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8生まれ変わり

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 泣いている彼を見て、もう嘘をつく気にはなれなかった。私は本当のことを話そうと覚悟を決めた。

「そうよ。信じられないと思うけれど、私は死んですぐに『ミーナ』として生まれ変わったの。だけど、キャロラインだった頃の記憶は全て残っているわ」
「信じます。むしろそれならば顔は似ていないのに雰囲気が似てるのも、この懐かしさも全て納得がいきます」
「カール……いや、ライナス。よく生きていてくれたわね」

 私は彼に優しく微笑んだ。

「護りきれずに……申し訳ありませんでした」
「あなたのせいじゃないわ」
「あなたお一人で先に逝かせたこと、ずっと後悔していました」
「自分で死んだのよ。後悔なんてする必要ないわ」
「もっと早く……早くあなたにお逢いしたかった。この十五年ずっと苦し……かったです」

 彼は私をギュッと強く抱きしめた。私は驚いて、ビクッと体が硬直してしまう。

「ちょ、ちょっと!」

 前世でも現世でも、異性にこんな風に抱き付かれたことは一度だってない。

「すみません。でも今はもう少しだけこのままで。お願い……します」

 彼の弱々しい声を聞いて、体を無理矢理引き剥がすことはできなかった。私は大きな彼の背中に手を回して、ぽんぽんと撫でた。

「キャロライン王女、愛しています」
「……ありがとう」
「あなたが好きです。ずっと……ずっと初めて出逢った時から、あなただけを愛していました」

 呪文のように繰り返される『愛してる』に胸が苦しくなる。そして、自分だけど自分へじゃない告白をどうしていいのかわからなかった。彼が少し落ち着いたタイミングで、私はあえて明るく話しかけた。しかし、彼は私の体を離すつもりはないらしく抱きしめられたままだ。

「ライナスったら、あの当時はそんな素振り全くなかったじゃない。あなたが私に好意があっただなんて、気がつくはずないわ」
「身分差がありましたから、必死に隠していました。叶わぬ恋だと最初から諦めていました。王女には婚約者もいましたしね」
「そ、そっか」
「でも嫌われても一緒にいられなくなくっても、気持ちをお伝えすればよかったと……亡くなられてからずっとそう思っていました」

 彼は私の頬を両手で包み、愛おしそうに熱くて甘い視線を送っている。きっと今のライナスは混乱している。それはそうだ。死んだはずの王女キャロラインが生き返ったと思って素直に喜んでいるのだろう。

 ――だが、キャロラインとミーナは別人。

 可哀想だけど、それを理解してもらわないといけない。

「ライナス、キャロラインのことずっと好きでいてくれて、愛してくれてありがとう」

 素直にそう伝えると、ライナスは嬉しそうに目を細めた。

「でもね。確かに記憶はあるけど、今の私はキャロラインじゃない。ミーナという田舎町で生まれただだの少女よ。全くの別人なの」
「別人じゃありません!」
「いいえ。別人よ。だから、私のことはもう気にかけないで。あなた自身の幸せを見つけて」
「そんな……今回こそあなたを護らせてください。なんでもします!ここであなたと一緒に居させて下さい」

 ああ。心配していたことが現実になってしまった。

「ライナス、田舎の平民娘になんの危険が迫るというの?護衛なんていらないわ」
「しかし」
「必要ありません。ね?あなたもわかっているでしょう。それにこの見た目!あなたが好きだった絶世の美女ではないのよ」

 そう言った私を、ライナスはギッと恐ろしい顔で睨んだ。ゔっ……怖い。なによ、その顔は。

「私があなたの見た目だけを好きだったとでも?」
「違うの?」

 彼ははぁと深くため息をついた。

「まあ、魅力の一つだったことは事実です。あなたは、本当に美しい女神のようだった。でも俺が好きなのは、あなたの気高いのに無邪気で優しくてお人好しなところだ!見た目だけで好きなったのであれば、こんな十五年も苦しんではいません」

 私はそんな告白をされて、恥ずかしくて身体中が真っ赤に染まった。

「だから、あなたを別人だと思えません。確かに違う部分もあるが、根本的な心の部分はキャロライン王女そのものですから」
「そんなことないわ」
「それにその容姿はあなたが自ら望まれたのでは?亡くなられる前に『平凡に生きたい』と言われていた。あなたの望みが叶ったのでれば、そんな嬉しいことはありません」

 ライナスは気付いていたのね。私は以前の顔より今の方が気に入っていることを。

「でも……」
「もちろん、わかっています。今のあなたと私は年齢差があるし、主従関係にあった俺にいきなりそんなことを言われても戸惑うでしょう。俺はこの十五年ですっかり変わりましたし、正直あなたに言えないような汚いことにも手を染めて生きてきました。あなたに自分が似合うとは思っていません。恋愛関係でなくてもいい……けれど傍にいることを許してもらえませんか?」
「そんなこと言われても」
「あなたのいないこの世に生きる意味がない」
「何言ってるの?大袈裟よ」

 私は流石に言い過ぎだと、はははと笑った。しかし彼は全く笑っていなかった。

「本気です。あなたが助けてくれた時、あのまま死んでしまおうかと思っていたのですから」
「え……?」
「復讐を終えて、俺は空っぽでしたから」

 復讐……まさか。ライナス、あなたは。私は口元を手で押さえて震え出した。

「復讐って……まさか。そういえば先月、ダラム帝国が戦争で負けたと聞いたわ」
「ええ。あなた亡きメラビア王国を滅ぼして、ダラム帝国王を暗殺したのは俺です」

 私はその事実を聞いて、青ざめて一瞬息が止まった。なんということだ。

「あなたが怪我していたのって……」
「ダラム帝国の残党にやられました。シュバイク王国では英雄ですが、ダラム帝国からしたら俺は犯罪者ですから」
「そんな……」

 私は昔、図書館で読んだ歴史の本に載っていた覆面の騎士のことを思い出した。まさかそれが……あなたなの?

♢♢♢

 私が生まれ変わったこの国はメラビア王国ではない。シュバイク王国の隣、ルニアスという小国だ。

 私は五歳で前世を思い出し、しばらくは新しい暮らしに順応するのに必死だった。しかしすっかりこの生活に慣れて成長した時に、ふとメラビア王国はどうなったのかと気になった。

 今、この世界にメラビア王国は存在しない。それはわかっている。そこにあったはずの祖国は何故かシュバイク王国の領地になっているのだ。

 その事実を知っているが、なぜそうなったのかがわからない。ジョセフ王子のお父様にお会いしたことがあるが、我が国に恨みがある感じはしなかったし友好関係を築いていたはずだ。

 ダラム帝国になっているならわかる。私が死んだことにより、怒って攻め入られてた可能性があるからだ。しかし……シュバイク王国。なぜ?

 もう関係のないこととはいえ、自国の民がどのような運命を辿ったのかと心が穏やかではなかった。

(あの時、私が自死すれば戦争が終わるという考えは安易だったのかしら?王家が滅んで騎士達が国を指揮していくのかと思っていたのだけれど……)

 気になってしょうがなかった私は、隣町の大きな図書館へ行き世界の歴史の本を借りた。そこにはこのように書かれていた。

 メラビア王国は騎士トーマス達の内乱により実権を握ったが、王族を裏切り殺害したことにより王女キャロラインの婚約先であり親交の深かったシュバイク王の怒りを買い滅ぼされた。

 その後シュバイク王により統治され、メラビアの民にお咎めはなく平和な国になった。

 その戦争で大活躍したのは顔を仮面で隠した覆面の騎士だと言われている。正体は不明であるが、元メラビアの騎士やジョセフ王子の側近ではないかと色んな噂が飛び交っている


 そうだったのか。本を読んでなんだか切ないような、苦しいような不思議な気分になった。でも国民が苦しんでいなかったと知って安心した。

 そして、シュバイク王国は今もダラム帝国と冷戦状態である。もう何年も経っているが……きっと、シュバイク王国陛下も騎士も国民達も、ジョセフ王子が暗殺されたことを許してはいないはずだ。彼はそれほど優秀で人望があった。隙があればきっとまた戦争になるはずだ。

 他の本を調べると私のことについても記載されているページがあった。

 キャロライン・ド・ブルゴーニュは享年十五歳。メラビア王国出身の絶世の美女であり、悲劇の王女。その美貌が原因で男性達の目を惹き、戦争を引き起こした魔性の女性。
 今では『キャロライン』は美しい人の代名詞としても使われる。

 魔性……なによそれ。好きで美しく生まれたわけではないわよ!と心の中で悪態をつく。

 この本を見ると、今平凡に生まれ変わったことが特別だと感じる。こんな本に載らないありきたりな人生を送れていて本当に幸せだと、再度神様に感謝した。

♢♢♢

「覆面の騎士はライナスだったのね」
「ええ。あなたを失ってすぐカールと名を改め、十五年かかってやっと復讐を終えたんです」
「私は復讐なんて望んでいなかったわ」
「あなたはそうおっしゃると思ってましたよ。でもどうしても俺は許せなかった。裏切ったトーマスあいつとあなたを死に追いやったダラム帝国王を」

 彼は力なく、ははっと笑った。こんなに彼を追い込んだのは私だ。きっと彼は私のために傷付き、ここまできたのだ。

「ごめんね。あなただけに辛い思いをさせて」
「いえ。俺が勝手にしたことですから」

 ライナスはとても苦しくて辛そうな顔でそう言った。

「よく……よく一人で頑張ったね。苦しかったね、偉いね。私なんかのためにありがとう」

 私の瞳からはポロポロと涙が溢れた。彼はそれを見てくしゃっと目を細めて幸せそうに笑った。

「ありがとうございます。ご褒美をいただいてもよろしいですか?」
「ご褒美?」
「あなたを一生想う権利を」

 キョトンとしている私の前に片膝をついて跪き、手の甲にチュッとキスをした。

「俺の人生全てをあなたに捧げます」

 ――それはまさしく騎士の求婚のポーズだった。
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