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26婚約者だった人【ライナス(カール)視点】

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 町中探し回ったが、二人は見つからない。町の人々から『二人で歩いているところを見た』という目撃証言はあるのに、肝心の姿が見つからない。

 こんなに見つからないとは、どこか部屋の中に入っているのか?それなら……探しようがない。

 食堂に戻ってミーナが来たかをバッカスさんに尋ねたが、来ていないとの反応に俺はどこを探せばいいのかと頭を抱えた。

「ミーナ、家にいないのか?」
「ダニーと出掛けると自宅の机にメモがありました」
「なら、平気だろ?」

 ミーナの両親にとって、ダニーは信頼できる存在だ。あいつといるなら安心ということだ。俺にとってはあいつといるから『不安』なのだが。

 無言で俯いた俺を見て、バッカスさんはふう……とため息をついた。

「店も落ち着いたし、ダニーの店を見に行ってみよう。いくらなんでも、もうそろそろ戻ってくるだろう」

 ダニーの鍛冶屋には、一番最初に向かったが親父さんに『ミーナに会いに行くと出掛けた』と言われたのだ。

「俺も行きます!」
「いや、お前は待ってろ」

 バッカスさんに制されて、俺は食堂で彼の帰りを待った。しばらくすると、バッカスさんは息を切らして戻ってきた。

「どうしたんですか?ミーナは!?」
「確かにダニーと一緒にいたらしいんだが、二時間くらい前に分かれたらしい」
「え?じゃあ、今は一人ということですか?」
「ああ。たぶんな」
「俺、もう一度探してきます!」
「やめとけ。心配は心配だが……ミーナは一人になって考えたいのかもしれない」
「どういうことですか?」
「色々悩んでるようだから。お前のせいでな」

 バッカスさんに背中をバシッと叩かれる。

「あと一時間しても戻らなければ、俺も探す。カールも少し大人しく待ってろ。あの子はもう子どもじゃない」
「……はい」

 返事はしたものの、ソワソワしてしまい俺は家の前でミーナが戻ってくるのを待った。普段なら待つのは苦ではない。護衛騎士時代は何時間も立ったままキャロライン王女を護り、用事が終わるまで待ち続けることなど幾度もあった。

 たが、姿が見えぬまま待ち続けるのは精神的に辛い。やはり探しに行こうかと思っていると、遠くから彼女の姿が見えた。無事なことに安堵するが、隣の見知らぬ男の存在に胸の中がもやっとする。しかも、とても楽しそうに笑いながら歩いているようだ。

 この人は、どうしてこんなに人を惹きつけるのか。

「ミーナ!」

 俺に気がついた彼女は、目を逸らそうとしたがそんなことは許さない。逃すわけがないだろう。あっという間に、距離をつめてミーナの前に立った。

「良かった、無事で。お願いだから勝手に居なくならないでくれ!君に何かあったら俺は生きていけない」

 俺は彼女に素直な気持ちをぶつけた。

「バッカスさんやケイトさんも心配していた。早く家に戻ろう。ゆっくり話をさせてくれ」

 彼女は唇を噛んで、下を向いているのでどのような表情なのか読み取れない。お願いだから話をさせてくれ。

「で?……そいつは誰なんだ?」

 無視しようかと思ったが、やはり気になって口に出してしまった。俺は圧をかけてジロリと彼女の隣の見知らぬ男を睨んだ。この身なりは……貴族だな。しかも、かなり見目が良い。誰なんだ?

「私の好きな人よ」

 彼女はそんなとんでもない発言をした後、その男にギュッと腕を絡ませた。

「はぁ!?」

 俺は驚きのあまり変な声が出た。そんなことあり得ない。彼女が別の男に触れているというだけで、心の中が嫉妬でドロドロしてくる。

 しかし、冷静にならないと。彼女を感情のまま傷付けてはいけない。

「ミーナ、俺のこと怒っているんだろう?だからこんな嘘をつくのか?」
「嘘じゃないわ。私この人のことが好きなの。それはもう、ラブラブだから邪魔しないで!」

 ラブラブ……それはどういう意味だ?邪魔って……俺が邪魔ということか?

 いや、やはりこれは嘘だ。彼女は恋をしたことがないと言っていた。それにこんな男のことは一言も聞いたことがない。恐らく『恋人の振り』でも頼んだのだろう。俺に見せるために。

「ね、ジーク?私達仲良しよね?」

 俺以外の男を愛称で呼びかけ、可愛い笑顔を向けるミーナが憎らしい。その男も美しく微笑み返している。

「そうだね、私達はとっても仲良しだよ。ミーナ、愛してるよ」

 その瞬間、男は彼女の頬にちゅっとキスをした。おい……今こいつ何をした?

「ふふ、相変わらずミーナは恥ずかしがり屋さんだね。でもそんなところも可愛いよ」

 彼女は真っ赤になってフリーズしている。

「ミーナに触れるな!」

 俺はミーナと男を無理矢理引き剥がし、彼に詰め寄った。許さない。

「お前は一体誰なんだ」
「だから、ミーナの恋人ですよ。あなたこそ、人の恋愛に口出すなんて無粋じゃないですか」

 こいつは俺の睨みに、全く怯むことなくニッコリと微笑んだ。気に食わない。

「嘘だ。ミーナにそんな男はいなかった」
「あなたは彼女の全てを知っているのですか?」

 俺たちは無言で睨み合った。この男、本当に何者なんだ?並の男に思えないし、胸が騒つく。これ以上、ミーナの傍に居させてはいけないと本能が告げている。

「カール!そういうことだから、もう我が家には二度と戻って来ないで。今までありがとう。あなたも……あの彼女と末永くお幸せに」

 彼女が、ジークフリートの手を掴み走り出した。

「ミーナ!待ってくれ。話を……」
「話すことなんてないから」

 そう言って、二人でさっさと部屋に入ってしまった。なんなんだ!?あの男は。

 家に入れてもらえなかった俺は、しばらく呆然としていたが……さすがにその場に居続けるわけにもいかず一旦自分の借りている宿に戻った。

 ……が、家にいてもあの男とミーナの関係が気になってモヤモヤしてしまう。まさか、あの男泊まったりしていないよな?そんなこと許せない。

 ああ、俺は彼女のことになるとなんて余裕がないのだろうか。ミーナの近くには色んな男が群がっている。彼女の隣の居心地のよさに、惹きつけられるのだ。

 キャロライン王女は身分も容姿も……自分には何もかも手の届かぬ高嶺の花だった。しかし、生まれ変わった彼女は自らの手でその全て手放した。だが、そのせいでむしろ彼女自身の魅力が溢れ出てしまっている。そして、平民という気安さから近付く男が後を絶たないのだ。

「だめだ。やはり気になる」

 俺は余裕がなくて格好悪いな、と思ったがどうしても耐えられずにもう一度ミーナの家に向かった。

 彼女の部屋の電気は消えている。もう、寝たのかな?と安心していると……食堂の電気が付いていることに気がついた。珍しいな。バッカスさんが何か仕込みをしているのか?

 いや、もしかしたらミーナが料理の明日の料理を作っているのかもしれないと思い窓を覗き込んだ。

 そこには彼女と……あの男が見つめ合い、至近距離で真剣な顔で話しているのが見えた。俺の胸がドクドクと激しく動き出す。

 こんな夜遅くになぜ密室に二人きりでいる?まさか本当にあの男を泊めるつもりなのか?

 見たくないのに、目が離せない。じっと見つめていると、男は彼女を抱きしめキスをした。

「……っ!」

 触れるだけのキスから始まったが、男は足りないとばかりに激しく濃厚な口付けを続けた。

 俺は声をあげそうになるのを、手で口を塞いで必死に耐えた。

 なんだこれは。吐き気がする。見たくない……こんな……ミーナが別の男とキスをしている姿なんて。

 キスをした後の彼女は目を擦り泣いているようにも見えたが、遠くて表情がよくわからない。俺が……そう思いたいだけなのかもしれない。

 この荒ぶった感情のまま「ミーナに触れるな」と食堂に乗り込もうかと思ったが、グッと堪える。あの男に確認しなければいけないことが沢山ある。出来れば二人で話したい。

 すると、すぐに男は一人で食堂を出てきた。俺は恐ろしい顔で待ち構えていた。男はチラリとこちらを見た。

「覗き見とは、趣味が悪いですね」
「うるせぇんだよ。お前に聞きたいことがある」
「顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」

 ニッコリと微笑む余裕のあるこの男にはらわたが煮えくりかえる。彼女の唇を奪ったことが許せない。

「お前は誰だ。なぜミーナを知ってる?」
「なぜ……か。ふふ、彼女とは運命で繋がっているとでも言えばいいかな」
「ふざけるな!ちゃんと答えろ。あのようなことをして……返答次第では許さない」
「許さないだと?」
「彼女は俺のものだ」

 俺がそう言うと、男はあからさまに怒りを込めてギッと睨みつけた。

「くっくっく……お前の物だと?笑わせるな」

 男は馬鹿にしたように笑った。

「彼女には手を出すなと、私が忠告したのを忘れたのか?ライナス」

 ――その名前をなぜこの男が知っている?

「どうしてその名前を」

 俺がフリーズしていると、男はニッコリと笑った。

「ライナス、久しぶりだな。今の私はパステノ王国の第四王子ジークフリート・アシュベリーだ。君にはジョセフ・ファン・オールディス……そう言えばわかるかな?」
「パステノ王国の王子……が……ジョセフ王子……?」
「ああ、彼女と同じだ。生まれ変わった。前世の記憶は全て残っている」

 この男がジョセフ王子の生まれ変わり。つまり、彼はキャロラインの婚約者だ。俺はあまりの驚きで声が出なかった。

「ずっとキャロラインを探していた。まさか、平民になっているとは盲点だった。今日たまたま再会できたことを神に感謝するよ」
「……すぐに彼女だと気が付かれたのですか」
「瞳の色でね。あと、君だよ。ライナスが傍にいるの女性という時点で、キャロラインの可能性が高かった」

 なるほど……確かにそうだ。昔から、この人には俺の恋心はばれていた。

 ミーナが初めて会ったであろうこの男と親しそうだったこと、キスをしていたこと……今まで信じられなかったがジョセフ王子の生まれ変わりだと知って納得できた。

「彼女は私のものだよ?前世でも今世でも」
「待ってください!私は彼女を愛しています」
「へえ、だから?」

 だから……だからどうしようと言うのか。俺はグッと拳に力を入れた。

「俺はミーナと共に生きたい。前世で辛い思いをしたら彼女を、今世では必ず幸せにします!だから……だからどうか……」
「そんなことを私が許すとでも?」

 王子は冷たく俺に言い放った。

「彼女に手を出さなかったことには、感謝するよ。あとダラム帝国王の暗殺もな。私は今世では年齢も若く、パステノ王国とダラム帝国には関わりがなかったので、自分であいつを殺すことはできなかったからな」
「……」
「私の妻は彼女以外あり得ない。どんなに姿形が変わろうとも愛している。彼女の優しい心はそのままなのだから」

 目を閉じて、ふんわりと幸せそうに微笑んだ。

「邪魔するな。お前も知っているだろう?あの邪魔がなければ私達は夫婦だった」
「……でも、実際に夫婦にはなられていません。それにミーナはキャロラインとは別の人生を歩んでいます。別人です」
「くくく、何を申すのだ」
「……」
「別人ね。確かにそうだ。でも、彼女がキャロラインだから私もお前も惹かれたのだ。違うか?それを完全に別人と言えるのか?やはり私と彼女が結ばれるのが、自然な流れだよ」

 そう言われて俺は目の前が真っ暗になる。でも、それでも俺はやはり彼女を手放せない。

「嫌です。彼女を諦められません」
「……だろうな。だが、選ぶのは彼女だよ」
「はい」
「少なくとも、私はお前と違って彼女以外の女はいないよ」
「なっ……!俺だっていません!」
「どうだかな。ただ、誤解だろうとなんだろうと彼女を不安にさせる男は認めぬ」

 確かにそうだ。俺は何にも言えなかった。

「私は妻としてパステノ王国へ彼女を連れて行く。そうなればお前と二度と会えないだろう。旅立つ前に、挨拶くらいはさせてやる」

 フッと笑い「今日は泊まらせてもらうよ。君もいい夢を」と手を振ってミーナの家に戻って行った。

 俺はキャロライン王女の婚約が決まった時のことを思い出していた。

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