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11 守り方

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「アイラ様っ!」
「みんな無事だったのね。よかったわ」
「うわーん、怖かったよ」

 あの火災から数日経過して、ロッシュ領内は少し落ち着きを取り返していた。

 放火が原因だろうとの話だったが、まだ犯人は捕まっていない。残念ながら、手がかりもほとんどなかった。

 しかし孤児院の子どもたちはみんな怪我もなく無事だったことに、アイラはホッとした。

「ビル兄ちゃんが、みんなを孤児院から連れ出してくれたの」
「そう……ビル、ありがとうね」
「別に。当たり前のことをしただけだ」

 素直でないビルは、アイラに褒められたことが恥ずかしいのかプイッとそっぽを向いた。

「人助けを当たり前にできることは、素晴らしいことだわ。幼い子もみんな無事なのはあなたのおかげよ」

 アイラがギュッと抱き締めると、ビルは真っ赤になった。

「……アイラ様も無事で良かった」

 小さな声でボソボソとそう言ったビルは、ギュッとアイラのワンピースを握りしめた。強がっていても、ビルも不安だったに違いない。

「ええ、ありがとう」
「……い、いい加減離せっ!」

 どうやらビルは恥ずかしいようで、慌ててアイラの前から離れた。

「私があなたたちを守るからね」
「……え?」
「街も元通りになるから。安心して」

 アイラは微笑んで、ビルや他の孤児院の子ども頭を撫でてその場を去って行った。

「なんで……あんな顔してるんだよ」

 ビルは初めて見るアイラの『哀しそうな笑顔』に、なんだか嫌な予感がしていた。




 広場に仮設の家を作り、炊き出しはロッシュ子爵家が指揮をして無事だった飲食店と協力して行った。

 アイラは両親が私財を投げ打っても、領民たちを助けている姿を誇らしく思った。

 そして弟のカミルもまだ十三歳だが、次期領主として必死に毎日駆け回っている。自ら考えて、動いている姿に成長を感じていた。

「私も自分にできることをしないとね」

 アイラはファビアンと向き合うことに決めた。求婚の返事はまだしていない。

 両親はまだファビアンとの結婚に反対していた。アイラは、カミルにはこの婚約を知られたくないと言って黙っていてもらっている。

『婚約をお受け致します』

 アイラはファビアン宛に求婚の返事を書いて、侍女のリラにアンブロス家に送って欲しいと手渡した。

「お嬢様、これは」
「ええ、送ってちょうだい」
「早まってはいけません。オスカー様に一度ご相談をした方が……」

 リラはアイラと常に共にいるため、もちろんオスカーのことも知っていた。アイラが口では反発しながらも、オスカーのことが気になっていることも。

「あの人にはこれ以上迷惑をかけたくないの」
「で、では、リーゼ様に! 是非支援をしたいと連絡がきていました」
「……気持ちは嬉しいけれど、そんなことお願いできないわ。リーゼももうすぐ嫁ぐのよ。大変な時期だし、婚約者のロベルト様にも申し訳ないわ」

 アイラは静かに首を振った。

「私が嫁げば全て解決よ」
「しかし、それではお嬢様の幸せは……夢はどうなるのですか」
「そんなこと、皆の幸せの前では取るに足りないことだわ。私はこの領主の娘なのだから」

 アイラが力なく笑うと、リラは目に涙を溜めた。いつも人に頼らず、一人で解決しようとするアイラらしい考えだと思ったからだ。

「……出過ぎたことを申しました」
「リラ、泣かないで」
「お嬢様、すみません。お辛いのはお嬢様なのに」
「……リラが嫌じゃなければ、ファビアン様の元に嫁いでも私と一緒に来てくれたら嬉しいわ」
「もちろんです。私はお嬢様と共に参ります」
「ありがとう、嬉しいわ」

 強がっていても、少しだけ不安だったアイラはホッと胸を撫で下ろした。リラが傍にいてくれるのならば、ファビアンとの結婚生活も乗り越えられると思ったからだ。

 そして、ファビアンとの結婚を決めたその夜……王家の判が押されている一通の封書が届いた。これは教員試験の結果だ。

 自信も手応えもあった。ファビアンはアイラの夢を認めてくれた。もしかすると、この試験に受かっていれば結婚しても先生として活動できるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱きながら、恐る恐るアイラは封を開けた。

『不合格』

 その文字を見て、アイラは机に顔を埋めた。

「……ダメな時は全てがダメなものなのね」

 きっと実力が足りなかったのだろう。できたと思っていたが、もしかすると今年の試験者はレベルが高かったのかもしれない。

 試験の日からずっと大事につけていたターコイズのネックレスを、アイラは不合格の通知と共に机の奥に閉まった。

 両親やカミルは試験の不合格について『頑張ったのだから落ち込まないで』と励ましてくれた。

 あれだけ応援してくれたオスカーにも結果を伝えなくてはいけないと思うのに、どうしても言い出せなかった。

♢♢♢

「アイラ!」
「……オスカー様」
「さっきここに来たばかりなんだ。アイラに逢えて良かった」

 オスカーは通常の任務に加えて、ロッシュ領の火災の片付け等も積極的に行ってくれていた。

「はい。いつもお手伝いいただいて、ありがとうございます」
「ははは、何言ってるんだよ。俺がしたいだけだ。ここの皆は、俺もよく知ってるからな」

 ニカッと笑った顔を見て、アイラは胸がギュッと締め付けられた。

 好きだけど、諦めなければならないのだ。ファビアンと正式に婚約したら、こんな風にオスカーと話すことは難しくなるだろう。

「オスカー様、お願いがあるのですが」
「おう、なんだ?」
「こんな時に不謹慎かもしれませんが、二人でどこかに出かけませんか? 気分転換がしたいのです」
「……え?」

 勇気を出してアイラはオスカーをデートに誘った。気持ちを伝えることはできずとも、最後の思い出が欲しかったのだ。

「出かける? 一緒にか!?」
「はい、嫌ですか?」
「嫌なわけないだろう。行くに決まってるっ!」

 オスカーが前のめりになって必死にそう言うので、アイラはつい笑ってしまった。

「ふふ、では今週末はどうですか? どこでもいいので」
「ああ、大丈夫だ。行先は考えておく」
「はい」

 何も知らないオスカーの嬉しそうな姿を見て、アイラは少し切なくなった。

「馬で家まで迎えに行くよ」
「……はい」
「少し遠出しようぜ。すっげー楽しみだ」
「はい」

 このデートを終えたら、アイラはオスカーと二人で逢うことはやめようと思っていた。



 
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