上 下
25 / 38
後編

25 一周忌

しおりを挟む
「……なんだか不思議な感じですね。わたしの一周忌に行くユリウスを自分が見送るなんて」

 今日は大魔法使いエルヴィの一周忌だ。国の行事になっているらしく、多くの人が出席することになっているそうだ。

「まあ……そうですが、行かないという選択肢はないのですよ」

 なんとも言えない顔をしているルビーを見て、エルヴィは苦笑いをした。

「そうですよね」
「……それに、エルヴィはあの時亡くなりました。だから弔いは必要です。今のあなたはただの薬師ですから」
「はい」

 色んなことを言ってみたが、今日のユリウスは騎士の正装をしており格好良さが倍増しているのでルビーはドキドキしていた。

 そしてチラチラとルビーがこちらを見ていることに、ユリウスはしっかりと気が付いていた。

「今日は遅くなります。先に寝ていてもいいですからね」

 ちゅっと軽く唇を合わすと、ルビーはもじもじと照れていた。もっと濃厚なものもしたことがあるのに、毎回恥ずかしそうにするルビーがいじらしく可愛かった。

「行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってきます」


♢♢♢

「我が国の英雄、大魔法使いエルヴィの一周忌をおこないます。この国に平和をもたらしてくれた彼女に感謝し、安らかな眠りのために祈りを捧げましょう」

 王宮内の一番広いホールには王族も含め国の重役たちや騎士、魔法使いたちが全員出席をしていた。

 相変わらず凛々しい顔をしているエルヴィの大きな肖像画が飾られており、その周りは豪華な花で溢れていた。

「……まるで別人だな」

 ポツリとそう呟いてしまったのを部下に聞かれてしまい不思議な顔をされが「なんでもない」と誤魔化した。

 エルヴィが亡くなってからの一年、この国はとても平和だった。それは紛れもなく、魔女マーベラスを倒したエルヴィの功績だ。彼女は近いうちに歴史書にも、その名を連ねることになるらしい。

 今日は国民たちも、皆が自主的に黒い服を着てエルヴィに鎮魂の祈りを捧げている。それほどまでにエルヴィという大魔法使いは偉大な存在だった。

 粛々と一周忌は行われ、エルヴィの墓にはたくさんの花やお供えが置かれた。ユリウスはそれを複雑な気持ちで眺めていた。

 エルヴィはこの世に居なくなったが、彼女はルビーとして生きている。その事実を確かに知っているのに、こんな壮大な規模の一周忌に出席していると何が本当でどちらが嘘なのか混乱してくる。

 むしろ自分の方が都合の良い夢を見てるのではないかと、ザワザワと胸が苦しくなった。

 ユリウスは左手の薬指にはまった二個の指輪を撫で、なんとか心を落ち着かせた。

 一周忌の後は故人を偲ぶために食事会が開かれた。重役たちがたくさんいるため、ユリウスもラハティ公爵として……また騎士団長として挨拶をひたすらしなければいけなかった。

「やっと帰れる」

 食事会が終わった後も、警備の報告や他の色々な仕事が山積みで帰るのはすっかり遅くなっていた。

 ユリウスは早く帰って、ルビーの姿を見たかった。この世に彼女が生きているということを確かめたかったからだ。

「おかえりなさいませ、旦那様」
「ああ、帰った。ルビーは?」
「一時間ほど前に部屋に戻られました」
「そうか」

 玄関で出迎えてくれた執事のジュードに上着を渡し、すぐにルビーの部屋に向かった。もう寝ているかもしれないと思ったが、今のユリウスはそんなことを気にしていられる状態ではなかった。

 ノックをしたが返事はない。

「ルビー、私です。入りますよ」

 ドアの前で一言伝えて部屋の中に入ると、ルビーはベッドの中にきちんと寝ていた。しかしあまりに綺麗な体勢で横になっているので、ユリウスは不安になり慌てて近付いた。

 ルビーの頬に手を当てると温かくて……彼女が生きていることがやっと実感できた。

「はぁ……何をやってるんだ。私は」

 ユリウスはほっとして手を離すと、ルビーの瞼がゆっくりと開き大きな紫の瞳でこちらを見つめてきた。

「お帰りなさいませ」

 ふにゃりと嬉しそうに微笑んだ顔を見て、ユリウスは涙が出そうになった。グッと唇を噛み、なんとかそれを耐えた。

 彼女が生きてる。それだけで嬉しくて胸がいっぱいになってしまったのだ。

「帰りました。すみません、起こしてしまいましたね」

 ユリウスは笑顔を作り、ルビーのおでこにキスを落とした。

「起きて待っていようと思っていたのに、眠たくて……すみま……せ……」
「いいんですよ。そのまま寝ていてください」
「んん……でも……ユリ……ス……」

 むにゃむにゃと何かを言いながら、また瞼を閉じて夢の国に行ってしまったルビーを見てユリウスは目を細めた。

「おやすみ。愛しています」

 この愛の告白は彼女には聞こえていないだろう。だが、言わずにはいられなかった。

 ユリウスは自分がこんなに素直に愛を伝えられる人間だと知らなかった。エルヴィ……いや、ルビーと出逢って初めてこんな自分がいることに気がついたのだ。

 疲れた身体を癒すために熱いシャワーを浴びて、ユリウスもルビーが寝ている隣に潜り込んだ。

 ポカポカしているルビーの体温を感じながら、心地よく眠りについた。





「ユリウス……ユリウス……!」

 隣から困ったように弱々しく名前を呼ぶ声が聞こえてきて、ユリウスは目を覚ました。

「あ、起きましたか。おはようございます。あの……手が……その……背中に……」

 いつの間にかルビーを抱き締めて寝ていたらしい。しかも、ユリウスの手はルビーの夜着の中に入りこんで素肌に触れていた。

「おはようございます」

 ユリウスはフッと微笑み、ルビーのすべすべな肌を大きな手で撫でた。

「ひゃあ……っ!」

 驚いたルビーは変な声をあげ、真っ赤に頬を染めた。

「ルビーの肌、すごく気持ちがいいですね。ずっと触っていたくなります」

 柔らかいのにぷるんと弾力のあるルビーの肌に、ユリウスはやみつきになりそうだった。

「ああ、すごいな。どこもすべすべですね」

 そのあまりの気持ちよさに、ユリウスの手は背中から腰付近までのびていった。

「んんっ……!」
「男の前でそんな可愛い声を出してはだめですよ」

 恥ずかしがっているが嫌がっていない反応を見せたルビーの姿に満足したユリウスは、ふっくらした胸にそっと触れた。

 ルビーは背が低いが、案外胸があることは一緒に暮らすようになってすぐに気が付いていた。だからといって、その時は彼女に恋愛感情はなかったので何とも思ってなかったのだが。

 ちなみに魔法使いの任務中は黒いローブを身に纏っていたので、体型など全くわからなかった。

 可愛らしい顔なのに、身体はしっかりと大人びているアンバランスさがルビーの魅力を増していた。好きになってしまえば、それはもう……堪らないくらいユリウスの男心を揺さぶってくる。

「やめてくださいっ!」

 ルビーの強い拒否の言葉にユリウスは驚き、慌てて手を引っ込めた。


 

 





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。

石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。 色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。 *この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

処理中です...