奥様……ありがとうございます」
歴の長い侍女の中には、ナターシャに仕えていた者もいる。その者たちは、亡きナターシャを思い出しそっと涙を拭いた。
「見せていただきありがとうございます。とっても貴重なものが見れました」
ルビーは今まで知らなかったユリウスのことを知れて、とても嬉しかった。
使用人たちは気にしてくれているが、ルビーにはナターシャに対して嫌な気持ちになる感覚がわからなかった。むしろ、彼女へは感謝と尊敬の気持ちでいっぱいだ。
ナターシャのおかげで、ラハティ公爵領は医療が発展し領民たちは健康に幸せに暮らしているのだから。
♢♢♢
「ルビー、ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
約束通り早く帰ってきたユリウスを出迎え、二人で一緒に晩御飯を食べた。
「そういえば、今日は倉庫にある肖像画を見ました! 幼い頃のユリウスは、とっっても可愛かったです」
天使のような顔の幼いユリウスを思い出しながら、ルビーはふふふと笑った。
「え……あれを見たのですか?」
「はい!」
「なんだか恥ずかしいですね」
ユリウスは口元を手で隠しながら、照れていた。
「あの頃のユリウスに出逢っていたら、私は絶対に猫可愛がりしています!」
力強くそう宣言すると、ユリウスはこほんと咳払いをした。
「……それは困りますね」
「どうしてですか?」
「どちらかといえば、私がルビーを可愛がりたいので」
さらりととんでもないことを言われて、ルビーは真っ赤に頬を染めた。
席を立ったユリウスは、ルビーのそばまで近付いて「寝室で待っています」と囁いてリビングを出て行った。
その時にふわりと甘い香水の匂いがして、ルビーの胸はザワザワと苦しくなった。なぜならそれは、明らかに女性ものの香りだったからだ。
396
お気に入りに追加
1,051
あなたにおすすめの小説
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。
そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。
そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。
「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」
そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。
かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが…
※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。
ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。
よろしくお願いしますm(__)m
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中

愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】
幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。
そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。
クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる