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7 逢いたかった

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「アイラは今夜も無視だぜ? こっちは下手に出て声をかけてやってるのに」
「ああ、俺もだ。子爵令嬢のくせにな。でもファビアン様とは話していたぞ」
「自分は容姿のことを言われたくないとかお高くとまってるのに、結局自分は家柄と容姿重視じゃないか」
「結局そういう女なんだろ」

 アイラはそろそろ帰ろうと思い、会場の外に出たがそこで自分の悪口を言っている令息たちの声が聞こえてきた。アイラは慌てて柱の裏に隠れた。

「顔とスタイルはいいのに、性格は可愛くねぇよな」
「あいつ、学校では学年一賢かったらしいぞ。男より賢いなんてマイナスだろ」
「女はちょっと馬鹿なくらいがいいのによ」

 こんなことを言われたのは、実は初めてではなかった。アイラが見た目だけと言われないように頑張れば頑張るほど、裏では悪口を言われるようになった。

 アイラへの悪口は、誘いを断った貴族令息と、高位貴族の令嬢が中心だった。

 男たちはアイラの前では『可愛い』や『好きだ』と言いながら、裏では悪く言う人ばかりだった。

 普段のアイラなら、こんな低レベルの男たちに何を言われても気にすることはない。でも、今は心が弱っていた。だから、どんどん哀しい気持ちになってしまい、その場を動けなかった。

「でも、あの豊満な胸はたまらないよな。一晩だけ、どうにかならねぇかな」
「ははは、わかる。結婚相手はもっと言うこと聞く優しい女選ぶわ」
「強い酒で酔わせて、部屋に連れ込むか」
「それはいいな。アイラは喋らない方がいい女だしな」

 ゲラゲラと笑いながら、下卑た話をしているのでアイラは気分が悪くなってきた。どうして自分がこんな風に言われなければならないのか。悔しくて苦しいが、ここで自ら声をあげる勇気はなかった。

「……お前ら、随分物騒な話をしてるじゃないか」

 低く響く恐ろしい声が聞こえてきたので、アイラは柱から少しだけ顔を出した。そこにいたのは、騎士の制服を着たオスカーだった。普段アイラを呼ぶ明るく優しい声とはかけ離れていたので、一瞬誰だかわからなかった。

「酔わせた女を無理やり襲うなんて、男として終わってると思わないか?」

 オスカーは悪口を言っていた令息たちの間に入り、肩を後ろから組んだ。

「痛っ! な、なんだこいつ」
「ゔう……ぐっ……や、やめろ」

 どうやらオスカーはかなり力を入れているようで、ミシミシと何かが軋むような変な音が聞こえてきた。令息たちは顔を歪めて痛がっている。しかし、オスカーは手を離さなかった。

「自分が相手にされないからって、勝手なこと言ってんじゃねぇよ」

 それは、冷たく淡々とした声だった。アイラは、いつも笑顔のオスカーがこんなに怒っているところを初めて見たので、驚いていた。
 
「……離して……離してくれ」
「ひいぃぃ……!」

 令息たちは顔を青ざめさせ、恐怖でガタガタと震えていた。
 
「アイラの良さは、お前らみたいな屑にはわからねぇよ」

 オスカーは、そのままドンと二人の背中を押した。すると二人は床にそのまま倒れこんだ。

「おい、アイラに指一本でも触れてみろ。俺が絶対に許さないからな」

 鬼のような顔でギロリと睨むと、二人は慌ててその場から逃げて行った。オスカーは二人の姿が見えなくなるまで確認し、ふうと大きなため息をついた。

「……オスカー様」

 アイラが声をかけると、オスカーは驚いた顔で駆け寄って来た。

「アイラ、いつからここにいたんだ」
「……最初からです。自分の話だったので、出て行けなくて」
「そうだったのか」

 オスカーは眉を八の字にして、とても哀しそうな顔をした。

「嫌な思いしたな。あんな奴らの話は、できればアイラに聞かせたくなかった」
「いえ……庇っていただいてありがとうございました」
「気にするなよ。誰がなんと言おうが、アイラはいい女だ!」

 はっきりとそう言い切ったオスカーは、ニカッと豪快に笑った。その顔を見て、アイラは胸がいっぱいになりまた涙が溢れてきた。

「ううっ……ごめんなさい。泣くつもりじゃ……」
「アイラ、何も心配しなくていい。俺が守るから」
「ありがと……ございます」
「大丈夫だ。大丈夫」

 オスカーは優しい声で話しかけ、アイラの涙を指で優しく拭った。

 いつものオスカーのはずなのに、アイラは今までの何倍もオスカーが凛々しく格好よく見えた。これは、恋を自覚したからなのかとアイラは内心戸惑っていた。

「こ、この前はごめんなさい。変な態度取ってしまって」
「ん? 謝る必要なんかないぞ。アイラは何も悪くない」

 あんな酷い態度を取ったのに、どうやらオスカーはアイラを責める気はないらしい。

「……もう、嫌われたかと思っていました」
「嫌う? 俺がアイラを!?」
「はい。急にロッシュ領に来られなくなったので」

 アイラが小声でぼそぼそと話すと、オスカーは本当に驚いたような顔をした。

「俺がアイラを嫌うわけないだろ? 心底惚れてるのに」
「……っ!」
「この二週間は遠征だったんだ。昨日任務が無事に終わって帰って来た」
「そうだったのですか」

 アイラは嫌われたのではないとわかって、ほっとした。

「連絡しなくて悪かったな」
「い、いえ」
「まさかアイラ、俺に逢えなくて寂しかったのか?」

 オスカーは冗談っぽくそう言って、ハハハと笑いながらアイラの肩をポンポンと叩いた。

「……かったです」
「え?」
「寂しかったです。逢いたかった」

 恥ずかしくて頬が染まってしまったが、アイラは初めて素直に気持ちを伝えることができた。オスカーは驚いたのか、大きく目を開いた後……目を細めて嬉しそうに微笑んだ。

「俺もアイラに逢いたかったよ」
「そうですか」
「これからはまた行くから、覚悟しておいてくれ」
「はい」

 アイラがニコリと笑うと、オスカーは頬を染めた。そして、少しだけ気まずそうにぽつりぽつりとこの前のことを話し出した。

「あー……それと、蒸し返すようでなんだが、あの時の女性は助けただけで本当に何もないし、あの日もそのまま帰ったからな! 誤解されたくないからはっきり言っておく」
「……わかりました」
「俺が好きなのはアイラだけだから」

 それから二人の間に何となく甘い空気が流れて、お互いソワソワしてしまった。その空気を先に壊したのは、オスカーだった。

「アイラ、愛してるよ」

 愛してるなんて何度も言われた言葉だ。だけど、この時のオスカーは今までの何倍も色気があった。大きな手がアイラの頬をそっと包み、ゆっくりとオスカーの顔が近付いてきた。
 アイラは口付けをされるのだと思い、自然に瞼を閉じた。

「隊長っ、オスカー隊長っ!」

 大きな声でオスカーの名前を呼ぶ声が聞こえて、アイラは我に返った。そして、オスカーから慌てて身体を離した。

「あいつ……なんてタイミングだ」

 オスカーは苛ついたように髪をぐしゃりと搔きむしった後、自分を落ち着かせるようにゴホンと咳ばらいをした。

「ここにいる! なんだ」
「隊長、もうどこ行ってたんですか。会場の外に不審者の情報が……あっ!」

 若い騎士は、アイラの存在に気が付いて口元を手で押さえ気まずい顔をした。

「お邪魔……でしたよね」
「かまわない。さっさと報告しろ」
「はい。会場の門付近に男の不審者情報がありました。何度も同じ場所をうろうろしていて、声を掛けたら逃げたそうです」
「わかった、俺もすぐ外に行く。会場内の警備もさらに厳しくしろ。会場に残る者たちはエイベルに従うように伝えてくれ」

 騎士は「はい」と返事をして、あっという間にいなくなった。

「大変ですわね」
「いつものことだ。帰るのなら馬車まで送らせてくれ」
「いえ、早く任務に戻ってくださいませ。大丈夫ですから」
「ああ、ありがとう。気を付けてな」
「はい。オスカー様も気を付けてくださいませ」

 去って行くオスカーの背中を見ながら、アイラはゆっくりと自分の唇を指でなぞった。

「……ちゃんと付き合ってからじゃないとね」

 実際に口付けをしたわけでもないのに、アイラはまだ胸がドキドキしていた。

 

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