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30 幸せな結末

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「レオン、も……もう無理」

「全然足りないよ。俺の愛は何年分だと思ってるの?レベッカ……好き……愛してる」

 今も後ろから抱き締められてちゅっ、ちゅと首筋にキスをされている。

「可愛い」

 ――まずいまずいまずい。

 この流れに身を任せたら、きっと取り返しのつかないことになってしまう。

 正直、彼の若さを舐めていた。五歳年下でまだ十代のレオンは、色んな意味でとても元気だった。

「む、無理です」

「うん、俺ももう無理。レベッカが可愛すぎて限界だよ。愛してる」

 いやいや、私の無理とレオンの無理は意味合いが違う。なんて考えていたら、結局そのまま思う存分愛される羽目になった。

「沢山酒を飲んだら愛せなくなるぞ、って披露宴で団長が脅すから心配したけど全然問題なかった!俺またあの人に揶揄われたのかも」

 レオンはサラリとそんなことを言って、ぐったりとベッドに沈み込んでいる私の髪を嬉しそうに撫でて遊んでいる。

 ――なるほど、あの時そんな会話をしていたのか。だから急に飲まなくなったのか。

「……レオンは若いですね」

「ん?」

「いえ、なんでもありません」

 男性のそういう事情に詳しくはないけれどきっと大丈夫だったのは、レオンの年齢のせいだろう。

「団長に大丈夫だったなんて報告してはいけませんよ」

「……?」

 レオンは首を傾げているが、そんなことを言われたら絶対にしばらくニヤニヤして「若い旦那の相手は大変だな」なんて言ってくるに違いないから。




♢♢♢



 結婚祝いで貰える三日間のお休みは、毎日レオンの愛を一身に受け続けることになった。

 気持ちがいいけど、死ぬ程恥ずかしい……だけど本気で嫌ではない自分に戸惑っていた。だって彼の愛を感じることができるのだから。

「レベッカ、可愛い。何度愛し合っても毎回照れるんだね」

 彼だってつい数日前まで初めてだったはずなのに、もうすっかりと慣れた様子だ。彼は大人の階段を駆け上がってしまったようだ。それが少し悔しい。

「あー、仕事行きたくない。ずっとレベッカとこうしてたい」

「……だめ。しっかり稼いできてくださいませ」

 冗談でそう言った私に一瞬キョトンとした後に、彼はあははと大声で笑い出した。

「あはは……そうだね。よし、しっかり稼いで愛する奥さんを幸せにしないとね」

「ソウデスヨ」

 毎日こんなことをされては、私は立ち上がれなくなってしまうではないか。

「ふっ、なんかレベッカのためだと思ったらやる気が出てきた」

 なんて言って、急に元気を取り戻した。私も明日から仕事に戻ることになっている。

「レベッカ、お互い仕事してるんだし無理はしないでおこう。朝は交代で作って、夜は食堂やレストランで食べて帰ったっていいしさ」

「そうね、ありがとう」

「洗濯も手伝うけど……大変だったら通いで使用人雇ってもいいし、セルヴァン家から何人か定期的に来てもらってもいいし。なんとでもなるから」

「はい。必要な時は相談しますね」

 それからは二人で小さな失敗を重ねながらも、成長していき数ヶ月後には立派に生活ができるようになっていた。

 大変なこともあるけれど、レオンと二人の生活はとても充実している。

「ただいま」

 今日は遠征から彼が数日ぶりに帰ってくる日だ。寂しさを埋めるために、しっかりと時間をかけて煮込んだシチューはお肉がトロトロになっていて食べ頃になっている。

「おかえりなさい」

 私が玄関まで出迎えると、嬉しそうに微笑んでギュッと抱き締めた。

「レベッカ、逢いたかった。数日顔が見れないだけで辛いよ。何度テレポーテーションでここに帰ってこようかと思ったことか」

 任務中は、私用での魔力消費は御法度とされている。いつ魔物が現れるかわからない中で、力を蓄えておく必要があるからだ。

「そんなことバレたら団長に怒られて、絞められますよ」

「レベッカの顔が見れるなら、それくらいなんてことない」

「だめです」

 そりゃあ私だって逢いたいに決まってるが、決まりは決まりだ。真面目だ何だといわれても、私だって魔法省の人間なので規則を破れとは言えない。

「……君がそう言うと思って我慢した。だからご褒美欲しいな」

 甘えるようにちゅっと唇を吸われたが、私は心を鬼にしてグッと胸を押し返した。

「シ、シチューができていますよ。さあ、一緒に食べましょう」

「俺はレベッカの方が先に食べたい」

 彼は私をうるうるとした瞳で見つめて、甘えるような仕草を見せた。ゔっ……だめだめ。これに騙されてはだめなのだ。

「お肉トロトロですよ?私が頑張って煮込んだレオンの好きなビーフシチューです。フカフカのパンもあります」

 するとレオンのお腹がグゥーと鳴った。慌ててお腹を押さえているが、しっかりと聞こえた。

「……シチュー食べたい」

 よし!私はだんだんレオンの扱い方がわかってきた。私が勝ち誇った顔をしていると、彼はくすりと笑った。

「甘いデザートは最後のほうがいいもんね」

「デザート?」

「俺の大好きなうんと甘いレベッカデザート。シチュー以上に楽しみだからさ」

 パチン、とウィンクをして色っぽく微笑んだ彼を見て……やっとその意味に気がついて真っ赤に頬が染まった。

「美味いっ!レベッカ天才」

 二人でシチューを食べて、逢えなかった数日分の話を沢山した。そして、シャワーを浴びたら……お待ちかねのデザートタイムだ。

「レベッカ、おいで」

 私を甘く呼ぶ声に引き寄せられるように、彼の胸の中にすっぽりと収まる。ポカポカしてとても安心する。

「髪伸びたね」

 レオンは私の髪を触りながら、愛おしそうに目を細めた。

「ええ。今まで伸びなかったから、なんだか切るのが勿体ない気がして」

 もう私の髪を切っても能力は発動しないのはわかっている。だけど切る習慣のなかった私は、そのタイミングを失っていた。

「レオンはどれくらいの髪の長さが好きなの?」

 この国では一般的には女性の髪は長い方が美しいとされている。しかしそう聞かれた彼は、キョトンとした顔をした。

「それは考えたこともなかったな」

「そうなの?」

「だって、俺は十歳の時からレベッカしか好きじゃなかったから。短かい髪のレベッカも、長い髪のレベッカも大好き」

「……っ!?」

 私はたぶん今顔が真っ赤になっていると思う。彼のストレートな言葉は、とても嬉しいが恥ずかしい。

「どんな君も愛してる」

 そのままゆっくりと押し倒されて、ペロリと首を舐められた。

「君はどんなスイーツよりも甘くて美味しい」

 そう微笑んで、レオンは思う存分……最後までデザートを楽しんだ。


♢♢♢



 髪は女の命と言うけれど、私は長く伸ばした髪をバッサリと切った。なぜなら、もうすぐ新しい命が産まれるから。

 あまりに長い髪は手入れが大変なので、いい機会だと思ったのだ。

「魔法省で再会した時くらいの長さに戻ったね。なんだか懐かしいな。とてもよく似合ってるよ」

 レオンさんは私を見てそう褒めてくれた。何年経っても彼からの愛情は尽きることがない。

「早く逢いたいな。元気に産まれておいで」

 最近レオンは毎日私のお腹を撫でて、すりすりと顔を寄せている。とても幸せな時間だ。




 そしてついに……可愛い息子が産まれた。顔は彼にそっくりだが、髪と瞳の色は私と同じだ。名前はエイデンに決めた。

「ああ、いつ見てもエイデンは可愛いな」

 彼は仕事から帰ってくると、しばらくベビーベッドを覗き込んでデレデレと息子を眺めるのが日課になっていた。エイデンはすやすやと眠りについている。

「さっきやっと寝たのよ」

「そうか。疲れただろ?ゆっくりしてくれ」

「ありがとう」

 彼は私を労い、頬にキスをしてくれた。子育ては大変なので、最近は週に何度かセルヴァン家から使用人が助けに来てくれて助かっている。

「ようやく頼ってくれたわね」

 私が申し訳ないと謝るとお義母様はニコリと微笑み、むしろ喜んで手を貸してくださっているので有難い。

 とても大変で忙しいが、幸せな毎日を過ごしている。レオンの仕事も相変わらず絶好調で、今や大きな隊をまとめる隊長として任務をこなしている。団長からは『早くここまで上がってきて、俺に楽させろ』と言われているらしい。

 私は子育てのために、事務員は休職中だ。だけど落ち着いたらまた仕事に戻る予定をしている。

 そしてレオンは相変わらず私を愛してくれている。休みの日はエイデンの面倒も積極的に見てくれるし、私を存分に甘やかしてくれている。夫としても父親としても彼はとても頼もしくなった。

「レベッカ、おいで」

 彼は色っぽく微笑み、私を手招きして抱き寄せてくれた。付き合っていた頃は、私に甘えていたレオンだが今はすっかり私が甘えている気がする。これではもうどちらが年上かわからない。

「愛してる」

「……私も」

「私も何?」

 彼は悪戯っぽく微笑みながら私を覗き込んで、その続きを促した。絶対にわかっているくせに意地悪だ。

「愛してるわ」

 悔しい私は彼のシャツを引っ張って、強引に口付けた。少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。

「俺はきっとレベッカには一生敵わないな」

 そう言って、私をゆっくりとベッドの中に引き寄せ甘く蕩けるキスをした。

「言葉じゃ足りないから、この愛を伝えさせて」

「んっ……」

「レベッカ、可愛い。愛してる」


 長く生きるのは無理だと半ば諦めて過ごしていたあの時の自分に教えてあげたい。あなたは『愛する人と幸せになる』から安心して、と。

 私には魔法も特別な力もないけれど、レオンを愛する気持ちだけは誰にも負けないと胸を張って言える。

 仲の良い私達は四人も子宝に恵まれて、手狭になった我が家も結局大きな家に建て替えることになった。レオンは三十五歳の時に最年少で魔法省の団長に任命された。それから月日が経って子ども達もそれぞれ結婚して、孫ができて……私と彼は二人で幸せを噛み締めながら、ゆっくり歳をとっていった。

 人生の節目節目で、不死鳥フェニックスも私達を空から見守ってくれてくれた。



♢♢♢



「私、あなたと結婚して本当に幸せだったわ。思い残すこと……何もないの」

「ああ、俺もだよ」

「向こうで待ってる……あなたはゆっくり来て」

「……すぐ行くよ。君が天国で他の男に声をかけられちゃ困るからね」

 こんな歳になってまだそんなことを言う彼に笑ってしまう。もう私はお婆ちゃんなのに。

「ふふっ……馬鹿ね。わたし……レオンしか……愛せないわ」

「愛してるよ。レベッカは俺の人生の全てだった。本当にありがとう」

 彼の優しい口付けを最後に私は眠るように天国へと旅立った。愛する沢山の家族に見送られながら幸せな最後だった。



 私は死んでしまってからはなぜか彼と再会した頃の若々しい姿に戻っていた。約束通り天国の門で待っていると、少し拗ねた顔のまだあどけなさの残るレオンが現れた。

「レベッカ、酷いな。俺を置いて先に逝くなんて」

「ごめんなさい、でもあなたより五年も先に生まれたんだもの。仕方がないわ」

 私は優しく頭を撫でて、彼を慰めた。すると彼は嬉しそうに微笑んですりすりと甘えるように頬を寄せた。

「……天使の輪ができてる」

「ふふ、そうなの!美しく艶のある黒髪に戻ったから。やっぱり髪は女の命だもの。素敵でしょう?」

「ああ、綺麗だ。でも俺は白い髪の君も好きだったけどね」

 レオンはそんなことを言いながら愛おしそうに、私の髪をさらりと撫でた後に優しいキスをした。

「……俺も自分の役目をちゃんと終えてきたよ。最期は子どもや孫に見送られて嬉しかった。だけど君がいない世界はもう懲り懲りだ。君が俺の幸せなんだから」

 私達は微笑みながら手を繋いで、天国の扉をそっと開いた。

「愛してる。これからはずっと一緒だ」

「はい」




 髪は女の命と言いますが……それよりも大事なものを見つけられた私は本当に幸せだ。





END

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