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60 祈り

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「私が両親と思うのはお父様とお母様だけです。二人の愛情のおかげで、私はこの歳まで自分の出生を疑ったことなどありませんでした。本当にありがとうございます。でも、もし実の両親のお墓があるのであれば参りたいです。あの……二人が嫌な気持ちにならなければ……」

 私は出生の真実を知ってからずっとそう考えていた。リリアンもトーマスも顔も見たことがない。正直、何の愛情もない。でも、産んでくれてありがとうと……私はちゃんと幸せですと伝えたい。

 両親は顔を見合わせ、潤んだ瞳で優しく微笑んだ。

「もちろんだ。姉上も……トーマスも喜ぶ」
「ええ。私たちが嫌な気持ちになんてなるわけないわ。是非行ってあげて」
「はい」

 みんなでそのまま墓参りに行くことになった。実はスティアート家の裏の森にお墓があるらしい。全く知らなかった。

 小さな美しいお墓が森の中に建っていた。私は彼女の名前の由来である百合の花をそっと置く。

「リリアン、トーマス……初めまして。私はリリーと言うのよ。どうやら貴方たちの娘……らしいの。ずっと来れなくてごめんなさい」

 お父様が横からそっと二人の肖像画を見せてくれた。私によく似たリリアンと、体格が良く凛々しいが優しい瞳のトーマスがそこにいた。二人はこんな顔なのね。

 ――うわ……口に出しては言えないけどトーマスってサムに雰囲気が似てるかも。こんなところでリリアンとの血の繋がりを感じるわ。

「サムによく似てるだろ」
「ゔっ……!」

 ちょうど考えていたことをお父様に言い当てられたので、焦って変な声が出た。

「リリーは姉上と趣味が似てる」
「……みたいですね」
「困ったものだ」

 私はコホンと咳払いをして気を取り直し、お墓の前に膝をついた。

「ごめんなさい。私は貴方たち二人のことを知らないから、どうしても両親とは思えないの。でも、産んでくれて感謝しています。リリアンとトーマスが愛を貫いたおかげで私が産まれて、お父様とお母様に大事に育ててもらって……可愛い弟もできたわ。それに愛する人にも巡り会えた。今、私はとても幸せよ!」

 お母様のすすり泣く声が聞こえ、お父様が肩を抱いて慰めている。アイザックとアーサーは私に寄り添ってくれている。ああ、私は本当に幸せだ。

「どうか……安らかにお眠りください。あの世でお二人で幸せに」

 私は最後に両手を重ねて深々と祈りを捧げた。

♢♢♢

 墓参りから戻り「二人で少しだけ話したい」と言われたため、私たちは自室に移動した。気持ちを伝えあってから二人きりになるのは初めてで、なんだか恥ずかしい。

「リリー本当に色んなことがあって大変な一日だったな」
「ええ、そうね」

「……」
「……」

 なんかすごく気まずい。恥ずかしい。この沈黙はどうしたらいいの?

「プロポーズ受けてくれてありがとう。信じられないくらい嬉しい」
「返事待たせてごめんね」
「リリー、愛してる」
「……私も愛しているわ」

 彼は私の頬を手で優しく包み、唇に軽いキスをした。少し顔を離して、微笑んだ後……蕩けるような熱く激しいキスを繰り返された。

「ふっ……ん……」

 苦しくて、恥ずかしくて自分から変な甘い声が漏れる。

「リリー……可愛い」

 ちゅっ……ちゅっ……

 部屋に響くリップ音が余計に私の心をゾワゾワとさせる。どうして彼はこんなにキスが上手なのか。気持ちいい……あぁ……そうだ。

 ――アイザックは他の女の子ともたくさんキスしていたからだわ。

 それを思い出すと、またムカムカしてきた。そうだ……私達は喧嘩していたのだ。しかも万年筆のこともあるし!

「アイザックはキスがとっても上手ね」

 彼は「え!? リリーにそう言われると嬉しい」と頬を染めてなんだか照れつつも嬉しそうだ。

 いや、いや。これは嫌味なんですけど!

「きっと色んな女性とキスしたんでしょうね?」
「え……?」
「他の御令嬢方とも沢山してたって聞いたわ!」
「へ? あー……いや、それは昔の話で……」
「しかも外で。みんなが見てる前でもしてたって!いやらしいわっ!」

 私はプイッとそっぽを向く。

「あの時は君を忘れようとしてたんだ。でも誰といても全然リリーを忘れられなかった。他の女性とキスしても何も感じなかったから、どうでもよくなって向こうから望まれた時だけしてた。最低だよな」
「……」
「俺が自分からキスしたいと思うのはリリーだけ。触れるだけでこんなに嬉しくて切なくドキドキするのも、リリーだけだ」

 私の胸もなんだかドキドキしてきた。

「君だけを愛してる。過去のことは本当に軽率だった。もう絶対にしない」
「……約束だからね!」
「もしかしてこのことを怒ってた?」
「ええ」
「そっか……いや、そうだったんだな」

 私が怒っているにも関わらず、アイザックはなんだか口元をだらしなく緩ませてニマニマと嬉しそうにしている。

「なんでにやけてるのよ!」
「いや、リリーが妬いてくれるなんて……正直めちゃくちゃ嬉しくて」
「へ?」
「今までは俺がどんな女の子と一緒にいても、見向きもしてくれなかったからさ」
「や、妬いてない!」
「……ふふ、そっかそっか。リリー可愛い」
「妬いてないから!」

 アイザックはずっと嬉しそうで癪に触る。私はだんだんとまた腹が立ってきた。

「あと……これ!」

 私はポケットから万年筆を出し、彼の手にバシッと置いた。それが私があげた物だとすぐに気が付き、彼は驚いて目を見開いた。

「これ……どこにあったんだ? 倒れた日に落としてしまったみたいで……何処にもなくてずっと探してたんだ」

 ――探してくれてたんだ。やっぱりクロエ様の話は嘘なのね。

の」
「そっか……落としてしまって本当にごめん。でも見つかって本当に良かった。ありがとう」

 彼は万年筆を愛おしそうに見つめ、キスをした。その仕草が恥ずかしくて直視できない。

「私の代わりに大事にするって言ってたのに、すぐに落とすなんて酷いわ」
「悪かった」
「貴方がうっかりしてたら、私もその万年筆のようにいなくなるかもね」
「ええ! ちょっ……縁起悪いこと言うな。せっかく両想いになれたのに。リリーは離さないよ。絶対に」

 アイザックはギューっと私を抱きしめた。そして万年筆ももう絶対になくさないからと言って追跡魔法までかけていた。追跡魔法は常に魔力を消費する。だから、そこまでしなくてもいい……と言ったが「俺がそうしたい」と譲らなかった。

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