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13変貌
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私は跪いて手にキスをしているライナスを見て、呆然としていた。彼は上目遣いのまま、にっこり笑っている。
「きゃあっ!」
私は叫び声をあげて勢いよく、手を引っ込めた。この人……キスした!手の甲にキスした!!
「な、なにをするのよ」
「照れていらっしゃるのですか?あなたはいつまでも可愛らしい少女のようですね」
ライナスは甘い顔のまま、私の頬をするりと撫でた。私はビクッと体が硬直する。
「わ、私と恋愛関係は求めてないって言ってたわよね?」
「ええ」
「じゃあ、どうしてあんなことするの?あれは求婚の時にすることでしょう?」
「これからの俺の全てを、あなたに捧げるという誓いです」
「そ、そんなのいらないから」
「いらなくても、与えたい。確かに恋愛関係を求めないとは言いましたが、それはあなたが俺を望まない場合です。だけど、もし許して下さるならあなたと愛し合いたいと思っていますよ」
彼はさも当たり前というようにさらっとそんなことを言っている。
「あ……愛し合う……?」
「ええ。本当はあなたの身も心も全てが欲しい」
身も心も!?それって、その……ライナスと恋人になるってこと?手を繋いで、口付けをして……それ以上のこともするってこと?
無理!……無理無理無理無理!!
なんか急に色気がだだ漏れの大人なライナスと恋愛なんてできない。彼は私の中身が好きだと言ってくれた。しかし、彼は『ミーナ』が好きなのではない。前世で叶えられなかった『王女』への想いを私で浄化しようとしているのだ。
そんなのミーナの私が可哀想すぎる。いくら中身が一緒とはいえ、彼はミーナのことはガキでちんちくりんと言っていたのだから惚れていたとは思えない。
「お、お断りします!私はまだ誰も好きじゃないから」
「じゃあ、好きになってもらえるように頑張りますね」
「いやいや!あなた私の親でもおかしくないような年よ?」
「……若くいられるよう努力します」
「そういう問題じゃないの。あなたはミーナのことガキだって言って揶揄ってたじゃない。とっても意地悪だったし、好きじゃないでしょう?」
そう言った時に彼は少し気まずそうに目線を逸らし、頬を染めて口元をおさえた。
「いや……好きでしたよ」
「は?」
「あなただと知る前も、好きでした。たぶんお人好しで、素直で明るいミーナに自然に惹かれてた」
「嘘つかないで」
「本当です。でも俺はキャロライン王女だけだと心に決めているのに、ミーナに惹かれていく自分が許せずにブレーキをかけてたんです。あえて意地悪してね」
あなたがミーナを好きだった?信じられない。
「冗談はよしてよ」
「なら、これからは本気だってことお見せしますね」
ライナスはニッコリと笑った。しかし、なんとなくその笑顔が恐ろしい。これは先手を打っておいたほうがいい。
「敬語禁止!」
「いや、でも」
「キャロラインって呼ぶのも禁止!」
「そんな」
「わかったわね!今まで通りミーナにしてたように接して。私もカールと呼ぶから」
「今まで通りになんてできません」
「じゃあ、追い出す!」
「ゔっ……わかりまし……いや、わかった」
はあ、前途多難だ。私はダニーのことを悩んでいたはずなのにこんなことになってしまった。
「あと申し訳ないけど、今の私は騎士の嫁になんてなりたくないの!小さなお家を建てて、両親のように食堂をするのが夢なの。だから諦めて」
私はハッキリとそう言った。よし、これで諦めてくれるだろう。そう思っていたのに、彼は全然怯まなかった。
「素敵な夢だ。あなたと一緒に叶えるのは幸せだろうな。どんな家がいい?すぐに建てれるくらいの蓄えはある」
「……は?」
「どんな家?希望通りに作ってもらおう」
この男は頭のネジがぶっ飛んでいるらしい。いや、こんな生まれ変わりだなんだと突拍子もない話を聞いておかしくなったのかもしれない。
「何言ってるのよ!あなたは騎士でしょ」
「もう辞めているようなものです」
「いやいやいやいや……ちょっと待って」
「安心してください。仕事としての騎士は辞めても、一生あなただけの騎士でいますから」
ニッコリと笑った彼に、頭が痛くなる。これは……話が通じなさそうだ。とりあえずもうここで話を終わろう。
「……そろそろお昼で忙しいから、食堂へ戻るわ」
「俺も行きます」
「うん」
正体がバレてしまって、これから不安だけどしょうがない。そのうち彼も諦めるだろうと、安易に考えていた。
――私はその考えが甘かったことを知る。
「痛っ!」
「ミーナ!大丈夫か?」
私は不注意で指を包丁で切ってしまった。切ったと言ってもほんの僅かだ。それなのに、カールはすぐに駆け寄って私の指を取り傷口から血をチュッと吸った。
その舐めとる舌がなんとも色っぽくって、頬が真っ赤に染まる。
「だ、だ、大丈夫だから」
「手当てしよう。君が傷つくのは耐えられない」
そう言って耳元で囁くので、背中がゾクっとした。その様子をお母さんと常連さん達は「ヒューッ」と嬉しそうに冷やかし、お父さんは「親の前でやめてくれ」と顔が引き攣っていた。
カールは全く気にしない様子で、優しく丁寧に指を手当てしてくれた。
――誰?この人。キャラ変わりすぎでついていけない。護衛騎士の時の彼は確かに私に色々と世話を焼いていたけど、もちろんこんなに甘ったるくなかった。
「これでよし。気を付けて」
「う、うん。ありがと」
みんなからニヤニヤした視線を向けられたが、無視して仕事に集中した。それからはカールも何事もなかったかのように、料理を作っている。
そして一日が終わり、家に戻ってきた。そこでもカールは今まで通りの感じだったので「あれ?あの告白は夢だったのかな」と思うほど普通だった。
私がお風呂から上がって、リビングで水を飲んでいるとカールが現れた。私を見てなんだか困ったような顔をしている。
「どうしたの?喉乾いた?」
「いえ。音がしたので誰かいるのかと思って」
「そっか。シャワー浴びたら暑くて水飲みたくてさ」
コップに残った水をごくごくと飲み干す。彼の視線を感じて少し居心地が悪い。
「じゃあ、寝るね。おやすみなさい」
私が彼の前を通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。
「待ってくれ。ちょっと部屋に来て」
「へ?」
「いいから!」
彼に手を引かれたまま、客間に強引に入れられた。え?ええ?夜に一人で男性の部屋に行くなんてありえない。
「な、何の用なの」
私が緊張でビクビクしていると、ソファーに座らされた。彼は無表情のまま、どんどん顔が近付いてくる。
胸がバクバクと煩い。もしかして口付けとか?そんな……まさか。でも……
ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ
「え?」
私は今、タオルで髪を強めに拭かれている。
「どうしてちゃんと乾かさないんだ。風邪をひくだろ?あなたは昔からそういうところある。意外と面倒くさがりというか……今は侍女がいないんですからね!」
はあ、とため息をついている。私はされるがままだ。
勘違いした自分が恥ずかしい。何が口付けだ。これでは私は濡れた犬で、彼は世話をしてあげているご主人様という感じだ。
「自分でやるのが大変ならいつも俺がします。櫛とかヘアオイルがないんだよな。また買っておかないと」
「私の部屋にあるけど」
「それは部屋に来てっていうお誘い?」
「ち、違うわよ!」
彼はケラケラと笑いながら、手櫛でサラサラと私の髪を整えてくれている。
「よし」
「……ありがと」
「どういたしまして」
私はペコっと頭を下げてここを出ようとすると、カールに手を引かれ彼の胸に抱きしめられた。
「なっ!」
「家に男がいるのに、素足の見える薄い夜着でうろうろしちゃだめだ。それとも俺は男と思われてないのか」
「な、何言ってるのよ。別に普通の格好でしょう」
「こんなのすぐに脱がせられる。なんなら試してみようか」
抱きしめられながら耳元でボソッと呟かれて、私は真っ赤になった。
「え、えっち!」
「男はみんなそうだ」
「変態。離してっ!」
「ははっ……真っ赤になって可愛い。おやすみ、ミーナ。愛してる」
おでこにちゅっとキスをされ、手をパッと離された。私はおでこを自分の手でゴシゴシと擦って「馬鹿っ!」と言って扉をバタンと閉めて急いで自室へ帰った。
ドキドキドキドキ
胸が苦しい。まだ彼に抱きしめられた感覚が、体に残っていて熱い。
「なんなのよ!もう」
今日は色んなことが一気に起こりすぎて頭がパンクしそうだ。ダニーのこと、カールのこと、昔のこと。うわぁ!だめだ。キャパオーバー。
「寝れない」
私はベッドに寝転がり、一睡もできないまま夜が明けた。
♢♢♢
「ミーナ、顔色悪いな。どうした?」
カールが、昨日のことなどなかったかのように朝から爽やかに話かけてくる。
――半分以上あなたのせいでしょうが!あなたの!
「大丈夫。寝不足なだけ」
「起こすから、ギリギリまで寝ていたらどうだ?」
「ううん。平気」
「もし今夜も眠れないなら、寝かしつけに行こう」
ニッコリと笑いながら、そんなありえないことをさらっと言っている。寝かしつけ……私は目を見開いて驚いた。カールがいたら余計眠れないわよ!
「朝からいやらしいこと言わないで」
「ん?どこがいやらしい?子どもの頃、眠れない君の手を握って俺は本を読んでいただろう。寝かしつけはそういう意味だったのだが」
彼がふふっと揶揄うように笑ったので、自分の勘違いに気がついて恥ずかしくなって下を向いた。
うーっ……やられた。あんな言い方されたら騙されるじゃないか!
「だけど、ミーナが添い寝希望なら喜んで。朝まで抱き枕にもなる。いつでも呼んでくれ」
私にパチンと色っぽくウィンクをした。
「必要ない!」
私はプイッとそっぽを向いて、彼を視界に入れないようにした。
「あなたのキャラが今までと違いすぎてついていけないわ。もっとクールだと思ってた」
「そうか?いや、浮かれてるのかも」
「浮かれてる?」
「今までしたかったのにできなったから。本当は、好きな人を甘やかして、溺愛することに憧れてた」
カールはふんわりと幸せそうに微笑んだ。私は彼を真正面から見れず、そっと目を逸らした。
「せっかく逢えたんだ。もう二度と後悔はしたくない」
私は余計なことを考えないように仕事に没頭した。そして、悩んでいたはずなのに体が疲れると自然と眠れるようになった。
――もう、あんまり深く考えないでおこう。なるようになるだろう。
私は現実逃避したまま一週間が過ぎた。カールは相変わらずお父さんに料理を教わっている。しかも、だんだん上達しているようだ。
そして彼は相変わらず私を甘やかして、なぜか一日に一回必ず『可愛い』とか『愛してる』とか言われるので恥ずかしいことこの上ない。
カールにたまに手を握られたりするが、これ以上は踏み込んでこない。私達は曖昧でよくわからない関係が続いてしまっている。
今日も仕事が終わった。お父さんとカールは片付けがあると言っていたので、私とお母さんで先に家に帰ることにした。
扉を開けると向かいの壁に背を預けながら、ダニーが立っていた。私はあの食堂の朝以来、彼に会っていなかった。前までほとんど毎日会っていたのに。元気にしているのか心配したけれど、私から会いに行く勇気はなかった。まだ自分の答えが出ていなかったから。
「ミーナ!」
彼は緊張した顔をして少し掠れた声で、私を呼んだ。
「きゃあっ!」
私は叫び声をあげて勢いよく、手を引っ込めた。この人……キスした!手の甲にキスした!!
「な、なにをするのよ」
「照れていらっしゃるのですか?あなたはいつまでも可愛らしい少女のようですね」
ライナスは甘い顔のまま、私の頬をするりと撫でた。私はビクッと体が硬直する。
「わ、私と恋愛関係は求めてないって言ってたわよね?」
「ええ」
「じゃあ、どうしてあんなことするの?あれは求婚の時にすることでしょう?」
「これからの俺の全てを、あなたに捧げるという誓いです」
「そ、そんなのいらないから」
「いらなくても、与えたい。確かに恋愛関係を求めないとは言いましたが、それはあなたが俺を望まない場合です。だけど、もし許して下さるならあなたと愛し合いたいと思っていますよ」
彼はさも当たり前というようにさらっとそんなことを言っている。
「あ……愛し合う……?」
「ええ。本当はあなたの身も心も全てが欲しい」
身も心も!?それって、その……ライナスと恋人になるってこと?手を繋いで、口付けをして……それ以上のこともするってこと?
無理!……無理無理無理無理!!
なんか急に色気がだだ漏れの大人なライナスと恋愛なんてできない。彼は私の中身が好きだと言ってくれた。しかし、彼は『ミーナ』が好きなのではない。前世で叶えられなかった『王女』への想いを私で浄化しようとしているのだ。
そんなのミーナの私が可哀想すぎる。いくら中身が一緒とはいえ、彼はミーナのことはガキでちんちくりんと言っていたのだから惚れていたとは思えない。
「お、お断りします!私はまだ誰も好きじゃないから」
「じゃあ、好きになってもらえるように頑張りますね」
「いやいや!あなた私の親でもおかしくないような年よ?」
「……若くいられるよう努力します」
「そういう問題じゃないの。あなたはミーナのことガキだって言って揶揄ってたじゃない。とっても意地悪だったし、好きじゃないでしょう?」
そう言った時に彼は少し気まずそうに目線を逸らし、頬を染めて口元をおさえた。
「いや……好きでしたよ」
「は?」
「あなただと知る前も、好きでした。たぶんお人好しで、素直で明るいミーナに自然に惹かれてた」
「嘘つかないで」
「本当です。でも俺はキャロライン王女だけだと心に決めているのに、ミーナに惹かれていく自分が許せずにブレーキをかけてたんです。あえて意地悪してね」
あなたがミーナを好きだった?信じられない。
「冗談はよしてよ」
「なら、これからは本気だってことお見せしますね」
ライナスはニッコリと笑った。しかし、なんとなくその笑顔が恐ろしい。これは先手を打っておいたほうがいい。
「敬語禁止!」
「いや、でも」
「キャロラインって呼ぶのも禁止!」
「そんな」
「わかったわね!今まで通りミーナにしてたように接して。私もカールと呼ぶから」
「今まで通りになんてできません」
「じゃあ、追い出す!」
「ゔっ……わかりまし……いや、わかった」
はあ、前途多難だ。私はダニーのことを悩んでいたはずなのにこんなことになってしまった。
「あと申し訳ないけど、今の私は騎士の嫁になんてなりたくないの!小さなお家を建てて、両親のように食堂をするのが夢なの。だから諦めて」
私はハッキリとそう言った。よし、これで諦めてくれるだろう。そう思っていたのに、彼は全然怯まなかった。
「素敵な夢だ。あなたと一緒に叶えるのは幸せだろうな。どんな家がいい?すぐに建てれるくらいの蓄えはある」
「……は?」
「どんな家?希望通りに作ってもらおう」
この男は頭のネジがぶっ飛んでいるらしい。いや、こんな生まれ変わりだなんだと突拍子もない話を聞いておかしくなったのかもしれない。
「何言ってるのよ!あなたは騎士でしょ」
「もう辞めているようなものです」
「いやいやいやいや……ちょっと待って」
「安心してください。仕事としての騎士は辞めても、一生あなただけの騎士でいますから」
ニッコリと笑った彼に、頭が痛くなる。これは……話が通じなさそうだ。とりあえずもうここで話を終わろう。
「……そろそろお昼で忙しいから、食堂へ戻るわ」
「俺も行きます」
「うん」
正体がバレてしまって、これから不安だけどしょうがない。そのうち彼も諦めるだろうと、安易に考えていた。
――私はその考えが甘かったことを知る。
「痛っ!」
「ミーナ!大丈夫か?」
私は不注意で指を包丁で切ってしまった。切ったと言ってもほんの僅かだ。それなのに、カールはすぐに駆け寄って私の指を取り傷口から血をチュッと吸った。
その舐めとる舌がなんとも色っぽくって、頬が真っ赤に染まる。
「だ、だ、大丈夫だから」
「手当てしよう。君が傷つくのは耐えられない」
そう言って耳元で囁くので、背中がゾクっとした。その様子をお母さんと常連さん達は「ヒューッ」と嬉しそうに冷やかし、お父さんは「親の前でやめてくれ」と顔が引き攣っていた。
カールは全く気にしない様子で、優しく丁寧に指を手当てしてくれた。
――誰?この人。キャラ変わりすぎでついていけない。護衛騎士の時の彼は確かに私に色々と世話を焼いていたけど、もちろんこんなに甘ったるくなかった。
「これでよし。気を付けて」
「う、うん。ありがと」
みんなからニヤニヤした視線を向けられたが、無視して仕事に集中した。それからはカールも何事もなかったかのように、料理を作っている。
そして一日が終わり、家に戻ってきた。そこでもカールは今まで通りの感じだったので「あれ?あの告白は夢だったのかな」と思うほど普通だった。
私がお風呂から上がって、リビングで水を飲んでいるとカールが現れた。私を見てなんだか困ったような顔をしている。
「どうしたの?喉乾いた?」
「いえ。音がしたので誰かいるのかと思って」
「そっか。シャワー浴びたら暑くて水飲みたくてさ」
コップに残った水をごくごくと飲み干す。彼の視線を感じて少し居心地が悪い。
「じゃあ、寝るね。おやすみなさい」
私が彼の前を通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。
「待ってくれ。ちょっと部屋に来て」
「へ?」
「いいから!」
彼に手を引かれたまま、客間に強引に入れられた。え?ええ?夜に一人で男性の部屋に行くなんてありえない。
「な、何の用なの」
私が緊張でビクビクしていると、ソファーに座らされた。彼は無表情のまま、どんどん顔が近付いてくる。
胸がバクバクと煩い。もしかして口付けとか?そんな……まさか。でも……
ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ
「え?」
私は今、タオルで髪を強めに拭かれている。
「どうしてちゃんと乾かさないんだ。風邪をひくだろ?あなたは昔からそういうところある。意外と面倒くさがりというか……今は侍女がいないんですからね!」
はあ、とため息をついている。私はされるがままだ。
勘違いした自分が恥ずかしい。何が口付けだ。これでは私は濡れた犬で、彼は世話をしてあげているご主人様という感じだ。
「自分でやるのが大変ならいつも俺がします。櫛とかヘアオイルがないんだよな。また買っておかないと」
「私の部屋にあるけど」
「それは部屋に来てっていうお誘い?」
「ち、違うわよ!」
彼はケラケラと笑いながら、手櫛でサラサラと私の髪を整えてくれている。
「よし」
「……ありがと」
「どういたしまして」
私はペコっと頭を下げてここを出ようとすると、カールに手を引かれ彼の胸に抱きしめられた。
「なっ!」
「家に男がいるのに、素足の見える薄い夜着でうろうろしちゃだめだ。それとも俺は男と思われてないのか」
「な、何言ってるのよ。別に普通の格好でしょう」
「こんなのすぐに脱がせられる。なんなら試してみようか」
抱きしめられながら耳元でボソッと呟かれて、私は真っ赤になった。
「え、えっち!」
「男はみんなそうだ」
「変態。離してっ!」
「ははっ……真っ赤になって可愛い。おやすみ、ミーナ。愛してる」
おでこにちゅっとキスをされ、手をパッと離された。私はおでこを自分の手でゴシゴシと擦って「馬鹿っ!」と言って扉をバタンと閉めて急いで自室へ帰った。
ドキドキドキドキ
胸が苦しい。まだ彼に抱きしめられた感覚が、体に残っていて熱い。
「なんなのよ!もう」
今日は色んなことが一気に起こりすぎて頭がパンクしそうだ。ダニーのこと、カールのこと、昔のこと。うわぁ!だめだ。キャパオーバー。
「寝れない」
私はベッドに寝転がり、一睡もできないまま夜が明けた。
♢♢♢
「ミーナ、顔色悪いな。どうした?」
カールが、昨日のことなどなかったかのように朝から爽やかに話かけてくる。
――半分以上あなたのせいでしょうが!あなたの!
「大丈夫。寝不足なだけ」
「起こすから、ギリギリまで寝ていたらどうだ?」
「ううん。平気」
「もし今夜も眠れないなら、寝かしつけに行こう」
ニッコリと笑いながら、そんなありえないことをさらっと言っている。寝かしつけ……私は目を見開いて驚いた。カールがいたら余計眠れないわよ!
「朝からいやらしいこと言わないで」
「ん?どこがいやらしい?子どもの頃、眠れない君の手を握って俺は本を読んでいただろう。寝かしつけはそういう意味だったのだが」
彼がふふっと揶揄うように笑ったので、自分の勘違いに気がついて恥ずかしくなって下を向いた。
うーっ……やられた。あんな言い方されたら騙されるじゃないか!
「だけど、ミーナが添い寝希望なら喜んで。朝まで抱き枕にもなる。いつでも呼んでくれ」
私にパチンと色っぽくウィンクをした。
「必要ない!」
私はプイッとそっぽを向いて、彼を視界に入れないようにした。
「あなたのキャラが今までと違いすぎてついていけないわ。もっとクールだと思ってた」
「そうか?いや、浮かれてるのかも」
「浮かれてる?」
「今までしたかったのにできなったから。本当は、好きな人を甘やかして、溺愛することに憧れてた」
カールはふんわりと幸せそうに微笑んだ。私は彼を真正面から見れず、そっと目を逸らした。
「せっかく逢えたんだ。もう二度と後悔はしたくない」
私は余計なことを考えないように仕事に没頭した。そして、悩んでいたはずなのに体が疲れると自然と眠れるようになった。
――もう、あんまり深く考えないでおこう。なるようになるだろう。
私は現実逃避したまま一週間が過ぎた。カールは相変わらずお父さんに料理を教わっている。しかも、だんだん上達しているようだ。
そして彼は相変わらず私を甘やかして、なぜか一日に一回必ず『可愛い』とか『愛してる』とか言われるので恥ずかしいことこの上ない。
カールにたまに手を握られたりするが、これ以上は踏み込んでこない。私達は曖昧でよくわからない関係が続いてしまっている。
今日も仕事が終わった。お父さんとカールは片付けがあると言っていたので、私とお母さんで先に家に帰ることにした。
扉を開けると向かいの壁に背を預けながら、ダニーが立っていた。私はあの食堂の朝以来、彼に会っていなかった。前までほとんど毎日会っていたのに。元気にしているのか心配したけれど、私から会いに行く勇気はなかった。まだ自分の答えが出ていなかったから。
「ミーナ!」
彼は緊張した顔をして少し掠れた声で、私を呼んだ。
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