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前編
16 笑顔で別れたい
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「……ユリウス」
エルヴィの不安気な声が聞こえ、ユリウスが後ろを振り向いた。
「とても綺麗ですね。似合っていますよ」
そこには真っ白なウェディングドレスを着たエルヴィが、ソワソワしながら立っていた。
「ユリウス……このドレス……」
「エルヴィのために用意していたんです。求婚を受け入れてもらえたら、着てもらおうと思っていました」
エルヴィは侍女たちに部屋に連れて行かれて、真っ白なドレスを着せられた。戸惑っている間にどんどんと化粧やヘアメイクをされて……普段は可愛らしい顔のエルヴィは大人びた美人に変身した。
「こんな美しいドレス……わたしには勿体無いです」
「私が着て欲しかったのですよ。嫌でしたか?」
「い、嫌なわけありません! とっても……とっても嬉しいです」
まさか自分がウェディングドレスを着られる日が来るだなんて、エルヴィは想像もしていなかった。
「それならば、良かったです」
「ユリウスも……すごく素敵です!」
「いや……はは。この歳で真っ白なタキシードはどうかと思ったのですがね」
「そんなことはありません! ものすごく格好良くて目が溶けそうです」
力強くそう叫んだエルヴィに、ユリウスは頬を染めた。
「あなたが気に入ってくださったのなら、着た甲斐がありました」
「とっても気に入りすぎました!」
「はは、なんですか。それは」
そんなことを話しながら、楽しくパーティは始まった。エルヴィはたくさんの使用人たちと話し、美味しい料理を幸せそうに頬張っていた。
ユリウスとエルヴィが寄り添っている姿は、どこからどう見ても仲の良い夫婦に見えた。年の差など何も気にならないくらい……とても自然な二人だった。
デザートを食べ終えた頃、時間は二十一時を迎えていた。
パーティを終わる前に、エルヴィは皆に挨拶をすることにした。
「皆さん、今まで本当にありがとうございました。いきなりラハティ家に転がり込んできたわたしに、優しくしてくださって感謝しています」
エルヴィは深く頭を下げた。
「わたしの生活は今まで魔法一色で、魔女マーベラスを倒すまでは激しい戦いと過酷な修行の日々でした。それがこちらにお世話になってから楽しいことばかりで……ユリウスと一緒に過ごせて、皆さんと過ごせて……本当に幸せでした」
笑顔で話すエルヴィの姿に、使用人たちは耐えきれずにグスグスと泣き出した。
「どうか哀しまないでください。でも、たまにわたしのことを思い出してくれたら嬉しいです。ありがとうございました」
ジュードはパチパチと手を叩き、それに合わせて他の使用人たちも拍手をした。
「エルヴィ、そろそろ行きましょうか」
「……はい」
最後はユリウスの部屋で二人きりで過ごそうと決めていた。
「着替えて来ていいですか?」
「ええ。でも少しだけ待ってください」
ユリウスはエルヴィの頬を大きな手で包み込みこんだ。
「誓いのキスをさせてください」
「……えっ!」
「ユリウス・ラハティは、生涯エルヴィを愛することを誓います」
それはまるで結婚式で宣言する言葉だった。
「エルヴィは、生涯ユリウスを愛することを誓います」
ユリウスに続いてエルヴィも誓いの言葉を宣言すると、ゆっくりと唇が重なった。
ラハティ公爵家の使用人全員が、二人が夫婦になった証人になった。
「……続きはまた後で」
耳元で甘く囁かれて、エルヴィは真っ赤に顔を染めた。触れ合いには慣れてきたと思っていたのに、正装をしているユリウスの色気はとんでもなかったからだ。
「は、はい」
「私も着替えます。ご希望はありますか?」
「……」
「エルヴィが一番好きなのは、騎士の制服ですかね?」
「うう……はい」
「やっぱりそうですか。当たっていました」
自分の好みを全て把握されていることを知り、エルヴィは恥ずかしかった。だがこれで本当に最後なのだから、エルヴィはユリウスに甘えることにした。
「すぐに部屋に来てくださいね」
「……?」
「一秒も無駄にしたくないですから」
ユリウスの寂しそうな表情に、エルヴィはこくんと頷いた。侍女たちの手を借りて、素早くウェディングドレスを脱ぎ、せっかくのお化粧もとることにした。
最後は素顔のまま……自分らしい姿で終わりたいと思ったからだ。
「ありがとう」
侍女にお礼を言い、すぐにユリウスの部屋に向かった。
「どうぞ」
返事を聞き中に入ると、ユリウスはエルヴィとの約束通り騎士の制服に着替えてくれていた。その姿は、エルヴィがユリウスを好きになった時と同じ格好だった。
「エルヴィ……それは」
「はい。わたし、最後はこの服がいいです」
「……そうですか」
エルヴィはユリウスに初めて買ってもらったワンピースに身を包んでいた。
「いつものエルヴィに戻りましたね」
「ええ。化粧もとってしまいました」
「ドレス姿は綺麗でしたが、そのままのエルヴィが一番可愛いです」
ユリウスの甘い言葉に、エルヴィは幸せすぎて眩暈がしそうだった。
「最後まで抱き締めていてもいいですか?」
「はい。嬉しいです」
「エルヴィ、愛していますよ」
「ユリウス、私もです」
二人はベッドで何度も甘いキスをし、愛を囁き合った。
ユリウスはそれ以上、エルヴィには触れないと決めていた。全てを欲しくないと言えば嘘になる。
エルヴィの全てを知りたい。全てを自分のものにしたい。愛する人にそう思うのは、当たり前の感情だろう。
だけどそれよりもエルヴィには『幸せ』だけを感じて欲しかった。
一つになるには、どうしたって痛みが伴う。それを無くすほどの時間は、二人にはもう残されていない。
それに、エルヴィもそんなことを望んではいない。もしかすると、魔法漬けの人生だったエルヴィはそんな行為自体を本当に何も知らないかもしれない。
エルヴィを怖がらせたくない。ユリウスに愛されて、心地よくて、幸せだったという記憶のみを残して欲しかった。
「わたしの身体がどうなるかわかりません」
「……それはどういうことですか?」
「呪いですから、消滅する可能性があります。最後のマーベラスのように」
魔女マーベラスを倒した時、彼女はサラサラと砂のように砕けて消えていった。
「そうなのですか?」
「わからないのです。その場合は身に付けているものも一緒に消える可能性があります。だから……この指輪を外そうか悩んでいます。できればこの指輪はわたしのお墓の中に入れて欲しいので」
身体が残らないかもしれないと聞いてユリウスは内心動揺していたが、指輪を外そうとしたエルヴィの手を止めた。
「ユリウス?」
「外さないでください。もし……もし消えても、あなたが天まで持って行ってください」
「……そうですね。約束の証ですもの」
「ええ。絶対に外さないでください」
「はい」
それからエルヴィは、ユリウスに一つのお願いをした。
「本当に切っていいのですか」
「はい。お願いします」
「では」
エルヴィはユリウスの剣で、自分の髪をふた束切ってもらった。
「もし身体が消えればひと束はお墓に。もうひと束は、ユリウスのお守りです。昔から魔法使いの髪には魂が宿ると言われています。迷信ですが、何かの助けになるかもしれません。わたしはいつでも……あなたの無事を祈っています」
「ありがとうございます」
「こ、これに入れてください」
エルヴィが気まずそうな顔で差し出したのは、お守り……のようなものだった。なぜ『ような』と言ったかというと、かなり不格好な出来だったからだ。
「これは?」
「わたしが作ったのですが……その……お裁縫は苦手でして。あまりに酷い出来なので、魔法の力を借りようかとも思ったのですが……できれば手作業でしたくて」
エルヴィは申し訳なさそうに、ユリウスの手の上にそれをのせた。
「……」
「……すみません。忘れてください! こんなボロボロのもの嫌ですよね」
ユリウスが無言で眺めていたのをどう思ったのか、エルヴィは焦ってお守りを奪い取ろうと手を伸ばした。
その手を掴んで、ユリウスはエルヴィをもう一度強く抱き締めた。
「ありがとうございます。大事にします」
「……すみません。下手くそで」
「エルヴィが縫ってくれたのが嬉しいです」
きっと魔法を使えば一瞬で綺麗なお守りを出せるはずだ。だが、エルヴィはろくにしたこともない裁縫をユリウスのために一生懸命してくれたのだ。それだけでユリウスの胸はいっぱいになった。
「髪を入れて、肌身離さず持ち歩きます」
「はい」
二人はお互いを見つめ合って、微笑んだ。
あと残り時間は十五分。
無情にもチクタクと進む時計が忌々しい。もし神様がいるのなら、お願いだからこのまま時を止めて欲しいとユリウスは何度も思った。
『時間を止める魔法はないのですか』
そう口に出しそうになるのを、ユリウスはグッと堪えた。もしそんな魔法があれば、エルヴィはすでに使っているはずだからだ。
「ユリウス、たくさん我儘を聞いてくださってありがとうございました」
チラリと時計を確認したエルヴィは、最後の別れとばかりに姿勢を正してユリウスに向き合った。
「エルヴィの我儘なんて可愛いものですよ。エルヴィが望んだことなんて普通の……ありきたりな幸せばかりではありませんか。もっと……もっと……あなたと生きたかった。あなたの……望みを……もっと聞いてあげたかっ……た」
ユリウスは泣かないと決めていたのに、どうしても堪えることができず頬に一筋の涙がこぼれた。
「わたしは騎士として働くあなたが好き。優しいのに強くて格好良くて……そして意外と涙脆いあなたも全部が大好きです」
「……エルヴィ」
「あなたといれば、わたしの孤独で暗かった世界が一気に明るく色付きました」
幸せそうに笑ったエルヴィの顔は、とても神聖で美しかった。
「私だってそうです。エルヴィがいれば……いつもと同じ淡々とした日々が……一気に楽しく明るいものに変わりました」
「へへ、そうですか。嬉しいです」
恥ずかしそうに照れて笑っているエルヴィを見て、可愛いなと思ったその時だった。
「ユリウス、さようなら。本当にありがとうございました」
「エル……ヴィ……なに……を」
「どうか幸せに」
「どう……して……」
「愛しています」
「エル……ヴ……」
あと五分残っていたはずだった。
しかし、ユリウスは急に身体が重たくなり瞼も強制的に閉じられた。エルヴィの柔らかい唇が触れた感触を最後に、ユリウスは意識を失った。
----------
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この話で前編が終了し、次話から後編に突入します。
皆さんの大変な仕事や家事、学校の合間に少しでも楽しんでお読みいただけていれば嬉しいです。
大森 樹
エルヴィの不安気な声が聞こえ、ユリウスが後ろを振り向いた。
「とても綺麗ですね。似合っていますよ」
そこには真っ白なウェディングドレスを着たエルヴィが、ソワソワしながら立っていた。
「ユリウス……このドレス……」
「エルヴィのために用意していたんです。求婚を受け入れてもらえたら、着てもらおうと思っていました」
エルヴィは侍女たちに部屋に連れて行かれて、真っ白なドレスを着せられた。戸惑っている間にどんどんと化粧やヘアメイクをされて……普段は可愛らしい顔のエルヴィは大人びた美人に変身した。
「こんな美しいドレス……わたしには勿体無いです」
「私が着て欲しかったのですよ。嫌でしたか?」
「い、嫌なわけありません! とっても……とっても嬉しいです」
まさか自分がウェディングドレスを着られる日が来るだなんて、エルヴィは想像もしていなかった。
「それならば、良かったです」
「ユリウスも……すごく素敵です!」
「いや……はは。この歳で真っ白なタキシードはどうかと思ったのですがね」
「そんなことはありません! ものすごく格好良くて目が溶けそうです」
力強くそう叫んだエルヴィに、ユリウスは頬を染めた。
「あなたが気に入ってくださったのなら、着た甲斐がありました」
「とっても気に入りすぎました!」
「はは、なんですか。それは」
そんなことを話しながら、楽しくパーティは始まった。エルヴィはたくさんの使用人たちと話し、美味しい料理を幸せそうに頬張っていた。
ユリウスとエルヴィが寄り添っている姿は、どこからどう見ても仲の良い夫婦に見えた。年の差など何も気にならないくらい……とても自然な二人だった。
デザートを食べ終えた頃、時間は二十一時を迎えていた。
パーティを終わる前に、エルヴィは皆に挨拶をすることにした。
「皆さん、今まで本当にありがとうございました。いきなりラハティ家に転がり込んできたわたしに、優しくしてくださって感謝しています」
エルヴィは深く頭を下げた。
「わたしの生活は今まで魔法一色で、魔女マーベラスを倒すまでは激しい戦いと過酷な修行の日々でした。それがこちらにお世話になってから楽しいことばかりで……ユリウスと一緒に過ごせて、皆さんと過ごせて……本当に幸せでした」
笑顔で話すエルヴィの姿に、使用人たちは耐えきれずにグスグスと泣き出した。
「どうか哀しまないでください。でも、たまにわたしのことを思い出してくれたら嬉しいです。ありがとうございました」
ジュードはパチパチと手を叩き、それに合わせて他の使用人たちも拍手をした。
「エルヴィ、そろそろ行きましょうか」
「……はい」
最後はユリウスの部屋で二人きりで過ごそうと決めていた。
「着替えて来ていいですか?」
「ええ。でも少しだけ待ってください」
ユリウスはエルヴィの頬を大きな手で包み込みこんだ。
「誓いのキスをさせてください」
「……えっ!」
「ユリウス・ラハティは、生涯エルヴィを愛することを誓います」
それはまるで結婚式で宣言する言葉だった。
「エルヴィは、生涯ユリウスを愛することを誓います」
ユリウスに続いてエルヴィも誓いの言葉を宣言すると、ゆっくりと唇が重なった。
ラハティ公爵家の使用人全員が、二人が夫婦になった証人になった。
「……続きはまた後で」
耳元で甘く囁かれて、エルヴィは真っ赤に顔を染めた。触れ合いには慣れてきたと思っていたのに、正装をしているユリウスの色気はとんでもなかったからだ。
「は、はい」
「私も着替えます。ご希望はありますか?」
「……」
「エルヴィが一番好きなのは、騎士の制服ですかね?」
「うう……はい」
「やっぱりそうですか。当たっていました」
自分の好みを全て把握されていることを知り、エルヴィは恥ずかしかった。だがこれで本当に最後なのだから、エルヴィはユリウスに甘えることにした。
「すぐに部屋に来てくださいね」
「……?」
「一秒も無駄にしたくないですから」
ユリウスの寂しそうな表情に、エルヴィはこくんと頷いた。侍女たちの手を借りて、素早くウェディングドレスを脱ぎ、せっかくのお化粧もとることにした。
最後は素顔のまま……自分らしい姿で終わりたいと思ったからだ。
「ありがとう」
侍女にお礼を言い、すぐにユリウスの部屋に向かった。
「どうぞ」
返事を聞き中に入ると、ユリウスはエルヴィとの約束通り騎士の制服に着替えてくれていた。その姿は、エルヴィがユリウスを好きになった時と同じ格好だった。
「エルヴィ……それは」
「はい。わたし、最後はこの服がいいです」
「……そうですか」
エルヴィはユリウスに初めて買ってもらったワンピースに身を包んでいた。
「いつものエルヴィに戻りましたね」
「ええ。化粧もとってしまいました」
「ドレス姿は綺麗でしたが、そのままのエルヴィが一番可愛いです」
ユリウスの甘い言葉に、エルヴィは幸せすぎて眩暈がしそうだった。
「最後まで抱き締めていてもいいですか?」
「はい。嬉しいです」
「エルヴィ、愛していますよ」
「ユリウス、私もです」
二人はベッドで何度も甘いキスをし、愛を囁き合った。
ユリウスはそれ以上、エルヴィには触れないと決めていた。全てを欲しくないと言えば嘘になる。
エルヴィの全てを知りたい。全てを自分のものにしたい。愛する人にそう思うのは、当たり前の感情だろう。
だけどそれよりもエルヴィには『幸せ』だけを感じて欲しかった。
一つになるには、どうしたって痛みが伴う。それを無くすほどの時間は、二人にはもう残されていない。
それに、エルヴィもそんなことを望んではいない。もしかすると、魔法漬けの人生だったエルヴィはそんな行為自体を本当に何も知らないかもしれない。
エルヴィを怖がらせたくない。ユリウスに愛されて、心地よくて、幸せだったという記憶のみを残して欲しかった。
「わたしの身体がどうなるかわかりません」
「……それはどういうことですか?」
「呪いですから、消滅する可能性があります。最後のマーベラスのように」
魔女マーベラスを倒した時、彼女はサラサラと砂のように砕けて消えていった。
「そうなのですか?」
「わからないのです。その場合は身に付けているものも一緒に消える可能性があります。だから……この指輪を外そうか悩んでいます。できればこの指輪はわたしのお墓の中に入れて欲しいので」
身体が残らないかもしれないと聞いてユリウスは内心動揺していたが、指輪を外そうとしたエルヴィの手を止めた。
「ユリウス?」
「外さないでください。もし……もし消えても、あなたが天まで持って行ってください」
「……そうですね。約束の証ですもの」
「ええ。絶対に外さないでください」
「はい」
それからエルヴィは、ユリウスに一つのお願いをした。
「本当に切っていいのですか」
「はい。お願いします」
「では」
エルヴィはユリウスの剣で、自分の髪をふた束切ってもらった。
「もし身体が消えればひと束はお墓に。もうひと束は、ユリウスのお守りです。昔から魔法使いの髪には魂が宿ると言われています。迷信ですが、何かの助けになるかもしれません。わたしはいつでも……あなたの無事を祈っています」
「ありがとうございます」
「こ、これに入れてください」
エルヴィが気まずそうな顔で差し出したのは、お守り……のようなものだった。なぜ『ような』と言ったかというと、かなり不格好な出来だったからだ。
「これは?」
「わたしが作ったのですが……その……お裁縫は苦手でして。あまりに酷い出来なので、魔法の力を借りようかとも思ったのですが……できれば手作業でしたくて」
エルヴィは申し訳なさそうに、ユリウスの手の上にそれをのせた。
「……」
「……すみません。忘れてください! こんなボロボロのもの嫌ですよね」
ユリウスが無言で眺めていたのをどう思ったのか、エルヴィは焦ってお守りを奪い取ろうと手を伸ばした。
その手を掴んで、ユリウスはエルヴィをもう一度強く抱き締めた。
「ありがとうございます。大事にします」
「……すみません。下手くそで」
「エルヴィが縫ってくれたのが嬉しいです」
きっと魔法を使えば一瞬で綺麗なお守りを出せるはずだ。だが、エルヴィはろくにしたこともない裁縫をユリウスのために一生懸命してくれたのだ。それだけでユリウスの胸はいっぱいになった。
「髪を入れて、肌身離さず持ち歩きます」
「はい」
二人はお互いを見つめ合って、微笑んだ。
あと残り時間は十五分。
無情にもチクタクと進む時計が忌々しい。もし神様がいるのなら、お願いだからこのまま時を止めて欲しいとユリウスは何度も思った。
『時間を止める魔法はないのですか』
そう口に出しそうになるのを、ユリウスはグッと堪えた。もしそんな魔法があれば、エルヴィはすでに使っているはずだからだ。
「ユリウス、たくさん我儘を聞いてくださってありがとうございました」
チラリと時計を確認したエルヴィは、最後の別れとばかりに姿勢を正してユリウスに向き合った。
「エルヴィの我儘なんて可愛いものですよ。エルヴィが望んだことなんて普通の……ありきたりな幸せばかりではありませんか。もっと……もっと……あなたと生きたかった。あなたの……望みを……もっと聞いてあげたかっ……た」
ユリウスは泣かないと決めていたのに、どうしても堪えることができず頬に一筋の涙がこぼれた。
「わたしは騎士として働くあなたが好き。優しいのに強くて格好良くて……そして意外と涙脆いあなたも全部が大好きです」
「……エルヴィ」
「あなたといれば、わたしの孤独で暗かった世界が一気に明るく色付きました」
幸せそうに笑ったエルヴィの顔は、とても神聖で美しかった。
「私だってそうです。エルヴィがいれば……いつもと同じ淡々とした日々が……一気に楽しく明るいものに変わりました」
「へへ、そうですか。嬉しいです」
恥ずかしそうに照れて笑っているエルヴィを見て、可愛いなと思ったその時だった。
「ユリウス、さようなら。本当にありがとうございました」
「エル……ヴィ……なに……を」
「どうか幸せに」
「どう……して……」
「愛しています」
「エル……ヴ……」
あと五分残っていたはずだった。
しかし、ユリウスは急に身体が重たくなり瞼も強制的に閉じられた。エルヴィの柔らかい唇が触れた感触を最後に、ユリウスは意識を失った。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
この話で前編が終了し、次話から後編に突入します。
皆さんの大変な仕事や家事、学校の合間に少しでも楽しんでお読みいただけていれば嬉しいです。
大森 樹
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