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4 アイラの夢
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「アイラ様、私一人で本が読めるようになったわ」
「それは素晴らしいわね」
「アイラ様、僕は自分の名前が一人で書けるようになったよ」
「そうなの? 見せてちょうだい」
アイラは定期的に領内にある数ヶ所の孤児院を順番に訪れて、子どもたちに勉強を教えていた。
これは領主の娘としての慈善事業……という目的だけではなかった。彼らが大人になり、孤児院を出て働く人が増えればロッシュ領は活性化する。税金が増えることは、子爵家も潤うということだ。
それに皆がきちんとした仕事に就いて賃金が稼げるようになれば、街の犯罪が減る。アイラは長い目でみると、この活動は良い事ばかりだと考えていた。
アイラは昔から、学校の成績がトップクラスだった。周囲から『見た目だけ』の女だと思われたくなくて、毎日寝る間を惜しんで様々なことを頑張っていたからだ。勉強もマナーもダンスも刺繍も……苦手なこともあったが、何度も繰り返し練習して身に付けた。
最初はそんな理由で勉強していたのだが、アイラは学ぶことがとても楽しくなった。自分の知らないことを知るのは、世界が広がると感じたからだ。
将来子爵家を継ぐ可愛い弟の助けになればと思い、領地経営についても学んだアイラは、領民たちの中に貧困層の人たちがたくさんいることを知った。その者たちは読み書きができないため、まともな仕事に就けずに犯罪を犯す人が多い。
食事もままならず、仕方なく泥棒をする人がいるという事実を知ってアイラは衝撃を受けた。
「お父様、世の中にはパンも食べられない人がいるの?」
驚いたアイラは、領主である父親にそのことを聞きに行った。
「……ああ、そうだよ。私たちの暮らしは贅沢なんだ。それができるのは、領民たちのお陰なんだよ。だから、私たちは領民たちを守る責任がある」
「じゃあ、早くパンを皆に買ってあげて。私の分もあげていいから」
アイラのその発言に、父親は厳しい顔をして左右に首を振った。
「それはできない」
「どうしてですか! お父様ったら酷いわ」
「アイラ、物事はそんなに単純ではないんだ。一時的に食料を与えるのは容易いさ。でもそれが本当の解決になると思うかい?」
「思い……ません」
「そうだね。もちろん我が家も人道的に必要な炊き出しや、孤児院への寄付はしているよ。でもそれは解決策ではない。一人一人が生きていける力を身につけるように、学ばせたいのだがなかなか上手くいっていないのが現状なんだ」
アイラは父親の話を聞いて、自分のするべきことがわかった。アイラがしなければいけないことは、パンを与えることではなく、パンを買える人を多く作るということだ。
「お父様、失礼なこと言って申し訳ありませんでした。私の考えが足りなかったです」
「いや、アイラは賢くてとてもいい子だ。領民たちを思う気持ちを持つことはとても大事なことだよ」
「私、自分にできることをやりますわ」
そうして始めたのが、孤児院を回っての読み書きの授業だった。最初はみんな嫌がって、ろくに聞いてくれなかった。
「お嬢様に俺たちの気持ちがわかるもんか!」
おもちゃを投げつけられたりした日もあったが、アイラは負けなかった。
「ビル、待ちなさい。これが出来れば生きていけます」
「俺たちなんて何やっても無駄だよ」
「やる前から諦めているから、何も手に入らないのです」
「なんだって?」
「孤児院に居られるのは成人するまでです。それからは、自分で稼がないといけない。このまま字が読めなければ、理不尽な雇用契約を結ばれても文句は言えません。このまま字が書けなければ、役所の手続きもできません。つまりは生きていけないのです」
アイラは嘘をつかずに、正直に子どもたちにその事実を話した。
「学ぶことは、自分を守ることでもあります。私と一緒に勉強しましょう」
そうして反発を受けながらも、時間をかけてアイラは少しずつ読み書きや簡単な計算を教えていった。
「アイラ様、この教科書嫌だ。なんでこんな堅苦しい文章で書いてあるかなぁ……わかんねぇよ」
「そうよね。私がなんとかするわ」
売られている教科書は全て貴族向けのものなので、確かに難しかった。無ければ作ればいいと思い、アイラは教科書を自作した。
「これすっげーわかりやすい」
「うん、絵もあって可愛い」
「勉強する気になってきたわ」
なるべく難しい言葉を使わず、身近にあるものを題材にして教科書を作ったため子どもたちからは好評だった。
子どもたちの吸収力は素晴らしく、ちゃんと教えれば教えただけ理解してくれるのでアイラはとても充実感があった。
「アイラ様、食堂で働かせてもらえることになったんだ。メニューが読めて計算ができるなら、雇ってくれるって」
「そう、良かったわね。ビルならできるわ。頑張ってね」
「……アイラ様のおかげだよ。今度食べに来て」
「ええ、必ず行くわ」
アイラにおもちゃを投げつけていた少年のビルも、すっかりと成長した。今やそのビルは、年下の子に勉強を教える役を担ってくれている。
「そろそろ次の孤児院ね」
そのように孤児院を回っていく中で、アイラは『教える』ということの素晴らしさに気が付いた。いつか国家資格である教員試験を受けて、正式に先生になりたいなとアイラは思っていた。
しかし、この国では貴族令嬢が働くことを良しとはされていない。平民では数人いるそうだが、貴族令嬢で先生になった人は一人もいないのだ。
それにアイラは貴族を教える先生ではなく、平民たちに教える先生をしたかった。それは前途多難な道だとわかっていたが、アイラはいつか叶えたいと思っていた。
「アイラ、見つけた」
「オスカー様! 何故ここがわかったのですか」
「街のみんなが、アイラはこの孤児院にいるって教えてくれた」
最近、ロッシュ領民たちはみんなアイラの情報をオスカーに流している。それだけオスカーがみんなから気に入られているということだろう。
「うわぁ……騎士様、大きい」
「すごく強そう。かっこいい」
「ねぇねぇ、力強い?」
少年たちはやはり騎士に憧れる気持ちがあるのか、オスカーを見て目を輝かせている。逆に少女たちは身体の大きなオスカーが少し怖いのか、アイラの後ろに隠れてしまった。
「おお、強いぞ。ほら、ここに掴まりな」
オスカーはそう言って、三人の少年を片腕に掴ませるとブンと上にあげた。少年たちは足をバタバタさせて宙に浮いている。
「うわぁ、すげぇ!」
「はっはっは、こんなの朝飯前だ」
「肩車して欲しい」
「いいぞ」
いつの間にかオスカーには、たくさんの少年たちが群がっていた。
「楽しそう。わ、私もしてほしいな」
アイラのワンピースの裾をツンツンと引っ張って、まだ幼いマリーが小声でそう言ってきた。マリーの後ろにいる他の少女もそわそわしているので、本当はオスカーに近付きたいようだ。
「オスカー様、この子たちにもしてあげて貰えませんか。女の子だからほどほどにお願いします」
「おう、いいぞ。おいで」
「マリー良かったわね。みんな順番にね」
ニカッと笑ったオスカーを見て、みんな嬉しそうに飛びついた。
「きゃあっ、高い」
「初めてこんなことされたわ。楽しいっ!」
オスカーは落とさないように気をつけながら、子どもたちと遊んでくれていた。
アイラはそれを眺めながら、嬉しそうな子どもたちを見て温かいな気持ちになった。
「オスカー様は、いい父親になりそうね」
こんな人と結婚したら幸せだろうな、と素直に思ったことにアイラは自分で驚いていた。
「それは素晴らしいわね」
「アイラ様、僕は自分の名前が一人で書けるようになったよ」
「そうなの? 見せてちょうだい」
アイラは定期的に領内にある数ヶ所の孤児院を順番に訪れて、子どもたちに勉強を教えていた。
これは領主の娘としての慈善事業……という目的だけではなかった。彼らが大人になり、孤児院を出て働く人が増えればロッシュ領は活性化する。税金が増えることは、子爵家も潤うということだ。
それに皆がきちんとした仕事に就いて賃金が稼げるようになれば、街の犯罪が減る。アイラは長い目でみると、この活動は良い事ばかりだと考えていた。
アイラは昔から、学校の成績がトップクラスだった。周囲から『見た目だけ』の女だと思われたくなくて、毎日寝る間を惜しんで様々なことを頑張っていたからだ。勉強もマナーもダンスも刺繍も……苦手なこともあったが、何度も繰り返し練習して身に付けた。
最初はそんな理由で勉強していたのだが、アイラは学ぶことがとても楽しくなった。自分の知らないことを知るのは、世界が広がると感じたからだ。
将来子爵家を継ぐ可愛い弟の助けになればと思い、領地経営についても学んだアイラは、領民たちの中に貧困層の人たちがたくさんいることを知った。その者たちは読み書きができないため、まともな仕事に就けずに犯罪を犯す人が多い。
食事もままならず、仕方なく泥棒をする人がいるという事実を知ってアイラは衝撃を受けた。
「お父様、世の中にはパンも食べられない人がいるの?」
驚いたアイラは、領主である父親にそのことを聞きに行った。
「……ああ、そうだよ。私たちの暮らしは贅沢なんだ。それができるのは、領民たちのお陰なんだよ。だから、私たちは領民たちを守る責任がある」
「じゃあ、早くパンを皆に買ってあげて。私の分もあげていいから」
アイラのその発言に、父親は厳しい顔をして左右に首を振った。
「それはできない」
「どうしてですか! お父様ったら酷いわ」
「アイラ、物事はそんなに単純ではないんだ。一時的に食料を与えるのは容易いさ。でもそれが本当の解決になると思うかい?」
「思い……ません」
「そうだね。もちろん我が家も人道的に必要な炊き出しや、孤児院への寄付はしているよ。でもそれは解決策ではない。一人一人が生きていける力を身につけるように、学ばせたいのだがなかなか上手くいっていないのが現状なんだ」
アイラは父親の話を聞いて、自分のするべきことがわかった。アイラがしなければいけないことは、パンを与えることではなく、パンを買える人を多く作るということだ。
「お父様、失礼なこと言って申し訳ありませんでした。私の考えが足りなかったです」
「いや、アイラは賢くてとてもいい子だ。領民たちを思う気持ちを持つことはとても大事なことだよ」
「私、自分にできることをやりますわ」
そうして始めたのが、孤児院を回っての読み書きの授業だった。最初はみんな嫌がって、ろくに聞いてくれなかった。
「お嬢様に俺たちの気持ちがわかるもんか!」
おもちゃを投げつけられたりした日もあったが、アイラは負けなかった。
「ビル、待ちなさい。これが出来れば生きていけます」
「俺たちなんて何やっても無駄だよ」
「やる前から諦めているから、何も手に入らないのです」
「なんだって?」
「孤児院に居られるのは成人するまでです。それからは、自分で稼がないといけない。このまま字が読めなければ、理不尽な雇用契約を結ばれても文句は言えません。このまま字が書けなければ、役所の手続きもできません。つまりは生きていけないのです」
アイラは嘘をつかずに、正直に子どもたちにその事実を話した。
「学ぶことは、自分を守ることでもあります。私と一緒に勉強しましょう」
そうして反発を受けながらも、時間をかけてアイラは少しずつ読み書きや簡単な計算を教えていった。
「アイラ様、この教科書嫌だ。なんでこんな堅苦しい文章で書いてあるかなぁ……わかんねぇよ」
「そうよね。私がなんとかするわ」
売られている教科書は全て貴族向けのものなので、確かに難しかった。無ければ作ればいいと思い、アイラは教科書を自作した。
「これすっげーわかりやすい」
「うん、絵もあって可愛い」
「勉強する気になってきたわ」
なるべく難しい言葉を使わず、身近にあるものを題材にして教科書を作ったため子どもたちからは好評だった。
子どもたちの吸収力は素晴らしく、ちゃんと教えれば教えただけ理解してくれるのでアイラはとても充実感があった。
「アイラ様、食堂で働かせてもらえることになったんだ。メニューが読めて計算ができるなら、雇ってくれるって」
「そう、良かったわね。ビルならできるわ。頑張ってね」
「……アイラ様のおかげだよ。今度食べに来て」
「ええ、必ず行くわ」
アイラにおもちゃを投げつけていた少年のビルも、すっかりと成長した。今やそのビルは、年下の子に勉強を教える役を担ってくれている。
「そろそろ次の孤児院ね」
そのように孤児院を回っていく中で、アイラは『教える』ということの素晴らしさに気が付いた。いつか国家資格である教員試験を受けて、正式に先生になりたいなとアイラは思っていた。
しかし、この国では貴族令嬢が働くことを良しとはされていない。平民では数人いるそうだが、貴族令嬢で先生になった人は一人もいないのだ。
それにアイラは貴族を教える先生ではなく、平民たちに教える先生をしたかった。それは前途多難な道だとわかっていたが、アイラはいつか叶えたいと思っていた。
「アイラ、見つけた」
「オスカー様! 何故ここがわかったのですか」
「街のみんなが、アイラはこの孤児院にいるって教えてくれた」
最近、ロッシュ領民たちはみんなアイラの情報をオスカーに流している。それだけオスカーがみんなから気に入られているということだろう。
「うわぁ……騎士様、大きい」
「すごく強そう。かっこいい」
「ねぇねぇ、力強い?」
少年たちはやはり騎士に憧れる気持ちがあるのか、オスカーを見て目を輝かせている。逆に少女たちは身体の大きなオスカーが少し怖いのか、アイラの後ろに隠れてしまった。
「おお、強いぞ。ほら、ここに掴まりな」
オスカーはそう言って、三人の少年を片腕に掴ませるとブンと上にあげた。少年たちは足をバタバタさせて宙に浮いている。
「うわぁ、すげぇ!」
「はっはっは、こんなの朝飯前だ」
「肩車して欲しい」
「いいぞ」
いつの間にかオスカーには、たくさんの少年たちが群がっていた。
「楽しそう。わ、私もしてほしいな」
アイラのワンピースの裾をツンツンと引っ張って、まだ幼いマリーが小声でそう言ってきた。マリーの後ろにいる他の少女もそわそわしているので、本当はオスカーに近付きたいようだ。
「オスカー様、この子たちにもしてあげて貰えませんか。女の子だからほどほどにお願いします」
「おう、いいぞ。おいで」
「マリー良かったわね。みんな順番にね」
ニカッと笑ったオスカーを見て、みんな嬉しそうに飛びついた。
「きゃあっ、高い」
「初めてこんなことされたわ。楽しいっ!」
オスカーは落とさないように気をつけながら、子どもたちと遊んでくれていた。
アイラはそれを眺めながら、嬉しそうな子どもたちを見て温かいな気持ちになった。
「オスカー様は、いい父親になりそうね」
こんな人と結婚したら幸せだろうな、と素直に思ったことにアイラは自分で驚いていた。
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