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2 平凡なミーナ

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「うわぁ……!」

 光が消えた瞬間、パチっと目が覚めた。見慣れない小さな部屋。軋む古いベッド……ここはどこだろうか?私の部屋でないことは確かだ。

「ミーナっ!良かった。気が付いたのね。あなた川に落ちたのよ」

 ハラハラと涙を流し、抱きついてきた女性は……不思議だが私の今のお母さんだとすぐにわかった。

 なんの記憶もないはずなのに、会えば誰かがわかるのが不思議。その後にお父さんにも抱きしめられて「このお転婆娘!」と泣きながら叱られた。

「お父さん、お母さん、心配かけてごめんね」
「無事ならいいんだ」
「生きた心地がしなかったわ」

 田舎にある食堂の一人娘五歳のミーナは、川に落ちて丸一日意識を失ったらしい。そして、目覚めた時に自分の前世はメラビア王国の王女キャロラインであったと急に思い出したのだ。

 鏡をみて「平凡な顔」の自分ににやけてしまう。今の私はまあまあ可愛いかな、程度だ。以前のキャロラインと似ているところは珍しいブルーパープルの瞳だけだった。平民のためお金もない、美しさもないなんて……なんて最高だ!前世でできなかったことをして、のびのびスクスク明るく元気に成長していた。

 それでも定期的に亡くなった両親や兄弟、そして婚約者を思い出して哀しみと苦しみで胸が張り裂けそうになった。しかし、ずっと塞ぎ込んでいても仕方がない。今の『ミーナ』を精一杯楽しく生きようと心に決めた。

 ミーナとしての生活は感動の連続だった。前世では豪華だが毒見をした後の冷めた料理しか食べられなかったが、今は質素だが熱々のご飯を毎日食べられる!出来立ては最高だと生まれ変わって初めてわかった。

 服はゴワゴワだし、家も小さいけれど明るく優しい働き者の両親と暮らすのはとても幸せだった。

 一人外へ出ても誰も気にしない。寝転がっても怒られない。こんな素晴らしい人生をくれたことを神に感謝した。

 したことがない料理も幼い頃から挑戦し、私は十五歳になる頃にはすっかり食堂の看板娘でありシェフになっていた。

「ミーナのご飯は美味しい」
「はあ?なんだと?俺の料理だって美味いだろ!」
「お前のは美味いんだけど、ワイルドな味なんだよな。男飯って感じで」

 常連さんにそんなことを言われて父は拗ねている。そう……私は王女であったため舌が肥えていた。安い材料を使って、あの王宮の美味しい料理を熱々で提供したいと工夫を凝らしていた。

 父の料理はまさに荒々しいガッツリ系の料理だ。確かに美味しいが、ガタイのいい男でないとお腹いっぱいになるボリュームと味付けだ。

「ふふ、ありがとう。サービスするわ」
「お!じゃあ、もっとミーナをおだてないといけないな」

 ハハハ、店内が笑いに包まれる。こんな感じで食堂はとても繁盛しているし、家族やお客さんにも恵まれて私は幸せだった。

「ミーナ、そろそろ君も年頃だろ?いい相手はいないのか?」
「いないわ。どこかに真面目で誠実な人はいないかしら」
「そんないい男は……俺以外いないな」
「くすくす、まぁ。おじ様ったら!」
「目が大きくてミーナはなかなか美人だし、いい子だからその内男が放っておかないさ。田舎町生まれにしては品もあるしな」

 ――美人。その言葉は私が一番嫌いな言葉だ。王女の時に何度そう言われたことか。その言葉を言われると自然と体が強張る。

 わかっている。この言葉は常連さんは社交辞令として『美人』と言ってくれたのだ。自分の子どもを美醜は関係なく『可愛い』と言う感覚で。

「あ、ありがとう。はやく良い人が見つかればいいんだけど。はは……は」

 私は何とかそう返事をした。両親だけは私が容姿を褒められることを酷く嫌っていることを知っている。小さい時はよく『可愛い』と言われて泣いていたらしい。褒められて泣くなんて……と両親の困惑具合は相当なものだったが、今は二人とも慣れている。

「ばーか。こんな良い大事な娘を簡単に嫁がせるかよ」
「はは、お前は立派な親バカだ」

 お父さんが助け舟を出してくれた。そんな会話をぼーっと聞いていた。私は気分転換をしたくて街に買い出しに出た。

 本当は前世で叶わなかった恋もしてみたいが、自信がない。あの美貌を持たない私を、好きだと言ってくれる人はいるのだろうか?

 平凡でいい。お金がなくても二人で働いて、小さな家を建てて年をとるまでゆったりと暮らしたい。愛する旦那さんと両親のように素敵な食堂を持つのが今の私の夢だ。

「はぁ」

 そうは言ってもこんな田舎じゃ出会いもない。ため息をつきながら、街で食堂で必要な買い出しをしていると建物の間に倒れている大男を見つけた。ボロボロの服に傷だらけの顔。

 ――まさか死んでる?

 私は青ざめたが、ゔー……と唸り声が聞こえる。生きてはいるようだ。放っておくこともできずに声をかけた。

「あの、大丈夫ですか?」
「触……るな」

 ギロリと鋭い瞳で睨まれた。この男は三十代半ばくらいだろうか?ボサボサの髪に髭面で、怪我が酷い。

 普通の少女ならこの男は怖いだろう。しかし前世王女だった私は、大人の男に睨まれたくらいで怯むような教育を受けていなかった。強い者に屈してはいけない。いつでも、凛としてしっかりと芯を持って生きろと。

「ここにいたら死ぬから連れて行きます。今のあなたに拒否権はありません!触られるのが嫌なら早く元気におなりなさい」

 しまった……私は大きな声でつい前世の口調で話してしまった。その男は驚いたように、大きく眼を見開いた後意識を失った。

 もちろんこんな大男を運べるはずもなく、私は幼馴染のいる鍛冶屋のドアを叩いた。

「ダニー!ダニー!!助けて」

 そう大声で彼を呼ぶと、何があったのかと驚き焦って出てきてくれた。ダニーは小さな頃から一緒に遊んでいる一つ年上の幼馴染だ。明るくて、ちょっとお調子者だがいい男だと思う。背が高く優しいため、町娘達からは人気者だ。

「ミーナ、大丈夫か?何があったんだ」
「ダニー!いきなりごめんね。外に倒れている男の人がいて、怪我をしてるから我が家まで運んで欲しいの」
「……はぁ?」

 ダニーは不機嫌に眉を顰めているが、私は気にせず彼の手を取り、ぐいぐいと引っ張っていく。

「ちょっ、ま、待てよ」

 彼は何故か真っ赤に頬が染まった。彼は暑いのだろうか?走らせているからかな?

「待てない!いいから来て」

 そして、男がいた場所に連れて行った。

「このボロボロのオッサン?まじで連れて行くの?危なくないか」
「死んだら嫌だもの。お父さんもいるし変なことにはならないわ。早く担いで!お願い!!」
「はぁ。お前は一度言い出したら聞かないもんな。わかったよ」

 ダニーは我が家まで男を担ぎ、客間のベッドに下ろしてくれた。両親からは「また変なものを拾ってきた」と怒られたが、もう慣れているようだった。

 そう、私は今までも沢山の人や動物を助けてきた。倒れている人や、空腹の動物などを放っておけないのだ。

「一番大きな拾い物だな。お前が面倒みろよ」
「わかってる」
「バッカスさん、そろそろミーナに怒った方がいいよ。年頃の娘が……こんな素性のわからない男の世話するの良くないよ」
「だよな。これを止めてくれる、いい彼氏でもできりゃいいんだけどな」

 お父さんはチラリとダニーを見て笑った。ダニーはまた真っ赤になっている。

「ダニーありがとう!また今度お礼するわ」
「ああ。そのオッサン、変なことしないか気をつけろよ」
「わかってる」

 両親も呆れながらも、この男を泊めることを認めてくれた。

 あまりに汚れていたので、ぬるま湯に浸したタオルで顔や腕を拭いてあげると綺麗になった。下半身は流石にできないので、起きたら自分でやってもらおう。

 楽にしてあげようと、シャツのボタンを二つ程外すと首にキラキラと輝くネックレスが見えた。こんな髭面の大男でもアクセサリーをするのね、と少し可笑しく思った。

 私はつい興味本位でそのネックレスを触った。そして驚いた。

「これは私の……」

 驚きすぎて一瞬ヒュッと息が止まった。バクバクと私の前世の記憶が蘇ってくる。

 そのネックレスを見間違うはずがない。それは私が生まれた時にお父様が用意した、瞳と同じブルーパープルのタンザナイトのネックレス。

 そして、死ぬ前に私の唯一の護衛騎士ライナスに渡したものだ。

「まさかライナス……なの?生きていたのね」

 たしかに雰囲気は似ているが、私の記憶の中の彼はもっと背が低く細い。こんなに年をとっていないし、こんなに筋肉もなかった。髪ももっと短かったし、髭なんて生やしたことのない爽やかな男だったはずだ。今では本当に同一人物かと疑う程別人に見えた。

「どうしてこれを売らなかったの」

 彼への最期のお礼だと思って、これを渡した。このタンザナイトは色も濃い最高級品で周りの装飾もダイヤが埋められているため売ればしばらく生活できると思ったのに。

 私がそのネックレスに触れながら眺めていると、彼が急に目を覚ました。すると彼が恐ろしい顔でギロッと睨みつけ、ネックレスを強引に奪った。

「触るな!」

 そのあまりの迫力に驚いた。大事な物を奪われてはいけないと、フーフーと息が荒くなっている。まるで牙を剥いた獣のようだ。

「ごめんなさい。綺麗だったから見ていただけよ。倒れた時、あなたが大事に握りしめていたから気になって」
「これが目当てで助けたのか?それなら、こっちも容赦はしない」

 彼はそんな失礼なことを言ってきた。助けてもらっておいてなんて言い草だ。こんな嫌な男ではなかったはずなのに。

「馬鹿じゃないの。人が大事にしている物を奪うわけないじゃない」
「どうだか。他人は信用できない」

 キャロラインが死んでしまってから……彼は心が荒んでしまってしまったようだ。他人は信用できない。あんなことがあったのだから、仕方がないのかもしれない。でも、今の私は信用できる優しい人間がいることを知っている。

「ライナス、あなたは助けてもらったお礼も言えなくなったのね。見損なったわ」

 私がそう言った時、彼は口を開いたまま目を大きく見開いて驚いた顔をした。

「ど……して、その名を知っている?」

 はっ!まずい。あの頃の彼とあまりに違うのでつい苛ついて、今の私が知るはずのない名前を呼んで偉そうにしてしまった。前世でキャロラインだった事実を知られる訳にいかないのに。

「じ、自分で言ってたじゃない」
「言っていない」
「意識が朦朧としてた時よ。名前はって私が聞いたらそう名乗った。覚えてないの?」

 私はそう取り繕った。彼は意識が混濁していたし、それで言い逃れができると踏んだのだ。

「そんなはずはない。俺はカールだ。その名は十五年前に捨てた」

 ――捨てた?それはどういうことなのか。
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