20 / 43
20婚約者
しおりを挟む
どうしてこの女性がここにいるの?まさか、私にカールに近付くなと言いに来たのかな。
「よろしくて?」
ツンとした態度の彼女はとびきり美人だが、気が強そうだ。後ろには護衛の人もいるので、余計威圧感がある。
「ええ、大丈夫です」
「お話がわかる方でよかったわ」
そして隣町の高級ホテルの一室に連れて行かれ、なぜか一緒に紅茶を飲んでいる。
「私はシュバイク王国の公爵家の娘、アレクシア・レッドフォードと申しますわ」
高位貴族だとは思っていたが、まさか公爵家の御令嬢だったとは驚きだ。本来なら、平民が直接話をできるような身分の方ではない。しかし、私は前世の記憶が残っているので公爵家と言われても「そうか」と思うだけで緊張はしなかった。
「私はミーナです」
「あなた何が目的なの?いくら欲しい?それともお金より別に、何か欲しいものがあるのかしら?何でも用意するわ」
――私は何を言われているのだろうか?
「何の話ですか?」
「何でもお渡ししますから、カール様を解放してくださいませ!ちょっと怪我の手当をしたからといって、彼をここに縛りつけて独り占めしようだなんてあり得ませんわ」
彼女は恐ろしい顔で、ギロリと私を睨んだ。
「そんなこと、思っていません」
「本当に?ではもう関わらないでいただけますか?シュバイク王国の英雄である彼が、ここにいる意味はひとつもございませんから」
「英雄……」
そうか。私が想像していたよりはるかにカールは有名人なのね。ただの騎士ではなかったのだ。
彼は、ダラム帝国王を暗殺したと言ってた。つまりそれは、シュバイク王国にとっては亡き第一王子ジョセフの仇を取った『英雄』になるのだろう。
「彼は私の婚約者です。邪魔なさらないで」
――婚約者。口付けをしていた時点で、そういう関係かもしれないと思っていたが……実際に聞くと胸がズキズキと痛む。
どうして彼は婚約者がいるのに、私を好きだと言ったのだろうか。一時の戯れ?王女の生まれ変わりを見て、昔の恋を思い出し懐かしくなっただけ?
「そうですか。あなた方の邪魔をする気はありません。でも最後にカールと二人で話をさせて下さい」
振られるのは覚悟の上だ。でも、自分の気持ちを正直に言いたい。そして遠くから彼の幸せを願っていると伝えたい。
「嫌ですわ。私の彼に別の女が近付くことは許せないの」
彼女は妖艶な顔でニッコリと微笑んだ。
「彼は私と一緒の部屋で泊まっているわ。いくら子どもっぽいあなたでも、その意味わかるわよね?」
それを聞いて、ショックで視界がぐにゃりと歪む。同じ部屋……つまりはそういう関係だということ。いや、婚約者なのだから当然なのか。
「そう……ですか」
私は唇を噛み締めて、なんとかそう答えた。そうしていないと涙が溢れそうだったから。
「もう会いません。あなたにもご迷惑をおかけしました。あの……カールに『今までありがとう』とだけ伝えてもらえませんか?」
「わかったわ」
「……どうかお幸せに」
私はお辞儀をしてフラフラとその場を去った。初めて恋を知ったのに、気持ちを伝えることさえ出来なかった。
ポロポロと涙が出てくる。私は誰にもこの姿を見られたくなくて、勢いよく走った。ここが顔見知りの少ない隣町で良かった。
でもこれでいいんだ。カールが幸せになるなら、それを遠くから祈るべきだ。私と田舎町にいてもしょうがない。
角を曲がろうとした時、ドンッと何かにぶつかり、私は倒れそうになった。
「危ない!」
地面に叩きつけられる、と身構えたがふわっと優しく抱きしめられた。
「大丈夫ですか?」
怖くてぎゅっと目を閉じていたが、優しい声が聞こえたのでゆっくりと瞼を開いた。
そこには美しい顔立ちで見事な碧眼の男性がいた。男性といってもかなり若そうだ。町に合う質素な服……を選んだつもりかもしれないが、明らかに高級な生地で身分の高いことがわかる。この人は貴族だ。
「申し訳ありません。走っていたら、あなたにぶつかってしまったのです。レディ、お怪我は?」
心配して私の顔を覗き込んできた。そして何故か彼は驚いたようにジッと私の瞳を見つめた。
「……イン」
何かをポツリと呟いたが、聞き取れなかった。
「今なんとおっしゃられましたか?」
「いや。何でもありません。ああ、やはりどこか痛いのですね?頬が涙で濡れている」
彼は目を細めて、私の頬を優しく指で撫でた。私は失恋して、泣いていたことを思い出した。気まずい。
「こ、これは違います。痛くて泣いたわけではありませんのでお気になさらず。私こそぶつかった上に助けていただいて、申し訳ありませんでした」
早口でそう話し、ペコリと頭を下げた。この人が良い方で良かった。平民が貴族にぶつかって怪我をさせたら、問題になる場合もあるから。
「待って」
彼は私の手を掴んだ。
「迷惑ついでに、あなたに頼みたいことがある。私に協力してくれないか?」
「……協力?」
「ああ。あ、こっちへ来て」
彼は私の手を引き、建物の隙間に隠れた。狭い場所で、私を抱き締めるようにかなり密着していて恥ずかしい。なにこの状況。
「少しだけ静かにしてて」
彼は私の口を手で軽くおさえた。
「いたか?」
「いや、姿が見えません」
「あー!いったいどこへ行かれたのか」
バタバタと屈強な男達がバタバタと走っている姿が見える。
「ふう、やっと行ったか」
そっと手を離すと、私は「プハッ」と大きく息をした。彼はくすりと笑って「ごめんね」と微笑んだ。
「あなた、追われてるの?」
「うん。悪い奴等から逃げてきたんだ」
「……追っている人が良い人で、あなたが悪い人って可能性もあるわ」
疑いの眼差しを向けた私を見て、彼はふっと笑った。
「そうだよね、君の言う通りだ。私も怪しいよね」
「怪しいです」
「くっくっく、そんなハッキリ言わなくても。大抵の人は、追ってた大男の方が人相が悪そうだと言って納得してくれるんだけどね」
「容姿や年齢で人を判断しません」
「……あなたは素敵な人だ」
ニッコリと微笑む姿が眩しい。爽やかが服を着て歩いているようで、真正面から見ると目が潰れそうだ。
「私の名はジークフリート、十五歳だよ。よろしく。君の名前は?」
「ミーナ。私も十五歳」
「そっか。やっぱり同じ歳だね」
「……やっぱり?」
「ううん、なんでもない。同じくらいかなって思っていただけだよ」
そうかしら?若いのは確かだが、美形な彼は大人っぽくて私より年上に見える。
離していると、彼の指が切れて血が出ているのに気がついた。
「あ!怪我してるわ。私を庇った時に……ごめんなさい」
「いや、これくらい何ともないよ」
「だめよ。私の家で手当てしましょう」
「え……き、君の家で?」
何故かわからないが、ジークフリートさんは目線を彷徨わせて少し顔が赤くなった。体調でも悪いのだろうか?
「なんか顔赤くないですか?しんどいなら、なおさら家で休んでいってください。まあ、庶民の家なのでジークフリートさんみたいな貴族には居心地悪いかもしれないけど」
「……同じ歳だし『さん』付けなんてやめて。で、でもいいのか?家に行くなんて」
「じゃあジークフリートと呼ぶわ!私もミーナと呼んで。我が家は食堂をしているのよ。助けてくれたお礼に、私が作った料理ご馳走するわ」
「え!君が作るの?」
「そうよ」
そうか、貴族ならこんな小娘が料理してるの不思議よね。私も、キャロラインの頃はシェフは男性だと思っていたもの。
「あなた貴族でしょ?良い物食べてそうだから、口に合うかわからないけど……」
「ミーナのご飯楽しみだよ」
「じゃあ行きましょう」
私はジークフリートに会ったことで、さっきまでの哀しい気持ちが少し消えていた。
私は彼の手を引いて、辻馬車に乗り町へ戻った。ジークフリートは辻馬車も珍しいのかきょろきょろしていた。
「着いた!この町よ」
「へえ、ここが君が生まれた町か。いいね」
「でしょ?さあ、こっちよ」
私達は話しながら、食堂まで道案内した。不思議とジークフリートとは初めて会った気がしない。彼が穏やかで、適度に相槌を打ってくれるので話しやすかった。
「そうか、料理人になるのが夢なんだね」
「そうなの。小さくて可愛いお店を持つの」
「素敵な夢だね」
「でしょう?」
そんな話をしていると、店の前にカールが立っているのが見えた。
――なんで?なんで彼がここに来るのか。カールは……あの美人な彼女がいるのに。私は逃げようとしたが、バッチリ目が合ってしまった。
「ミーナ!」
大声で呼ばれてしまい、私はその場を動けなくなった。青ざめた私を見て、ジークフリートは「知り合い?」と小声で尋ねてきた。
「……ええ。ジークフリート、申し訳ないけれど話を合わせてくれない?」
「え?」
結構距離があったにもかかわらずカールはあっという間に、私の目の前にたどり着いた。
「良かった、無事で。お願いだから勝手に居なくならないでくれ!君に何かあったら俺は生きていけない」
――大袈裟ね。カールはまだ私の護衛騎士のつもりなのだろうか?婚約者がいるのに?
「バッカスさんやケイトさんも心配していた。早く家に戻ろう。ゆっくり話をさせてくれ」
もう、話すことなんてない。あなたの彼女は、私と会ってほしくないと言っていたわよ。
「で?……そいつは誰なんだ?」
私の隣にいるジークフリートに気が付き、カールは不機嫌そうにジロリと彼を睨んだ。
「私の好きな人よ」
そう言って、見せつけるようにジークフリートにギュッと腕を絡ませた。私はジークフリートに、嘘をついてごめんなさい!少しだけ耐えてと心の中で必死にお願いした。あとで謝りますから!
「はぁ!?」
カールは眉を顰め、驚きの声をあげた。
「ミーナ、俺のこと怒っているんだろう?だからこんな嘘をつくのか?」
「嘘じゃないわ。私この人のことが好きなの。それはもう、ラブラブだから邪魔しないで!」
ラ、ラブラブは言い過ぎだったかもしれない。私は背中にツーっと冷や汗が流れる。チラリと横目でジークフリートを見ると、さすがに驚いたような顔をしている。そりゃそうよね。
カールは疑いの眼差しで、こちらを見つめてくる。相変わらず眼光が鋭くて恐ろしい。
「ね、ジーク?私達仲良しよね?」
私はあえて愛称で呼び、ニッコリと微笑んだ。キャロライン時代に身につけた『作り笑顔に見えない作り笑顔』がこんな時に役立つとは。
するとジークフリートは、本当に愛おしい人を見るかのように美しく微笑み返してくれた。
あれ?この人めちゃくちゃ演技上手。町中の女性達がみんな惚れちゃうような笑顔だ。びっくり。
「そうだね、私達はとっても仲良しだよ。ミーナ、愛してるよ」
そう言った彼は、私の頬にちゅっとキスをした。私は恥ずかしさと驚きで身体中真っ赤に染まった。
「ふふ、相変わらずミーナは恥ずかしがり屋さんだね。でもそんなところも可愛いよ」
なんかこの人、手慣れてる!本当に同じ歳なの!?会ったばかりなのに芝居でキ、キ、キスするなんて。
「ミーナに触れるな!」
カールは私とジークフリートを引き剥がし、彼に詰め寄った。
「お前は一体誰なんだ」
「だから、ミーナの恋人ですよ。あなたこそ、人の恋愛に口出すなんて無粋じゃないですか」
ジークフリートは、カールの圧にも負けずニッコリと微笑んだ。
「嘘だ。ミーナにそんな男はいなかった」
「あなたは彼女の全てを知っているのですか?」
二人は無言で睨み合った。ああ、だめだ。私とカールの問題に、なんの関係もないジークフリートを巻き込んでしまっている。
「カール!そういうことだから、もう我が家には二度と戻って来ないで。今までありがとう。あなたも……あの彼女と末永くお幸せに」
私は、ジークフリートの手を掴み走り出した。
「ミーナ!待ってくれ。話を……」
「話すことなんてないから」
そう言って、振り返らずにずんずん進んだ。後ろでカールの声が聞こえるが、無視だ。無視無視。だって、振り向いたらまた泣いてしまうから。
「よろしくて?」
ツンとした態度の彼女はとびきり美人だが、気が強そうだ。後ろには護衛の人もいるので、余計威圧感がある。
「ええ、大丈夫です」
「お話がわかる方でよかったわ」
そして隣町の高級ホテルの一室に連れて行かれ、なぜか一緒に紅茶を飲んでいる。
「私はシュバイク王国の公爵家の娘、アレクシア・レッドフォードと申しますわ」
高位貴族だとは思っていたが、まさか公爵家の御令嬢だったとは驚きだ。本来なら、平民が直接話をできるような身分の方ではない。しかし、私は前世の記憶が残っているので公爵家と言われても「そうか」と思うだけで緊張はしなかった。
「私はミーナです」
「あなた何が目的なの?いくら欲しい?それともお金より別に、何か欲しいものがあるのかしら?何でも用意するわ」
――私は何を言われているのだろうか?
「何の話ですか?」
「何でもお渡ししますから、カール様を解放してくださいませ!ちょっと怪我の手当をしたからといって、彼をここに縛りつけて独り占めしようだなんてあり得ませんわ」
彼女は恐ろしい顔で、ギロリと私を睨んだ。
「そんなこと、思っていません」
「本当に?ではもう関わらないでいただけますか?シュバイク王国の英雄である彼が、ここにいる意味はひとつもございませんから」
「英雄……」
そうか。私が想像していたよりはるかにカールは有名人なのね。ただの騎士ではなかったのだ。
彼は、ダラム帝国王を暗殺したと言ってた。つまりそれは、シュバイク王国にとっては亡き第一王子ジョセフの仇を取った『英雄』になるのだろう。
「彼は私の婚約者です。邪魔なさらないで」
――婚約者。口付けをしていた時点で、そういう関係かもしれないと思っていたが……実際に聞くと胸がズキズキと痛む。
どうして彼は婚約者がいるのに、私を好きだと言ったのだろうか。一時の戯れ?王女の生まれ変わりを見て、昔の恋を思い出し懐かしくなっただけ?
「そうですか。あなた方の邪魔をする気はありません。でも最後にカールと二人で話をさせて下さい」
振られるのは覚悟の上だ。でも、自分の気持ちを正直に言いたい。そして遠くから彼の幸せを願っていると伝えたい。
「嫌ですわ。私の彼に別の女が近付くことは許せないの」
彼女は妖艶な顔でニッコリと微笑んだ。
「彼は私と一緒の部屋で泊まっているわ。いくら子どもっぽいあなたでも、その意味わかるわよね?」
それを聞いて、ショックで視界がぐにゃりと歪む。同じ部屋……つまりはそういう関係だということ。いや、婚約者なのだから当然なのか。
「そう……ですか」
私は唇を噛み締めて、なんとかそう答えた。そうしていないと涙が溢れそうだったから。
「もう会いません。あなたにもご迷惑をおかけしました。あの……カールに『今までありがとう』とだけ伝えてもらえませんか?」
「わかったわ」
「……どうかお幸せに」
私はお辞儀をしてフラフラとその場を去った。初めて恋を知ったのに、気持ちを伝えることさえ出来なかった。
ポロポロと涙が出てくる。私は誰にもこの姿を見られたくなくて、勢いよく走った。ここが顔見知りの少ない隣町で良かった。
でもこれでいいんだ。カールが幸せになるなら、それを遠くから祈るべきだ。私と田舎町にいてもしょうがない。
角を曲がろうとした時、ドンッと何かにぶつかり、私は倒れそうになった。
「危ない!」
地面に叩きつけられる、と身構えたがふわっと優しく抱きしめられた。
「大丈夫ですか?」
怖くてぎゅっと目を閉じていたが、優しい声が聞こえたのでゆっくりと瞼を開いた。
そこには美しい顔立ちで見事な碧眼の男性がいた。男性といってもかなり若そうだ。町に合う質素な服……を選んだつもりかもしれないが、明らかに高級な生地で身分の高いことがわかる。この人は貴族だ。
「申し訳ありません。走っていたら、あなたにぶつかってしまったのです。レディ、お怪我は?」
心配して私の顔を覗き込んできた。そして何故か彼は驚いたようにジッと私の瞳を見つめた。
「……イン」
何かをポツリと呟いたが、聞き取れなかった。
「今なんとおっしゃられましたか?」
「いや。何でもありません。ああ、やはりどこか痛いのですね?頬が涙で濡れている」
彼は目を細めて、私の頬を優しく指で撫でた。私は失恋して、泣いていたことを思い出した。気まずい。
「こ、これは違います。痛くて泣いたわけではありませんのでお気になさらず。私こそぶつかった上に助けていただいて、申し訳ありませんでした」
早口でそう話し、ペコリと頭を下げた。この人が良い方で良かった。平民が貴族にぶつかって怪我をさせたら、問題になる場合もあるから。
「待って」
彼は私の手を掴んだ。
「迷惑ついでに、あなたに頼みたいことがある。私に協力してくれないか?」
「……協力?」
「ああ。あ、こっちへ来て」
彼は私の手を引き、建物の隙間に隠れた。狭い場所で、私を抱き締めるようにかなり密着していて恥ずかしい。なにこの状況。
「少しだけ静かにしてて」
彼は私の口を手で軽くおさえた。
「いたか?」
「いや、姿が見えません」
「あー!いったいどこへ行かれたのか」
バタバタと屈強な男達がバタバタと走っている姿が見える。
「ふう、やっと行ったか」
そっと手を離すと、私は「プハッ」と大きく息をした。彼はくすりと笑って「ごめんね」と微笑んだ。
「あなた、追われてるの?」
「うん。悪い奴等から逃げてきたんだ」
「……追っている人が良い人で、あなたが悪い人って可能性もあるわ」
疑いの眼差しを向けた私を見て、彼はふっと笑った。
「そうだよね、君の言う通りだ。私も怪しいよね」
「怪しいです」
「くっくっく、そんなハッキリ言わなくても。大抵の人は、追ってた大男の方が人相が悪そうだと言って納得してくれるんだけどね」
「容姿や年齢で人を判断しません」
「……あなたは素敵な人だ」
ニッコリと微笑む姿が眩しい。爽やかが服を着て歩いているようで、真正面から見ると目が潰れそうだ。
「私の名はジークフリート、十五歳だよ。よろしく。君の名前は?」
「ミーナ。私も十五歳」
「そっか。やっぱり同じ歳だね」
「……やっぱり?」
「ううん、なんでもない。同じくらいかなって思っていただけだよ」
そうかしら?若いのは確かだが、美形な彼は大人っぽくて私より年上に見える。
離していると、彼の指が切れて血が出ているのに気がついた。
「あ!怪我してるわ。私を庇った時に……ごめんなさい」
「いや、これくらい何ともないよ」
「だめよ。私の家で手当てしましょう」
「え……き、君の家で?」
何故かわからないが、ジークフリートさんは目線を彷徨わせて少し顔が赤くなった。体調でも悪いのだろうか?
「なんか顔赤くないですか?しんどいなら、なおさら家で休んでいってください。まあ、庶民の家なのでジークフリートさんみたいな貴族には居心地悪いかもしれないけど」
「……同じ歳だし『さん』付けなんてやめて。で、でもいいのか?家に行くなんて」
「じゃあジークフリートと呼ぶわ!私もミーナと呼んで。我が家は食堂をしているのよ。助けてくれたお礼に、私が作った料理ご馳走するわ」
「え!君が作るの?」
「そうよ」
そうか、貴族ならこんな小娘が料理してるの不思議よね。私も、キャロラインの頃はシェフは男性だと思っていたもの。
「あなた貴族でしょ?良い物食べてそうだから、口に合うかわからないけど……」
「ミーナのご飯楽しみだよ」
「じゃあ行きましょう」
私はジークフリートに会ったことで、さっきまでの哀しい気持ちが少し消えていた。
私は彼の手を引いて、辻馬車に乗り町へ戻った。ジークフリートは辻馬車も珍しいのかきょろきょろしていた。
「着いた!この町よ」
「へえ、ここが君が生まれた町か。いいね」
「でしょ?さあ、こっちよ」
私達は話しながら、食堂まで道案内した。不思議とジークフリートとは初めて会った気がしない。彼が穏やかで、適度に相槌を打ってくれるので話しやすかった。
「そうか、料理人になるのが夢なんだね」
「そうなの。小さくて可愛いお店を持つの」
「素敵な夢だね」
「でしょう?」
そんな話をしていると、店の前にカールが立っているのが見えた。
――なんで?なんで彼がここに来るのか。カールは……あの美人な彼女がいるのに。私は逃げようとしたが、バッチリ目が合ってしまった。
「ミーナ!」
大声で呼ばれてしまい、私はその場を動けなくなった。青ざめた私を見て、ジークフリートは「知り合い?」と小声で尋ねてきた。
「……ええ。ジークフリート、申し訳ないけれど話を合わせてくれない?」
「え?」
結構距離があったにもかかわらずカールはあっという間に、私の目の前にたどり着いた。
「良かった、無事で。お願いだから勝手に居なくならないでくれ!君に何かあったら俺は生きていけない」
――大袈裟ね。カールはまだ私の護衛騎士のつもりなのだろうか?婚約者がいるのに?
「バッカスさんやケイトさんも心配していた。早く家に戻ろう。ゆっくり話をさせてくれ」
もう、話すことなんてない。あなたの彼女は、私と会ってほしくないと言っていたわよ。
「で?……そいつは誰なんだ?」
私の隣にいるジークフリートに気が付き、カールは不機嫌そうにジロリと彼を睨んだ。
「私の好きな人よ」
そう言って、見せつけるようにジークフリートにギュッと腕を絡ませた。私はジークフリートに、嘘をついてごめんなさい!少しだけ耐えてと心の中で必死にお願いした。あとで謝りますから!
「はぁ!?」
カールは眉を顰め、驚きの声をあげた。
「ミーナ、俺のこと怒っているんだろう?だからこんな嘘をつくのか?」
「嘘じゃないわ。私この人のことが好きなの。それはもう、ラブラブだから邪魔しないで!」
ラ、ラブラブは言い過ぎだったかもしれない。私は背中にツーっと冷や汗が流れる。チラリと横目でジークフリートを見ると、さすがに驚いたような顔をしている。そりゃそうよね。
カールは疑いの眼差しで、こちらを見つめてくる。相変わらず眼光が鋭くて恐ろしい。
「ね、ジーク?私達仲良しよね?」
私はあえて愛称で呼び、ニッコリと微笑んだ。キャロライン時代に身につけた『作り笑顔に見えない作り笑顔』がこんな時に役立つとは。
するとジークフリートは、本当に愛おしい人を見るかのように美しく微笑み返してくれた。
あれ?この人めちゃくちゃ演技上手。町中の女性達がみんな惚れちゃうような笑顔だ。びっくり。
「そうだね、私達はとっても仲良しだよ。ミーナ、愛してるよ」
そう言った彼は、私の頬にちゅっとキスをした。私は恥ずかしさと驚きで身体中真っ赤に染まった。
「ふふ、相変わらずミーナは恥ずかしがり屋さんだね。でもそんなところも可愛いよ」
なんかこの人、手慣れてる!本当に同じ歳なの!?会ったばかりなのに芝居でキ、キ、キスするなんて。
「ミーナに触れるな!」
カールは私とジークフリートを引き剥がし、彼に詰め寄った。
「お前は一体誰なんだ」
「だから、ミーナの恋人ですよ。あなたこそ、人の恋愛に口出すなんて無粋じゃないですか」
ジークフリートは、カールの圧にも負けずニッコリと微笑んだ。
「嘘だ。ミーナにそんな男はいなかった」
「あなたは彼女の全てを知っているのですか?」
二人は無言で睨み合った。ああ、だめだ。私とカールの問題に、なんの関係もないジークフリートを巻き込んでしまっている。
「カール!そういうことだから、もう我が家には二度と戻って来ないで。今までありがとう。あなたも……あの彼女と末永くお幸せに」
私は、ジークフリートの手を掴み走り出した。
「ミーナ!待ってくれ。話を……」
「話すことなんてないから」
そう言って、振り返らずにずんずん進んだ。後ろでカールの声が聞こえるが、無視だ。無視無視。だって、振り向いたらまた泣いてしまうから。
16
お気に入りに追加
696
あなたにおすすめの小説
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜
楠結衣
恋愛
冷たい川に落ちてしまったリス獣人のミーナは、薄れゆく意識の中、水中を飛ぶような速さで泳いできた一人の青年に助け出される。
ミーナを助けてくれた鍛冶屋のリュークは、鋭く睨むワイルドな人で。思わず身をすくませたけど、見た目と違って優しいリュークに次第に心惹かれていく。
さらに結婚を前提の告白をされてしまうのだけど、リュークの夢は故郷で鍛冶屋をひらくことだと告げられて。
(リュークのことは好きだけど、彼が住むのは北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまう私には無理!)
と断ったのに、なぜか諦めないリュークと期限付きでお試しの恋人に?!
「泊まっていい?」
「今日、泊まってけ」
「俺の故郷で結婚してほしい!」
あまく溺愛してくるリュークに、ミーナの好きの気持ちは加速していく。
やっぱり、氷の国に一緒に行きたい!寒さに慣れると決意したミーナはある行動に出る……。
ミーナの一途な想いの行方は?二人の恋の結末は?!
健気でかわいいリス獣人と、見た目が怖いのに甘々なペンギン獣人の恋物語。
一途で溺愛なハッピーエンドストーリーです。
*小説家になろう様でも掲載しています
両親や妹に我慢を強いられ、心が疲弊しきっていましたが、前世で結ばれることが叶わなかった運命の人にやっと巡り会えたので幸せです
珠宮さくら
恋愛
ジスカールという国で、雑草の中の雑草と呼ばれる花が咲いていた。その国でしか咲くことがない花として有名だが、他国の者たちはその花を世界で一番美しい花と呼んでいた。それすらジスカールの多くの者は馬鹿にし続けていた。
その花にまつわる話がまことしやかに囁かれるようになったが、その真実を知っている者は殆どいなかった。
そんな花に囲まれながら、家族に冷遇されて育った女の子がいた。彼女の名前はリュシエンヌ・エヴル。伯爵家に生まれながらも、妹のわがままに振り回され、そんな妹ばかりを甘やかす両親。更には、婚約者や周りに誤解され、勘違いされ、味方になってくれる人が側にいなくなってしまったことで、散々な目にあい続けて心が壊れてしまう。
その頃には、花のことも、自分の好きな色も、何もかも思い出せなくなってしまっていたが、それに気づいた時には、リュシエンヌは養子先にいた。
そこからリュシエンヌの運命が大きく回り出すことになるとは、本人は思ってもみなかった。
冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~
平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。
ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。
ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。
保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。
周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。
そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。
そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。
そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。
そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。
「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」
そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。
かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが…
※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。
ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。
よろしくお願いしますm(__)m
モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~
咲桜りおな
恋愛
前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。
ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。
いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!
そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。
結構、ところどころでイチャラブしております。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。
この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。
番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる