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25 一世一代の求婚

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「アイラ嬢、最期にオスカーの顔……見てやってください。あいつはあなたのことが好きでしたから」
「嘘……嘘……ですよね?」

 エイベルに担がれたオスカーは、すぐに王宮の医務室で治療を受けたが意識が戻らなかった。

 アイラは血のついたウェディングドレスを着替えるために、数十分だけ屋敷に戻り身支度を直してすぐにまた戻ってきてきた。

「そんな……お医者様は、そのうち目が覚めるって仰っていたのに!」
「ええ、俺たちも信じられません。眠ってるかのようですから」

 エイベルは苦しそうに目元を手で押さえ、若い騎士たちからもうっうっと啜り泣くような声が聞こえてきた。

 アイラがオスカーが寝ている医務室に駆け込むと、そこには目元に白い布のかけられたオスカーがベッドに横たわっていた。

「オスカー様、オスカー様っ! どうして死んでしまったのですか? 私……まだ……あなたに何も伝えていないのに」

 泣きながらアイラは、オスカーの身体にしがみついた。

「ううっ……うっ……私……オスカー様のことが……好きだって……まだ伝えてないのに」

 どうして大事なことを素直にきちんと言わなかったのかと、アイラは後悔していた。

 オスカーはこんなにアイラのことを想って、こんなに助けてくれたのに何も伝えられなかったことが苦しくて、哀しくて胸が押し潰されそうになった。

「オスカー様っ……ううっ……うっ……好きなのに……もう逢えないなんて」

 アイラはオスカーの手を握り、祈るようにキスをした。しかし、その時なんとも言えない『違和感』に気が付いた。

「手が……熱い?」

 そのことに驚いて、アイラは顔を上げた。オスカーの手がどんどん熱くなっている気がしたからだ。幼い頃に病気で亡くなった祖父の手は、驚くほど冷たかったはずなのに。

「オスカー様」
「アイラ……その……とても言いにくいんだが……俺は死んでない」

 オスカーはそのままの体勢で、アイラの手をぎゅっと握り返した。

「ええっ!?」

 驚いて叫んだアイラが、目にかかっている白い布を取ると顔を真っ赤に染めたオスカーが気まずそうにアイラを見つめていた。

「オスカー様が……生きて……いらっしゃる?」

 何が起こったのか分からずに、アイラは思考が停止してしまっていた。

「おい、お前ら……この布はなんだ! 笑えない悪戯をしやがって。後で覚えてろよ」

 怒ったオスカーは、白い布をエイベルたちに向かって投げつけた。

「ここまで運んでやった代だ! 重たかったんだぞ」
「そうですよ。だって隊長……刺されて死んだと思って心配してたのに、寝不足で倒れただけなんですもん」
「筋肉がつきすぎて、刃物が深く刺さらなかったんですよね。どれだけ鍛えてんっすか」

 騎士たちは、みんなゲラゲラとお腹を抱えて笑っていた。

 どうやらオスカーの刺された傷は軽傷で、毎日証拠集めに駆け回っていたせいでかなり寝不足だったので倒れただけだったようだ。

「……」

 ずっと黙ったままのアイラに、オスカーは申し訳なさそうに眉を下げた。

「その……すまない。アイラに変な誤解をさせて」
「……った」
「すまない、聞こえなかった。なんて言ったんだ」

 その瞬間、アイラはオスカーの胸の中に飛び込んだ。

「ううっ……ううっ、オスカー様……オスカー様っ……」
「アイラ」
「無事で……生きていてくださって……良かった」
「ああ、心配かけてすまない」

 オスカーは泣きじゃくるアイラの背中に手を回し、ぎゅっと抱き寄せた。

 その姿を見たエイベルと他の騎士たちは無言で微笑み合い、そっと医務室を出ていった。

「アイラ、泣かないでくれ」
「ううっ……うっ……」
「俺は、アイラには笑っていて欲しい」
「うゔっ……はい」

 アイラは身体を離し手でゴシゴシと涙を拭いて、無理矢理ニコリと微笑んだ。

「やっぱり可愛いな」

 オスカーは愛おしそうに目を細め、優しい声を出した。

「嘘つき。こんなぐちゃぐちゃな顔、可愛くありませんよ」
「いや、可愛い」
「……っ!」
「アイラ、大好きだ」

 そう言われたアイラは、真っ赤に頬を染めた。

「なあ、アイラ。俺と……」

 真剣な話を遮るように、アイラは自分の人差し指をオスカーの唇に当てた。

「オスカー様、それ以上は言わないで下さい」
「そうか。色々あったし……そんな気分じゃねぇよな! 悪い、俺が無神経だった」

 その反応を見て、オスカーは力無く笑った。アイラが求婚を受けてくれる気はないのだと察したからだ。

「オスカー様」
「ん?」
「私と結婚してください」

 アイラはありったけの勇気を振り絞って、一世一代の求婚をした。

「……」

 目を見開いたまま全く動かないオスカーを見て、アイラは不安になってきた。

「オスカー様、その……嫌ですか?」
「いや……」
「そうですよね。今更ですよね」

 アイラは自分が求婚してみて初めて、自分の気持ちを素直に伝えることがこんなに緊張することだとわかった。

 こんなことをオスカーは何十回もアイラにしてくれていたのかと思うと、胸が苦しくなった。しかも、アイラは毎回断っていた。

 そんな酷いことをした自分を許してくれるのかと、アイラは急に不安になってきた。

「本当……なのか」
「え?」
「アイラが俺に求婚……してくれたんだよな?」

 真顔のオスカーに肩をがっしりと掴まれた。

「は、はい。そうです」

 返事をした瞬間、オスカーはアイラを思い切り抱き締めた。

「イエスだ」
「え?」
「答えはイエスに決まってる。結婚しよう!」

 よっしゃーと歓喜の声をあげながら、さらにぎゅうぎゅうと締め付けられてアイラは気を失いそうになった。

 喜びからではなく、単純にオスカーの馬鹿力が苦しかったからだ。

「オスカーさ……ま……しぬ……」
「ああ、俺も死ぬほど嬉しい。愛してるぞ」
「いや……そういう……意味じゃ」

 ちゅっちゅと頬にキスをされながら、アイラは意識が遠くなっていった。

「ん……アイラ! どうした、アイラーっ!?」

 遠くでオスカーの叫び声が聞こえた気がしたが、アイラは返事をすることができなかった。

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