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20婚約者

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 どうしてこの女性がここにいるの?まさか、私にカールに近付くなと言いに来たのかな。

「よろしくて?」

 ツンとした態度の彼女はとびきり美人だが、気が強そうだ。後ろには護衛の人もいるので、余計威圧感がある。

「ええ、大丈夫です」
「お話がわかる方でよかったわ」

 そして隣町の高級ホテルの一室に連れて行かれ、なぜか一緒に紅茶を飲んでいる。

「私はシュバイク王国の公爵家の娘、アレクシア・レッドフォードと申しますわ」

 高位貴族だとは思っていたが、まさか公爵家の御令嬢だったとは驚きだ。本来なら、平民が直接話をできるような身分の方ではない。しかし、私は前世の記憶が残っているので公爵家と言われても「そうか」と思うだけで緊張はしなかった。

「私はミーナです」
「あなた何が目的なの?いくら欲しい?それともお金より別に、何か欲しいものがあるのかしら?何でも用意するわ」

 ――私は何を言われているのだろうか?

「何の話ですか?」
「何でもお渡ししますから、カール様を解放してくださいませ!ちょっと怪我の手当をしたからといって、彼をここに縛りつけて独り占めしようだなんてあり得ませんわ」

 彼女は恐ろしい顔で、ギロリと私を睨んだ。

「そんなこと、思っていません」
「本当に?ではもう関わらないでいただけますか?シュバイク王国の英雄である彼が、ここにいる意味はひとつもございませんから」
「英雄……」

 そうか。私が想像していたよりはるかにカールは有名人なのね。ただの騎士ではなかったのだ。

 彼は、ダラム帝国王を暗殺したと言ってた。つまりそれは、シュバイク王国にとっては亡き第一王子ジョセフの仇を取った『英雄』になるのだろう。

「彼は私の婚約者です。邪魔なさらないで」

 ――婚約者。口付けをしていた時点で、そういう関係かもしれないと思っていたが……実際に聞くと胸がズキズキと痛む。

 どうして彼は婚約者がいるのに、私を好きだと言ったのだろうか。一時の戯れ?王女キャロラインの生まれ変わりを見て、昔の恋を思い出し懐かしくなっただけ?

「そうですか。あなた方の邪魔をする気はありません。でも最後にカールと二人で話をさせて下さい」

 振られるのは覚悟の上だ。でも、自分の気持ちを正直に言いたい。そして遠くから彼の幸せを願っていると伝えたい。

「嫌ですわ。彼に別の女が近付くことは許せないの」

 彼女は妖艶な顔でニッコリと微笑んだ。

「彼は私と一緒の部屋で泊まっているわ。いくら子どもっぽいあなたでも、その意味わかるわよね?」

 それを聞いて、ショックで視界がぐにゃりと歪む。同じ部屋……つまりはそういう関係だということ。いや、婚約者なのだから当然なのか。

「そう……ですか」

 私は唇を噛み締めて、なんとかそう答えた。そうしていないと涙が溢れそうだったから。

「もう会いません。あなたにもご迷惑をおかけしました。あの……カールに『今までありがとう』とだけ伝えてもらえませんか?」
「わかったわ」
「……どうかお幸せに」

 私はお辞儀をしてフラフラとその場を去った。初めて恋を知ったのに、気持ちを伝えることさえ出来なかった。

 ポロポロと涙が出てくる。私は誰にもこの姿を見られたくなくて、勢いよく走った。ここが顔見知りの少ない隣町で良かった。

 でもこれでいいんだ。カールが幸せになるなら、それを遠くから祈るべきだ。私と田舎町にいてもしょうがない。

 角を曲がろうとした時、ドンッと何かにぶつかり、私は倒れそうになった。

「危ない!」

 地面に叩きつけられる、と身構えたがふわっと優しく抱きしめられた。

「大丈夫ですか?」

 怖くてぎゅっと目を閉じていたが、優しい声が聞こえたのでゆっくりと瞼を開いた。

 そこには美しい顔立ちで見事な碧眼の男性がいた。男性といってもかなり若そうだ。町に合う質素な服……を選んだつもりかもしれないが、明らかに高級な生地で身分の高いことがわかる。この人は貴族だ。

「申し訳ありません。走っていたら、あなたにぶつかってしまったのです。レディ、お怪我は?」

 心配して私の顔を覗き込んできた。そして何故か彼は驚いたようにジッと私の瞳を見つめた。

「……イン」

 何かをポツリと呟いたが、聞き取れなかった。

「今なんとおっしゃられましたか?」
「いや。何でもありません。ああ、やはりどこか痛いのですね?頬が涙で濡れている」

 彼は目を細めて、私の頬を優しく指で撫でた。私は失恋して、泣いていたことを思い出した。気まずい。

「こ、これは違います。痛くて泣いたわけではありませんのでお気になさらず。私こそぶつかった上に助けていただいて、申し訳ありませんでした」

 早口でそう話し、ペコリと頭を下げた。この人が良い方で良かった。平民が貴族にぶつかって怪我をさせたら、問題になる場合もあるから。

「待って」

 彼は私の手を掴んだ。

「迷惑ついでに、あなたに頼みたいことがある。私に協力してくれないか?」
「……協力?」
「ああ。あ、こっちへ来て」

 彼は私の手を引き、建物の隙間に隠れた。狭い場所で、私を抱き締めるようにかなり密着していて恥ずかしい。なにこの状況。

「少しだけ静かにしてて」

 彼は私の口を手で軽くおさえた。

「いたか?」
「いや、姿が見えません」
「あー!いったいどこへ行かれたのか」

 バタバタと屈強な男達がバタバタと走っている姿が見える。

「ふう、やっと行ったか」

 そっと手を離すと、私は「プハッ」と大きく息をした。彼はくすりと笑って「ごめんね」と微笑んだ。

「あなた、追われてるの?」
「うん。悪い奴等から逃げてきたんだ」
「……追っている人が良い人で、あなたが悪い人って可能性もあるわ」

 疑いの眼差しを向けた私を見て、彼はふっと笑った。

「そうだよね、君の言う通りだ。私も怪しいよね」
「怪しいです」
「くっくっく、そんなハッキリ言わなくても。大抵の人は、追ってた大男の方が人相が悪そうだと言って納得してくれるんだけどね」
「容姿や年齢で人を判断しません」
「……あなたは素敵な人だ」

 ニッコリと微笑む姿が眩しい。爽やかが服を着て歩いているようで、真正面から見ると目が潰れそうだ。

「私の名はジークフリート、十五歳だよ。よろしく。君の名前は?」
「ミーナ。私も十五歳」
「そっか。やっぱり同じ歳だね」
「……やっぱり?」
「ううん、なんでもない。同じくらいかなって思っていただけだよ」

 そうかしら?若いのは確かだが、美形な彼は大人っぽくて私より年上に見える。

 離していると、彼の指が切れて血が出ているのに気がついた。

「あ!怪我してるわ。私を庇った時に……ごめんなさい」
「いや、これくらい何ともないよ」
「だめよ。私の家で手当てしましょう」
「え……き、君の家で?」

 何故かわからないが、ジークフリートさんは目線を彷徨わせて少し顔が赤くなった。体調でも悪いのだろうか?

「なんか顔赤くないですか?しんどいなら、なおさら家で休んでいってください。まあ、庶民の家なのでジークフリートさんみたいな貴族には居心地悪いかもしれないけど」
「……同じ歳だし『さん』付けなんてやめて。で、でもいいのか?家に行くなんて」
「じゃあジークフリートと呼ぶわ!私もミーナと呼んで。我が家は食堂をしているのよ。助けてくれたお礼に、私が作った料理ご馳走するわ」
「え!君が作るの?」
「そうよ」

 そうか、貴族ならこんな小娘が料理してるの不思議よね。私も、キャロラインの頃はシェフは男性だと思っていたもの。

「あなた貴族でしょ?良い物食べてそうだから、口に合うかわからないけど……」
「ミーナのご飯楽しみだよ」
「じゃあ行きましょう」

 私はジークフリートに会ったことで、さっきまでの哀しい気持ちが少し消えていた。

 私は彼の手を引いて、辻馬車に乗り町へ戻った。ジークフリートは辻馬車も珍しいのかきょろきょろしていた。

「着いた!この町よ」
「へえ、ここが君が生まれた町か。いいね」
「でしょ?さあ、こっちよ」

 私達は話しながら、食堂まで道案内した。不思議とジークフリートとは初めて会った気がしない。彼が穏やかで、適度に相槌を打ってくれるので話しやすかった。

「そうか、料理人になるのが夢なんだね」
「そうなの。小さくて可愛いお店を持つの」
「素敵な夢だね」
「でしょう?」

 そんな話をしていると、店の前にカールが立っているのが見えた。

 ――なんで?なんで彼がここに来るのか。カールは……あの美人な彼女がいるのに。私は逃げようとしたが、バッチリ目が合ってしまった。

「ミーナ!」

 大声で呼ばれてしまい、私はその場を動けなくなった。青ざめた私を見て、ジークフリートは「知り合い?」と小声で尋ねてきた。

「……ええ。ジークフリート、申し訳ないけれど話を合わせてくれない?」
「え?」

 結構距離があったにもかかわらずカールはあっという間に、私の目の前にたどり着いた。

「良かった、無事で。お願いだから勝手に居なくならないでくれ!君に何かあったら俺は生きていけない」

 ――大袈裟ね。カールはまだ私の護衛騎士のつもりなのだろうか?婚約者がいるのに?

「バッカスさんやケイトさんも心配していた。早く家に戻ろう。ゆっくり話をさせてくれ」

 もう、話すことなんてない。あなたの彼女は、私と会ってほしくないと言っていたわよ。

「で?……そいつは誰なんだ?」

 私の隣にいるジークフリートに気が付き、カールは不機嫌そうにジロリと彼を睨んだ。

「私の好きな人よ」

 そう言って、見せつけるようにジークフリートにギュッと腕を絡ませた。私はジークフリートに、嘘をついてごめんなさい!少しだけ耐えてと心の中で必死にお願いした。あとで謝りますから!

「はぁ!?」

 カールは眉を顰め、驚きの声をあげた。

「ミーナ、俺のこと怒っているんだろう?だからこんな嘘をつくのか?」
「嘘じゃないわ。私この人のことが好きなの。それはもう、ラブラブだから邪魔しないで!」

 ラ、ラブラブは言い過ぎだったかもしれない。私は背中にツーっと冷や汗が流れる。チラリと横目でジークフリートを見ると、さすがに驚いたような顔をしている。そりゃそうよね。

 カールは疑いの眼差しで、こちらを見つめてくる。相変わらず眼光が鋭くて恐ろしい。

「ね、ジーク?私達仲良しよね?」

 私はあえて愛称で呼び、ニッコリと微笑んだ。キャロライン時代に身につけた『作り笑顔に見えない作り笑顔』がこんな時に役立つとは。

 するとジークフリートは、本当に愛おしい人を見るかのように美しく微笑み返してくれた。

 あれ?この人めちゃくちゃ演技上手。町中の女性達がみんな惚れちゃうような笑顔だ。びっくり。

「そうだね、私達はとっても仲良しだよ。ミーナ、愛してるよ」

 そう言った彼は、私の頬にちゅっとキスをした。私は恥ずかしさと驚きで身体中真っ赤に染まった。

「ふふ、相変わらずミーナは恥ずかしがり屋さんだね。でもそんなところも可愛いよ」

 なんかこの人、手慣れてる!本当に同じ歳なの!?会ったばかりなのに芝居でキ、キ、キスするなんて。

「ミーナに触れるな!」

 カールは私とジークフリートを引き剥がし、彼に詰め寄った。

「お前は一体誰なんだ」
「だから、ミーナの恋人ですよ。あなたこそ、人の恋愛に口出すなんて無粋じゃないですか」

 ジークフリートは、カールの圧にも負けずニッコリと微笑んだ。

「嘘だ。ミーナにそんな男はいなかった」
「あなたは彼女の全てを知っているのですか?」

 二人は無言で睨み合った。ああ、だめだ。私とカールの問題に、なんの関係もないジークフリートを巻き込んでしまっている。

「カール!そういうことだから、もう我が家には二度と戻って来ないで。今までありがとう。あなたも……あの彼女と末永くお幸せに」

 私は、ジークフリートの手を掴み走り出した。

「ミーナ!待ってくれ。話を……」
「話すことなんてないから」

 そう言って、振り返らずにずんずん進んだ。後ろでカールの声が聞こえるが、無視だ。無視無視。だって、振り向いたらまた泣いてしまうから。



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