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32料理人になります

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 そして、やっとシュバイク王国の王都に着いた。途中で国境を越える立派な門があったが、この馬車を見ると中の調査もせずにすぐに入れてもらえた。王家の馬車だと一目でわかるらしい。びっくりだ。

 シュバイクの街は活気があって華やか。この国がとても栄えていることが一目でわかった。

「わぁ、すごい人だね」
「ああ、シュバイク王国の首都だからとても賑わっている」

 私はずっと窓から街を覗いている。ミーナになってから、小さい田舎町しか知らなかったので新鮮だ。前世ではメラビア王国も栄えていたが、王女の私が大きな街を自由に歩くことなどできなかったので、正直ちゃんと見たことがないのだ。

「興味津々だな」
「だって!こんな大きな街、知ってはいたけど歩いたことはないもの」
「そうか」

 すると、あるお店の前で馬車が停まった。広い道路なのでそのまま横付けされている。

「降りよう。ここで買い物だ」
「何かお買い物するの?」
「王宮に入るにはドレスが必要だ」
「……え?」

 混乱したまま私は手を引かれて、店に連れて行かれるとそこは煌びやかな洋服屋さんだった。

「いらっしゃいませ」
「依頼していたドレスを頼む」
「はい、カール様。もちろん、出来ております。ミーナ様、奥でお着替え致しましょう」
「えっ……ちょっ……」
「さあ、早く!」

 私は拒否する間も無く、あれよあれよという間に豪華なドレスに着替えさせられお化粧とヘアセットもされた。

 私の瞳に合わせたであろう、ブルーパープルのドレスはレースで花が何層にも作られている。腰のリボンは黒でカールの髪の色だ。大人可愛くて……とても素敵。ネックレスやイヤリングも合わせられている。

 そして私の体にピッタリ。

 どうやらカールは事前にドレスのオーダーをしていたらしい。何故サイズを知っているのか?それは以前にウェディングドレスの採寸をしたから。

 試着室から恐る恐る出ると、カールは私を見て固まっていた。

「ど、どうかな?」

「……」

 え?なんとか言ってよ。変じゃないと思うけど?てゆーか、あなたが贈ったんだからね。

「悪い、つい見惚れた。とてもよく似合ってる」
「……良かった」
「王宮へ連れて行くのが惜しくなるな。可愛い君は俺だけが知っていればいいのに」

 カールのその言葉に、ショップのお姉様方達から「ひゃあ」とか「愛されていらっしゃる」とかキャピキャピした声が聞こえてきて恥ずかしくなった。

「カ、カール!恥ずかしいから……」
「何が?本当のことだ」

 彼は私の髪を一束掬い、キスをした。ずっと無骨な騎士だと勘違いしていたけど、思いを告げられてからはなかなか気障な甘い言葉を平気で言う。気障な男は嫌だったのに……カールだと嫌じゃないのが不思議。

「このドレスも用意してくれてありがとう」
「俺が贈りたかっただけだ。普段のミーナも好きだが、たまには着飾ったところを見たくてな」

 そんなことを言っているが、確かにシュバイク王国の王家の方々との謁見に普段着では行けないよね。

 そして、カールも面倒だと言いながら自分も頼んでいた服に着替えた。裏地は濃いブルーの黒のロングジャケットに、お洒落なシャツ……そして宝石の飾りがついたタイに黒のパンツを合わせている。

 うわ……キチンとした服装のカールは凛々しくて格好良い。昔は見慣れていたはずだけど、あの時は好きじゃなかったからなんとも思わなかったのよね。恋ってすごいわ。服装が変わるだけで、ドキドキしちゃうもの。

「似合ってる!素敵ね」
「そうか?ミーナが良いって言ってくれるなら、堅苦しい服もたまにはいいな。最近は楽な服にすっかり慣れてしまったから少し窮屈だが」
「そうね。私も苦しいわ」

 そう言って二人で顔を見合わせて笑った。そしてまた馬車に乗り込み、ついに王宮へ着いた。

「着いた。行こう」

 私達は御者さんにお礼を言い、中に入ろうとした時……警備の騎士達がみんな一斉に頭を下げた。

「ひぇっ!」

 あまりの迫力に、私は驚いてカールの腕に抱きついてしまった。有名人なのだろうとは思っていたけれど、彼がここまで影響力があると思わなかった。


 カールはその騎士達を見て「ふぅ」と重たいため息をついた。

「カール様、お帰りなさいませ!」

 そんな声が色んな場所から聞こえてくる。カールはめんどくさそうな顔で「お帰りって俺もうここの国民じゃねぇし」と呟いていた。

「皆のもの、警備ご苦労。だが、今回は私事で来ているので構わなくてよい!任務に戻られよ」

 ……と、大きな声で叫ぶと「はっ!」と返事が聞こえた。

「さあ、行こう」

 カールは私の手をポンポンと撫でて、微笑み先を促した。私はなんだか急に不安になってきた。シュバイク王国で英雄のカール。頭では理解していたけど、いざ目の当たりにすると戸惑ってしまう。

 私が好きになったのは、一緒に庶民の暮らしをして毎日過ごしている彼なのだから。

 みんなからこんなに尊敬される強い騎士なのに、本当に騎士をやめて私と結婚して、田舎に住んでいいのだろうか?

 胸が……もやもやする。

 豪華な扉の前に着き、護衛騎士が「カール様とご婚約者様が来られました」と伝え「入れ」と入室許可をもらった。

 重たい扉が開くと、そこは広い部屋で少し高い場所に男性が座っている。きっとシュバイク国王陛下だ。カールと一緒に入り、彼と一緒に頭を下げた。

「陛下、お久しゅうございます。この度、お忙しい中謁見の機会をいただき光栄にございます」
「挨拶などよい!二人とも顔をあげよ」
「はっ」

 その言葉を合図にゆっくりと顔をあげた。そこには、少しジョセフ王子の面影がある男性がいた。

「カール……お前な……」

 何故か王は眉を釣り上げて、プルプルと拳を握りしめている。え?なんか……怒っていらっしゃるような?

「私に何も言わずに勝手に出ていきよって!薄情ではないか。父上に止められなかったら、捕まえに行っておったぞ」

 陛下は不機嫌な顔で、怒りを露わにしている。ちょ、ちょっとカール。どんな風にこの国を去ったのよ!私は青ざめて隣のカールを怪訝な顔で見た。

 しかし、焦る私をよそに彼は何事もないかのように飄々としている。

「先代の国王陛下の許可をいただきましたから」
「今の王は私だ」
「もちろん承知しております。しかし、俺と契約したのは先代王ですから。申し訳ありません」
「カール……お前は本当に……」

 はぁ、と陛下が頭をかかえて天を仰いだ。それから私に視線を移し、ジッと見つめる。

「あなたがカールの婚約者か?」
「はい。ルニアス王国のミーナと申します」
「先日は、我が国の貴族が迷惑をかけて済まなかったな。レッドフォード家は厳罰に処した」
「いいえ、カールが助けてくれましたから」

 私は陛下にニコリと微笑んだ。

「ミーナ嬢……我が国に来るつもりはないか?もちろん、必要な家等は全てこちらで用意する。それに王家もあなたを歓迎する」
「……え?」

 我が国に来るってシュバイク王国に住めってこと!?そんなこと言われても困る。

「陛下!ミーナに変なことを言わないでください」
「何が変なことだ。お前が聞く耳も持たぬから、ミーナ嬢に聞いているのではないか」
「俺はミーナの生まれ故郷に住みます」
「ならぬ。我が国へ戻り、再び騎士として仕えよ」
「嫌です」
「お前には感謝しているのだ。カールがレッドフォード公爵とダラム帝国王と繋がっていた証拠をくれただろう?そこから問いただして兄上の暗殺に関わっていたことを吐かせた。暗殺の裏切り者があんなに近くにいたとはな」
「……そうですか。よくあの公爵が認めましたね」
「まあ、うちの手荒な連中が対応したからな」
「吐かざるを得なかったというわけですか」
「これで……やっと兄上の弔いが終わりだ」

 陛下は目を閉じて、グッと目頭を手で摘んだ。

「お前は我が国を救ってくれた。だからこの国で何不自由なく暮らして欲しいのだ」
「いりません。お気持ちだけいただきます。もう俺は騎士として仕えるのはやめましたから」
「何故だ!?騎士をやめて一体何をするというのだ!」
「俺は料理人になります」

 カールはハッキリとそう言った。陛下を含め、周囲の護衛や側近の方々はポカンと口を開いて驚いている。

 そりゃそうだ!なんでカールはこんなところでそんな報告をしたのよ。国の英雄がいきなり料理人になるなんて驚くに決まっている。

「り……料理人?」
「はい」
「カールが料理が好きなんて聞いたことがないぞ」
「ええ。今までは好きではありませんでしたから」
「はぁ!?意味がわからぬ」

 陛下がまた頭を抱えたところで、後ろから大きな笑い声が聞こえてきた。

「はっはっは、カールがいきなり料理人とは実に面白いな」

 振り向くと、そこには先代の国王陛下がいらっしゃった。私はジョセフ王子と婚約する際に何度かお会いしている。キャロラインにもとても優しくしてくださった方だ。あの時より少しお年は取られているが、お元気そう。懐かしくて少し涙が出そうになるのを、グッとこらえた。

「父上っ!」
「カールが婚約者を連れて来てくれたと聞いてね。つい見にきてしまったよ」

 先代の国王陛下はゆっくりとこちらに来られたので、私達は頭を下げる。

「頭をあげよ。カール、よく来てくれた。レッドフォード公爵のことも感謝する」
「はい」
「久々に見たお前が幸せそうで安心したよ」
「……ありがとうございます」

 カールとしばらく話した後、ぐるりと私の方を向き微笑んでくださった。

「カールがそんなに穏やかな顔をしているのは君のおかげかな。お嬢さん、お名前は?」
「ミーナと申します」
「ミーナ嬢、カールをよろしく頼むよ」
「は、はい!」
「おや?」

 先代の国王陛下は私の頬にそっと触れ、顔を上げさせた。そして私の瞳をジーッと眺めていらっしゃった。

「勝手に触れて失礼したね。懐かしい人の美しい瞳に似ていて……つい見とれてしまったよ」

 目を細めてフッと柔らかく微笑まれた。私は緊張と驚きで固まってしまっている。

「あなた様と言えど、ミーナに触らないでいただきたい」

 ムスッと不機嫌な顔でそんなことを言い出すカールに、私はまた驚いた。

「くっくっく、本当に面白いな。お前は、こんな老齢の男にまでやきもちを妬くのか」
「当たり前です。彼女に近付く男は全て敵です」
「ハハハ、以前のカールとは別人のようだ」

 先代王は涙を拭いながら笑っている。ちょっと……カール……私は困って俯いた。

「こんなに笑ったのは久々だ。カール結婚するんだったな。祝いの品は何が良い?お前への礼も併せて何でも叶えよう」
「父上っ!このままカールを帰すつもりですか?」
「もちろんだ。カールはこの国の民でも、臣下ではない。本人が望まぬことはできぬことは、お前もわかっているだろう?」
「……はい」
「なら私達に出来ることは、二人を祝うことしかないだろう」

 穏やかだが、圧をかけて一瞬で陛下を黙らせた。

「ミーナ、何か欲しいものあるか?」
「えっ……えーっと……」

 急にそんなことを言われても困る。あ、そうだ。お店で見ようと思っていたけど、頼んだら食材をくださるかもしれない。

「ではシュバイク王国の第一級品の紅茶と、香辛料をくださいませ。あと……良いお砂糖もいただけると嬉しいです!!」

 これがあればめちゃくちゃ料理の幅が広がるのよね。紅茶もやっぱり良いものは香りがいいし。贅沢だけど。あとお砂糖がたくさんあれば、スイーツを沢山出せる。お客様達にも、食べさせてあげたいけど……いつもなかなか高値になっちゃうから貰えたら安くで食べてもらえる。

 そんなことを考えていると、部屋中がシーンと静まり返っていた。え?私ったら、まずいこと言ったかしら?

「あ、あの。お砂糖は無理なら……その……いらないです。すみません」

 私が慌ててそう言うと、ドッと大きな笑い声に包まれた。何故かみんなに笑われている。

「国宝級の物をねだることもできるのに……なんて欲のない」

 陛下ははぁ、と呆れたように笑っている。

「カール、お前は良い伴侶を見つけたな」
「はい、彼女以外は考えられません」
「ミーナ嬢、そなたの希望は全て叶えよう。定期的に贈ることを約束する」
「ええっ!?定期的にですか?それはかなり嬉しいです」
「ミーナ、よかったな」

 カールは優しく私の頭を撫でた。

「カール、今夜は一緒にディナーを取らないか?」

 先代国王と陛下に誘われたが、カールはバッサリとそれを断った。

「嫌です。せっかくミーナとの旅行なので、二人きりでいたいですから」
「ちょ……ちょっと、カール!」

 流石に不敬だと、腕を掴んで小声で窘めた。

「あー、もうよい。行け。私に惚気を聞く時間はないからな」
「そうだな。付き合ってられぬな」

 陛下は嫌そうに、先代王国は呆れたように笑っていらっしゃった。は、恥ずかしい。

「はい、失礼致します。ではまた機会があればお会いしましょう」

 カールはさらりと礼をして、私の肩を抱いて扉に向かった。

「カール、幸せになれ」
「二人ともいつでも遊びに来なさい。歓迎するから」

 お二人の優しいお声かけに、私はくるりと振り向き「ありがとうございます。カールと幸せになりますわ。お二人にお会いできて、大変光栄にございました」と王女時代にしていた美しい挨拶カーテシーをした。

 平民らしからぬ私の洗練された動きに、皆驚いていたがカールはニッと笑った後「俺は今、この世で一番幸せな男ですよ」と言って扉を出た。

 ――ここに来た時の私の不安はもう消えていた。彼は私と一緒に生きていくことに、何も迷ってはいないのだとわかったから。

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