【完結】絶世の美女から平凡な少女に生まれ変わって幸せですが、元護衛騎士が幸せではなさそうなのでどうにかしたい

大森 樹

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12復讐の終わり【ライナス(カール)視点】

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 ダラム帝国を滅ぼすのは並大抵のことではなかった。シュバイク王国とは長い冷戦状態が続いていたが、第二王子に代替わりしたシュバイク国王は兄を殺されたことを忘れておらずダラム帝国王を亡き者にすることを願っていた。

 俺は今回も正体を隠してダラム帝国に長期間スパイとして侵入し、情報を流した。命懸けの任務だが、復讐のためだと思えばなんてことはなかった。

 この十年俺は殺したい相手に仕え、殺したい相手から充分な信頼を得た。そう……帝国王家の末の王女を嫁にやると言われるくらいには気に入られていた。上手く断り続けていたけれど。

「今が好機。決行は明後日」

 俺は暗号でシュバイク王へ連絡をした。もう戦争の準備はできているはずだ。ダラム帝国王は年齢のこともあり、最近は病気がちだ。この国はこの男一人が全てを仕切っていると言っても過言ではない。ずば抜けた闘いのセンスとカリスマ性があり、欲深く、警戒心が強く、頭の良い、女好きの男。

 残念なことに沢山の妻がいて十人以上の子どもがいるにも関わらず、こいつ程優秀な血を引くものはいなかったのだ。いや、誰もがこの男を恐れて萎縮しているため才能が育たなかったと言ってもいい。

 つまり、この男が死ねばダラム帝国は終わりだ。

 ――決行の日。俺はダラム帝国王の寝室に見舞いに来ていた。彼の部屋に入るには、誰であっても武器を持って入れない。人を信じていないこの男らしいルールだ。俺ももちろん入口に剣を置いた。

「陛下、カールです。お加減はいかがですか」
「カールか。大丈夫だ」

 ニッコリと笑う俺に、こいつはベッドから起き上がって答えた。病気だとはいえギロリとした鋭い瞳は相変わらずだ。

 十年仕えてきた。当初は素性のわからぬ俺を疑っていたが、剣術で名をあげて従順でありながらも恐れずに対峙する俺をこいつは気に入った。

 こいつは男女問わず強いものや賢いもの、美しいものが好きだ。完全なる実力主義。家柄や金などに興味はなかった。だからこそ時間はかかったが、長時間かけて信頼を得た。

 人払いをして、二人っきりで部屋で会えるところまで。

「そうですか。よかったです」

 ベッド横まで近付き、俺は心から微笑んだ。生きていてくれて良かった。病死なんてことになれば後悔してもしきれない。

「この手で殺したかったので」

 俺は足に隠し持っていたナイフを素早く抜き、ダラム帝国王の左胸を躊躇いなく刺した。

「ぐっ……」

 やつはいきなりのことにも対応し、少しだけ身を捩ったため即死とはならなかった。さすが歳をとってもこの大国を率いる王だ。しかし、血がどんどんと溢れてくる。

「カ……ル、おま……え……なぜ」
「冥土の土産に教えてあげましょう。俺はメラビア王国の王女キャロラインの護衛騎士だったんですよ」

 そう言った途端に、この男は驚いたが納得したような顔をした。

「お前が側室に望んだせいで彼女は死んだ。お前も死んで罪を償え」
「そうだ……たのか。キャロ……ラインの」
「おい!お前なんかが、二度と美しい彼女の名を呼ぶんじゃねぇ」

 俺は胸に刺さったナイフを抜き、喉元に当てた。

「欲しいものを……欲しいと言って何が悪い?実力のあるものが手に入れるのはこの世では当たり……前……だ」

 この男はこんな状況でも、そんなことを言いハッと鼻で笑った。

「言いたいことはそれだけか?」

 俺は何の感情もなく冷たくそう言った。

「たまたま……他国を訪問している時に見かけてな。その美しさに息が……とまった。俺の側室になれば……大事にするつもりだった。まさか……自死すると……は思ってなかった」
「孫くらい歳の離れた男に嫁ぎたいと思うかよ?あの人は幸せになるはずだった!なのに……お前が!お前がそれを奪った!!」
「……お前……彼女に惚れてたのか」
「黙れ」
「そこまで惚れてるくせに……強引に奪い去る勇気もなかったお前は……その時点で男として私に負けてるんだよ」

 ――そうだ。腹が立つがその通りだ。俺は身分がどうとか、体裁がどうとかばかり気にして気持ちを伝えることすらしなかった。そして居心地がよい『護衛騎士』のポジションに逃げたのだ。

 そして大事な人を失った。

 これはすでに惚れたなどと軽くて甘い感情を超えている。この復讐のために生きている。彼女への想いは死してもなお増え続け、今やどろどろとした暗い執着だ。

「あの世で詫びろ」

 俺はもう一度深く胸を突き刺した。返り血が俺の頬を染める。鉄の臭いと不愉快な程温かい血がまとわりついて吐きそうだ。

 廊下では剣がぶつかるカンカンという音が聞こえ、外からはドドドッと沢山の騎士や馬が着いた音がする。

 ――ゲームセット。シュバイク王国軍が来たようだ。これで何もかも終わり。

「陛下!カール様!敵軍の奇襲です!!鍵を開けてください」

 ドンドンドンと激しく扉が叩かれる。俺はあらかじめ確保しておいた脱出ルートから、するりとこの部屋を出て行方をくらませた。この男の用意周到っぷりは感心するものがある。

 秘密裏に調べたら自室から外に出られる隠し通路がいくつも存在した。恐らく側近も知らないだろう。だから、それを使って逃げるのは簡単だった。自分ではなく、殺した相手がその通路から逃げるなんて皮肉だなと思った。

 およそ一ヶ月でダラム帝国は潰れた。絶対的な指導者がいない国は大混乱し、もともと内部でも独裁的な王家に批判的な者も多かったためガタガタと崩れていった。

 俺はダラム帝国王を亡き者にした功労者として、シュバイク王国の英雄と言われるようになった。多額の報奨金、名誉、爵位、大きな家を与えられたがそのどれもいらなかった。

「英雄……ははは」

 虚しくて笑えてくる。俺はシュバイク王国がどうなろうと知ったことではない。国民のことだって一ミリも想っていない。彼女の婚約者であったジョセフ王子のことだって好きではなかったので、仇打ちなんて気持ちは一切ない。好きじゃないどころか消えて欲しいと思っていた。

 ――こんな男が『国の英雄』なわけがない。馬鹿みたいだ。俺はただただ、キャロライン王女のためにこの十五年過ごしてきただけなのだから。復讐のためにこの国を利用したにすぎない。

「約束通り契約は終了です。この国を離れます」

 俺は前国王に会い、そう話した。

「……気持ちは変わらぬか?この国にカールは必要だ。望むものはなんでも用意しよう」

 だいぶ年をとった前国王陛下は、穏やかな眼差しで俺を見つめていた。

「私の望みは、今生では決して叶いませぬ」
「カール……」
「不敬は承知で申し上げます。あなた様と仮の契約を結びましたが、復讐を終えた今この国にいる意味はございません」
「どうしても、このまま息子に仕えてはくれぬのか?」
「私が心からお仕えするのは、キャロライン・ド・ブルゴーニュだけでございます」

 俺は深く頭を下げた。

「わかった。息子には私から話そう。永らく世話になった。そなたにとっては復讐であったかもしれぬが、どんな理由があるにしろ私の生きてるうちにジョセフの仇を取ってくれたこと感謝する」
「いえ。私はジョセフ王子のためにしたわけではないですから」
「それでもいい。ありがとう」
「……有り難きお言葉、痛み入ります。たとえ一時的な仮初の契約とはいえ、あなた様の臣下になれたことを光栄に思います」

 それは本当に思っていた。誰も信用できない、誰もが敵だと思っていた中で、この男は尊敬できる優秀な王だった。

「達者で暮らせ……幸せになりなさい」

 俺はその言葉には曖昧に笑い、返事をしないまま部屋を出た。幸せになんてなれるはずがない。

 復讐を終えぽっかりと穴が空いた心では、何も考えることができずに生きる意味を失った。

 王都から離れたくて、どんどんと田舎へ向かっていく。金は腐るほど持っていたが、使う当てもなくふらふらと過ごした。

 食欲もなく、食べたり食べなかったり。眠れない夜が何度も明けて続き、意識を失うために酒を浴びるほど飲む。それでも酔えない自分の酒の強さを呪った。

 俺が一人になってから、度々襲われることがある。ダラム帝国の残党だ。こいつらにとって俺は王を殺した憎き相手だから。俺のせいで国がなくなったと言っても過言ではない。ボコボコに返り討ちにしながら、さらに田舎に進んだがある日どうでもよくなった。

 ――ここで命を終わってもいいかな。

 そんな気持ちが心を過ぎる。もうやりたいこともないのだから。キャロライン王女も許してくれるだろう。

 ダラム帝国を吸収し、今やこの世界で一番の大国になったシュバイク王国の端までやっと辿りついた。目立つ存在になってしまった俺は、人目を避け続けた結果、ここまで来るのにかなり時間がかかってしまった。

 そんな時にまた襲われたが、今回は抵抗しなかったためボコボコに顔も体も傷だらけになった。しかし、シュバイク内では死にたくなかった俺は敵を撒いて隣の小国に入った。

「痛ぇな」

 強いのも困りものだ。人並みに痛みはあっても、なかなか死ねない。復讐のためにこの十五年で筋肉を鍛え上げた結果、かなり体は大きく強くなった。今の俺は髪も伸びて、髭も生えて、衣服も破れているのでボロボロだ。みんなが避けて歩いている。

 ははっ……そりゃそうだ。こんな怪しくて汚い男を気にかける人間などいない。ここでこのまま、死ぬのもいいかもしれない。シュバイク王国で英雄と崇められるよりよっぽどましだ。誰かわからないただの男が死んだ。それでいい。

 俺は左胸のポケットに入った、キャロラインの一束の髪とネックレスを一緒にギュッと握った。

「もうあなたのところへ逝かせてください」

 あなたは復讐を望んでいなかったかもしれないけれど、嘘でもいいから褒めてもらえないですか?いや、あなたは『こんなことして!何を考えているの?』と怒るかな。俺に大声で説教をする彼女を想像して、一人で笑ってしまう。

 でも、できれば出逢ったあの時のように『頑張ったこと知ってるよ』って微笑んでくれませんか?もし神様がいるなら、一目だけでも彼女に逢わせてください。

「あの、大丈夫ですか?」

 ――その知らない声で俺は現実に戻された。

「触……るな」

 若い少女が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。こんな怪しい男に声をかけるなんて、怖いもの知らずだな。あえてギロリと鋭い瞳で睨んだ。

 そうすれば、この場から逃げ出すと思ったから。もう放っておいて欲しい。

「ここにいたら死ぬから連れて行きます。今のあなたに拒否権はありません!触られるのが嫌なら早く元気におなりなさい」

 少女に大きな声でそう説教をされた。確かにそれにも驚いた。しかし……本当に俺が驚いたのは王女キャロラインの口調に似ていた事と、少女の目だった。

 ――美しいブルーパープルの瞳。

 太陽の光で輝いてキラキラと煌めいている。この美しい色を俺は彼女以外で見たことがない。

 ――ああ……迎えに来てくださったんですね。

 俺はそのまま意識を失った。それが……ミーナとの出逢いだった。
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