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5幼馴染

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「お礼なら働いて返して。買い出しの荷物持ちと、薪割りでいいわ」
「ミーナ!こんな素性のわからない男、もう追い出せよ」
「ダニーは黙っていて」
「君がそれを望むならそうしよう」
「もちろん、怪我が治ってからでいいから。よろしくね」

 私はニッコリとカールに微笑んだが、彼は無表情のままだった。ダニーはまだ納得のいかない顔をしている。

「オッサン……ミーナに何か変なことしてみろ?絶対に許さないからな!」
「変なことって何だよ?オッサンの俺にはサッパリわからねぇな。お前みたいなガキにとって変なことなのか詳しく教えてくれよ」
「な、なんだと!お前!一言しないって言えばいいだろ」

 カールは挑発するようにニッと笑い、ダニーは真っ赤になって怒っている。

 はあ……これはだめだ。私はため息をついた。完全にカールは揶揄われている。いつまでたってもギャーギャーうるさい。私は耐えられなくなった。

「いい加減にして。喧嘩するならどっちも追い出すわよ」

 私は二人をギロリと睨みつけ、黙らせた。

「ダニー、心配してくれるのはありがたいけど大丈夫だから」
「……わかった。でもなんか困ったことがあったら、すぐに言えよ」
「うん。いつも気にかけてくれて嬉しい」
「当たり前だろ」

 私がお礼を言うと、彼は嬉しそうに微笑んだ。そしてカールをひと睨みした後、仕事があるからと帰って行った。

「ちんちくりんのくせにもてるじゃねぇか」
「話聞いてなかったの?私達は幼馴染って言ったでしょ。それに私はちんちくりんじゃないから!」
「……心配してくれる男なんて、そういない。大事にしろよ」
「わかってるわよ。彼はとても良い友達よ。幸せになって欲しいわ」
「はぁ。ミーナ、絶対にその台詞をあのガキに言うなよ」

 カールは呆れたようにため息をついた。どういう意味かわからず首を傾げる。

「てゆーか、婚約者いねえの?田舎は結婚早いだろ」
「いないわ。出会いがないもの。あんまり好きとかわからないし」
「ガキだな」
「うるさいわね!あなたこそどうなのよ。もう三十二歳でしょ?いくら好きって言ったって亡くなった人とは結婚できないんだから、もう諦めたら?恋人の一人や二人くらい作って幸せになりなさいよ」
「なん……だって?」

 私は売り言葉に買い言葉で、そんなことを言った。カールは口元に手を当て、眉を顰め難しい顔をしていた。

 あ、まずい。きっとキャロラインのことを言うのは禁句だったわよね。

「ご、ごめんなさい。その、キャロラインのことを悪く言うつもりはなくて。あなたの良い思い出だって言うのはわかってるんだけど……その今の幸せってあるじゃない」

 私はしどろもどろになりながら、さっきの言葉をフォローしたがカールは怖い顔のまま真っ直ぐ私を見つめている。

 そのあまりに真剣な彼の眼差しに、目を逸らすことができない。でも、そんなに怒らなくてもいいではないか。

「どうして知っている?」
「え?」
「俺は君に年齢を伝えていない」

 ――しまった。

「いや……接客業してたら年齢なんてわかるわよ。だいたい三十過ぎかなって思っただけ。やっぱり当たっていたのね!私って天才っ!」

 あははと戯けて見せたが、彼は全く笑っていない。

「誤魔化すな。君は私をピンポイントで三十二歳と言った。そんな詳細に当てるなんておかしい」
「お、おかしいかな?」
「やはり勘違いでは無かったんだな。名前を知っていた時から違和感を感じていた」
「……」
「君は一体何者なんだ」

 これはもう言い逃れができないかもしれない。彼は私を疑っている。でも生まれ変わりなんて信じられないだろうし、キャロラインを想う彼には言ってはいけない気がする。

「ミーナよ。それ以外答えようがないわ」
「本当にキャロラインを知らないのか?」
「会ったことない」

 嘘はついていない。よく知っているが、実際に会ったことはないのだから。

「隠すつもりか。なら、君が誰なのか自分で確認する。答えが出るまでここにいるぞ」
「……どうぞ。でも働かざる者食うべからずよ。ここに居たいなら、明日から家や店の手伝いをお願いするわ。じゃあね」

 そう言って私は逃げるようにバタンと扉を閉じた。胸がバクバクと煩い。

 彼は自分の好きだったキャロラインが私だと知ったらどうするのだろうか?私は今のミーナが好きだ。しかし、あの時の美しい容姿はもうない。彼は王女のキャロラインが好きだったのだ。

 ――がっかりするだろうな。でも生まれ変わりだと知ったら、昔護れなかった代わりに私の傍にいようとするこではないか?そんなことを私は望んでいない。自分の幸せを生きて欲しい。

♢♢♢

 昨日はあれから顔を合わせないようにした。そして翌朝若干の気まずさを抱えながら起きると、カールはすでに庭で薪割りをしていた。

「おはよう。怪我は平気なの?薪割りこんな朝早くからしなくてもいいんだけど」
「傷はあるがそのうち治る。ミーナが手伝えって言ったんだろ?それに、どうせ寝られないから体動かしていた方がいい」

 きっと昨夜は私とキャロラインの関係が気になって寝られなかったのだろう。

「おーはーよーう!あなた挨拶もできないの?」
「……はよ」
「よろしい。我が家ではおはようって言って、おやすみって寝るのが当たり前だから。ここにいる間はルール守ってね」

 彼は何も言わず、じっと私を見つめた。私はその視線に堪えきれずに、それだけ言ってリビングに入った。

 カールは黙々と薪を割り続けた。騎士の彼がそんなことをするのは不思議だったが、刃物の扱いはお手の物。小気味良くカンカンと音がして、薪が積み上がっていく。この調子で続けたら我が家は数ヶ月薪割りをしなくていいようになりそうだ。

「あれ?カールが薪割りやってんのか。器用だな」
「そりゃあ騎士だもん」
「どうだ?お前の旦那に?顔もいいし強そうだし」
「お父さん!冗談やめてよ。親子でもおかしくないくらいの年齢差よ?」
「ミーナはわかってねぇな。愛の前では、年齢も身分も関係ねぇんだよ」

 お父さんは私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「そうそう。好きになったら関係ないの」

 お母さんまでニヤニヤと笑ってこっちを見ている。彼を好きだなんてありえない。百歩譲ってライナスならまだしも、今のカールはただの嫌味な奴なんだから!

「どーせ、わからないわ。私は初恋すらまだですから」

 前世と合わせたら三十年間も生きているのに、恋や愛がわからない私は『恋愛』にとことん向いてないらしい。

「はっはっは、俺としては大事な娘がずっと自分の元に居てくれるのは幸せだ。だが、お前には俺がケイトに出逢ったように……ずっと一緒にいたい相手がいつか見つかればいいなと思うぞ」

 お父さんはふんわりと微笑んだ。お母さんも優しく頷いている。私の将来の理想はこの二人だ。前世の両親も仲良しだったが、やはり一国の王と王妃。とても素晴らしい人達で、尊敬していたし愛し愛されていたが『夫婦』というよりは『最も信頼する同志』という感じだった。もちろん政略結婚だったから、婚約するまでお互い相手を知らなかったらしい。

 生まれ変わって平民になり『結婚』が自由にできることに驚いた。みんな好きだ、嫌いだ、付き合った、別れたと愛について素直だった。以前の私は……自分で相手を見つけるなんて考えたこともなかったから。

 ちなみに今のお父さんは、たまたま食堂に来た二つ離れた町のお母さんにベタ惚れし、仕事終わりに片道一時間以上かけて毎日逢いに行き『好きだ!愛してる』と伝え続けたらしい。お母さんは最初どん引きしていたらしいが、お父さんの明るくて温かい太陽のようなところにいつの間にか惚れたらしい。

 あー……羨ましい。そんな恋は夢物語のようだ。私がぼーっとしていると、お父さんがカールに話しかけていた。
 
「おーい!もういいぞ。ありがとう」
「はい」
「カールの体が大丈夫なら、ミーナの買い出し手伝ってやってくれねぇか?今日は食堂休みなんだが、俺は仕込みがしたいんだ」
「大丈夫です」
「そうか!じゃあ悪いが頼むわ。ほら、汗拭いて朝飯一緒に食おうぜ」

 え?ちょっと待って。お父さん、今一緒に買い出しって言った?

「お父さん!私一人で平気よ」
「何言ってんだ。調味料とかもあるし重いだろ」

 二人きりは気まずいではないか。

「大丈夫!私、力持ちだし」
「俺一緒に行きます。娘さんの細腕じゃ心配ですから。世話になってる分、何かさせてください」

 カールは猫被りモードでそんなことを言った。何が娘さんの細腕よ!つまり、ちんちくりんってことでしょう!!

「そーか。カールはいい奴だな!頼むわ」

 はっはっは、とお父さんは呑気に笑っている。お父さんのこと好きだけど、こういうところは嫌い。

「ご飯だからみんな座って」

 私の仏頂面を見て、お母さんはくすっと笑いながらそう言った。

 今朝はふわふわのパンケーキに蜂蜜をかける。そして沢山のフルーツをのせて、生クリームを添える。あとは野菜いっぱいのサラダといい香りの紅茶。

 わー!今日は休日だから豪華だ。お母さんが焼くパンケーキって美味しいのよね。私はキャロラインの頃からお菓子や甘いものが大好きだ。王妃じゃなくなって唯一哀しかったことは、お菓子を食べる頻度が減ってしまったことだけ。平民に甘いものはなかなかの高級品だから。

 カールは食べずにじっとテーブルを見つめていた。もしかして甘い物が苦手なんだろうか。あれ?でも昔は一緒にケーキとかクッキー食べていた気がするけど?

「カール、甘いの苦手なの?嫌ならなんか別の物を作ってあげるけど」

 さすがに食べられないのは可哀想だ。

「いや……好きだ。いただきます」

 そう呟いて相変わらず美しい所作でパンケーキを口の中に運んでいく。

 ぱくっ。んーっ、美味しい。全身に甘さが染み渡る。美味しいものを美味しい!と素直に表現していいのは幸せだ。

 王女として生まれ、ある程度の年齢になると『むやみに感情を見せてはいけない』と教えられた。私は楽しくても悲しくても、同じ表情で薄ら微笑んでいた気がする。

 そんなことを思い出していると、カールとバチっと目が合った。彼はフッと笑った。

「ミーナはいつも美味しそうに食べるな」
「お、美味しいんだもん。当たり前でしょう」
「……そうか。俺の周りは無表情で食事をする人ばかりだったから新鮮でな」

 そして、カールも無表情で食事を食べ終えた。全部食べていたのできっと美味しかったんだとは思う。その彼を見ながら、いつか『美味い!』とニコニコして食事をして欲しいなと思った。
 
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