1 / 38
前編
1 恋人になりたい
しおりを挟む
「あははははは! お前は死の恐怖に怯えながら、この一カ月無様に生きるといい」
「わたしに一体なにをした!」
「悔しいがこちらの負けだ。だが、このマーベラス様がただで死ぬわけがなかろう? お前も道連れだ!」
それが、この国で一番人間を食った最強で最悪な魔女マーベラスの最期の言葉だった。
この日、魔法を使っての激しい戦いの末に大魔法使いエルヴィは見事に勝利をおさめた。国中がマーベラスの恐怖から解放された喜びでお祝いムードの中、王宮の玉座の間は重い雰囲気に包まれていた。
「エルヴィ様、残念ながらこの呪いは解けません」
「……でしょうね。あのマーベラスが命と引き換えにした魔法ですから」
「力不足で申し訳ありません」
国王陛下の命で秘密裏に呼ばれた解呪師は、悔しそうな顔をしてエルヴィに深く頭を下げた。
「いや、あなたは間違いなく優秀です。この呪いを解くことができるのはマーベラスだけでしょう。まあ、もうかけた本人が死んでいるのでどうしようもないですがね」
「かろうじてわかったことはこれは『何かを失う』呪いで、エルヴィ様の前には『三十』という文字が視えています」
「マーベラスは『死の恐怖』に怯えながら『一カ月』生きろと言っていました。なので、十中八九これは三十日後にわたしが死ぬ呪いでしょう」
まるで他人事のように淡々とエルヴィがそう告げると、集まっていた国の重役たちはまるで葬式かのように暗い顔で俯いた。
「エルヴィ、我が国のために今までよく頑張ってくれた。礼を言う」
国王はぐっと唇を噛みしめ、落ち着いた声でそうエルヴィに告げた。
「ありがとうございます。わたしにはもったいないお言葉です」
「この三十日間、好きに過ごしてくれ。どんな我儘でも私が許そう。希望はあるか?」
そう言われて、エルヴィは口元を手で押さえて考えた。この二十五年、エルヴィは魔法漬けの人生だった。
死ぬ前にしてみたいこと……それを望むのはとても恥ずかしかったが、もうすぐ死ぬのに恥ずかしいも何もないだろうと開き直った。
「では、ひとつだけお願いがございます」
「なんだ。言うてみよ」
「……と……になりたいです」
エルヴィはもじもじしながら、ごにょごにょと小さな声で希望を口にした。
「なんと言ったのだ?」
国王にもう一度聞き返されて、エルヴィは恥ずかしくて真っ赤になった。だがもうこんなチャンスは二度とないのだから、どうせなら冥土の土産にしようと気合を入れ直した。
「ユ、ユリウス・ラハティ様と恋人になりたいです!」
全く想像もしていなかった方向のお願いに、誰も反応することができず……シンと静まり返った。
「こ、恋人っ!?」
その静寂を破ったのは、名前を出されたユリウス本人だった。大きな声を出したことに気が付き、慌てて手を口に当てている。いつも冷静沈着な騎士団長であるユリウスが、ここまで戸惑っている様子は珍しかった。
「も……申し訳ありません。少々驚いてしまいまして」
ユリウスはゴホンと咳ばらいをした後に、国王に向かって頭を下げた。
「エルヴィ……君の言うユリウスとは、このユリウスで間違いないか?」
国王は眉を顰めながら、騎士団長のユリウスに視線を向けた。全員の視線がユリウスに向いており、彼はなんとも居た堪れない表情をしている。
「はい」
「……ユリウスと恋人になりたいのか?」
「は、はい」
エルヴィはユリウスに迷惑をかけているなと申し訳なく思って、身体を小さくして人差し指をいじいじと触っていた。その様子を見て、国王は切ない気持ちで目を細めた。
元々エルヴィは平民の孤児であったが類まれなる魔法の才能があったので王家で預かり、老齢で変わり者だがとても優秀な魔法使いの元で修行をさせていた。
そのため国王は幼い頃からエルヴィのことを知っている。だが生活のほとんどを魔物討伐か魔法の鍛錬をしていた彼女が、恋だ愛だと浮かれている姿は一度も見たことがなかった。
本当にエルヴィが呪いで死ぬのであれば、こんな哀しいことはない。しかし、避けられない事実ならば、せめて今までできなかった『普通の生活』をさせてやりたいと思っていた。
「わかった。ユリウス、お前とエルヴィは、今日から恋人だ」
「へ、陛下っ! ちょっとお待ちください。さすがにそれは」
「これは王命だ。背くならば、お前の首が飛ぶだけだ」
国王は、そんな物騒なことを言いながらにっこりと微笑んだ。騎士団長を処刑するなど、さすがに冗談だろうと誰もが思ったが……その笑顔は案外本気のように見えて、ユリウスに承諾する以外の選択肢はなかった。
「この国を救った英雄の最期の願いだ。聞いてくれるな?」
「……お役目全うさせていただきます」
こんな形で、かなり無理矢理ではあるがエルヴィとユリウスは恋人になった。
しかももう寿命が短いという理由で、なるべく長く一緒にいるためにエルヴィがラハティ公爵家に住むということもその時に決まった。
そして『寿命が尽きるまでエルヴィを守る』という名目を作られ、強制的にユリウスも騎士団の仕事を一カ月休むことになった。
普通なら騎士団長と大魔法使いが一カ月も仕事を不在にするなんてあり得ない。だがこれはエルヴィのおかげでこの国から魔女がいなくなり、平和になったからこそ可能なことだった。
「わたしに一体なにをした!」
「悔しいがこちらの負けだ。だが、このマーベラス様がただで死ぬわけがなかろう? お前も道連れだ!」
それが、この国で一番人間を食った最強で最悪な魔女マーベラスの最期の言葉だった。
この日、魔法を使っての激しい戦いの末に大魔法使いエルヴィは見事に勝利をおさめた。国中がマーベラスの恐怖から解放された喜びでお祝いムードの中、王宮の玉座の間は重い雰囲気に包まれていた。
「エルヴィ様、残念ながらこの呪いは解けません」
「……でしょうね。あのマーベラスが命と引き換えにした魔法ですから」
「力不足で申し訳ありません」
国王陛下の命で秘密裏に呼ばれた解呪師は、悔しそうな顔をしてエルヴィに深く頭を下げた。
「いや、あなたは間違いなく優秀です。この呪いを解くことができるのはマーベラスだけでしょう。まあ、もうかけた本人が死んでいるのでどうしようもないですがね」
「かろうじてわかったことはこれは『何かを失う』呪いで、エルヴィ様の前には『三十』という文字が視えています」
「マーベラスは『死の恐怖』に怯えながら『一カ月』生きろと言っていました。なので、十中八九これは三十日後にわたしが死ぬ呪いでしょう」
まるで他人事のように淡々とエルヴィがそう告げると、集まっていた国の重役たちはまるで葬式かのように暗い顔で俯いた。
「エルヴィ、我が国のために今までよく頑張ってくれた。礼を言う」
国王はぐっと唇を噛みしめ、落ち着いた声でそうエルヴィに告げた。
「ありがとうございます。わたしにはもったいないお言葉です」
「この三十日間、好きに過ごしてくれ。どんな我儘でも私が許そう。希望はあるか?」
そう言われて、エルヴィは口元を手で押さえて考えた。この二十五年、エルヴィは魔法漬けの人生だった。
死ぬ前にしてみたいこと……それを望むのはとても恥ずかしかったが、もうすぐ死ぬのに恥ずかしいも何もないだろうと開き直った。
「では、ひとつだけお願いがございます」
「なんだ。言うてみよ」
「……と……になりたいです」
エルヴィはもじもじしながら、ごにょごにょと小さな声で希望を口にした。
「なんと言ったのだ?」
国王にもう一度聞き返されて、エルヴィは恥ずかしくて真っ赤になった。だがもうこんなチャンスは二度とないのだから、どうせなら冥土の土産にしようと気合を入れ直した。
「ユ、ユリウス・ラハティ様と恋人になりたいです!」
全く想像もしていなかった方向のお願いに、誰も反応することができず……シンと静まり返った。
「こ、恋人っ!?」
その静寂を破ったのは、名前を出されたユリウス本人だった。大きな声を出したことに気が付き、慌てて手を口に当てている。いつも冷静沈着な騎士団長であるユリウスが、ここまで戸惑っている様子は珍しかった。
「も……申し訳ありません。少々驚いてしまいまして」
ユリウスはゴホンと咳ばらいをした後に、国王に向かって頭を下げた。
「エルヴィ……君の言うユリウスとは、このユリウスで間違いないか?」
国王は眉を顰めながら、騎士団長のユリウスに視線を向けた。全員の視線がユリウスに向いており、彼はなんとも居た堪れない表情をしている。
「はい」
「……ユリウスと恋人になりたいのか?」
「は、はい」
エルヴィはユリウスに迷惑をかけているなと申し訳なく思って、身体を小さくして人差し指をいじいじと触っていた。その様子を見て、国王は切ない気持ちで目を細めた。
元々エルヴィは平民の孤児であったが類まれなる魔法の才能があったので王家で預かり、老齢で変わり者だがとても優秀な魔法使いの元で修行をさせていた。
そのため国王は幼い頃からエルヴィのことを知っている。だが生活のほとんどを魔物討伐か魔法の鍛錬をしていた彼女が、恋だ愛だと浮かれている姿は一度も見たことがなかった。
本当にエルヴィが呪いで死ぬのであれば、こんな哀しいことはない。しかし、避けられない事実ならば、せめて今までできなかった『普通の生活』をさせてやりたいと思っていた。
「わかった。ユリウス、お前とエルヴィは、今日から恋人だ」
「へ、陛下っ! ちょっとお待ちください。さすがにそれは」
「これは王命だ。背くならば、お前の首が飛ぶだけだ」
国王は、そんな物騒なことを言いながらにっこりと微笑んだ。騎士団長を処刑するなど、さすがに冗談だろうと誰もが思ったが……その笑顔は案外本気のように見えて、ユリウスに承諾する以外の選択肢はなかった。
「この国を救った英雄の最期の願いだ。聞いてくれるな?」
「……お役目全うさせていただきます」
こんな形で、かなり無理矢理ではあるがエルヴィとユリウスは恋人になった。
しかももう寿命が短いという理由で、なるべく長く一緒にいるためにエルヴィがラハティ公爵家に住むということもその時に決まった。
そして『寿命が尽きるまでエルヴィを守る』という名目を作られ、強制的にユリウスも騎士団の仕事を一カ月休むことになった。
普通なら騎士団長と大魔法使いが一カ月も仕事を不在にするなんてあり得ない。だがこれはエルヴィのおかげでこの国から魔女がいなくなり、平和になったからこそ可能なことだった。
411
お気に入りに追加
1,047
あなたにおすすめの小説
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる