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本編

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 その声は女性のものだが、明らかに怒ったような低い声だった。部屋中が一気にビリビリと痺れるような嫌な感じに包まれた。

「誰っ!? 誰なのっ」

 ローザリンデが戸惑っていると、いきなりバサリと彼女の上にシーツが落ちてきた。

「きゃあっ!」

 悲鳴をあげた瞬間、ローザリンデはシーツごと姿を消した。アーサーは目の前で何が起こっているのかわからなかった。

 しかし、さっきいつもの記憶が飛ぶような不思議な感覚があった。

「また助けて……くれたのですか」

「……」

 姿は見えないが何かが動いた気配がすると、ベッドにパラパラと砂が落ちた。

「解毒します。すみません、攻撃は得意なのですが治癒は苦手なので殿下に実際に触れないと治せないんです。し、し、失礼します」

 身体に何かが触れたと思ったら、急に意識がはっきりして腕の傷も綺麗に塞がった。

「もう大丈夫です」

 そう言った透明の何かを、アーサーはガバリと抱き締めた。

「で、で、で、殿下! お離しください!!」

 いくら透明とはいえ、触れられた手を引き寄せれば居場所はわかる。

「嫌です。ずっとあなたにお礼が言いたかったんです……ジュリア嬢」

「ジュッ……ジュリア嬢トハドナタデスカ? ゾンジアゲマセン」

 急に片言になった透明の何かは、アーサーの腕から逃れようともぞもぞと動いた。

「隠さないで下さい。落ちている砂はラムジー子爵領でしか取れないものだと調べはついています。私が危険を回避した後は、必ずこの砂が落ちていた」

「す、砂!? ぎゃあ、本当だ。来る前に畑を耕していたからだわ」

「だからもう観念して姿を見せてください。あなたはラムジー子爵家のジュリア嬢で、魔法使いなのでしょう?」

「……はい」

 その返事を聞いてアーサーはニッと悪戯っぽく口角を上げた。

「あなたが認めてくれて良かった。砂が落ちていたのは本当ですが、調べても砂だと言われて困っていたのです」

 アーサーは学者からの調査結果を見て、ガッカリしていた。落ちていた砂ではラムジー子爵領のものだと断定できかなかったため、今までジュリアと接触することができなかったのだ。

「ええっ!? じゃあ……かまをかけたのですか」

「すみません、あなただろうとは思っていたが証拠がなかったので」

「そ、そんな……!」

 アーサーは基本的に優しく穏やかな性格だが、必要な時に手段を選ぶような男ではなかった。

「いつもどのような力を使っていたのですか?」

「……時を止めていました。私は恐らく最強の魔法使いですから」

 弱々しい声が聞こえてくると、透明の何かはあっという間に粗末なドレスを着たジュリアに姿を変えた。アーサーの腕の中で真っ赤になって俯いている。

「やっと可愛い顔を見せてくれましたね」

 アーサーはニコリと微笑み、ジュリアの頬を大きな手で包み込んだ。

「かっ、可愛いっ!? わ、わ、わ、私がですか」

「ええ、とても」

「……っ!」

 ボンッ、と音がするのではと思うほどジュリアは全身真っ赤になった。アーサーが目を細めたくすり、と笑ったその時廊下から悲鳴が聞こえた。

「きゃあっ……! 見ないで……見ないで下さいまし」

 その甲高い声は、明らかにさっき消えたローザリンデのものだった。

「あ、動揺したから転移魔法失敗しちゃった」

 ジュリアが気まずそうにそう呟いた瞬間、ドンドンドンと部屋を激しく叩く音が聞こえた。

「アーサー殿下っ! ご無事ですか?」

「ああ、無事だ。どうした?」

「殿下のお部屋の前に……その……急にローザリンデ嬢が現れまして。しかも……その……言いにくいのですが、シーツ以外……何も身につけていない状態でして」

 それを聞いたアーサーは目を大きく見開いて、ジュリアを見つめた。ジュリアはあちゃー、と頭を抱えている。

 どうやら、ローザリンデはあの状態のまま廊下に放り出されたらしい。

「私と既成事実を作ろうとしたのだろう。先ほどの舞踏会の酒を飲んだ後で、私は急に眠気がきた。ローザリンデ嬢のことと関係があるかもしれぬ。この部屋まで手引きした人間も含めて詳しく調べあげよ。こんなことが事実なら許されることではない」

「はっ!」

 アーサーは扉越しに淡々と指示を出した。

「他にもおかしな輩がいるかもしれませぬ。殿下、申し訳ありませんが部屋を調べさせて下さい」

 警備の騎士達は今にも部屋の中に入ってきそうな勢いだった。

「私は消えます」

「いや、そのままでいて下さい」

 アーサーはいきなり上着を脱ぎ捨て、ジュリアをベッドに片手で抱き寄せシーツを被せた。

「ひゃあっ!」

「しっ、黙って」

 今もドンドンドンと扉が叩かれている。

「わかった、入れ」

 アーサーが返事をしたので、警備の騎士達が沢山部屋の中に入ってきた。ジュリアは入室を許可したことに驚き、青ざめていた。

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