【完結】いくら溺愛されても、顔がいいから結婚したいと言う男は信用できません!

大森 樹

文字の大きさ
上 下
4 / 37

3 懲りない男

しおりを挟む
「アイラ嬢、好きだ。結婚して欲しい」
「しません」

「アイラ嬢、可愛いな。結婚しよう」
「嫌です」

「アイラ、愛してる。結婚してくれないか」
「お断りします」

 アイラはオスカーに会うたびに毎回毎回、求婚されていた。日を重ねる中でいつの間にか、アイラへの敬称も勝手に取られて呼び捨てにされてしまっている。

 やめてくださいと伝えても『アイラも俺のことを呼び捨てにしたらいい』なんて意味の分からないことを言われるので、アイラはもう指摘することを諦めた。

 ちなみにアイラはもちろん、オスカーのことをしっかりと付けで呼んでいる。

 アイラは毎回求婚を断っていた。しかしオスカーは騎士団の隊長という忙しい立場でありながら、心折れることなくアイラの生家があるロッシュ領に毎日のように来ていたのだ。

 今や毎日繰り広げられるこの光景は、ロッシュ領の名物のようになってしまっている。

 オスカーが来るようになって三ヶ月ちょっと。今日はなんと五十回目の求婚だったそうだ。もちろんこれはアイラが数えたわけではなく、街の野次馬たちが面白がって一回一回記録して数えていたらしい。

「残念でしたね。今日で五十回目だったのに」
「そうか。たった五十回じゃ、アイラに気持ちが伝わってねぇってことだな」
「断られるのも仕方ありませんよ。アイラ様は、我々領民たちの姫ですからね。すぐには渡せませんよ」
「そりゃそうだな」
「でも、まだ諦めないのでしょう?」
「当たり前だ! これからが勝負だろ」
「ははは、隊長さん。いいぞ。可愛いアイラ様を手に入れるには、それくらいの気概がないといけません!」

 そんな会話が聞こえてきて、アイラは頭が痛くなった。

「……オスカー様、あなたは暇なのですか」
「いや、まあまあ忙しいな」
「なら、どうして毎日ここに来られているんですか!」
「なんでって、アイラに逢いに来てるに決まってんだろ?」

 ロッシュ領は小さいが、王都から近い場所にある。だから、王家直属騎士のオスカーが毎日通うのも無理な話ではない。だが、それでも大変なことには変わりはなかった。

「私はそんなこと頼んでいませんが」
「ははは、俺がアイラに一目でもいいから逢いたいんだよ」

 オスカーはニカッと笑い、アイラを真っ直ぐ見つめた。

「これ、美味いらしいから食べてくれ」
「あの、いつも困ります」
「まあ、いいから。食べ物に罪はないんだし、受け取ってくれ」

 オスカーはいつもアイラに何かしらプレゼントをくれる。ある日は人気のお菓子だったり、綺麗な花だったり、可愛らしい小さなアクセサリーだったり色々だ。

 毎回困ると伝えても、なんだかんだと言いくるめられて結局持って帰る羽目になってしまう。

「……ありがとうございます」
「おう。そろそろ騎士団に戻るわ」

 今日の滞在時間はたった十分ほど。そのためにわざわざここまで来ているのだ。

「お気をつけて」
「ああ! ありがとな。アイラ、愛してる」
「……」
「そろそろ俺と結婚……」
「しません!」

 アイラが食い気味に求婚を断ると、オスカーはカカカと大声で笑い「じゃあまた明日な」と手を振って去って行った。

 オスカーはロッシュ領に通う内に、いつの間に領民たちとも仲良くなっており今や街の人気者だ。

「隊長さん、この前の嵐で倒れてしまった木が邪魔なんです」
「おお、どこだ? どけてやるよ」
「隊長さん、最近酒場で暴れる男がいて困っています」
「なんだって? 俺が話をつけてやろう」
「隊長さん、屋台で新作を出そうと思ってるんだがこれとこれどっちがいいですか」
「どっちも美味いぞ。でも、強いて言うならこっちかな」

 なんて調子に、いつも人に囲まれている。アイラはこの前もお年寄りの荷物を運んだり、小さな迷子の母親を一緒に探したりしているのを見かけた。

「良い人……なのよね」

 遠巻きにオスカーを眺めながら、アイラはそう呟いた。もしオスカーがアイラの顔以外の部分を好きだと言ってくれていたら、もしかしたら今頃自分も彼を好きになっているかもしれないと思っていた。

 オスカーは基本的に誰に対しても明るくて、温かい。ガサツで豪快なところはあるが、おおらかだ。

 ロッシュ領にオスカーが通うようになってから、何故か彼の部下たちも来る機会が増えた。

「アイラ嬢、隊長は本当に優しくて強いんですよ。部下たちの面倒見もいいし」
「はぁ……」
「見た目はアイラ嬢と並ぶと月とスッポン……天使とゴリラって感じだと思いますけど」
「ゴ、ゴリラですか?」
「あ、でも! ゴリラはゴリラでもイケメンゴリラなんで、その辺は安心してください」
「……」

 アイラはオスカーのことを見た目で拒否しているわけではなかった。確かに美形ではないが、背が高く筋肉で引き締まった体は頼もしい感じがするし、漆黒の短髪と太めの凛々しい眉毛も好感を持っていた。

「隊長の実家は田舎なんですけど、なかなかの金持ちなんですよ。家族仲も良好だし、結婚しても嫁姑問題もなくて安心です! 嫡男じゃないけど、騎士団長候補って言われてるし金はありますよ」
「あの、私は別にお金の心配をしているわけではないのですが」

 本人のいない時にオスカーの財政事情を知るのはなんだか、いたたまれない。

「隊長は酒は飲むけど、煙草も博打も女もしねぇしな。金の使い道がないもんな」
「女はただもてないだけだろ! エイベルさんなんか、いつも違う綺麗な女連れてるのに」
「あはは、間違いない!」

 色んな若い騎士たちが入れ替わり立ち替わり、アイラを呼び止めて、オスカーの褒めているような貶しているような情報を教えてくれるのだ。

「実は俺たち孤児院出身で。王家の騎士団の入団時に、上層部の人たちが反対したらしいんですけど、何かあったらオスカー隊長が『全部責任取る』って言ってくれて入れたんです。本当にあの人には世話になっています」
「お恥ずかしい話ですけど、俺たち力は強かったけど読み書きすら碌にできなかったんですよ」
「それなのに……迷惑がらずに根気よく一から教えてくれました。だから幸せになって欲しいんですよね」

 数人の騎士がうんうんと頷いている。アイラはその話を聞いて、オスカーはやはり優しい人なんだと思った。

「惚れたのがアイラ嬢って聞いて『そりゃ無理でしょう』ってやめた方がいいって説得したんですけど、あの人『やる前から諦める奴がいるか』とか言うんですよ」
「エイベル様は『いや、もうすでに何度も振られてるからじゃない』ってツッコんでましたけど」

 若い騎士たちはゲラゲラと笑っている。アイラは苦笑いをしながら、その話を聞いていた。

 自分が婚約を断っていることが、騎士たちの間でそんなに噂になっていることを申し訳なく思ったからだ。

「別にいいんです。アイラ嬢が隊長を選ばなくても。あなたにも色んなご事情があるでしょうし」

 若い騎士は眉を下げて、少し寂しそうにアイラに微笑んだ。

「でもアイラ嬢には、あの人の良いところたくさん知って欲しいんです。知った上で振られるなら、隊長も諦めるしかないですしね」

 若い騎士たちはそう言ってハハハと笑い「また来ます。あ、俺たちが話したってことは隊長には内緒にしてください」と言って、手を振って帰って行った。

 初めて求婚された時と比べて、アイラはオスカーに情が湧いていた。正直に言えばまだ愛や恋という気持ちはわからないが、オスカーのことを『人間的に素敵な人』だとは思っていた。

 オスカーは八歳も年上で家格も上の男性なのに、威圧感というものがなくて話しやすい。それにあれだけ熱心にロッシュ領まで通ってくれているのをみて、心が動くのは自然な乙女心というものだろう。
 
 だが、アイラは実は『先生』になりたいという夢がある。貴族令嬢が仕事をするなんて非常識だし、ましてや結婚をしてしまえばそんなことは許されなくなる。

 貴族の妻の役割は『子を産み育てること』だ。しかし、今のところアイラは結婚したい相手もいない。なので結婚はせずに、一人で生きていきたいと思うようになっていた。

「まずは両親を説得しないとね」

 結婚は自由にしていいとは言われたが、それは『相手』を好きに選んでもいいという意味だろう。まさか結婚しないとは、きっと両親も思っていないはずだ。だから反対されるに決まっている。

「勉強、頑張らないと」

 アイラは自室に戻って、年に一度ある教員試験に向けての勉強に集中した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~

白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。 国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。 幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。 いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。 これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

悪女は愛より老後を望む

きゃる
恋愛
 ――悪女の夢は、縁側でひなたぼっこをしながらお茶をすすること!  もう何度目だろう? いろんな国や時代に転生を繰り返す私は、今は伯爵令嬢のミレディアとして生きている。でも、どの世界にいてもいつも若いうちに亡くなってしまって、老後がおくれない。その理由は、一番初めの人生のせいだ。貧乏だった私は、言葉巧みに何人もの男性を騙していた。たぶんその中の一人……もしくは全員の恨みを買ったため、転生を続けているんだと思う。生まれ変わっても心からの愛を告げられると、その夜に心臓が止まってしまうのがお約束。  だから私は今度こそ、恋愛とは縁のない生活をしようと心に決めていた。行き遅れまであと一年! 領地の片隅で、隠居生活をするのもいいわね?  そう考えて屋敷に引きこもっていたのに、ある日双子の王子の誕生を祝う舞踏会の招待状が届く。参加が義務付けられているけれど、地味な姿で壁に貼り付いているから……大丈夫よね? *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

幼馴染を溺愛する旦那様の前から、消えてあげることにします

新野乃花(大舟)
恋愛
「旦那様、幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

処理中です...