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本編

11 思い上がり

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 私が袋を持ってフリーズしていることに気が付かず、エルは自分のコレクションの中から良い物を見つけたと喜んでいた。

「クリス、この服はどうだ? レースがついてて、きっと君が着たら天使みたいに可愛いと思う」

 彼はご機嫌に笑いながら、私に向けて真っ白な美しいワンピースを広げて見せてきた。そして、私が袋を見ていることを知ってポトリとワンピースを床に落とした。

「ク……ク、クリス!」

 彼は信じられない速度であっという間に袋を奪い取り、自分の後ろに隠した。

「み……み……み……見たか?」

 私がこくんと頷くと、彼は目元を片手で隠して天を仰いだ。

「すまない」
「……いえ。ちょっと量に驚いただけです」
「あー……はは。さすがに引かれると思ったから、隠していた。それも……俺の宝物で」

 なんと袋の中には私の肖像画が何枚も何枚も出てきたのだ。エルは秘密を見られて、恥ずかしいのか真っ赤になっている。ほとんど私一人だけのものだが、王都であげた結婚式の時のものだけは二人の姿が描かれていた。その絵は立派な額縁に入れられている。

「結婚式の時、描いてもらわなかったですよね? なのになんでこのようなものが?」
「実は友人にとても上手い画家がいて。動いてる人間でも描けるから……その……秘密で描いてもらっていた」
「そうなのですか。あの、もしかして結婚パーティーの時もですか?」
「あ、ああ。今描いてもらってる」

 エルは私の様子をチラリと伺いながら、申し訳なさそうにそう言った。

「完成したら見せてくださいね。少し恥ずかしいですが、家のどこかに飾りましょう」

 私がニコリと微笑むと「いいのか?」とそれはそれは嬉しそうな顔をした。

「ええ……でもエル?」
「ん?」
「本物の私がここにいるのに、絵ばかり愛でては嫌ですわ」

 私がするりと頬を撫でるとエルはボンッと音がしそうな程、さらに顔を真っ赤にさせた。

「そんな可愛すぎること言わないでくれ! ドキドキして胸が苦しくなる。俺の命がもたない」

 キュッと手で左胸をおさえながらそんなことを言っている。

「これから肖像画は大きな記念日だけ頼みましょう」
「ああ、そうだな」
「そういえば、あなただけの肖像画はないのですか?」

 私がそう質問するとエルは不思議な顔で、首を傾げた。

「俺だけ描いたものはない。そんなの誰がいるんだ」
「私が一枚欲しいのです。あなたが長期でお仕事へ行かれる時に、寂しくないように」

 私は悪戯っぽくふふ、と微笑んだ。エルは鈍い。自分は私のが欲しいくせに、私が彼のを欲しいとは考えてもいないようだった。

「俺……の……絵が欲しい?」
「ええ。変ですか」
「変じゃない! そう言ってくれて嬉しい!!でもどうしよう……せっかく君に持ってもらえるなら……その……少しでも格好良い俺の姿の絵にして欲しい」

 ワタワタと焦りだすエルが面白くてつい笑ってしまう。執事や侍女達は少し困ったように微笑みながら、彼を見守っている。

「服を買うか……いや、もう少し鍛えてから……」

 彼はまだ、ぶつぶつと本気で悩んでいるらしい。

「普段通りのエルの絵がいいです」
「え? しかし……」
「普段通りのあなたが一番格好良いと思っていますし、私は一番好きです」

 私は素直な気持ちをそのまま伝えると、エルは真っ赤になりながら大きな声で叫んでいた。

「え……ええっ? ええーーっ!!」

 混乱して言葉にならないらしい。彼は私に愛を伝えるのは平気でも、伝えられるのは弱いらしい。

「素晴らしい。奥様の方が何枚も上手ですね」
「さすがです。旦那様を完璧に乗りこなしていらっしゃいますわ」
「これで服も物も肖像画も増えなくなって、我々も安心ですね」

 使用人達のそんな声が聞こえている。どうやらみんな困っていたらしい。申し訳なかったわね。

「クリスが可愛いすぎる」

 未だ混乱中の彼のことは放っておいて、私はサクサクと片付けを進めクローゼットはスッキリした。その代わり私のクローゼットがパンパンになってしまったけど、仕方がない。今の私にサイズが合わないものは、領地内にある孤児院に寄付することになった。とても喜んでもらえたので、良いことをしたわ。

 そして、しばらくして出来上がった披露宴の絵はとても素晴らしい物だった。二人の幸せそうな様子がわかる。

「素敵ですね」
「ああ……今もクリスも最高に可愛いが、この時のドレス姿は格別に綺麗だった」

 私は絵の出来が素敵だと言ったのだが、エルは描かれた私を眺めてポーッとしている。彼は本当に私のことが好きだ。溺愛を超えて崇拝に近い気して少し心配になる。この彼を知ってしまうと、よくエルがあの冷たい態度の一年を過ごせたものだとある意味感心する。

 私が『別荘を買いたい』とか言えばすぐに『何処がいい?』と聞いてきそうだし、あのスイーツが好きだから『店ごと買い取って』と言えば明日から私はオーナーになれそうな気がする。

 もし私が金遣いの荒い女だったら、セルバンテス家がいくら裕福とはいえ破産していただろう。いや……彼の愛があればもしくは必要な分だけ稼いでくる可能性もあるのが恐ろしい。

 この家の女主人として私がしっかりしないと!
と密かに決意を固めていた。

 ――しかし今、私はどん底に落とされている。

 使用人達からも『旦那様が好きになった方が奥様のように素晴らしい方で良かったです』と持ち上げられて……知らないうちに調子に乗っていたせいかもしれない。彼に無条件に『愛されている』と思い上がっていた。

「エルベルト様、どうして最近呼んでくださらないの? 私の気持ち……ご存知のくせに」

 信じられないが、私は今エルの浮気現場を目撃している。彼は執務室の扉が開いているのに……大胆にも女性を連れ込んでいるらしい。

 彼と部下の皆さんに差し入れをと思い、急に思い立って訓練場に向かったのだ。エルは結婚パーティー以降、部下にもきちんと紹介できたし『いつ来てくれても嬉しい』と言ってくれていた。実際に何度か行った時も、とても喜んでくれていた。

 ――なのに。

 ボンキュッボンなセクシーなお姉様は、エルの胸に手を置きキスをする程近い距離で甘く囁いている。

「ここへは来るな。わかってるだろ? もう終わったんだ」

 エルは冷たく言い放った。

「まあ、酷いわ。あんな小娘より私の方がよっぽど素敵なのに」
「貴族間の結婚だ。理解してくれ」
「私はこんな仕事だし、結婚したいわけではないわ。でも結婚するからもう逢えないなんて……酷いじゃない。愛し合っていたのに」

 愛し合っていた。私は彼女のその一言にさーっと青ざめ、ガラガラと床が崩れ落ちるような感覚だった。

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