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後編

20 失ったもの

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「どうして……どうしてこのワンピースがここにあるんだ」

 ユリウスは混乱しながらも、干してあるワンピースに近付いた。

 このワンピースは既製品だ。だから、世界に一着というわけではない。だから、同じ物があってもおかしくはない。だが……こんな偶然あるだろうか。

 そのワンピースを観察すると、ところどころ繕いがしてあった。色褪せているので、きっと何度も何度も着たのだろう。だが持ち主がとても大切にしていることがわかった。

「……下手だな」

 その縫い方はお世辞にも上手だとは言えない出来だった。そのことが、ユリウスにある確信を持たせた。

「エルヴィ」

 これは間違いなくエルヴィの物だ。なぜなら、ユリウスが大切に持っているお守りの拙い縫い方にとても似ているからだ。

 どうして……なぜ? まさかエルヴィは生きているのか。でも、あの時に消えてしまったはずでは。

 ユリウスは混乱しながらも、無我夢中で走り出していた。きっと……きっとこの付近にいるはずだ。

 探し出せ。絶対に……絶対に彼女を見つけなければ。

 それからユリウスは必死に周囲を捜索した。しかしどこにもいない。

「……そうか。彼女は魔法が使えるんだ」

 そんな当たり前のことを忘れていたのは、それほど動揺していたからだろう。

「魔法で移動していたら、さすがにどこにいるのかわからないな」

 ユリウスはしゃがみ込み、これからどうするかを考えた。

「小屋の前で待つのが確実だ」

 そう思い直し、闇雲な捜索はやめようと決めた。あまりに走ったのでユリウスは喉が渇いてしまった。湧水を飲んでいると、近くから鼻歌が聞こえてきた。

「……っ!」

 ユリウスはその歌声に聞き覚えがあった。この前の誕生日にエルヴィが魔法で聞かせてくれた声と、少しズレた調子が……今聞こえてくる鼻歌と同じだったからだ。

 そのままユリウスはまた駆け出した。今までの人生で、こんなに必死に走ったことはない。だが、早くしなければ。鼻歌が消えては見失ってしまう。

 音だけを頼りに木々をかき分けて進むと、薬草を選定しながら採っている女性の後姿があった。

「エルヴィ!」

 ユリウスは振り向かなくてもわかっていた。それが間違いなくエルヴィだということを。

「お願いです。こちらを向いてください」

 その女性は持っていた籠を落とし、薬草が地面に散らばった。

「……もう来ないでくださいとお断りしたのに。どうしてあなたがこんな場所まで」

 ゆっくりと振り向いた女性は、やはりエルヴィだった。ユリウスは駆け寄って、そのまま強く抱き締めた。

「エルヴィ……エルヴィ……本物なのですね」
「……はい。申し訳ありません」
「どうして……なぜ今まで黙っていたのですか! いや……そんなことはどうでもいい。ただ……エルヴィが生きていてくれたことが嬉しい」
「すみません」

 ユリウスはエルヴィを抱き締めながら、身体が震えていた。

「懐かしいです」
「……ん?」
「ユリウスの匂いがします」

 エルヴィのその一言で、ユリウスは我に返った。今は涼しいとはいえ、昨夜は野宿をしたのだ。しかも、さっき走り回って汗をかいている。

「すみません。今すぐ離れてください! さっき走ったから汗もかいているし……とりあえず……お願いだから私から離れて欲しいのですが」

 突然焦り出し身体を離したユリウスを見て、エルヴィは首を傾げた。

「全然嫌な匂いしませんよ。むしろ好きです」

 汗など何も気にしていないエルヴィは、もう一度抱きついてきた。なのでユリウスも抵抗するのはやめて、そのままエルヴィの背中に腕を回した。

「どういうことか説明してくれますか?」
「……はい」

 ユリウスはエルヴィの手を握って小屋まで歩いた。離したら、また消えてしまいそうな気がしたからだ。

「ハーブティーです。自分で作りました」
「ありがとう」

 小屋の中はきちんと整頓されており、必要最低限のものしか置いてなかった。

「あの……最後の日。ちょうど一年ほど前ですね。その時に起こったことをお話しします」

 緊張した表情のエルヴィは、ぽつりぽつりと思い出すように話し始めた。


♢♢♢

「ユリウス、さようなら。本当にありがとうございました」
「エル……ヴィ……なに……を」
「どうか幸せに」
「どう……して……」
「愛しています」
「エル……ヴ……」

 あと五分の寿命を残して、エルヴィはユリウスや屋敷の使用人たちを全員魔法で眠らせた。

 ユリウスには泣き顔を見られたくなかったからだ。

「うゔっ……死にたくない」

 ポロポロと流れ落ちる涙と共に、誰にも言わないと決めていた弱音が出てきてしまった。

 静かに眠っている大好きなユリウスの顔を見ながら、まだこの人と生きていたかったと思った。

 涙を拭いて、ユリウスへの手紙を置いた。どう足掻いてもこの運命は変えられない。ならば、安らかに逝くしかないと自分に言い聞かせベッドに寝転がり目を閉じた。

 その時ブォンという不気味な音が鳴り、目の前にマーベラスの幻影が現れた。

「マーベラス……!」

 時計を見ると、もう日付を越えていた。しかしまだ死んでいない。一体どういうことなのかとエルヴィは混乱していた。

『あんたがこの魔法を見ているということは、もうその時がきたってことだね。ははは、無様だね。直接見られないのが残念なくらいだよ』

 マーベラスはケラケラと笑っていた。その時が来たって……これから死ぬということなのだろうか? とエルヴィは眉を顰めた。

『お前の魔力を全部消してやった。あんなに偉大で最強の魔法使いだったお前が……ただの人間になるなんてな! こんな辱めがあるだろうか。ちっぽけで非力な人間として苦しんで……生きるといい。運命を悲観して自ら死ぬことは許さない。自殺などできぬように魔法をかけてあるからな。私を殺したことを悔いるといい……はーっはっはっは』

 そこでプツリと姿も声も消えた。

「……え?」

 エルヴィはすぐにマーベラスの話を理解できなかった。手に力を込めてみるが……魔力を全く感じない。この時エルヴィは、今までできていた簡単な魔法すらも自分が使えないことを知った。

「魔力が失われるだけで死なないってこと?」

 確かに魔女のマーベラスからしたら、魔力を失うことは『死』を意味する。魔物の社会では、弱者は虐げられまともに生きてはいられないのだから。

 だが人間は魔法を使えない人の方が多い。つまりは、エルヴィがただの一般的な人間に戻っただけということだ。

「どうしよう」

 生きていることは嬉しかったが、エルヴィは一気に恥ずかしさが襲ってきた。

 今まで生きてきてエルヴィは我儘を言ったことがなかった。だが余命が一カ月しかないと思ったから『ユリウスと恋人になりたい』なんてとんでもない我儘を言えたのだ。

 それなのに……あれだけ死ぬとみんなの前で大騒ぎをしたのに、生きているなんて今更言えないではないかとエルヴィは青ざめた。

 財産についての遺言書も残してしまったし、お墓や葬儀についても国王陛下と打ち合わせを済ませてしまった。

 それにナターシャの魂を召喚した魔法は、黒魔術と呼ばれており……国で禁止されている。もし使ったことがわかると罪人扱いになるので、何かがきっかけでバレてしまえばユリウスに迷惑がかかってしまうと不安になった。

 あれはもう命がないと思ったから、実行した魔法だった。魔法を使ったことを全く後悔はしていないが、ユリウスにはこの事実を知られたくない。

 エルヴィが召喚魔法を使ったことにより罪人になれば、きっとユリウスは自分を責め傷付いてしまうから。それどころか自分の立場を危うくしてまで、エルヴィを助けようとするに違いない。

「……ここを離れないと」

 ユリウスたちにかけた眠りの魔法は一時間後には切れてしまう。その隙にエルヴィは屋敷を出て、持っていたわずかなお金で西に向かった。



 


 



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