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本編

26 ハッピーエンドの物語

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 結婚してしばらく経ったある日。

「きゃー! これって……まさか」

 私はある本を最後まで読んで、驚いてバサリと床に落としてしまった。

 王都では今、ある恋愛小説が流行っているらしい。だから、興味本位でそれを取り寄せて読んでみたのだ。

 内容は恐ろしい鬼に無理矢理嫁がされた姫が、その明るく優しい心で接するうちに二人は仲良くなり真の夫婦になっていく……そして姫の愛で呪いを解かれた鬼が人間に戻ってハッピーエンドになるというものだ。

 そう……これは設定こそ違えど、性格や見た目がまるでエルと私のようではないか。なぜこんなものが書かれて、流行っているのか!

「クリス? どうしたんだ」
「あ、あ、あの……この小説を読んだんですけれど」

 私は恥ずかしくてプルプルと震え出した。エルはこの小説の存在を知らないのかも知れない。

「ああ! 俺とクリスが元の小説だろう? よく書けている。俺達の愛が本になるなんて最高だ」

 知ってるの!? しかも最高とか……そんな恐ろしいことをキラキラした眼で言っている。

「あなた本物の鬼にされてますよ」
「ははははは、まあ君のお陰で人間に戻れるから良いじゃないか」

 彼は呑気に笑っている。私が恥ずかしがり、彼が喜んだこの小説は人気を博して舞台化までされてしまった。

 私達はある日この舞台に招待されて、観に来ていた。ボックス席で他人からあまり見えないのを良いことに、彼は私を膝に乗せ、後ろから抱きつきながらご機嫌に舞台を観ている。私は舞台の内容も、彼の膝の上にいるのも恥ずかしくて真っ赤になって照れてしまった。

「照れてるのか? 可愛い」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられるので、観劇に集中できない。しかも舞台上のキスシーンでは、同じタイミングで彼にちゅっと唇を奪われる。

「演技は軽すぎる。俺達のキスは、いつももっと蕩けるように濃厚なのにな?」

 そんなとんでもないことを、耳元で色っぽく囁かれる。舞台の役者さんが、そんな濃厚なのするわけないではないか。

 見えにくい場所とはいえ派手にイチャついていたので、そんな仲良しっぷりを目撃した人々に『舞台より本物の二人の方が甘い』とさらに噂になってしまった。私は頭を抱えたが……確かに彼との生活は毎日が驚く程甘く幸せだ。彼が望んでくれてこれでもかと愛されている。

 ――私はふと結婚式の日のことを思い出した。

『いついかなる時も、彼を夫として慈しみ愛する事を誓いますか?』

 そう聞かれた私は、初めて会った鬼と呼ばれている恐い顔の旦那様を愛せるかわからないなと思いながら事務的に返事をした。

 ――今なら心から誓える。

『はい、一生愛します』

 エルと一緒の人生は、これからもきっと舞台や小説以上のハッピーエンドが待っているに違いないのだから。




本編END

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