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10裏切り【ライナス(カール)視点】
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一週間後にキャロライン王女の結婚式がある。もうこの時になると、俺は事実を受け入れて諦めていた。来週にはお別れだ。彼女がこの国を去る前に、一分一秒でも一緒に傍にいようと思った。
「ライナス、落ち着いて聞け。ジョセフ王子がお亡くなりになられたそうだ」
「……は?一体なんの話だよ」
俺は父からその話を聞いて、趣味の悪い冗談だと思った。
「暗殺だ。ダラム帝国がシュバイク王国に戦争をしかけたらしい」
「本当……なのか」
「ああ。ダラムとシュバイクは交戦中だ」
「どうしてダラムなんて大きな国がわざわざ仕掛けてきたんだ?」
「ダラム帝国王はキャロライン王女を側室に欲しいらしい。ジョセフ王は婚約者だったから殺された」
そんな……そんなこと。ダラム帝国王はもういい年のはずだ。それなのに彼女に懸想したというのか?
俺はジョセフ王に消えて欲しいと思っていた。まさにその俺の願いが現実になった。だが……だが、こんなことを望んでいたわけではない。本当に消えて欲しかったわけではない。
すぐに彼女の部屋に向かった。彼女も話を聞いたらしくガタガタと震えて青ざめていた。
「キャロライン王女!」
「ライ……ナス。王子が……亡くなったって」
「ええ。聞きました」
「ああ……どうして。しかも私のせいなのです」
「いいえ。あなた様のせいではございません」
私は混乱している彼女の背中を「大丈夫、大丈夫」と優しくさすった。
「お父様はだめだって言ったけど、私がダラム帝国王に嫁ぐのが一番平和なのはわかってるの」
「あんな好色男のところに行ってはだめです!」
彼女がダラム帝国王の側室になることを想像して、ゾッと背筋が凍った。あの男は王女の祖父でもおかしくないくらいの年齢だ。すでに何人もの美しい側室がいて、毎晩日替わりで好き勝手に女を抱いていると聞いたことがある。そんな好色男にこの心も身体も綺麗な彼女が触れられ汚されるのかと思うと、耐えられなかった。ふざけんなよ。
「絶対にだめです。私がいます。あなたをお護りします」
「ライ……ナス」
ぐっと唇を噛み、涙を堪えた。彼女は王女として立派に育ち……感情をなるべく見せてはいけないと教育を受けている。
「部屋に一人にして」
「王女……いいんですよ。俺の前では我慢しないで泣いてください」
彼女はふるふると首を横に振った。俺は彼女を泣かせてあげることも、抱きしめることもできないのかと、自分が役立たずなことが嫌になった。
「前におります。何かあればすぐに呼んでください」
俺がいたら感情を出せない。これ以上してあげられることがないので、そっと部屋を出て行った。
そして扉越しに啜り泣く声を聴きながら、俺はずるずると扉の前に座り込んだ。
「惚れた女が辛い時に、何もできないのかよ」
俺も王女もそのまま眠れない夜を過ごした。そして、事態はどんどんと動いて行く。
ダラム帝国と戦争すると決めた陛下は、騎士団に指示を出し作戦を立てた。正直、メラビア王国は中規模の国でありダラムのような大帝国と闘うのは厳しいと思っていた。
「娘をあいつにやるわけにはいかん。それに我々はシュバイク王国との深い縁もある。キャロラインの婚約者であったジョセフ王子を殺されて、黙っているわけにはいかぬ!」
「はい」
「勝つことが目的ではない。ダラム帝国王が諦めたら手を引く。皆、苦労をかけるがそれまでなんとか耐えてくれ」
「おおーっ!」
我が騎士団は強い。それにキャロラインはメラビア帝国の宝だ、幸せの女神だと言われていた。彼女の美しさにはそれくらいの価値があった。
それに弱者にも分け隔てなく接し、穏やかで優しい彼女は国民からも騎士達からもとても人気があった。
だから、王女をダラム帝国に嫁がせたいと思っているやつなど一人もいなかったのだ。この時は。
この時の俺は本当に不謹慎だが、キャロライン王女の護衛をできることに喜びを感じていた。まだ彼女と一緒にいられる。そして絶対に彼女を誰にも渡さない。俺が護るんだと。
――俺は馬鹿だ。護り切る力もないのに、勝手に自分は彼女の騎士気取りだったんだから。
戦争は想像以上に酷いものだった。強い騎士であった親友のトーマスの父も戦死した。ダラム帝国はそれほど強かった。沢山の優秀な騎士達の死は辛かったが、弔いのためにも絶対にこの闘いに勝たねばならないと強く思った。
そんな中『王女のせいで戦争が起きている』と言い出す者が増えた。
最初はその意見は少数だった。だが、戦況が苦しくなるにつれて『ダラム帝国王に王女を差し出せばこの戦争が終わる』とか『王女のせいで戦争が起こった』と彼女に憎しみを持つ人々が増えていった。
陛下は側近達から何度も『王女をダラム帝国に嫁がせてください』と言われていたが、断固拒否されていた。
「ここで娘を差し出すことは容易い。だがジョセフ王子を卑怯な手で殺害し、キャロラインを無理矢理奪おうとした!そんな卑怯な男に屈することはできぬ。皆に苦労をかけていることはわかっているが、ここで闘わねばずっと従属させられる」
「陛下……しかし、もう我が国は持ちませぬ。お願いします。王女を……」
「ならぬ」
「では仕方がありません。申し訳ありません……陛下!この国のためです」
「お前、何を!」
「お許しください」
陛下は信頼していた側近に胸を貫かれ即死だった。その混乱の中、王子達も自室に騎士達が押し寄せていた。まさか味方に襲われるとは思っていなかったお二人は、驚きながらもしばらく応戦していたが数には勝てず亡くなられた。
「ライナス、お前はすぐに王女と逃げろ」
「父上っ!これはどうなっているんですか」
「あいつら裏切りやがって!気づくのが遅かった。王女をダラムに引き渡すための反乱が起こったんだ……恐らく陛下ははもう亡くなられているだろう」
父は鬼の形相で舌打ちをして、ギリッとくちびるを強く噛み締めた。
「俺は王子達のところへ向かう。もう遅いかもしれぬが……」
「はい」
どうして、どうしてこんなことになったんだ。どうして我が国の騎士が護るべき陛下を殺すんだ。
「ライナス!我がヴェセリー家は何があっても王家の護衛だ。裏切ることはない。死んでも護れ」
「承知しました」
「お前は王女のために生きろ!行け!!」
俺は必死に走って、王女の部屋に向かった。王妃に抱きしめられながら震えている彼女の姿が見えた。
――ああ、よかった。彼女は生きている。
その時、騎士達が数人入って来た。どれも見知った顔だ。俺は剣を抜き、バサバサと倒して行く。俺はこの国の騎士の中でもトップクラスだ。こいつらが何人かかってきても負けるはずがない。
「キャロラインは逃げなさい。三人の死を無駄にしないでちょうだい。生きて!愛しているわ」
王妃は俺にキャロライン王女を託し、城から追い出した。王妃は亡き陛下と共にこの城で最期を迎えたいと、そう思われているに違いない。
泣き叫ぶキャロライン王女を無理矢理担ぎあげ、俺が極秘任務の時に使う秘密の隠れ家に連れて行った。ここを知っているのは、俺とトーマスだけだから安心だ。見つかるわけがない。
そういえば、城でトーマスを見なかった。あいつはどうしたのだろうか。もしかして反乱軍と闘っている?できれば、こっちに合流して王女を逃すのを手伝って欲しい。
そんなことを考えていた俺は、とんだ間抜けだと気がつくのは後になってからだった。
キャロライン王女はずっと泣いていた。それはそうだろう。こんなことが起こったのだ。
泣いている彼女を見たのは初めてで胸が苦しくなり、震える手でそっと抱き締めた。
「私にはもう……誰もいないわ。家族も……婚約者も……」
「キャロライン王女、俺がいます。俺は裏切りません。命をかけて護ります」
「うっ、うっ……あり……がと。でも、私こんな顔に生まれたくなかった。私がこんな顔のせいで、みんな不幸になるんだわ」
「何をおっしゃいますか」
「私のせいだもの」
「あなたが悪いところなど何もございません」
あなたのせいで不幸になるなどありえない。あなたは民のこと、臣下のことを思い毎日過ごしてきたのに。優しくて気高くて美しいあなたが傷つく必要なんてないのに。俺は悔しかった。
泣き疲れて眠った彼女を一晩中抱きしめたまま、夜を明かした。俺は目が冴えて一睡もできなかった。
「愛しています」
寝ている彼女のおでこにキスをして、決して彼女が起きている時に言えない言葉を伝えた。
隠してある保存食を簡単に調理する。王女が食べるような食事ではないが、仕方がない。
ぼやーっと起き上がった彼女はまだ微睡んでいる。俺はずっとそんな姿を見れる日を夢見ていたが……現実はこんな悲劇的な状況なのが皮肉だ。
そして、こんな小汚い部屋でも美しい彼女が眩しかった。
「ご、ごめんなさい。昨日そのまま寝てしまって」
「いいえ。お口に合わないでしょうが、食べて下さい。あなたには生きてもらわねばなりません」
「ありがとう。でも食欲がないの」
力なく微笑む彼女の口に、スープをスプーンで押し付け無理矢理食べさせる。
「なくても食べて下さい。生きるために」
「ライナス……私はもう……」
「なんですか?」
「……いただきます」
彼女は時間をかけて、なんとかスープを食べ終えた。その所作はとんでもなく綺麗で、やっぱりこの部屋と彼女は似合わないなと思った。
そして彼女だとわからぬように変装させたが、地味な服を着せてもその美しさは隠しきれない。仕方なく、顔が見えにくいようにフードを被せた。
周囲を警戒しながら、隠れ家をそろりと出る。しばらくすると後ろからよく知る男に声をかけられた。
「ライナス」
それは俺が会いたいと思っていた男の声だった。よかった、生きていたんだなと振り向いた。しかし、親友のトーマスの後ろには、剣を抜いた騎士達がたくさん待ち構えていた。
「トーマス、お前まで裏切るのか」
俺は信じられなかった。ずっと王家を一緒に護ってきたこいつが……俺と切磋琢磨して修行したこいつが反乱軍を率いていたなんて。
それにトーマスは、俺が彼女を本気で愛していたことを知っていたのに。
俺は暴れたが、流石にこの人数をどうすることもできなかった。騎士達に王女が連れて行かれるが、手荒にする様子がないことに少しだけ安堵する。絶対に彼女を連れて逃げてみせる。
「お前を絶対に許さないからな」
拘束され身動きが取れなくなった俺は、殺意を込めてギロっとトーマスを睨みつけた。
「……この戦争が続けばどうなる?」
「関係ない。俺達は王家を護るのが仕事だ」
「王家?綺麗事を言うな。お前はただ好きな女を護りたいだけだ!それに俺の尊敬する親父は死んだ。王女のせいでな」
「ふざけるな!彼女のせいじゃない!!」
「彼女がいなければ、この国が乱れなかった。父も死ななかった。美しすぎるのも罪だ」
まさか親友に裏切られるとは思っていなかった。
「……許さない」
「許してもらおうとは思っていない。だが、この国のみんなのためだ」
「何が国のためだ!裏切り者」
大声で叫ぶ俺をチラリと冷たい目で見たトーマスは「連れて行け」と他の騎士に指示して、馬車に強引に詰め込まれた。
「ライナス、落ち着いて聞け。ジョセフ王子がお亡くなりになられたそうだ」
「……は?一体なんの話だよ」
俺は父からその話を聞いて、趣味の悪い冗談だと思った。
「暗殺だ。ダラム帝国がシュバイク王国に戦争をしかけたらしい」
「本当……なのか」
「ああ。ダラムとシュバイクは交戦中だ」
「どうしてダラムなんて大きな国がわざわざ仕掛けてきたんだ?」
「ダラム帝国王はキャロライン王女を側室に欲しいらしい。ジョセフ王は婚約者だったから殺された」
そんな……そんなこと。ダラム帝国王はもういい年のはずだ。それなのに彼女に懸想したというのか?
俺はジョセフ王に消えて欲しいと思っていた。まさにその俺の願いが現実になった。だが……だが、こんなことを望んでいたわけではない。本当に消えて欲しかったわけではない。
すぐに彼女の部屋に向かった。彼女も話を聞いたらしくガタガタと震えて青ざめていた。
「キャロライン王女!」
「ライ……ナス。王子が……亡くなったって」
「ええ。聞きました」
「ああ……どうして。しかも私のせいなのです」
「いいえ。あなた様のせいではございません」
私は混乱している彼女の背中を「大丈夫、大丈夫」と優しくさすった。
「お父様はだめだって言ったけど、私がダラム帝国王に嫁ぐのが一番平和なのはわかってるの」
「あんな好色男のところに行ってはだめです!」
彼女がダラム帝国王の側室になることを想像して、ゾッと背筋が凍った。あの男は王女の祖父でもおかしくないくらいの年齢だ。すでに何人もの美しい側室がいて、毎晩日替わりで好き勝手に女を抱いていると聞いたことがある。そんな好色男にこの心も身体も綺麗な彼女が触れられ汚されるのかと思うと、耐えられなかった。ふざけんなよ。
「絶対にだめです。私がいます。あなたをお護りします」
「ライ……ナス」
ぐっと唇を噛み、涙を堪えた。彼女は王女として立派に育ち……感情をなるべく見せてはいけないと教育を受けている。
「部屋に一人にして」
「王女……いいんですよ。俺の前では我慢しないで泣いてください」
彼女はふるふると首を横に振った。俺は彼女を泣かせてあげることも、抱きしめることもできないのかと、自分が役立たずなことが嫌になった。
「前におります。何かあればすぐに呼んでください」
俺がいたら感情を出せない。これ以上してあげられることがないので、そっと部屋を出て行った。
そして扉越しに啜り泣く声を聴きながら、俺はずるずると扉の前に座り込んだ。
「惚れた女が辛い時に、何もできないのかよ」
俺も王女もそのまま眠れない夜を過ごした。そして、事態はどんどんと動いて行く。
ダラム帝国と戦争すると決めた陛下は、騎士団に指示を出し作戦を立てた。正直、メラビア王国は中規模の国でありダラムのような大帝国と闘うのは厳しいと思っていた。
「娘をあいつにやるわけにはいかん。それに我々はシュバイク王国との深い縁もある。キャロラインの婚約者であったジョセフ王子を殺されて、黙っているわけにはいかぬ!」
「はい」
「勝つことが目的ではない。ダラム帝国王が諦めたら手を引く。皆、苦労をかけるがそれまでなんとか耐えてくれ」
「おおーっ!」
我が騎士団は強い。それにキャロラインはメラビア帝国の宝だ、幸せの女神だと言われていた。彼女の美しさにはそれくらいの価値があった。
それに弱者にも分け隔てなく接し、穏やかで優しい彼女は国民からも騎士達からもとても人気があった。
だから、王女をダラム帝国に嫁がせたいと思っているやつなど一人もいなかったのだ。この時は。
この時の俺は本当に不謹慎だが、キャロライン王女の護衛をできることに喜びを感じていた。まだ彼女と一緒にいられる。そして絶対に彼女を誰にも渡さない。俺が護るんだと。
――俺は馬鹿だ。護り切る力もないのに、勝手に自分は彼女の騎士気取りだったんだから。
戦争は想像以上に酷いものだった。強い騎士であった親友のトーマスの父も戦死した。ダラム帝国はそれほど強かった。沢山の優秀な騎士達の死は辛かったが、弔いのためにも絶対にこの闘いに勝たねばならないと強く思った。
そんな中『王女のせいで戦争が起きている』と言い出す者が増えた。
最初はその意見は少数だった。だが、戦況が苦しくなるにつれて『ダラム帝国王に王女を差し出せばこの戦争が終わる』とか『王女のせいで戦争が起こった』と彼女に憎しみを持つ人々が増えていった。
陛下は側近達から何度も『王女をダラム帝国に嫁がせてください』と言われていたが、断固拒否されていた。
「ここで娘を差し出すことは容易い。だがジョセフ王子を卑怯な手で殺害し、キャロラインを無理矢理奪おうとした!そんな卑怯な男に屈することはできぬ。皆に苦労をかけていることはわかっているが、ここで闘わねばずっと従属させられる」
「陛下……しかし、もう我が国は持ちませぬ。お願いします。王女を……」
「ならぬ」
「では仕方がありません。申し訳ありません……陛下!この国のためです」
「お前、何を!」
「お許しください」
陛下は信頼していた側近に胸を貫かれ即死だった。その混乱の中、王子達も自室に騎士達が押し寄せていた。まさか味方に襲われるとは思っていなかったお二人は、驚きながらもしばらく応戦していたが数には勝てず亡くなられた。
「ライナス、お前はすぐに王女と逃げろ」
「父上っ!これはどうなっているんですか」
「あいつら裏切りやがって!気づくのが遅かった。王女をダラムに引き渡すための反乱が起こったんだ……恐らく陛下ははもう亡くなられているだろう」
父は鬼の形相で舌打ちをして、ギリッとくちびるを強く噛み締めた。
「俺は王子達のところへ向かう。もう遅いかもしれぬが……」
「はい」
どうして、どうしてこんなことになったんだ。どうして我が国の騎士が護るべき陛下を殺すんだ。
「ライナス!我がヴェセリー家は何があっても王家の護衛だ。裏切ることはない。死んでも護れ」
「承知しました」
「お前は王女のために生きろ!行け!!」
俺は必死に走って、王女の部屋に向かった。王妃に抱きしめられながら震えている彼女の姿が見えた。
――ああ、よかった。彼女は生きている。
その時、騎士達が数人入って来た。どれも見知った顔だ。俺は剣を抜き、バサバサと倒して行く。俺はこの国の騎士の中でもトップクラスだ。こいつらが何人かかってきても負けるはずがない。
「キャロラインは逃げなさい。三人の死を無駄にしないでちょうだい。生きて!愛しているわ」
王妃は俺にキャロライン王女を託し、城から追い出した。王妃は亡き陛下と共にこの城で最期を迎えたいと、そう思われているに違いない。
泣き叫ぶキャロライン王女を無理矢理担ぎあげ、俺が極秘任務の時に使う秘密の隠れ家に連れて行った。ここを知っているのは、俺とトーマスだけだから安心だ。見つかるわけがない。
そういえば、城でトーマスを見なかった。あいつはどうしたのだろうか。もしかして反乱軍と闘っている?できれば、こっちに合流して王女を逃すのを手伝って欲しい。
そんなことを考えていた俺は、とんだ間抜けだと気がつくのは後になってからだった。
キャロライン王女はずっと泣いていた。それはそうだろう。こんなことが起こったのだ。
泣いている彼女を見たのは初めてで胸が苦しくなり、震える手でそっと抱き締めた。
「私にはもう……誰もいないわ。家族も……婚約者も……」
「キャロライン王女、俺がいます。俺は裏切りません。命をかけて護ります」
「うっ、うっ……あり……がと。でも、私こんな顔に生まれたくなかった。私がこんな顔のせいで、みんな不幸になるんだわ」
「何をおっしゃいますか」
「私のせいだもの」
「あなたが悪いところなど何もございません」
あなたのせいで不幸になるなどありえない。あなたは民のこと、臣下のことを思い毎日過ごしてきたのに。優しくて気高くて美しいあなたが傷つく必要なんてないのに。俺は悔しかった。
泣き疲れて眠った彼女を一晩中抱きしめたまま、夜を明かした。俺は目が冴えて一睡もできなかった。
「愛しています」
寝ている彼女のおでこにキスをして、決して彼女が起きている時に言えない言葉を伝えた。
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「ご、ごめんなさい。昨日そのまま寝てしまって」
「いいえ。お口に合わないでしょうが、食べて下さい。あなたには生きてもらわねばなりません」
「ありがとう。でも食欲がないの」
力なく微笑む彼女の口に、スープをスプーンで押し付け無理矢理食べさせる。
「なくても食べて下さい。生きるために」
「ライナス……私はもう……」
「なんですか?」
「……いただきます」
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周囲を警戒しながら、隠れ家をそろりと出る。しばらくすると後ろからよく知る男に声をかけられた。
「ライナス」
それは俺が会いたいと思っていた男の声だった。よかった、生きていたんだなと振り向いた。しかし、親友のトーマスの後ろには、剣を抜いた騎士達がたくさん待ち構えていた。
「トーマス、お前まで裏切るのか」
俺は信じられなかった。ずっと王家を一緒に護ってきたこいつが……俺と切磋琢磨して修行したこいつが反乱軍を率いていたなんて。
それにトーマスは、俺が彼女を本気で愛していたことを知っていたのに。
俺は暴れたが、流石にこの人数をどうすることもできなかった。騎士達に王女が連れて行かれるが、手荒にする様子がないことに少しだけ安堵する。絶対に彼女を連れて逃げてみせる。
「お前を絶対に許さないからな」
拘束され身動きが取れなくなった俺は、殺意を込めてギロっとトーマスを睨みつけた。
「……この戦争が続けばどうなる?」
「関係ない。俺達は王家を護るのが仕事だ」
「王家?綺麗事を言うな。お前はただ好きな女を護りたいだけだ!それに俺の尊敬する親父は死んだ。王女のせいでな」
「ふざけるな!彼女のせいじゃない!!」
「彼女がいなければ、この国が乱れなかった。父も死ななかった。美しすぎるのも罪だ」
まさか親友に裏切られるとは思っていなかった。
「……許さない」
「許してもらおうとは思っていない。だが、この国のみんなのためだ」
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