27 / 38
後編
27 門出
しおりを挟む
「私が王家に婚姻届を出せば、その瞬間から正式な夫婦になります」
「はい」
貴族の結婚には必ず王家の承認がいるので、国に婚姻届を出さなくてはならない。ルビーは平民なので、妻の欄には正式な身分証明など付けずにサインのみの提出でいいらしい。
「覚悟はいいですか?」
「はい! ユリウスの奥さんになれるなんて、とっっても嬉しいです」
ルビーは嬉しそうに目を細めた。ユリウスも同じように目を細め、そのまま唇にキスをした。
「私も嬉しいです」
「わたしの方が嬉しいです! だってユリウスのことが大大大好きですから」
素直でストレートな言葉に、ユリウスは声をあげて笑った。
「はは、私も……大大大好きですよ」
「じゃあ、私はもっとです。ユリウスのことが大大大だーい好きです!」
たぶん外から見たら、お互い好きだと言い合うなんていい歳の大人がイチャイチャして……何を馬鹿なことを言っているんだと思われるだろう。
だけど、ユリウスは幸せだった。自分が彼女を好きになり、彼女も自分を好きでいてくれている。それは奇跡のように尊いものだと感じていたからだ。
「仕事が終わったら、なるべく早く帰ります。明日は休みですからゆっくりしましょう」
「はい。わたしは明日もお休みをいただきました」
「それは良かった。では行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
ユリウスを見送ると、たくさんのニコニコした侍女たちがルビーの周りを取り囲んだ。
「みなさん、どうされたのですか?」
「奥様、今日は忙しいですわ」
「……え?」
今日のルビーは、ユリウスが帰るまでは特に何の用事もないはずだった。
「さあ、部屋に行きましょう!」
よくわからないまま自室に戻ると、ルビーは数人の侍女に身ぐるみを剥がされた。
「きゃあっ、恥ずかしいです!」
「大丈夫です。貴族の女性はみんなしていることです。我々にお任せくださいませ」
「わ、わ、わたしは平民です」
「ふふふ、またそんなことを。奥様は公爵夫人ですから立派な貴族です」
笑顔で言いくるめられて、まずはお風呂に入れられて隅々まで洗われてしまった。その後はマッサージ、爪や髪の手入れなど……全身をピカピカに磨くつもりらしい。
初めてユリウスと一緒の部屋で寝ると言った日もエルヴィは侍女たちに色々とされたが、さすがにここまでではなかった。
しかし慣れとは恐ろしいもので……時間が経つとだんだんと恥ずかしさも薄れてきて、温かくて気持ちがいいマッサージにうとうとと眠たくなってくる。
「奥様、寝てもよろしゅうございますよ」
「ごめんなさい……あまりに……ここちよくて……」
「ふふ、今のうちに休んでくださいませ。今夜は旦那様がお離しにならないでしょうから」
「どういう意味……ですか?」
「ふふ、夜になればわかりますよ」
弾んだ声で口々にそのようなことを言う侍女たちの声を聞きながら、ルビーは眠りについた。
そしてハッと起きた時は数時間が経過しており、ルビーは自分とは思えないほど綺麗になっていた。
「なんか顔が小さくなって、目もぱっちりして見えます」
「奥様の元が良いからですよ」
「侍女のお仕事ってすごいですね! まるで魔法をかけられたみたいです」
「いえいえ、そんな」
ルビーが子どものように目を輝かせて何度も褒めるので、侍女たちも嬉しくなって照れていた。
「さあ、最後の仕上げですわ」
「これ以上にですか?」
「ええ。今夜はお二人にとって特別な日ですから」
♢♢♢
「……はあ。やっと帰れる」
ユリウスは婚姻届を出す際に、国王陛下に色々と言われて疲れ切っていた。
「何度結婚を勧めても無視をしていたのに、あまりにも急ではないか」
確かにユリウスは王家から何度も見合いの打診を受けていた。それは騎士団長であり、公爵でもあるユリウスに後継がいないことを心配してのことだった。
「……はい。生涯を共にしたい人とやっと巡り逢いましたので」
「まさか平民で、しかも一回り以上若い女性を娶るとは。お前には驚かされるな」
そう言われたが、一番驚いているのはユリウス自身だ。彼女に逢う前は、結婚は二度としないと心に決めていたのだから。
「結婚式をしないそうだな。一度王宮に連れて来い。祝いを用意しておく」
「……温かいお言葉をいただき幸せにございますが、妻は平民で作法がわからぬ故失礼になってはいけません。お気持ちだけいただき、遠慮させていただきます」
ユリウスは恭しく頭を下げた。ここで引くわけにはいかない。なぜなら、国王はエルヴィの顔を知っているのだから。
「なんだ? 可愛い妻を人に見せたくないのか。堅物なお前にそんな人並みの感情があるとはな」
くっくっく、と国王は揶揄うように笑った。
「年甲斐もなくお恥ずかしい限りですが、その通りでございます。彼女には、私以外見て欲しくありませんので」
淡々とそう言い返すと、国王は少し哀しそうに目を細めた。
「……エルヴィ」
いきなりそう呟いた声が聞こえて、ユリウスは驚いて目を見開いた。自分の妻がエルヴィだと気付かれたと思ったからだ。
「いや、エルヴィが生きているうちに……お前ともっと早く縁を結ばせていたらどうなったのかとふと思ってしまってな」
「……陛下」
「いや、許せ。この前一周忌があったからか、どうしてもエルヴィを思い出してしまってな。さっきの発言は忘れてくれ。せっかくユリウスの新しい門出だというのに水を差すようなことを言ったな」
エルヴィは今はルビーとして生きていて『私の妻です』とユリウスは言いそうになるのをグッと飲み込んだ。
「届けを受理しよう。結婚おめでとう」
「……ありがとうございます」
「幸せになってくれ」
「はい」
この瞬間、正式にユリウスとルビーは夫婦になった。
「戻った」
「おかえりなさいませ、旦那様」
屋敷に戻ると、ジュードが出迎えに玄関に来ていた。ルビーがいないことに、若干の残念さを滲ませているとそれに気が付いたらジュードがニッと口角を上げた。
「奥様は部屋にいらっしゃいます」
「……そうか」
付き合いの長い執事というものは、とてもありがたいが……その分、自分の心を全て見抜かれているようで恥ずかしい。
「旦那様、すぐに着替えをお願いします。お部屋に全て準備しておりますので」
「……着替え?」
「ええ、今日はお二人の特別な日ですから」
ジュードは、不思議そうな顔をしているユリウスに部屋へ戻るように促した。
「はい」
貴族の結婚には必ず王家の承認がいるので、国に婚姻届を出さなくてはならない。ルビーは平民なので、妻の欄には正式な身分証明など付けずにサインのみの提出でいいらしい。
「覚悟はいいですか?」
「はい! ユリウスの奥さんになれるなんて、とっっても嬉しいです」
ルビーは嬉しそうに目を細めた。ユリウスも同じように目を細め、そのまま唇にキスをした。
「私も嬉しいです」
「わたしの方が嬉しいです! だってユリウスのことが大大大好きですから」
素直でストレートな言葉に、ユリウスは声をあげて笑った。
「はは、私も……大大大好きですよ」
「じゃあ、私はもっとです。ユリウスのことが大大大だーい好きです!」
たぶん外から見たら、お互い好きだと言い合うなんていい歳の大人がイチャイチャして……何を馬鹿なことを言っているんだと思われるだろう。
だけど、ユリウスは幸せだった。自分が彼女を好きになり、彼女も自分を好きでいてくれている。それは奇跡のように尊いものだと感じていたからだ。
「仕事が終わったら、なるべく早く帰ります。明日は休みですからゆっくりしましょう」
「はい。わたしは明日もお休みをいただきました」
「それは良かった。では行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
ユリウスを見送ると、たくさんのニコニコした侍女たちがルビーの周りを取り囲んだ。
「みなさん、どうされたのですか?」
「奥様、今日は忙しいですわ」
「……え?」
今日のルビーは、ユリウスが帰るまでは特に何の用事もないはずだった。
「さあ、部屋に行きましょう!」
よくわからないまま自室に戻ると、ルビーは数人の侍女に身ぐるみを剥がされた。
「きゃあっ、恥ずかしいです!」
「大丈夫です。貴族の女性はみんなしていることです。我々にお任せくださいませ」
「わ、わ、わたしは平民です」
「ふふふ、またそんなことを。奥様は公爵夫人ですから立派な貴族です」
笑顔で言いくるめられて、まずはお風呂に入れられて隅々まで洗われてしまった。その後はマッサージ、爪や髪の手入れなど……全身をピカピカに磨くつもりらしい。
初めてユリウスと一緒の部屋で寝ると言った日もエルヴィは侍女たちに色々とされたが、さすがにここまでではなかった。
しかし慣れとは恐ろしいもので……時間が経つとだんだんと恥ずかしさも薄れてきて、温かくて気持ちがいいマッサージにうとうとと眠たくなってくる。
「奥様、寝てもよろしゅうございますよ」
「ごめんなさい……あまりに……ここちよくて……」
「ふふ、今のうちに休んでくださいませ。今夜は旦那様がお離しにならないでしょうから」
「どういう意味……ですか?」
「ふふ、夜になればわかりますよ」
弾んだ声で口々にそのようなことを言う侍女たちの声を聞きながら、ルビーは眠りについた。
そしてハッと起きた時は数時間が経過しており、ルビーは自分とは思えないほど綺麗になっていた。
「なんか顔が小さくなって、目もぱっちりして見えます」
「奥様の元が良いからですよ」
「侍女のお仕事ってすごいですね! まるで魔法をかけられたみたいです」
「いえいえ、そんな」
ルビーが子どものように目を輝かせて何度も褒めるので、侍女たちも嬉しくなって照れていた。
「さあ、最後の仕上げですわ」
「これ以上にですか?」
「ええ。今夜はお二人にとって特別な日ですから」
♢♢♢
「……はあ。やっと帰れる」
ユリウスは婚姻届を出す際に、国王陛下に色々と言われて疲れ切っていた。
「何度結婚を勧めても無視をしていたのに、あまりにも急ではないか」
確かにユリウスは王家から何度も見合いの打診を受けていた。それは騎士団長であり、公爵でもあるユリウスに後継がいないことを心配してのことだった。
「……はい。生涯を共にしたい人とやっと巡り逢いましたので」
「まさか平民で、しかも一回り以上若い女性を娶るとは。お前には驚かされるな」
そう言われたが、一番驚いているのはユリウス自身だ。彼女に逢う前は、結婚は二度としないと心に決めていたのだから。
「結婚式をしないそうだな。一度王宮に連れて来い。祝いを用意しておく」
「……温かいお言葉をいただき幸せにございますが、妻は平民で作法がわからぬ故失礼になってはいけません。お気持ちだけいただき、遠慮させていただきます」
ユリウスは恭しく頭を下げた。ここで引くわけにはいかない。なぜなら、国王はエルヴィの顔を知っているのだから。
「なんだ? 可愛い妻を人に見せたくないのか。堅物なお前にそんな人並みの感情があるとはな」
くっくっく、と国王は揶揄うように笑った。
「年甲斐もなくお恥ずかしい限りですが、その通りでございます。彼女には、私以外見て欲しくありませんので」
淡々とそう言い返すと、国王は少し哀しそうに目を細めた。
「……エルヴィ」
いきなりそう呟いた声が聞こえて、ユリウスは驚いて目を見開いた。自分の妻がエルヴィだと気付かれたと思ったからだ。
「いや、エルヴィが生きているうちに……お前ともっと早く縁を結ばせていたらどうなったのかとふと思ってしまってな」
「……陛下」
「いや、許せ。この前一周忌があったからか、どうしてもエルヴィを思い出してしまってな。さっきの発言は忘れてくれ。せっかくユリウスの新しい門出だというのに水を差すようなことを言ったな」
エルヴィは今はルビーとして生きていて『私の妻です』とユリウスは言いそうになるのをグッと飲み込んだ。
「届けを受理しよう。結婚おめでとう」
「……ありがとうございます」
「幸せになってくれ」
「はい」
この瞬間、正式にユリウスとルビーは夫婦になった。
「戻った」
「おかえりなさいませ、旦那様」
屋敷に戻ると、ジュードが出迎えに玄関に来ていた。ルビーがいないことに、若干の残念さを滲ませているとそれに気が付いたらジュードがニッと口角を上げた。
「奥様は部屋にいらっしゃいます」
「……そうか」
付き合いの長い執事というものは、とてもありがたいが……その分、自分の心を全て見抜かれているようで恥ずかしい。
「旦那様、すぐに着替えをお願いします。お部屋に全て準備しておりますので」
「……着替え?」
「ええ、今日はお二人の特別な日ですから」
ジュードは、不思議そうな顔をしているユリウスに部屋へ戻るように促した。
515
お気に入りに追加
1,044
あなたにおすすめの小説
美しき娘将校は、イケオジ不良士官に抱かれて眠る
文野さと@ぷんにゃご
恋愛
補給部隊の女隊長リンカ少佐は、作戦決行前夜、名門出身ゆえにその任務を解かれてしまう。
「前線を嫌がって軍人が務まるかっ!」
怒りで目が眩むリンカに差し伸べられた手は、札付きの不良軍人デューカートだった。
「死ぬ時まで一緒だぜ」
あからさまな性描写はありません。
ギリギリの関係をお楽しみください。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
完結まで執筆済み、毎日更新
もう少しだけお付き合いください
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜
氷雨そら
恋愛
婚約相手のいない婚約式。
通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。
ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。
さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。
けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。
(まさかのやり直し……?)
先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。
ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。
小説家になろう様にも投稿しています。
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
一日5秒を私にください
蒼緋 玲
恋愛
1.2.3.4.5…
一日5秒だけで良いから
この胸の高鳴りと心が満たされる理由を知りたい
長い不遇の扱いを受け、更に不治の病に冒されてしまった少女が、
初めて芽生える感情と人との繋がりを経て、
最期まで前を向いて精一杯生きていこうと邁進するお話。
その他外部サイトにも投稿しています
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
騎士団の繕い係
あかね
恋愛
クレアは城のお針子だ。そこそこ腕はあると自負しているが、ある日やらかしてしまった。その結果の罰則として針子部屋を出て色々なところの繕い物をすることになった。あちこちをめぐって最終的に行きついたのは騎士団。花形を譲って久しいが消えることもないもの。クレアはそこで繕い物をしている人に出会うのだが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる