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16上書き
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フレデリック様は、カールが差し出した料理を受け取りながら嫌な顔をした。
「なんだ、君は?なぜ僕のミーナと一緒にいる」
「なぜって一緒に暮らしてますから」
「い、い、一緒に暮らしてるだって!?ミーナ!どういうことだい?こんな素性のわからない男と同棲だって?君はそんなふしだらな子じゃないはずだろ」
私はフレデリック様に肩をもたれて、ガクガクと揺さぶられる。うー……苦しい……。カールったら誤解を招く言い方をして。
「怪我をしてた彼を助けただけです。それにふしだらって失礼な……うちには両親もいますから」
「なんだ。そういうことか」
彼はふぅ、とため息をついてやっと肩を揺さぶるのをやめてくれた。
「やっぱりミーナは天使だ!困っている人を見過ごせないなんて」
「は……ははっ……」
フレデリック様はまたうっとりと私を眺めている。私は苦笑いしかできない。
「ミーナが優しいのはわかっているよ。でも僕は心配だ。こんな見ず知らずの男を全く疑わずに助ける君が」
「……」
「ミーナ、今年十五歳になったんだよね?もう大人だ。早く僕のお嫁さんになりなよ」
私の手を取って左手の薬指にチュッとキスをした。ギャーーッ!!
カールは私の腕を掴んで、背中の裏に隠した。
「うちのミーナに勝手に触れないでいただけますか?これはただの配達ですからね。女に触れて遊びたいなら、相応の場所でお願い致します」
「なんだと?僕がミーナ以外の女に触れると思っているのか?」
「お坊ちゃんは、おもてになりそうですから」
バチバチと音が聞こえそうな程、二人で睨み合っている。
「フレデリック様!私、仕事がありますのでもう戻りますね。心を込めて作ったので残さず食べてくださいね」
「もちろんだよ。ミーナが作ってくれた料理はいつも美味しいから楽しみだ」
素直にニッコリと笑う姿は、いつもの気障な時よりよっぽどいい男だ。私もつられて微笑むと、フレデリック様は頬を染めた。
「ミーナ、君はプレゼントを嫌がるだろうけど……受け取って。僕がどうしてもあげたいんだ」
配達した時は毎回、代金と一緒に『愛しています』の意味のある深紅の三本の薔薇を渡してくれる。彼はとてもまめだ。初めて貰った時、めちゃくちゃ嫌な顔をしたがフレデリック様はめげずに続けた。私も今は素直に受け取っている。
「ありがとうございます」
「ミーナ、僕は本気だよ。君に苦労はさせない」
「あの……」
「じゃあ、またね。愛してる」
フレデリック様は私に投げキッスをして、隣のカールにはギロっとひと睨みして「お前は、早くミーナの家を出て行けよ」と言って中に戻って行った。
「ミーナ様、配達していただきありがとうございました。坊っちゃんの嬉しそうな顔はあなたでないと見れませんから」
「まあ、やめて。大袈裟よ」
「大袈裟ではございませんよ。あなたは特別ですから」
すっかり顔馴染みになった彼の使用人が頭を下げて、見送りをしてくれた。こんな平民の私にまで丁寧だ。
「はあ……君を狙っているのは、ダニーだけじゃないのか。結局生まれ変わってももててる」
外に出た瞬間、カールは大きなため息をついた。
「フレデリック様はあんなこと言ってるけど、私なんか釣り合わないの。同じ商人のお金持ちのお嬢様と婚約予定という噂よ」
「へえ?」
「それに……あの気障な感じは耐えられないわ」
私はブルっと身を震わせた。
「あんなに好かれるなんて……何をしたんだ」
「別に何も?」
私は首を傾げながらんーっと悩む。
「そんなわけないだろう」
「んー……あえて言うなら、これかしら?彼は早くにお母様を亡くされているの。その時にショックでご飯が食べれなくなった時期があって、私が毎日食堂のご飯届けてあげたの。それからかな……なんかあんな熱烈ラブコールが始まったのは」
「間違いなくそれだ。そりゃあ好きになるわ」
「え?困っている人がいたら、助けるのが普通でしょう」
「……そんなお人好しは、君だけだ」
カールは少しムッとしてスタスタと先を歩いて行く。背が高いから、足の長さが違う。つまり、歩幅が違い過ぎるのだ。
「ちょっと!待ってよ」
彼はその言葉に反応してくるりと振り返った。そして私の前まで来て左手を持ち上げ、薬指をペロリと舐めた。
「ひゃあ!」
この人はこんな公共の場で何をしてるんだ!いや、公共の場でなくてもだめだけれど。私は真っ赤になった。
「上書き」
彼は耳元で甘い声でボソッとそれだけ囁くと、またスタスタと歩いて行ってしまった。
私は思考回路が停止して、しばらくその場から動けなかった。
♢♢♢
その後、なんとか追いつき彼の背中が見える程度の距離で歩いている。一緒に歩くには少し気まずいから。そう思ってとぼとぼと進んでいると、急に前で大きな声が聞こえてきた。
「カール様、やっと見つけましたわ!お逢いしたかった」
見知らぬ美しい女性は、彼の胸に勢いよく飛び込み首に手を回して口付けた。美男美女の二人の姿はまるで絵画のようだ。
女性は良い身なりなので、一目で高位貴族だとわかる。そして大人っぽくて色気がある。胸は豊かだし、腰はきゅーっとくびれている。
ぶちゅー……っという音が聞こえそうなくらいの女性からの熱烈なキスだ。
――何これ。
町中でのいきなりのラブシーンに、周囲からは「うわぁ」とか「ひゃあ」とか「ひゅーひゅー」と色んな声があがる。
カールはガバッと彼女を乱暴に引き剥がした。
「何をなさっているのですか!!」
「カール様ったら久々だからって照れちゃって。もう、恥ずかしがり屋さん!」
「意味のわからないことを、言わないでください」
「早くシュバイク王国へ戻って来てくださいませ」
「戻るつもりはない!」
彼は苛々と怒ったような声をあげているが、女性は全く動じていない。
カールはハッと正気に戻り、ギギギと音がしそうなくらいぎこちなく私の方を振り向いた。
「ミーナ、勘違いするな!この女と俺はなんの関係もない!」
そんな言い訳をする彼の腕に、女性は豊満な胸を押し付けながらギュッと纏わり付いている。
「カール様、この地味な方はどなた?」
地味で悪かったわね。地味で!!
「アレクシア様!ミーナを悪く言うなら俺はあなたを許しませんよ」
彼はギロリと女性を睨んで怒っている。
「ええ?このおチビさんとカール様は知り合いなのですか」
チビですって?そういえば、カールも私と初めて会った時にちんちくりんだと言っていたことを思い出した。苛々する。
「カール、あなたはなんの関係もない女性とキスをするの?最低ね」
「これはいきなりで!不可抗力ですから」
「不潔よ!もう家に帰ってこないで!そのお美しい女性と久々の再会を楽しんだらいいわ」
「ちょっ……ミーナ!」
「まあ、話がわかる方ね。カール様、ホテル予約してありますから、一緒に行きましょう」
「よかったわね!もうついて来ないで!さようなら」
私はプイッと顔を背けて、足音を立ててドスドスと歩き出した。
あー!なんかもやもやする。キャロラインを好きだって言ったのは何だったのか。ミーナを好きだって言ったのは何だったのか。この嘘つき!
あんなキ、キスして。破廉恥だ。信じられない。馬鹿、馬鹿……馬鹿!!
「ただいま」
家に帰りバタンと強めに扉を閉めた。
「おー、お帰り。大丈夫だったか?なんでミーナ一人なんだ?カールは?」
私はお父さんをギロリと睨みつける。お父さんは何も悪くないから八つ当たりだけど。
「二度と私の前でカールの名前を出さないで!」
私は自室の扉も思いっきり閉めて、鍵をかけベッドに潜り込んだ。なんか涙が出てきそうで悔しい。
フレデリック様に貰った美しい薔薇を眺めているのに、カールのことを考えている。これは、我ながら酷いものだなと思った。
失恋した瞬間に、カールへの恋心に気がつくなんて自分はどれだけ鈍いのかと思った。この気持ちには蓋をしなければ。そもそも、こんな田舎町に彼が私といるのはおかしいのだ。
シュバイク王国へ戻って、騎士として活躍し、美しいお嫁さんと立派な家で暮らすべきだ。辛かった十五年……それを埋めてくれる沢山の幸せが彼に訪れるように私は願うべきだ。
王女の死後、自分の人生を犠牲にしてまで仕えてくれた護衛騎士に私が望むのはそれだけだ。ミーナとまで一緒にいて欲しいというのは我儘すぎる願い。
しかし、きっと私が願えば叶えてくれるだろう。あの時護れなかったから一緒にいますと。
――そんな愛は欲しくない。
うっうっ……ひっく……ひっく……
今日は……今日だけは思い切り泣こう。そして、ちゃんとカールとさよならしよう。
しばらくすると「ミーナ!開けてくれ」とドンドンと扉を叩くカールの声がした。もちろん私は無視する。
「話を聞いてくれ。誤解だから!」
「……一人にさせて」
「ミーナ!お願いだ!開けてくれ」
「どっかへ行って」
「ミーナ……」
どうして彼女といないの?もうやめて欲しい。いつか私の前から消えるのなら、それは早い方がいい。後になればなるほど取り返しがつかなくなるから。
そして泣き続けたまま夜が明けた。朝になっても起き上がる気にならず、そのままベッドに寝転んでいた。
「ミーナ大丈夫?カールならいないわ」
お母さんの心配する声が聞こえる。
「大丈夫。もう少しだけ一人にして。今日は食堂の仕事休ませて。ごめんなさい」
「……ご飯置いておくから食べなさい」
「ありがとう」
そう言われたが、私は食欲などなく食べる気にならなかった。両親が仕事に向かったのを確認して、私はお風呂に入り水だけ持ってベッドに戻る。
ご飯は食べられなかったので、申し訳ないが先程キッチンに戻しておいた。食べるの大好きな私がご飯を食べれないなんてね。
こんなに食欲がないのは、前世で城から逃げた時以来だなと思う。そういえば、あの時はライナスがキャロラインを隠れ家に連れて行ってくれたなと思い出す。ああ、また彼のことを考えてしまった。
しばらくすると、部屋の窓がドンドンと叩かれ驚く。ここは二階だ。誰も来るはずがない。
「ミーナ!開けろ。いるんだろ」
窓の隙間に足をかけ、器用に壁を登ってきたのはダニーだった。
「なんだ、君は?なぜ僕のミーナと一緒にいる」
「なぜって一緒に暮らしてますから」
「い、い、一緒に暮らしてるだって!?ミーナ!どういうことだい?こんな素性のわからない男と同棲だって?君はそんなふしだらな子じゃないはずだろ」
私はフレデリック様に肩をもたれて、ガクガクと揺さぶられる。うー……苦しい……。カールったら誤解を招く言い方をして。
「怪我をしてた彼を助けただけです。それにふしだらって失礼な……うちには両親もいますから」
「なんだ。そういうことか」
彼はふぅ、とため息をついてやっと肩を揺さぶるのをやめてくれた。
「やっぱりミーナは天使だ!困っている人を見過ごせないなんて」
「は……ははっ……」
フレデリック様はまたうっとりと私を眺めている。私は苦笑いしかできない。
「ミーナが優しいのはわかっているよ。でも僕は心配だ。こんな見ず知らずの男を全く疑わずに助ける君が」
「……」
「ミーナ、今年十五歳になったんだよね?もう大人だ。早く僕のお嫁さんになりなよ」
私の手を取って左手の薬指にチュッとキスをした。ギャーーッ!!
カールは私の腕を掴んで、背中の裏に隠した。
「うちのミーナに勝手に触れないでいただけますか?これはただの配達ですからね。女に触れて遊びたいなら、相応の場所でお願い致します」
「なんだと?僕がミーナ以外の女に触れると思っているのか?」
「お坊ちゃんは、おもてになりそうですから」
バチバチと音が聞こえそうな程、二人で睨み合っている。
「フレデリック様!私、仕事がありますのでもう戻りますね。心を込めて作ったので残さず食べてくださいね」
「もちろんだよ。ミーナが作ってくれた料理はいつも美味しいから楽しみだ」
素直にニッコリと笑う姿は、いつもの気障な時よりよっぽどいい男だ。私もつられて微笑むと、フレデリック様は頬を染めた。
「ミーナ、君はプレゼントを嫌がるだろうけど……受け取って。僕がどうしてもあげたいんだ」
配達した時は毎回、代金と一緒に『愛しています』の意味のある深紅の三本の薔薇を渡してくれる。彼はとてもまめだ。初めて貰った時、めちゃくちゃ嫌な顔をしたがフレデリック様はめげずに続けた。私も今は素直に受け取っている。
「ありがとうございます」
「ミーナ、僕は本気だよ。君に苦労はさせない」
「あの……」
「じゃあ、またね。愛してる」
フレデリック様は私に投げキッスをして、隣のカールにはギロっとひと睨みして「お前は、早くミーナの家を出て行けよ」と言って中に戻って行った。
「ミーナ様、配達していただきありがとうございました。坊っちゃんの嬉しそうな顔はあなたでないと見れませんから」
「まあ、やめて。大袈裟よ」
「大袈裟ではございませんよ。あなたは特別ですから」
すっかり顔馴染みになった彼の使用人が頭を下げて、見送りをしてくれた。こんな平民の私にまで丁寧だ。
「はあ……君を狙っているのは、ダニーだけじゃないのか。結局生まれ変わってももててる」
外に出た瞬間、カールは大きなため息をついた。
「フレデリック様はあんなこと言ってるけど、私なんか釣り合わないの。同じ商人のお金持ちのお嬢様と婚約予定という噂よ」
「へえ?」
「それに……あの気障な感じは耐えられないわ」
私はブルっと身を震わせた。
「あんなに好かれるなんて……何をしたんだ」
「別に何も?」
私は首を傾げながらんーっと悩む。
「そんなわけないだろう」
「んー……あえて言うなら、これかしら?彼は早くにお母様を亡くされているの。その時にショックでご飯が食べれなくなった時期があって、私が毎日食堂のご飯届けてあげたの。それからかな……なんかあんな熱烈ラブコールが始まったのは」
「間違いなくそれだ。そりゃあ好きになるわ」
「え?困っている人がいたら、助けるのが普通でしょう」
「……そんなお人好しは、君だけだ」
カールは少しムッとしてスタスタと先を歩いて行く。背が高いから、足の長さが違う。つまり、歩幅が違い過ぎるのだ。
「ちょっと!待ってよ」
彼はその言葉に反応してくるりと振り返った。そして私の前まで来て左手を持ち上げ、薬指をペロリと舐めた。
「ひゃあ!」
この人はこんな公共の場で何をしてるんだ!いや、公共の場でなくてもだめだけれど。私は真っ赤になった。
「上書き」
彼は耳元で甘い声でボソッとそれだけ囁くと、またスタスタと歩いて行ってしまった。
私は思考回路が停止して、しばらくその場から動けなかった。
♢♢♢
その後、なんとか追いつき彼の背中が見える程度の距離で歩いている。一緒に歩くには少し気まずいから。そう思ってとぼとぼと進んでいると、急に前で大きな声が聞こえてきた。
「カール様、やっと見つけましたわ!お逢いしたかった」
見知らぬ美しい女性は、彼の胸に勢いよく飛び込み首に手を回して口付けた。美男美女の二人の姿はまるで絵画のようだ。
女性は良い身なりなので、一目で高位貴族だとわかる。そして大人っぽくて色気がある。胸は豊かだし、腰はきゅーっとくびれている。
ぶちゅー……っという音が聞こえそうなくらいの女性からの熱烈なキスだ。
――何これ。
町中でのいきなりのラブシーンに、周囲からは「うわぁ」とか「ひゃあ」とか「ひゅーひゅー」と色んな声があがる。
カールはガバッと彼女を乱暴に引き剥がした。
「何をなさっているのですか!!」
「カール様ったら久々だからって照れちゃって。もう、恥ずかしがり屋さん!」
「意味のわからないことを、言わないでください」
「早くシュバイク王国へ戻って来てくださいませ」
「戻るつもりはない!」
彼は苛々と怒ったような声をあげているが、女性は全く動じていない。
カールはハッと正気に戻り、ギギギと音がしそうなくらいぎこちなく私の方を振り向いた。
「ミーナ、勘違いするな!この女と俺はなんの関係もない!」
そんな言い訳をする彼の腕に、女性は豊満な胸を押し付けながらギュッと纏わり付いている。
「カール様、この地味な方はどなた?」
地味で悪かったわね。地味で!!
「アレクシア様!ミーナを悪く言うなら俺はあなたを許しませんよ」
彼はギロリと女性を睨んで怒っている。
「ええ?このおチビさんとカール様は知り合いなのですか」
チビですって?そういえば、カールも私と初めて会った時にちんちくりんだと言っていたことを思い出した。苛々する。
「カール、あなたはなんの関係もない女性とキスをするの?最低ね」
「これはいきなりで!不可抗力ですから」
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「ちょっ……ミーナ!」
「まあ、話がわかる方ね。カール様、ホテル予約してありますから、一緒に行きましょう」
「よかったわね!もうついて来ないで!さようなら」
私はプイッと顔を背けて、足音を立ててドスドスと歩き出した。
あー!なんかもやもやする。キャロラインを好きだって言ったのは何だったのか。ミーナを好きだって言ったのは何だったのか。この嘘つき!
あんなキ、キスして。破廉恥だ。信じられない。馬鹿、馬鹿……馬鹿!!
「ただいま」
家に帰りバタンと強めに扉を閉めた。
「おー、お帰り。大丈夫だったか?なんでミーナ一人なんだ?カールは?」
私はお父さんをギロリと睨みつける。お父さんは何も悪くないから八つ当たりだけど。
「二度と私の前でカールの名前を出さないで!」
私は自室の扉も思いっきり閉めて、鍵をかけベッドに潜り込んだ。なんか涙が出てきそうで悔しい。
フレデリック様に貰った美しい薔薇を眺めているのに、カールのことを考えている。これは、我ながら酷いものだなと思った。
失恋した瞬間に、カールへの恋心に気がつくなんて自分はどれだけ鈍いのかと思った。この気持ちには蓋をしなければ。そもそも、こんな田舎町に彼が私といるのはおかしいのだ。
シュバイク王国へ戻って、騎士として活躍し、美しいお嫁さんと立派な家で暮らすべきだ。辛かった十五年……それを埋めてくれる沢山の幸せが彼に訪れるように私は願うべきだ。
王女の死後、自分の人生を犠牲にしてまで仕えてくれた護衛騎士に私が望むのはそれだけだ。ミーナとまで一緒にいて欲しいというのは我儘すぎる願い。
しかし、きっと私が願えば叶えてくれるだろう。あの時護れなかったから一緒にいますと。
――そんな愛は欲しくない。
うっうっ……ひっく……ひっく……
今日は……今日だけは思い切り泣こう。そして、ちゃんとカールとさよならしよう。
しばらくすると「ミーナ!開けてくれ」とドンドンと扉を叩くカールの声がした。もちろん私は無視する。
「話を聞いてくれ。誤解だから!」
「……一人にさせて」
「ミーナ!お願いだ!開けてくれ」
「どっかへ行って」
「ミーナ……」
どうして彼女といないの?もうやめて欲しい。いつか私の前から消えるのなら、それは早い方がいい。後になればなるほど取り返しがつかなくなるから。
そして泣き続けたまま夜が明けた。朝になっても起き上がる気にならず、そのままベッドに寝転んでいた。
「ミーナ大丈夫?カールならいないわ」
お母さんの心配する声が聞こえる。
「大丈夫。もう少しだけ一人にして。今日は食堂の仕事休ませて。ごめんなさい」
「……ご飯置いておくから食べなさい」
「ありがとう」
そう言われたが、私は食欲などなく食べる気にならなかった。両親が仕事に向かったのを確認して、私はお風呂に入り水だけ持ってベッドに戻る。
ご飯は食べられなかったので、申し訳ないが先程キッチンに戻しておいた。食べるの大好きな私がご飯を食べれないなんてね。
こんなに食欲がないのは、前世で城から逃げた時以来だなと思う。そういえば、あの時はライナスがキャロラインを隠れ家に連れて行ってくれたなと思い出す。ああ、また彼のことを考えてしまった。
しばらくすると、部屋の窓がドンドンと叩かれ驚く。ここは二階だ。誰も来るはずがない。
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