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10 出逢い

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 私は十五歳の時、遠い親戚の田舎の別荘に遊びに行っている時に幼いレオンさんに出逢った。

 あまりアウトドア派じゃなかった私だったが、綺麗な自然を前に外に出たくなった。両親に近くの森に行くと伝えて、大好きな本を抱えて出て行った。

 森の中に入ると美しい川が流れ、木漏れ日が気持ちいいとっておきの場所が見つかった。私は切り株に座り、本を読みだした。

 しばらく読んでいると、小さな男の子がふらふらと現れた。迷子かな?と思っていると、ガクッと力が抜けてその場に倒れたので私は慌てて駆け寄った。

「大丈夫?あなた顔が真っ青よ」

「ごめ……なさい。身体弱くて……」

 聞かなくても身体が弱いんだろうな、と一目でわかる程身体は細くて顔は青白かった。私でもひょいと抱えられる程軽くて驚いたが、芝生の上に座り膝に男の子の頭を乗せた。

「天使の……輪が見える」

 男の子は息も絶え絶えに、そんなことを言った。天使の輪?ああ、髪の毛のことかしら?私の漆黒の長い髪は艶があって美しいとちょっとした自慢だった。

「お姉さん……とっても綺麗だね」

 力なく微笑んで私の髪にそっと手を伸ばした。私の髪の毛がさらりと落ちて男の子の頬にかかった。

 ――婚約者にも言われたことないのに、こんな小さな男の子に『綺麗』と言ってもらえるなんてね。

「……ありがとう。でも今は、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」

 私は優しく男の子の頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。

「あなたみたいに優しい人が……迎えに来てくれたら……僕は苦しまずに天国に行けるのかな」

「あなた病気なの?」

「うん。小さな頃から心臓が悪くて。田舎で療養してたんだけど、さっき余命三ヶ月ってお医者さんが言ってるのたまたま聞いてしまって、家から飛び出てきたんだ」

 こんな幼い子が余命三ヶ月だなんて。そんな哀しいことがあるのだろうか。

「僕ね、魔力……強いんだって。なのに身体弱くて……何の役にも立たない。この本の魔法使いみたいになりたかったのに」

 彼の手には、有名な大魔法使いを題材にした児童書が握られていた。大魔法使いは悩み苦しみながらも強くなりこの国を守る英雄になる。そして最後は心優しいお姫様を助け出して結婚するのだ。私も幼い頃に読んで憧れた。残念ながら、私は髪にしか魔力がなかったけれど。

「その本私も好きよ」

「一緒だね。僕は元気になった時のために、たくさん難しい魔法の本を読んで勉強してるんだ!学校に行けないから家庭教師の先生に来て教えて貰ってるんだよ」

 力強くそう言った彼だったが、すぐにがっくりと項垂れた。

「どうして僕だけ身体が弱いのかな?学校にも行きたいし……ご飯もいっぱいたべたいし……お友達も欲しいし……本の魔法使いみたいに僕だけの大事な女の子を守れるようになりたいのに」

 彼は唇を噛み締めて、ポロポロと大粒の涙をこぼした。

「悔しい」

「……そうね。悔しいね」

「ごめんね、初めて会ったお姉さんにこんなこと聞かせて。僕が泣くと母上も泣くから…………家では泣くの我慢してるんだ。家ではわざと明るくしてるけど、本当は怖いよ……死ぬの……怖い」

「君はいい子ね。私の前では泣いていいよ」

「うっ……あり……がと……」

 私は男の子の頭をずっと撫で続けた。懸命に生きているこの子の話を聞いて、私はどうしても見捨てることができなかった。

「もう魔力のランク測定はしたの?」

 この国の国民は十歳の時に全員魔力測定の義務がある。彼はそれを終えているだろうか?

「……Sランク」

 私はそれを聞いて目を見開いた。最も上のクラスだったから。そんな魔法使いは、この国でも数人しかいない。

 ――冗談?いや、そんな嘘を言わないだろう。

「本当だよ?でも……魔法なんて使ったら今すぐ死んでもおかしくないって言われちゃった」

 私の心を読んだように、彼は哀しそうな顔をしてそう言った。魔力が多い人を治すには沢山の髪が必要だ……どれくらい切ればいいのだろう。

「私が苦しくなくなるおまじないをしてあげる。少しだけ目を閉じて」

「え?」

「……少しでも痛くない方がいいでしょう?」

 私が微笑むと、男の子は素直に目を閉じた。ポケットから護身用のナイフを出し、三センチくらい髪を切ってみた。

治療キュア

 一瞬光ったが、何も変化が起きない。私はたらりと冷や汗をかいた。

 私は何度かこの魔法を使っている。両親は自分のために少量だけ使うのは良いと言ったからだ。小さい時に転けて手足を骨折したことがあったが、一センチくらいわずか数本だけ切っただけですっかり治って我ながら感動した。

 だから三センチを大きな束で切れば治るんじゃないかと思ったのだ。しかし、そう甘くはなかった。

 切った髪は力として使えなければ無駄になる。私は覚悟を決めて、自分の長い髪に手をかけ半分くらいバッサリと切り落とした。

 その瞬間に、男の子の身体は光に包まれた。良かった!これは効果があるはずだ。

治療キュア!」

 さっきよりも力を込めて、そう唱えると光が消えた。どうか……どうか治って。

「苦しく……ない。苦しくない!どうして!?さっきまで息をするのもしんどかったのに」

 男の子はパチっと目を開けて、勢いよく起き上がった。顔色はさっきとは比べ物にならないくらい血色が良い。

「お姉さん、もしかして凄い魔法使いなの?」

 私はふるふると左右に首を振って、彼の頭をそっと撫でた。

「……おまじないが効いて良かった。でも、帰ったらちゃんとお医者様に診てもらいなさい」

「わかったよ!」

「……立派な魔法使いになってね」

「うん。絶対になるよ!大きくなって力をつけて絶対に沢山の人を助けるよ。そしてお姉さんに恩返しするから。僕はレオン!覚えておいて」

 彼は私の手をぎゅっと握って、嬉しそうに微笑んだ。もうさっき見た哀しい絶望した瞳ではなくなっていた。その眩しいほど希望に溢れたブルーの瞳を見て……幸せな気分になった。

 私は特にやりたいこともない。みんなを守れる魔力もない。婚約者はいるけれど、仲の良くない政略結婚だ。つまり好きな人もいない。

 だから、彼のようにしたいことがある人に『髪』を使ってあげたかった。

 それにこんな理由は馬鹿みたいだと思われるかもしれないが、家族以外で『綺麗』と言ってくれたことも単純に嬉しかった。だって婚約者からは地味だとしか言われたことがない。

「お姉さんの名前はなんて言うの?」

 そう聞かれた時、遠くから「レオン様」と焦ったように呼ぶ声が複数聞こえてきた。その声はとても切羽詰まっていて、心配しているのがわかる。

「ここにいるよ!」

 彼は大きな声を出して、使用人達にぶんぶんと手を振っていた。ああ、もう大丈夫そうだ。

「この声は我が家の使用人達なんだ。みんな僕を探していたみたい……ねえ、お姉さんにお礼をしたいから僕と一緒に来てよ!」

 彼がそう言って振り返った時には、私は木の影に姿を隠していた。

「あれ?お姉さん、お姉さん!?」

 男の子がキョロキョロとあたりを見渡していると、使用人達が追いついた。

「レオン様っ!こんなところに……探しましたよ。早くベッドにお戻りください。あなた様に何かあったら……うっうっ……」

 どうやら侍女が嘆きながら、お説教をしているようだ。

「心配かけてごめん。でもね、凄いお姉さんに病気を治してもらったんだ。飛んでも跳ねても、全然苦しくないんだよ!」

 使用人達は彼を信じられないような顔で見つめ、とりあえず旦那様にご報告に帰りましょうと無理矢理連れて行かれた。

「お姉さん、どこ?お姉さーん!!」

 男の子は使用人に引っ張られながらも私を呼び続けていたが、返事をするつもりはない。良かった、私を他の人に見られなくて。

「元気でね」

 きっと一生会うことはないだろうけれど、元気に生きて欲しい。私はそのまま別荘に戻った。




「きゃあ!!レベッカ、その髪……どうしたの!?誰にやられたの!?」

 悲鳴をあげて真っ青になってガタガタ震えるお母様に、私は小声で答えた。

「病気の男の子がいて……治したの。でもその子は魔力が強くて……」

「なんてこと!」

 お母様はショックでそのまま倒れ、お兄様も私を見て哀しそうな顔をしていた。

「お前は、自分が何をしたかわかっているのか!」

 生まれて初めてお父様にバチンッと頬を打たれた。ジンジンと痛いが……それくらいのことをした自覚があるので「ごめんなさい」と素直に謝った。優しいお父様が私を打つなんて本来ならあり得ない。

「謝って済むものじゃない」

 怒りが収まらないお父様を叔父様が「もうやめろ」と止めてくれた。自分でやったことなので、泣いてはいけない。唇を噛み締めて、グッと涙を堪えた。

「レベッカ、わかってるだろう」

 お父様は私を強く抱き締め、声を殺して泣いていた。泣いているお父様を見たのは……初めてだ。

「髪が短くなれば、お前の寿命も縮む。どうか……どうかわかってくれ。他の人のためになんて使うんじゃない。私は自分の娘を看取るなんてこと……絶対にしたくない」

「本当に……ごめんなさい」

 もう一度謝り、お父様の背中に手を回し、ぎゅっと抱き着いた。





 ――私のもう一つの秘密。

 髪の毛は私の命そのもの。短くなればなるほど死が近くなる。その代わり、対価分の命を払えばどんな酷い病気も怪我も治せる。

 正確な年数は不明だが、人生八十年だとしたらきっと私は四十歳までしか生きられないだろう。

 もし私が元々が短命な運命ならば、あと数年で死ぬ可能性だって否定できない。もしかしたら……その日は明日かもしれない。

 ――こんなこと、レオンさんにだけは絶対に知られるわけにはいかない。


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