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後編
26 青い鳥
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「すみません。つい……やり過ぎてしまいました」
欲望のまま好きに身体を触ってしまったことで、ルビーを不快にさせたと思ったユリウスは素直に謝った。
黙ったままうるうると涙を溜めている姿を見て、ユリウスは罪悪感でいっぱいになった。
ルビーは男女の触れ合いに慣れていないのだから、一気に距離をつめてはいけなかったのだ。彼女のことになると、我慢が効かなくなっている自分をユリウスは恥ずかしく思った。
「驚かせて申し訳なかった。もうこんなことをしませんから泣き止んでください」
「うっ……ううっ……だって、まだ早いです」
「そうですね。再会したばかりなのに、焦った私が全部悪いです」
泣いているルビーをあやすように、ポンポンと背中を撫でた。手を振り解かれなかったので、どうやら触れられること自体は嫌ではないようでほっとした。
「だって、こんなこと困ります」
「そう……ですよね」
「子どもができてしまいますっ!」
「……ん?」
今、ルビーに大きな声でとんでもないことを叫ばれたが……ユリウスはすぐに理解ができなかった。
「まだこっちに戻ったばかりなのに、すぐに子どもというのは些か早いのではないですか。少し落ち着いてからでもいいと思うんです。そりゃ……その……ユリウスとの子はできるなら欲しいのですけれど」
早口で喋り出したルビーを見て、ユリウスは信じられないとばかりに目を見開いた。
「ルビー……」
「はい?」
「子どもがどうやってできるか知っていますか?」
本来こんなことをレディに聞くのは紳士としては最低だと思うが、ルビーを普通の貴族令嬢と同じだと思ってはいけない。例え言いにくいことでも、大事なことはハッキリと口にしないと大問題になることをユリウスは知っていた。
なので恐る恐るその質問をすると、ルビーはそんな当然のことを聞かれるなんて不愉快だという表情をした。
「さすがにそれくらい無知なわたしでも知っていますよ。両想いの二人がたくさん素肌に触れて一晩を過ごし、翌日に幸せの青い鳥が窓に飛んできたら子どもができるんですよね! もしかしたら明日青い鳥が来るかもしれませんから、あんまり触りすぎてはだめです」
自信満々なその答えに、ユリウスは久しぶりに頭を抱えた。
「ちなみに……それは何情報ですか」
「もちろん大人気恋愛小説で勉強しました!」
得意げな顔をしているルビーに、ユリウスは眉を顰めた。
そうだ、そうだった。すっかり忘れていたがルビーの恋愛知識は、小説から全てきていることをユリウスはしっかりと思い出した。
「青い鳥で子どもは産まれません」
「えっ! じゃあ何の鳥ですか」
「鳥のことは一旦忘れてください! 小説はフィクションです。子どもの作り方は……おいおい私からしっかりとお教えします」
キョトンとした顔で首を傾げているルビーが可愛くもあり、憎らしくもあった。
「少々素肌に触れたくらいでは、子どもはできませんのでご安心を。しかしどうやったら子ができるのかなんて、決して他の人に質問しないようにしてくださいね! 私が全て手ほどきしますので」
ユリウスは拒否され傷付いた仕返しに、ルビーにもう一度触れることにした。
「ひやっ……!」
「嫌ならすぐにやめますから、遠慮なく言ってください」
「嫌じゃ……ありません」
自分を受け入れてくれたルビーに満足し、ユリウスは彼女が生きていることを確かめるようにじっくりと温もりを堪能することにした。
♢♢♢
まだ一線は越えてはいないものの、毎日仲良く過ごしている二人を使用人たちは微笑ましい気持ちで見守っていた。
こちらに戻って来て数日後には、ルビーはさっそく薬師としてラハティ公爵領内で仕事を始めた。
ユリウスも騎士団長として働いているので、以前よりは一緒にいる頻度が減っているが……お互い充実した生活を過ごしていた。
「ルビーと話し合って結婚式はしないと決めた。周囲には、再婚だという理由で式はしないと伝えようと思っている。もし私が式をするとなると陛下も参列すると仰られるだろうからな」
「……そうでございますか。残念ですが、お二人が決められたことならば仕方ありません」
「ああ。私たちの結婚式は、あの……エルヴィの最後の日だったから」
ユリウスの個人的な気持ちとしては、ルビーにもう一度可愛いウェディングドレスを着てもらい教会で愛を誓い合いたい気持ちはあった。
現実的には、公爵という立場の自分が結婚式をするとなると大規模にせざるを得ないので難しいことはわかっていたが……ユリウスが強引に押し通せば二人きりの式もできると考えていた。ユリウスはそれを実行できる地位も力を持っていたからだ。
『わたし、結婚式はいりません。エルヴィとして生きた最後の日にドレスを着てラハティ家の皆さんとご飯を食べて幸せでした。それで充分です』
『……』
『今のわたしは、ただの平民です。派手な式なんていりません。あなたと一緒にただ生きていきたいです』
『わかりました。私もあなたとただ生きていきたいです』
お互いの気持ちを確かめ合い、抱き締め合った。大事なのは形ではなく二人の心の問題だからだ。
「明日、正式に婚姻の書類を出す」
「承知いたしました」
ついにルビーが、ユリウスの正式な妻になる。使用人たちはみんな感無量だった。
前妻であるナターシャが亡くなってから、ユリウスはどんなに素晴らしい女性が目の前に現れても決して心を動かされることはなかった。
当時はまだ若い上に見目も良く、騎士として将来も期待されていたユリウスは再婚するだろうと誰もが思っていた。だが、彼は誰も愛することはなく……ただ仕事とラハティ公爵領のためだけに毎日を生きていた。
使用人から見るとユリウスのその仕事に対する姿勢は、尊敬できる主人そのものだったが……同時にたった一人で頑張り続けている姿は切なくもあった。
ユリウスは皆を助け優しさを与えてくれる。だが、ユリウスを助けて優しくしてくれる人が誰もいなかった。
だからこそ、とんでもない願いではあったがエルヴィが『恋人になりたい』とラハティ公爵家に転がり込んできた時は、もしかしたら……と期待した。これくらい強引でないと、弱さを見せることのないユリウスの心を癒すことができないと使用人たちは皆わかっていたからだ。
そしてユリウスはエルヴィに恋をして、幸せそうに笑うようになった。しかし、それは同時に哀しい別れでもあった。
エルヴィの死を乗り越えて、ユリウスはまた仕事に励むようになった。以前よりは元気ではあるものの、たまに遠い目をして寂しそうなユリウスを見て使用人たちは胸を痛めていた。
しかし色々あったがエルヴィは魔法を失っただけで生きていて、今はルビーとして生活している。
その二人が……結婚することを屋敷の全員が心から喜んだ。
「ううっ……あの旦那様がご結婚なさるなんて」
「嬉しいですね」
「そうだ、お祝いをしましょう」
「それはいいわ! きっと奥様も喜んでくださるはず」
使用人たちは、どうしても自らの手で二人の門出を祝いたかった。
「お二人には秘密でやりますよ。準備に取り掛かってください」
ジュードのその言葉に、使用人たちはみんな頷いた。こうして二人には内緒で、結婚のパーティーの準備は進んでいった。
欲望のまま好きに身体を触ってしまったことで、ルビーを不快にさせたと思ったユリウスは素直に謝った。
黙ったままうるうると涙を溜めている姿を見て、ユリウスは罪悪感でいっぱいになった。
ルビーは男女の触れ合いに慣れていないのだから、一気に距離をつめてはいけなかったのだ。彼女のことになると、我慢が効かなくなっている自分をユリウスは恥ずかしく思った。
「驚かせて申し訳なかった。もうこんなことをしませんから泣き止んでください」
「うっ……ううっ……だって、まだ早いです」
「そうですね。再会したばかりなのに、焦った私が全部悪いです」
泣いているルビーをあやすように、ポンポンと背中を撫でた。手を振り解かれなかったので、どうやら触れられること自体は嫌ではないようでほっとした。
「だって、こんなこと困ります」
「そう……ですよね」
「子どもができてしまいますっ!」
「……ん?」
今、ルビーに大きな声でとんでもないことを叫ばれたが……ユリウスはすぐに理解ができなかった。
「まだこっちに戻ったばかりなのに、すぐに子どもというのは些か早いのではないですか。少し落ち着いてからでもいいと思うんです。そりゃ……その……ユリウスとの子はできるなら欲しいのですけれど」
早口で喋り出したルビーを見て、ユリウスは信じられないとばかりに目を見開いた。
「ルビー……」
「はい?」
「子どもがどうやってできるか知っていますか?」
本来こんなことをレディに聞くのは紳士としては最低だと思うが、ルビーを普通の貴族令嬢と同じだと思ってはいけない。例え言いにくいことでも、大事なことはハッキリと口にしないと大問題になることをユリウスは知っていた。
なので恐る恐るその質問をすると、ルビーはそんな当然のことを聞かれるなんて不愉快だという表情をした。
「さすがにそれくらい無知なわたしでも知っていますよ。両想いの二人がたくさん素肌に触れて一晩を過ごし、翌日に幸せの青い鳥が窓に飛んできたら子どもができるんですよね! もしかしたら明日青い鳥が来るかもしれませんから、あんまり触りすぎてはだめです」
自信満々なその答えに、ユリウスは久しぶりに頭を抱えた。
「ちなみに……それは何情報ですか」
「もちろん大人気恋愛小説で勉強しました!」
得意げな顔をしているルビーに、ユリウスは眉を顰めた。
そうだ、そうだった。すっかり忘れていたがルビーの恋愛知識は、小説から全てきていることをユリウスはしっかりと思い出した。
「青い鳥で子どもは産まれません」
「えっ! じゃあ何の鳥ですか」
「鳥のことは一旦忘れてください! 小説はフィクションです。子どもの作り方は……おいおい私からしっかりとお教えします」
キョトンとした顔で首を傾げているルビーが可愛くもあり、憎らしくもあった。
「少々素肌に触れたくらいでは、子どもはできませんのでご安心を。しかしどうやったら子ができるのかなんて、決して他の人に質問しないようにしてくださいね! 私が全て手ほどきしますので」
ユリウスは拒否され傷付いた仕返しに、ルビーにもう一度触れることにした。
「ひやっ……!」
「嫌ならすぐにやめますから、遠慮なく言ってください」
「嫌じゃ……ありません」
自分を受け入れてくれたルビーに満足し、ユリウスは彼女が生きていることを確かめるようにじっくりと温もりを堪能することにした。
♢♢♢
まだ一線は越えてはいないものの、毎日仲良く過ごしている二人を使用人たちは微笑ましい気持ちで見守っていた。
こちらに戻って来て数日後には、ルビーはさっそく薬師としてラハティ公爵領内で仕事を始めた。
ユリウスも騎士団長として働いているので、以前よりは一緒にいる頻度が減っているが……お互い充実した生活を過ごしていた。
「ルビーと話し合って結婚式はしないと決めた。周囲には、再婚だという理由で式はしないと伝えようと思っている。もし私が式をするとなると陛下も参列すると仰られるだろうからな」
「……そうでございますか。残念ですが、お二人が決められたことならば仕方ありません」
「ああ。私たちの結婚式は、あの……エルヴィの最後の日だったから」
ユリウスの個人的な気持ちとしては、ルビーにもう一度可愛いウェディングドレスを着てもらい教会で愛を誓い合いたい気持ちはあった。
現実的には、公爵という立場の自分が結婚式をするとなると大規模にせざるを得ないので難しいことはわかっていたが……ユリウスが強引に押し通せば二人きりの式もできると考えていた。ユリウスはそれを実行できる地位も力を持っていたからだ。
『わたし、結婚式はいりません。エルヴィとして生きた最後の日にドレスを着てラハティ家の皆さんとご飯を食べて幸せでした。それで充分です』
『……』
『今のわたしは、ただの平民です。派手な式なんていりません。あなたと一緒にただ生きていきたいです』
『わかりました。私もあなたとただ生きていきたいです』
お互いの気持ちを確かめ合い、抱き締め合った。大事なのは形ではなく二人の心の問題だからだ。
「明日、正式に婚姻の書類を出す」
「承知いたしました」
ついにルビーが、ユリウスの正式な妻になる。使用人たちはみんな感無量だった。
前妻であるナターシャが亡くなってから、ユリウスはどんなに素晴らしい女性が目の前に現れても決して心を動かされることはなかった。
当時はまだ若い上に見目も良く、騎士として将来も期待されていたユリウスは再婚するだろうと誰もが思っていた。だが、彼は誰も愛することはなく……ただ仕事とラハティ公爵領のためだけに毎日を生きていた。
使用人から見るとユリウスのその仕事に対する姿勢は、尊敬できる主人そのものだったが……同時にたった一人で頑張り続けている姿は切なくもあった。
ユリウスは皆を助け優しさを与えてくれる。だが、ユリウスを助けて優しくしてくれる人が誰もいなかった。
だからこそ、とんでもない願いではあったがエルヴィが『恋人になりたい』とラハティ公爵家に転がり込んできた時は、もしかしたら……と期待した。これくらい強引でないと、弱さを見せることのないユリウスの心を癒すことができないと使用人たちは皆わかっていたからだ。
そしてユリウスはエルヴィに恋をして、幸せそうに笑うようになった。しかし、それは同時に哀しい別れでもあった。
エルヴィの死を乗り越えて、ユリウスはまた仕事に励むようになった。以前よりは元気ではあるものの、たまに遠い目をして寂しそうなユリウスを見て使用人たちは胸を痛めていた。
しかし色々あったがエルヴィは魔法を失っただけで生きていて、今はルビーとして生活している。
その二人が……結婚することを屋敷の全員が心から喜んだ。
「ううっ……あの旦那様がご結婚なさるなんて」
「嬉しいですね」
「そうだ、お祝いをしましょう」
「それはいいわ! きっと奥様も喜んでくださるはず」
使用人たちは、どうしても自らの手で二人の門出を祝いたかった。
「お二人には秘密でやりますよ。準備に取り掛かってください」
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