【完結】余命一カ月の魔法使いは我儘に生きる

大森 樹

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後編

25 一周忌

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「……なんだか不思議な感じですね。わたしの一周忌に行くユリウスを自分が見送るなんて」

 今日は大魔法使いエルヴィの一周忌だ。国の行事になっているらしく、多くの人が出席することになっているそうだ。

「まあ……そうですが、行かないという選択肢はないのですよ」

 なんとも言えない顔をしているルビーを見て、エルヴィは苦笑いをした。

「そうですよね」
「……それに、エルヴィはあの時亡くなりました。だから弔いは必要です。今のあなたはただの薬師ですから」
「はい」

 色んなことを言ってみたが、今日のユリウスは騎士の正装をしており格好良さが倍増しているのでルビーはドキドキしていた。

 そしてチラチラとルビーがこちらを見ていることに、ユリウスはしっかりと気が付いていた。

「今日は遅くなります。先に寝ていてもいいですからね」

 ちゅっと軽く唇を合わすと、ルビーはもじもじと照れていた。もっと濃厚なものもしたことがあるのに、毎回恥ずかしそうにするルビーがいじらしく可愛かった。

「行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってきます」


♢♢♢

「我が国の英雄、大魔法使いエルヴィの一周忌をおこないます。この国に平和をもたらしてくれた彼女に感謝し、安らかな眠りのために祈りを捧げましょう」

 王宮内の一番広いホールには王族も含め国の重役たちや騎士、魔法使いたちが全員出席をしていた。

 相変わらず凛々しい顔をしているエルヴィの大きな肖像画が飾られており、その周りは豪華な花で溢れていた。

「……まるで別人だな」

 ポツリとそう呟いてしまったのを部下に聞かれてしまい不思議な顔をされが「なんでもない」と誤魔化した。

 エルヴィが亡くなってからの一年、この国はとても平和だった。それは紛れもなく、魔女マーベラスを倒したエルヴィの功績だ。彼女は近いうちに歴史書にも、その名を連ねることになるらしい。

 今日は国民たちも、皆が自主的に黒い服を着てエルヴィに鎮魂の祈りを捧げている。それほどまでにエルヴィという大魔法使いは偉大な存在だった。

 粛々と一周忌は行われ、エルヴィの墓にはたくさんの花やお供えが置かれた。ユリウスはそれを複雑な気持ちで眺めていた。

 エルヴィはこの世に居なくなったが、彼女はルビーとして生きている。その事実を確かに知っているのに、こんな壮大な規模の一周忌に出席していると何が本当でどちらが嘘なのか混乱してくる。

 むしろ自分の方が都合の良い夢を見てるのではないかと、ザワザワと胸が苦しくなった。

 ユリウスは左手の薬指にはまった二個の指輪を撫で、なんとか心を落ち着かせた。

 一周忌の後は故人を偲ぶために食事会が開かれた。重役たちがたくさんいるため、ユリウスもラハティ公爵として……また騎士団長として挨拶をひたすらしなければいけなかった。

「やっと帰れる」

 食事会が終わった後も、警備の報告や他の色々な仕事が山積みで帰るのはすっかり遅くなっていた。

 ユリウスは早く帰って、ルビーの姿を見たかった。この世に彼女が生きているということを確かめたかったからだ。

「おかえりなさいませ、旦那様」
「ああ、帰った。ルビーは?」
「一時間ほど前に部屋に戻られました」
「そうか」

 玄関で出迎えてくれた執事のジュードに上着を渡し、すぐにルビーの部屋に向かった。もう寝ているかもしれないと思ったが、今のユリウスはそんなことを気にしていられる状態ではなかった。

 ノックをしたが返事はない。

「ルビー、私です。入りますよ」

 ドアの前で一言伝えて部屋の中に入ると、ルビーはベッドの中にきちんと寝ていた。しかしあまりに綺麗な体勢で横になっているので、ユリウスは不安になり慌てて近付いた。

 ルビーの頬に手を当てると温かくて……彼女が生きていることがやっと実感できた。

「はぁ……何をやってるんだ。私は」

 ユリウスはほっとして手を離すと、ルビーの瞼がゆっくりと開き大きな紫の瞳でこちらを見つめてきた。

「お帰りなさいませ」

 ふにゃりと嬉しそうに微笑んだ顔を見て、ユリウスは涙が出そうになった。グッと唇を噛み、なんとかそれを耐えた。

 彼女が生きてる。それだけで嬉しくて胸がいっぱいになってしまったのだ。

「帰りました。すみません、起こしてしまいましたね」

 ユリウスは笑顔を作り、ルビーのおでこにキスを落とした。

「起きて待っていようと思っていたのに、眠たくて……すみま……せ……」
「いいんですよ。そのまま寝ていてください」
「んん……でも……ユリ……ス……」

 むにゃむにゃと何かを言いながら、また瞼を閉じて夢の国に行ってしまったルビーを見てユリウスは目を細めた。

「おやすみ。愛しています」

 この愛の告白は彼女には聞こえていないだろう。だが、言わずにはいられなかった。

 ユリウスは自分がこんなに素直に愛を伝えられる人間だと知らなかった。エルヴィ……いや、ルビーと出逢って初めてこんな自分がいることに気がついたのだ。

 疲れた身体を癒すために熱いシャワーを浴びて、ユリウスもルビーが寝ている隣に潜り込んだ。

 ポカポカしているルビーの体温を感じながら、心地よく眠りについた。





「ユリウス……ユリウス……!」

 隣から困ったように弱々しく名前を呼ぶ声が聞こえてきて、ユリウスは目を覚ました。

「あ、起きましたか。おはようございます。あの……手が……その……背中に……」

 いつの間にかルビーを抱き締めて寝ていたらしい。しかも、ユリウスの手はルビーの夜着の中に入りこんで素肌に触れていた。

「おはようございます」

 ユリウスはフッと微笑み、ルビーのすべすべな肌を大きな手で撫でた。

「ひゃあ……っ!」

 驚いたルビーは変な声をあげ、真っ赤に頬を染めた。

「ルビーの肌、すごく気持ちがいいですね。ずっと触っていたくなります」

 柔らかいのにぷるんと弾力のあるルビーの肌に、ユリウスはやみつきになりそうだった。

「ああ、すごいな。どこもすべすべですね」

 そのあまりの気持ちよさに、ユリウスの手は背中から腰付近までのびていった。

「んんっ……!」
「男の前でそんな可愛い声を出してはだめですよ」

 恥ずかしがっているが嫌がっていない反応を見せたルビーの姿に満足したユリウスは、ふっくらした胸にそっと触れた。

 ルビーは背が低いが、案外胸があることは一緒に暮らすようになってすぐに気が付いていた。だからといって、その時は彼女に恋愛感情はなかったので何とも思ってなかったのだが。

 ちなみに魔法使いの任務中は黒いローブを身に纏っていたので、体型など全くわからなかった。

 可愛らしい顔なのに、身体はしっかりと大人びているアンバランスさがルビーの魅力を増していた。好きになってしまえば、それはもう……堪らないくらいユリウスの男心を揺さぶってくる。

「やめてくださいっ!」

 ルビーの強い拒否の言葉にユリウスは驚き、慌てて手を引っ込めた。


 

 





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