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【番外編】アーサー殿下の愛は屋烏に及ぶ
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「殿下、魔物の討伐は一瞬で終わったのですが……その……」
「確かにさっきもの凄い音がしたな。なにか問題でも起きたのか?」
王宮にまで響く『ドォーーーーン』という大きな音と共に、王都の裏にある小さな山が一つ綺麗に消え去ったと報告があったのはアーサーが書類仕事を片付けていた時だ。
近隣の街にはしっかりと防御魔法がかけられており、無害だったそうだが……あまりのスケールの大きさに報告してきた臣下たちは皆若干引いていた。
「ジュリアが山を吹き飛ばしただと?」
「はい。しかも王太子妃殿下は『力加減を間違えた』と青ざめ、新たに森をお造りになられていました」
困惑した臣下からの報告を聞いて、アーサーはジュリアが山を吹き飛ばして焦っている様子を想像して面白くなってきた。
「ふっ……ふふ、我が妻はなんと豪快なことか」
朝のもじもじしている彼女からは想像できない程の、圧倒的な魔法使いとしてのパワーだ。
「こんなことを言うのは大変失礼だとわかっていますが、私は正直少し恐ろしいです」
「恐ろしい?」
「この国は王太子妃殿下の一存で一瞬で滅びます」
そう言われて、アーサーは冷静な気持ちで『確かにそうだな』と思った。この国どころか、彼女が本気を出せば隣国までも綺麗に消せる気がしたからだ。
「ジュリアがこの国のマイナスになることをするはずがないだろう」
「それはそうなのですが」
「君の言いたいことはわかる。実に一般的な意見だ。だが、これ以上愛する妻を疑うなら私も許すことはできない」
「……っ! も、申し訳ありません。出過ぎたことを申しました」
逃げるように頭を下げて去って行った臣下を見つめながら、ふうとため息を吐いた。
強すぎる力は憧れの対象にもなるが、同時にそれは恐怖の対象にもなる。これは結婚する前からわかっていたことだ。
「さて、どうするかな」
彼女の世間の目から守るのは夫であるアーサーの役目だ。
「アーサー、すみません。力を間違えて山を吹っ飛ばしてしまいました」
「お疲れ様。かなり豪快だったそうだね?」
「三割くらいの力にしたつもりだったんですが……」
悪戯が主人にばれた犬のように、ジュリアはしょんぼりとしながらアーサーに魔物討伐の報告をしに来た。
「ありがとう、助かったよ。これで民の心配事が一つ減った。しかも新しい森を造ったんだって?」
そう伝えると、彼女は嬉しそうに顔を上げキラキラと瞳を輝かせた。
「はい! 山は平らになりましたが、緑がいっぱいの方が街の皆が喜ぶと思いまして。きっと魔物から怯えて逃げていた動物たちもすぐに戻ってきます」
アーサーは最強の魔法使いなのに子どものように素直なジュリアのことが、愛おしくもあり心配でもあった。
「そうだな。さあ、私も今日の仕事は終わりだ」
「本当ですか!?」
「ああ、少し早いがディナーにしよう」
アーサーはジュリアと一緒にご飯を食べるのがとても好きだった。なぜなら、ジュリアは本当に美味しそうに食事をとるからだ。
「美味しいです」
目を閉じてうっとりしながら味わっているジュリアを、アーサーは優しい眼差しで見つめていた。
アーサーの周りには、こんなに嬉しそうに食事をとる人はいなかったからだ。
王族として恥じないようにと幼い頃から厳しくマナーを躾けられ、好き嫌いがあっても決して顔に出さないようにと教育された。
「ジュリアと食べる食事は何でも美味しい」
「……? 美味しいのは王宮のシェフの腕が良いからですよ」
ジュリアはキョトンとした顔で、当たり前だと言わんばかりにそう返事をした。
アーサーはわかっていた。どれだけ高級な食材で、素晴らしい腕のシェフが作った料理でも一人で孤独に食べる食事がどれだけ味気ないかを。
「いや、全部ジュリアのおかげだよ」
「……私、何も作っていませんよ?」
「ふふ、私の傍に居てくれるだけでいいんだ」
アーサーが微笑むと、ジュリアは恥ずかしそうな顔をしてごくりとパンを飲み込んだ。
「確かにさっきもの凄い音がしたな。なにか問題でも起きたのか?」
王宮にまで響く『ドォーーーーン』という大きな音と共に、王都の裏にある小さな山が一つ綺麗に消え去ったと報告があったのはアーサーが書類仕事を片付けていた時だ。
近隣の街にはしっかりと防御魔法がかけられており、無害だったそうだが……あまりのスケールの大きさに報告してきた臣下たちは皆若干引いていた。
「ジュリアが山を吹き飛ばしただと?」
「はい。しかも王太子妃殿下は『力加減を間違えた』と青ざめ、新たに森をお造りになられていました」
困惑した臣下からの報告を聞いて、アーサーはジュリアが山を吹き飛ばして焦っている様子を想像して面白くなってきた。
「ふっ……ふふ、我が妻はなんと豪快なことか」
朝のもじもじしている彼女からは想像できない程の、圧倒的な魔法使いとしてのパワーだ。
「こんなことを言うのは大変失礼だとわかっていますが、私は正直少し恐ろしいです」
「恐ろしい?」
「この国は王太子妃殿下の一存で一瞬で滅びます」
そう言われて、アーサーは冷静な気持ちで『確かにそうだな』と思った。この国どころか、彼女が本気を出せば隣国までも綺麗に消せる気がしたからだ。
「ジュリアがこの国のマイナスになることをするはずがないだろう」
「それはそうなのですが」
「君の言いたいことはわかる。実に一般的な意見だ。だが、これ以上愛する妻を疑うなら私も許すことはできない」
「……っ! も、申し訳ありません。出過ぎたことを申しました」
逃げるように頭を下げて去って行った臣下を見つめながら、ふうとため息を吐いた。
強すぎる力は憧れの対象にもなるが、同時にそれは恐怖の対象にもなる。これは結婚する前からわかっていたことだ。
「さて、どうするかな」
彼女の世間の目から守るのは夫であるアーサーの役目だ。
「アーサー、すみません。力を間違えて山を吹っ飛ばしてしまいました」
「お疲れ様。かなり豪快だったそうだね?」
「三割くらいの力にしたつもりだったんですが……」
悪戯が主人にばれた犬のように、ジュリアはしょんぼりとしながらアーサーに魔物討伐の報告をしに来た。
「ありがとう、助かったよ。これで民の心配事が一つ減った。しかも新しい森を造ったんだって?」
そう伝えると、彼女は嬉しそうに顔を上げキラキラと瞳を輝かせた。
「はい! 山は平らになりましたが、緑がいっぱいの方が街の皆が喜ぶと思いまして。きっと魔物から怯えて逃げていた動物たちもすぐに戻ってきます」
アーサーは最強の魔法使いなのに子どものように素直なジュリアのことが、愛おしくもあり心配でもあった。
「そうだな。さあ、私も今日の仕事は終わりだ」
「本当ですか!?」
「ああ、少し早いがディナーにしよう」
アーサーはジュリアと一緒にご飯を食べるのがとても好きだった。なぜなら、ジュリアは本当に美味しそうに食事をとるからだ。
「美味しいです」
目を閉じてうっとりしながら味わっているジュリアを、アーサーは優しい眼差しで見つめていた。
アーサーの周りには、こんなに嬉しそうに食事をとる人はいなかったからだ。
王族として恥じないようにと幼い頃から厳しくマナーを躾けられ、好き嫌いがあっても決して顔に出さないようにと教育された。
「ジュリアと食べる食事は何でも美味しい」
「……? 美味しいのは王宮のシェフの腕が良いからですよ」
ジュリアはキョトンとした顔で、当たり前だと言わんばかりにそう返事をした。
アーサーはわかっていた。どれだけ高級な食材で、素晴らしい腕のシェフが作った料理でも一人で孤独に食べる食事がどれだけ味気ないかを。
「いや、全部ジュリアのおかげだよ」
「……私、何も作っていませんよ?」
「ふふ、私の傍に居てくれるだけでいいんだ」
アーサーが微笑むと、ジュリアは恥ずかしそうな顔をしてごくりとパンを飲み込んだ。
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