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5 腹が立つ理由
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「子どもの体力は半端ねぇな。訓練と同じくらい疲れるぜ」
「ふふ、遊んでいただきありがとうございました。お時間はよろしかったのですか」
「ああ、仕事は終わりだったんだ。むしろ、授業の邪魔して悪かったな」
「いいのです。みんなとても楽しそうでしたから」
アイラがにっこりと微笑むと、オスカーは頬を染めた。
「そ、それなら……良かった。アイラはよく孤児院に行っているのか?」
「ええ、彼らに読み書きを教えて将来に役立てて欲しいのです。それに私の夢は、きちんと資格を取って正式な先生になることなので」
アイラは今まで親友のリーゼにしか伝えてなかった夢を、ついオスカーに話してしまった。貴族令嬢が先生になるなんて……十人中、十人が反対することだ。しかし、なぜかオスカーには普通に夢を伝えることができた。
「先生……?」
その反応を見てアイラはやはりこんなことを、オスカーに話さなければ良かったと後悔した。
「それは良い夢だな! 俺は応援するぞ」
「え?」
「貴族令嬢が先生だなんて、前例がないだろう? きっと周りは反対したり、心にも無いことを言われたりするが気にする必要はない。俺も今から五年前の……当時二十歳で隊長になったから、周りからは若いだの頼りないだの色々言われた。だけど、ほら! 何とかなってるから、アイラも大丈夫だ」
オスカーは笑いながら、アイラの肩をポンポンと叩いた。
「それに、アイラは先生に向いている」
「ふふ、ありがとうございます。まだ両親にも言えていないのですが、勇気が出ました」
「そうか。俺はいつでもアイラの味方だからな」
そんな風に言われて、アイラは嬉しくて鼻の奥がツンと痛くなった。
「勉強頑張ります」
アイラがニコリと微笑むと、オスカーは再び頬を染めた。
「……やっぱり可愛いな」
「はいはい、ありがとうございます。まだ時間があるなら、カフェでお茶でもいかがですか。お礼にご馳走致します」
アイラはいつもの誉め言葉はスルーして、お茶に誘うとオスカーは驚いて目を見開いた。
「まさか! アイラからデートに誘われる日が来るなんて」
「デートではありません」
「初めてのデートなのに、俺はこんな騎士の制服でいいのか? 着替えて来ようか」
「お茶飲むだけなので大丈夫です。嫌なら帰りましょう」
「嫌なはずないだろ。今すぐ行こう!」
オスカーにがっしりと腕を掴まれ、必死に引き留められた。
「では、おすすめの場所にお連れしますわ」
アイラはロッシュ領で人気の、紅茶の美味しいカフェに入った。
「ああ、美味いな。今年はいつもより香りがいい」
美しい所作で紅茶を飲み、的確な感想を言うオスカーにアイラは少し驚いた。普段のオスカーを見ているとつい忘れてしまうが、彼は伯爵家の御令息なのだから品があるのは当たり前なのに。
「その通りです。今年は去年より天候が良かったらしく、当たり年だそうです」
「そうか。母上に送ってやろうかな。俺の生家は田舎だから、なかなか都会のものが手に入らねぇんだ」
「それならば、今度私が良い物を選びましょうか? いつもオスカー様からたくさんのプレゼントをいただいていますから」
「いいのか? きっと母上が大喜びする」
嬉しそうなオスカーを見て、アイラはプレゼントのお礼が出来そうだとほっとした。
「ルーマン領は田舎だけど、すごくいい場所なんだ。気候もいいし、海も近くて、飯が美味い」
「いい所なのですね」
「ああ、いつかアイラにも俺の故郷を見て欲しいな」
オスカーは目を細めて窓を外を見つめながら、そう呟いた。アイラが返答に困っていると、オスカーはハハハと笑い声をあげた。
「悪い、悪い。そんなこと言われても、困るわな」
「いえ……」
「ここってテイクアウトも出来るのか? 部下たちにも土産に菓子でも買って帰ってやろうかな。あいつら死ぬ程酒を飲むくせに、甘い物も好きでよ」
オスカーが気を遣って、わざと話題を変えてくれたことにアイラは気が付いていた。
「ええ、できますわ。焼き菓子があります」
「じゃあちょっと包んでもらってくる」
「はい」
オスカーは席を立ち、しばらくして大きな紙袋と小さな紙袋を持って帰ってきた。
「名残惜しいが、そろそろ行こうか。遅くなって、アイラの家の人が心配しちゃいけないからな」
「はい。あの、お会計をお願いします」
アイラが近くのウェイターさんに声をかけると「もういただいております」と頭を下げられた。それを聞いたアイラが、オスカーを見つめると彼は悪戯っぽくニッと笑った。
「ご馳走様。ありがとう」
オスカーがお礼を言ってそのまま店を出ていくので、アイラは慌てて追いかけた。
「オスカー様、代金を払っていただいたらお礼になりません」
「俺はこれでも伯爵家の出身だぞ。さすがに女に払わせるような教育は受けてねぇよ」
「でもっ!」
それでもアイラが食い下がると、オスカーは腰を折ってぐいっと顔を近づけて来た。
「礼なら貰いすぎくらいだ」
「え?」
「アイラと二人きりでお茶が飲めた」
「そんなことくらい」
「俺にとっては、プライスレスだ」
オスカーはアイラの唇を指でツンと軽く突いて「もうこの話は終いだ」と言って、前を歩いて行ってしまった。
「……ご馳走様でした」
アイラが小声で言ったお礼に、オスカーは少しだけ振り返り軽く片手をあげて「おう」と笑った。
そのまま二人で街を歩いていると、いきなりオスカーに飛びついてきた女性がいた。
「オスカー様ぁ!」
「おっと、危ねぇ」
オスカーは突撃してきた女性を、慌てて腕で受け止めた。
「お逢いできて嬉しいですっ!」
すらっとした足や豊かな胸が強調されたワンピースを着たアイラと同じくらいの年齢の女性は、とてもセクシーで美しかった。
「ああ、君か。あれからどうだ?」
「オスカー様のおかげでもう平気です! 変な客は来なくなりました」
女性がオスカーの腕にわざとぎゅうぎゅうと胸を押し当てているのを、アイラは眉を顰めながら見ていた。
「良かったな」
「はい! だから、たーっぷりお礼したいので今夜店に来てくださいね」
その女性はオスカーの首を強引にグッと引き、頬にチュッとキスをした。
「お待ちしてます」
その女性はアイラに勝ち誇ったような視線を向けて、オスカーに色っぽくウィンクをした後にブンブンと手を振りながら去って行った。
「最近の若いお嬢さんはすごいパワーだな」
オスカーは呆れたような声を出しながら、頬を袖で乱暴に拭っていた。それを見てアイラはなんだか心の中がモヤモヤして、チクチクと胸が痛んだ。
「おモテになるのですね」
アイラは普通の声を出したつもりなのに、つい刺々しい低い声が出てしまった。
「あれは営業だろ? この前言い寄ってくる客がしつこいって言うから、助けたんだ」
アイラは自分がオスカーに助けられたように、あの女性もオスカーに助けられたのだと思うと、また心の中に黒くて重い嫌な気持ちがドロドロと流れ込んできた。このような感情は生まれて初めてで、アイラはどうしていいかわからなかった。
そしていきなり頬にキスをされたのに、オスカーは全く焦っておらず……意外にも女性に慣れた感じも不愉快だった。オスカーはアイラより八歳も年上の、いろんな経験のある大人の男だということを見せつけられたような気がしたのだ。
「ああ、そうだ。これ。部下たちに土産を買った時、アイラの分も一緒に買ったんだ。食べてくれ」
オスカーは持っていた小さな袋を、アイラに差し出した。
「い……ません」
「ん?」
「いりません。先ほどの女性にあげればいかがですか」
いきなり大声を出したアイラに、オスカーは目を丸くした。
「なんであの子にあげなきゃならないんだ?」
「随分と仲がよろしかったではありませんか」
「いや、別に仲良くないぞ。この前知り合ったばかりだし」
しらばっくれた態度のオスカーに、アイラはさらに腹が立った。
「口紅が……まだ付いていますよ」
アイラがジロリと冷たい目で睨むと、オスカーは慌てて頬を何度も拭っていた。
「もしかして、やきもち妬いて……」
「妬いていません。さ・よ・う・な・ら!」
「アイラ、家まで送……」
「不要です。ついて来ないでくださいませ」
プイッと顔を背けて、アイラはその場から立ち去った。
「なんなのよ。私に何度も求婚しておきながら!」
アイラは息が切れる程、家まで全速力で走った。
「顔がいいなら誰でもいいんじゃないの。馬鹿、馬鹿、馬鹿っ!」
どうしてこんなに怒っているのか、アイラはまだ自分でその理由に気が付いていなかった。
「ふふ、遊んでいただきありがとうございました。お時間はよろしかったのですか」
「ああ、仕事は終わりだったんだ。むしろ、授業の邪魔して悪かったな」
「いいのです。みんなとても楽しそうでしたから」
アイラがにっこりと微笑むと、オスカーは頬を染めた。
「そ、それなら……良かった。アイラはよく孤児院に行っているのか?」
「ええ、彼らに読み書きを教えて将来に役立てて欲しいのです。それに私の夢は、きちんと資格を取って正式な先生になることなので」
アイラは今まで親友のリーゼにしか伝えてなかった夢を、ついオスカーに話してしまった。貴族令嬢が先生になるなんて……十人中、十人が反対することだ。しかし、なぜかオスカーには普通に夢を伝えることができた。
「先生……?」
その反応を見てアイラはやはりこんなことを、オスカーに話さなければ良かったと後悔した。
「それは良い夢だな! 俺は応援するぞ」
「え?」
「貴族令嬢が先生だなんて、前例がないだろう? きっと周りは反対したり、心にも無いことを言われたりするが気にする必要はない。俺も今から五年前の……当時二十歳で隊長になったから、周りからは若いだの頼りないだの色々言われた。だけど、ほら! 何とかなってるから、アイラも大丈夫だ」
オスカーは笑いながら、アイラの肩をポンポンと叩いた。
「それに、アイラは先生に向いている」
「ふふ、ありがとうございます。まだ両親にも言えていないのですが、勇気が出ました」
「そうか。俺はいつでもアイラの味方だからな」
そんな風に言われて、アイラは嬉しくて鼻の奥がツンと痛くなった。
「勉強頑張ります」
アイラがニコリと微笑むと、オスカーは再び頬を染めた。
「……やっぱり可愛いな」
「はいはい、ありがとうございます。まだ時間があるなら、カフェでお茶でもいかがですか。お礼にご馳走致します」
アイラはいつもの誉め言葉はスルーして、お茶に誘うとオスカーは驚いて目を見開いた。
「まさか! アイラからデートに誘われる日が来るなんて」
「デートではありません」
「初めてのデートなのに、俺はこんな騎士の制服でいいのか? 着替えて来ようか」
「お茶飲むだけなので大丈夫です。嫌なら帰りましょう」
「嫌なはずないだろ。今すぐ行こう!」
オスカーにがっしりと腕を掴まれ、必死に引き留められた。
「では、おすすめの場所にお連れしますわ」
アイラはロッシュ領で人気の、紅茶の美味しいカフェに入った。
「ああ、美味いな。今年はいつもより香りがいい」
美しい所作で紅茶を飲み、的確な感想を言うオスカーにアイラは少し驚いた。普段のオスカーを見ているとつい忘れてしまうが、彼は伯爵家の御令息なのだから品があるのは当たり前なのに。
「その通りです。今年は去年より天候が良かったらしく、当たり年だそうです」
「そうか。母上に送ってやろうかな。俺の生家は田舎だから、なかなか都会のものが手に入らねぇんだ」
「それならば、今度私が良い物を選びましょうか? いつもオスカー様からたくさんのプレゼントをいただいていますから」
「いいのか? きっと母上が大喜びする」
嬉しそうなオスカーを見て、アイラはプレゼントのお礼が出来そうだとほっとした。
「ルーマン領は田舎だけど、すごくいい場所なんだ。気候もいいし、海も近くて、飯が美味い」
「いい所なのですね」
「ああ、いつかアイラにも俺の故郷を見て欲しいな」
オスカーは目を細めて窓を外を見つめながら、そう呟いた。アイラが返答に困っていると、オスカーはハハハと笑い声をあげた。
「悪い、悪い。そんなこと言われても、困るわな」
「いえ……」
「ここってテイクアウトも出来るのか? 部下たちにも土産に菓子でも買って帰ってやろうかな。あいつら死ぬ程酒を飲むくせに、甘い物も好きでよ」
オスカーが気を遣って、わざと話題を変えてくれたことにアイラは気が付いていた。
「ええ、できますわ。焼き菓子があります」
「じゃあちょっと包んでもらってくる」
「はい」
オスカーは席を立ち、しばらくして大きな紙袋と小さな紙袋を持って帰ってきた。
「名残惜しいが、そろそろ行こうか。遅くなって、アイラの家の人が心配しちゃいけないからな」
「はい。あの、お会計をお願いします」
アイラが近くのウェイターさんに声をかけると「もういただいております」と頭を下げられた。それを聞いたアイラが、オスカーを見つめると彼は悪戯っぽくニッと笑った。
「ご馳走様。ありがとう」
オスカーがお礼を言ってそのまま店を出ていくので、アイラは慌てて追いかけた。
「オスカー様、代金を払っていただいたらお礼になりません」
「俺はこれでも伯爵家の出身だぞ。さすがに女に払わせるような教育は受けてねぇよ」
「でもっ!」
それでもアイラが食い下がると、オスカーは腰を折ってぐいっと顔を近づけて来た。
「礼なら貰いすぎくらいだ」
「え?」
「アイラと二人きりでお茶が飲めた」
「そんなことくらい」
「俺にとっては、プライスレスだ」
オスカーはアイラの唇を指でツンと軽く突いて「もうこの話は終いだ」と言って、前を歩いて行ってしまった。
「……ご馳走様でした」
アイラが小声で言ったお礼に、オスカーは少しだけ振り返り軽く片手をあげて「おう」と笑った。
そのまま二人で街を歩いていると、いきなりオスカーに飛びついてきた女性がいた。
「オスカー様ぁ!」
「おっと、危ねぇ」
オスカーは突撃してきた女性を、慌てて腕で受け止めた。
「お逢いできて嬉しいですっ!」
すらっとした足や豊かな胸が強調されたワンピースを着たアイラと同じくらいの年齢の女性は、とてもセクシーで美しかった。
「ああ、君か。あれからどうだ?」
「オスカー様のおかげでもう平気です! 変な客は来なくなりました」
女性がオスカーの腕にわざとぎゅうぎゅうと胸を押し当てているのを、アイラは眉を顰めながら見ていた。
「良かったな」
「はい! だから、たーっぷりお礼したいので今夜店に来てくださいね」
その女性はオスカーの首を強引にグッと引き、頬にチュッとキスをした。
「お待ちしてます」
その女性はアイラに勝ち誇ったような視線を向けて、オスカーに色っぽくウィンクをした後にブンブンと手を振りながら去って行った。
「最近の若いお嬢さんはすごいパワーだな」
オスカーは呆れたような声を出しながら、頬を袖で乱暴に拭っていた。それを見てアイラはなんだか心の中がモヤモヤして、チクチクと胸が痛んだ。
「おモテになるのですね」
アイラは普通の声を出したつもりなのに、つい刺々しい低い声が出てしまった。
「あれは営業だろ? この前言い寄ってくる客がしつこいって言うから、助けたんだ」
アイラは自分がオスカーに助けられたように、あの女性もオスカーに助けられたのだと思うと、また心の中に黒くて重い嫌な気持ちがドロドロと流れ込んできた。このような感情は生まれて初めてで、アイラはどうしていいかわからなかった。
そしていきなり頬にキスをされたのに、オスカーは全く焦っておらず……意外にも女性に慣れた感じも不愉快だった。オスカーはアイラより八歳も年上の、いろんな経験のある大人の男だということを見せつけられたような気がしたのだ。
「ああ、そうだ。これ。部下たちに土産を買った時、アイラの分も一緒に買ったんだ。食べてくれ」
オスカーは持っていた小さな袋を、アイラに差し出した。
「い……ません」
「ん?」
「いりません。先ほどの女性にあげればいかがですか」
いきなり大声を出したアイラに、オスカーは目を丸くした。
「なんであの子にあげなきゃならないんだ?」
「随分と仲がよろしかったではありませんか」
「いや、別に仲良くないぞ。この前知り合ったばかりだし」
しらばっくれた態度のオスカーに、アイラはさらに腹が立った。
「口紅が……まだ付いていますよ」
アイラがジロリと冷たい目で睨むと、オスカーは慌てて頬を何度も拭っていた。
「もしかして、やきもち妬いて……」
「妬いていません。さ・よ・う・な・ら!」
「アイラ、家まで送……」
「不要です。ついて来ないでくださいませ」
プイッと顔を背けて、アイラはその場から立ち去った。
「なんなのよ。私に何度も求婚しておきながら!」
アイラは息が切れる程、家まで全速力で走った。
「顔がいいなら誰でもいいんじゃないの。馬鹿、馬鹿、馬鹿っ!」
どうしてこんなに怒っているのか、アイラはまだ自分でその理由に気が付いていなかった。
応援ありがとうございます!
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