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前編
4 デートがしたい
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恋人ならばまずはデートだろうと思い、翌日ユリウスはエルヴィを人気のレストランに誘った。
外に出かけるための準備をすると「こんなにお洒落をしたのは初めてです!」とエルヴィはユリウスが用意したワンピースを着て、くるりと回って喜んでいた。
そのワンピースは薄いピンクで、裾の部分には小さな花が綺麗に刺繍されていた。
「そういえば、エルヴィ嬢はいつも黒い服でしたね。黒がお好きなのですか?」
「黒い服の方が魔力が込めやすいのです」
「へぇ……色にそんな意味があるのですか」
「はい。でも、一度はこんな服を着てみたかったです。とっても嬉しいです! ありがとうございます」
嬉しそうに笑った顔がとても眩しくて、ユリウスは目を細めた。
これは特に何の変哲もない既製品のワンピースだ。ユリウスは適当に可愛らしいものを選んだのだが……こんなに喜んで貰えるのならばもっときちんとエルヴィのことを考えれば良かったと申し訳ない気分になった。
「では街に行った時に、エルヴィ嬢が気に入ったものを何枚か買いましょう」
「いいえ。これだけでいいです」
「遠慮しないでください。今の私は、あなたの恋人なのですから」
「遠慮ではなく、必要がないのです。わたしは長く生きられませんから」
エルヴィにさらりとそう言われて、ユリウスはぐっと言葉に詰まった。
「そんな顔しないでください。余命が少ないおかげで、こうやってユリウス様と一緒に出かけられるんですよ。それにこれ一着あれば、わたしは幸せです」
「……そうですか。じゃあ、行きましょうか」
「はい!」
二人は馬車で街に出掛け、予約していたレストランに向かった。
「どうぞ。何でも好きな物を頼んでください」
「いいのですか!」
「ええ」
エルヴィは目を輝かせて、楽しそうにメニューを眺めていた。
「……ステーキにしてもいいですか?」
「もちろん」
「さ、三百グラムでも?」
もじもじと恥ずかしそうにそう言ったエルヴィを見て、ユリウスはくすりと笑った。どうやら食べることは好きなようだ。
「五百でもかまわないですよ?」
「いえ、そんなには食べられません。デザートも食べたいので」
「はは、そうですか。じゃあ私は五百グラム食べることにします」
「いいですね!」
しばらくすると、二人の前には分厚いステーキが運ばれてきた。
「うわぁ……すごいです」
「食べましょう」
「はい! んんーっ、美味しいです」
エルヴィは口の中に肉を入れた瞬間に、とろけるようにふにゃりと微笑んだ。
「ああ、幸せ」
むぐむぐと頬を膨らませて食べる姿は、貴族の基準で言えばマナー違反ではあるが……とても可愛らしかった。
「柔らかくて美味しいです」
エルヴィは小さな身体で一生懸命ナイフで切っては、肉を口の中に運んでいる。
本当に美味しそうに食べるので、見ている方も食欲がわいてきた。なので、ユリウスも負けじとステーキを食べることにした。
「……美味しいですね」
「はい!」
何度も通った店のはずなのに、ユリウスは何故か今日の料理が一番美味しく感じた。
「こんなに豪華な食事も久しぶりです」
「そうなのですか? いつもはどんな物を?」
「いつもは……簡単で適当なものです。ハムとチーズを挟んだサンドウィッチとか、ポトフみたいなものです。四六時中魔法の鍛錬をしていたので、素早く食べられるものを選んでいました。大きな討伐が終わった時だけは、ご褒美としてお店でゆっくりお肉食べてましたけどね」
ユリウスは、エルヴィが自分の生活の全てを魔法に捧げていたのだと知った。報奨金は余りあるほどあるにもかかわらず、本人の生活は驚くほど質素だ。
「これからは、毎日食べたいものを食べましょう」
「よろしいのですか?」
「シェフに何でもリクエストしてください。みんな腕がいいですから」
「とても楽しみです!」
「……そろそろデザート、頼みましょうか」
「はい!」
エルヴィはチーズケーキと紅茶を頼み、それもペロリと綺麗に平らげた。
「どれも本当に美味しかったです。連れてきていただき、ありがとうございました」
「気に入ったのならまた来ましょう」
ユリウスは何気なくそう告げたが、エルヴィはニコリと微笑んだだけで返事をしなかった。
その表情を見てきっと『もう来ることはない』と思っているのだろうと感じたユリウスは、また胸がぎゅっと苦しくなった。
「まだ残り二十日以上あるでしょう? 必ずもう一度ここにステーキを食べに来ましょう」
そう伝えると、エルヴィは少し驚いた顔をした後にふわりと微笑んだ。
「……そうですね。楽しみです」
最初は面倒なことになったと頭を抱えていたユリウスだったが、今はエルヴィの命が尽きるまで存分に我儘を聞いてあげたくなっていた。
「街をぶらぶらしてみますか?」
「はい!」
レストランを出て、ユリウスはエルヴィの手を自然にそっと握った。
「あ、あの……手が……」
「はぐれてはいけませんから、エスコートさせて下さい」
「は、はい。お願いします」
ドギマギしているエルヴィを横目で見ながら、ユリウスは歩き出した。二人は恋人……というよりは、親子に近い年齢差だ。
「手を握るのは嫌ではありませんか?」
「はい。嬉しいですが……緊張します」
「そうですか」
「わたしの手と全然違いますね。とても大きいです」
エルヴィはユリウスの手をニギニギと何度も握って、感触を確かめていた。
「こら。くすぐったいです」
「ああ、すみません」
「悪戯できぬようにこうしておきましょう」
その瞬間にユリウスに指を絡められて、いわゆる恋人繋ぎになった。
「ひゃあっ……!」
急に大人しくなったエルヴィの姿に満足して、ユリウスは「行きますよ」と声をかけた。
それからは街の様々な場所を案内され、とても楽しい時間を過ごした。
「活気のある良い街ですね」
「……ええ。あなたのおかげで魔女に怯えて暮らさなくてよくなりました。領主として感謝しています」
「そうですか。この景色を守れたのであれば、わたしも命をかけた甲斐がありました」
エルヴィは笑いながら、さも当たり前のことのようにそう話した。ユリウスはどうしてこの強く優しい魔法使いが、命を奪われなければいけないのかと胸が苦しくなった。
「それに、わたしだけの力ではありません。ユリウス様たち騎士のおかげでもあります」
「私たちは補佐のようなものですから」
「いえ、それが大事なのです。あなたはいつもわたしを気遣ってくださいました。それが、とても嬉しくて……好きになったのです」
下級の魔物は騎士でも太刀打ちできるが、マーベラスのような強い魔女は『魔法』でないと倒せない。なので、大きな討伐では結局はエルヴィ頼りだった。
『強いんだから、エルヴィ様一人で行ってパッと倒してきて欲しいよな』
『ああ。魔物も恐いけど、エルヴィ様の魔法も恐ろしいよ』
『魔法使いって、人間じゃねぇよな』
裏で騎士たちからそんなことを言われるのは、エルヴィにとって日常茶飯事だった。
確かにエルヴィは強かったが、小物の魔物でもたくさんに囲まれると負ける危険性があった。それに、高度な魔法は唱えるのに時間がかかるため、時間稼ぎも必要なのだ。だからこそ、一人で敵を倒すのは難しかった。
しかし、それを理解してくれる人間は少なかった。エルヴィは、皆から何でもできる超人だと思われていたからだ。
『エルヴィ嬢、少し休んでください。この辺は強い魔物も出ませんし、私が起きて見回りをしているので安心してください』
ユリウスだけは、いつもエルヴィを普通の人間として接してくれた。それがとても嬉しかった。
真面目で誠実、敵を前にしても冷静で……誰に対しても親切だった。
「あなたのことを好きになって良かったです」
「いや、私はあなたに好かれるような男では……」
「いいえ。ユリウス様は素敵な人です。わたしはあなたとこうして過ごせて幸せです」
エルヴィにそう言ってもらえて嬉しいはずなのに、ユリウスはなぜか胸が苦しくなった。
外に出かけるための準備をすると「こんなにお洒落をしたのは初めてです!」とエルヴィはユリウスが用意したワンピースを着て、くるりと回って喜んでいた。
そのワンピースは薄いピンクで、裾の部分には小さな花が綺麗に刺繍されていた。
「そういえば、エルヴィ嬢はいつも黒い服でしたね。黒がお好きなのですか?」
「黒い服の方が魔力が込めやすいのです」
「へぇ……色にそんな意味があるのですか」
「はい。でも、一度はこんな服を着てみたかったです。とっても嬉しいです! ありがとうございます」
嬉しそうに笑った顔がとても眩しくて、ユリウスは目を細めた。
これは特に何の変哲もない既製品のワンピースだ。ユリウスは適当に可愛らしいものを選んだのだが……こんなに喜んで貰えるのならばもっときちんとエルヴィのことを考えれば良かったと申し訳ない気分になった。
「では街に行った時に、エルヴィ嬢が気に入ったものを何枚か買いましょう」
「いいえ。これだけでいいです」
「遠慮しないでください。今の私は、あなたの恋人なのですから」
「遠慮ではなく、必要がないのです。わたしは長く生きられませんから」
エルヴィにさらりとそう言われて、ユリウスはぐっと言葉に詰まった。
「そんな顔しないでください。余命が少ないおかげで、こうやってユリウス様と一緒に出かけられるんですよ。それにこれ一着あれば、わたしは幸せです」
「……そうですか。じゃあ、行きましょうか」
「はい!」
二人は馬車で街に出掛け、予約していたレストランに向かった。
「どうぞ。何でも好きな物を頼んでください」
「いいのですか!」
「ええ」
エルヴィは目を輝かせて、楽しそうにメニューを眺めていた。
「……ステーキにしてもいいですか?」
「もちろん」
「さ、三百グラムでも?」
もじもじと恥ずかしそうにそう言ったエルヴィを見て、ユリウスはくすりと笑った。どうやら食べることは好きなようだ。
「五百でもかまわないですよ?」
「いえ、そんなには食べられません。デザートも食べたいので」
「はは、そうですか。じゃあ私は五百グラム食べることにします」
「いいですね!」
しばらくすると、二人の前には分厚いステーキが運ばれてきた。
「うわぁ……すごいです」
「食べましょう」
「はい! んんーっ、美味しいです」
エルヴィは口の中に肉を入れた瞬間に、とろけるようにふにゃりと微笑んだ。
「ああ、幸せ」
むぐむぐと頬を膨らませて食べる姿は、貴族の基準で言えばマナー違反ではあるが……とても可愛らしかった。
「柔らかくて美味しいです」
エルヴィは小さな身体で一生懸命ナイフで切っては、肉を口の中に運んでいる。
本当に美味しそうに食べるので、見ている方も食欲がわいてきた。なので、ユリウスも負けじとステーキを食べることにした。
「……美味しいですね」
「はい!」
何度も通った店のはずなのに、ユリウスは何故か今日の料理が一番美味しく感じた。
「こんなに豪華な食事も久しぶりです」
「そうなのですか? いつもはどんな物を?」
「いつもは……簡単で適当なものです。ハムとチーズを挟んだサンドウィッチとか、ポトフみたいなものです。四六時中魔法の鍛錬をしていたので、素早く食べられるものを選んでいました。大きな討伐が終わった時だけは、ご褒美としてお店でゆっくりお肉食べてましたけどね」
ユリウスは、エルヴィが自分の生活の全てを魔法に捧げていたのだと知った。報奨金は余りあるほどあるにもかかわらず、本人の生活は驚くほど質素だ。
「これからは、毎日食べたいものを食べましょう」
「よろしいのですか?」
「シェフに何でもリクエストしてください。みんな腕がいいですから」
「とても楽しみです!」
「……そろそろデザート、頼みましょうか」
「はい!」
エルヴィはチーズケーキと紅茶を頼み、それもペロリと綺麗に平らげた。
「どれも本当に美味しかったです。連れてきていただき、ありがとうございました」
「気に入ったのならまた来ましょう」
ユリウスは何気なくそう告げたが、エルヴィはニコリと微笑んだだけで返事をしなかった。
その表情を見てきっと『もう来ることはない』と思っているのだろうと感じたユリウスは、また胸がぎゅっと苦しくなった。
「まだ残り二十日以上あるでしょう? 必ずもう一度ここにステーキを食べに来ましょう」
そう伝えると、エルヴィは少し驚いた顔をした後にふわりと微笑んだ。
「……そうですね。楽しみです」
最初は面倒なことになったと頭を抱えていたユリウスだったが、今はエルヴィの命が尽きるまで存分に我儘を聞いてあげたくなっていた。
「街をぶらぶらしてみますか?」
「はい!」
レストランを出て、ユリウスはエルヴィの手を自然にそっと握った。
「あ、あの……手が……」
「はぐれてはいけませんから、エスコートさせて下さい」
「は、はい。お願いします」
ドギマギしているエルヴィを横目で見ながら、ユリウスは歩き出した。二人は恋人……というよりは、親子に近い年齢差だ。
「手を握るのは嫌ではありませんか?」
「はい。嬉しいですが……緊張します」
「そうですか」
「わたしの手と全然違いますね。とても大きいです」
エルヴィはユリウスの手をニギニギと何度も握って、感触を確かめていた。
「こら。くすぐったいです」
「ああ、すみません」
「悪戯できぬようにこうしておきましょう」
その瞬間にユリウスに指を絡められて、いわゆる恋人繋ぎになった。
「ひゃあっ……!」
急に大人しくなったエルヴィの姿に満足して、ユリウスは「行きますよ」と声をかけた。
それからは街の様々な場所を案内され、とても楽しい時間を過ごした。
「活気のある良い街ですね」
「……ええ。あなたのおかげで魔女に怯えて暮らさなくてよくなりました。領主として感謝しています」
「そうですか。この景色を守れたのであれば、わたしも命をかけた甲斐がありました」
エルヴィは笑いながら、さも当たり前のことのようにそう話した。ユリウスはどうしてこの強く優しい魔法使いが、命を奪われなければいけないのかと胸が苦しくなった。
「それに、わたしだけの力ではありません。ユリウス様たち騎士のおかげでもあります」
「私たちは補佐のようなものですから」
「いえ、それが大事なのです。あなたはいつもわたしを気遣ってくださいました。それが、とても嬉しくて……好きになったのです」
下級の魔物は騎士でも太刀打ちできるが、マーベラスのような強い魔女は『魔法』でないと倒せない。なので、大きな討伐では結局はエルヴィ頼りだった。
『強いんだから、エルヴィ様一人で行ってパッと倒してきて欲しいよな』
『ああ。魔物も恐いけど、エルヴィ様の魔法も恐ろしいよ』
『魔法使いって、人間じゃねぇよな』
裏で騎士たちからそんなことを言われるのは、エルヴィにとって日常茶飯事だった。
確かにエルヴィは強かったが、小物の魔物でもたくさんに囲まれると負ける危険性があった。それに、高度な魔法は唱えるのに時間がかかるため、時間稼ぎも必要なのだ。だからこそ、一人で敵を倒すのは難しかった。
しかし、それを理解してくれる人間は少なかった。エルヴィは、皆から何でもできる超人だと思われていたからだ。
『エルヴィ嬢、少し休んでください。この辺は強い魔物も出ませんし、私が起きて見回りをしているので安心してください』
ユリウスだけは、いつもエルヴィを普通の人間として接してくれた。それがとても嬉しかった。
真面目で誠実、敵を前にしても冷静で……誰に対しても親切だった。
「あなたのことを好きになって良かったです」
「いや、私はあなたに好かれるような男では……」
「いいえ。ユリウス様は素敵な人です。わたしはあなたとこうして過ごせて幸せです」
エルヴィにそう言ってもらえて嬉しいはずなのに、ユリウスはなぜか胸が苦しくなった。
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