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5 護身術の先生

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 家に帰ると深夜にも関わらず、みんな起きておりお母様や当時四歳のアーサーも「良かった」と泣きながら私を抱きしめた。使用人達も「よくぞご無事で」と涙ぐみながら私とお父様を迎えてくれた。

 侍女のアリスは私と一緒に買い物に行っていたこともあり「お嬢様申し訳ありませんでした。お一人にさせて怖い思いをさせてしまい……なんとお詫びしていいか。ご無事で本当によかったです」と嗚咽を漏らしながら謝っている。彼女は全身に怪我をしており、犯人に酷いことをされたのだとわかる。

「アリス、私は大丈夫よ。貴方、犯人から守ろうとしてくれたんでしょう?ありがとう。怪我を早く治してまた私の傍にいてね」
「お嬢様……っ」

 アリスは私を抱きしめてうっ、うっと泣いているので私はよしよしと背中を撫でる。

 そうしていると、目にいっぱい涙を溜めて心配そうな顔をしたアイザックがひょこっと部屋に現れた。当時のアイザックは今とは違い私と仲が良く、優しくて泣き虫で本当に可愛かったのだ。

「リリーが誘拐されたって聞いて……心配した……ひっく、ひっく」

 えぐえぐと涙を手で拭きながら私を抱きしめた。

「心配してこんな夜遅くに来てくれたの?」
「僕、心配で心配で……。父様に無理を言って連れてきてもらったんだ」

 近くに住んでいるアイザックの家族と我が家はとても仲が良いのだ。

「ありがとう。私は大丈夫だから、もう泣き止んで」
「本当に? もうどこへも行かない?」

 うっうっとまだ泣き止まずに私のワンピースの裾をギュッと掴んでいる。同じ歳だが、泣き虫で困った可愛い弟のようだ。

「行かないわ」
「リリー……好きだよ。遠くに行かないで」
「ええ、私も貴方が大事よ」

 私はアイザックを安心させようと、彼の頬にチュッと親愛のキスをした。それが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に染めて頬を両手で覆って照れている。彼は「リリーがキスしてくれたところが熱い」としばらくぽやーっとしていた。

 その後、私もアイザックも緊張と疲れからか手を繋いだまま眠ってしまった。

♢♢♢

 数日後、お父様から犯人は身代金目的だったという話と身を守るために護身術を習うように言われた。

 そして、なんとその先生はあの日助けてくれたサムだった。お礼をしたいと申し出たが、彼は頑なに断ったらしい。

 それならばと、お父様は私の護身術の先生になって欲しいと頼みその代わりに家庭教師としての賃金を支払うということに落ち着いたらしい。受け取ってみれば普通の賃金より破格の値段で、サムは恐縮しっぱなしだったらしいが、お父様の作戦勝ちだ。

 お父様! 最高です。ありがとうございます。私は心から浮かれていた。

 サムことサミュエル・シールズは私の十二歳年上の二十一歳。ちょっと年上だけど、貴族では親子ほど年の差のある婚姻も珍しくないことを私は知っている。問題なし。

 身分は子爵家の次男で、第一騎士団の若きエースらしい。エースだなんてカッコいい。しかし一番の問題は私より彼の爵位が下な上に、長男ではないということだ。私は身分など全く気にしないのだが、結婚となるとお父様は許してくれないかもしれない。
 でもきっと私が成人する頃には騎士団でさらに活躍して役職についているだろう! よし、問題なし。

 こうして幼いながらも、ませていた私はサムに恋をしていくのである。

♢♢♢

「やあ、元気そうでよかった。俺は君に護身術を教えるが……先生って呼ばれるのは慣れてないんだ。サムって呼んでくれ」
「サム! わかったわ。私のことはリリーって呼んでね」

 私は満面の笑みでそうお願いする。

「それはだめだよ。俺は雇われてるんだ。君のことはリリーお嬢様と呼ぶよ」

 お嬢様……そんな他人行儀な呼び方絶対嫌だ。

「嫌っ! リリーって呼んで」

 私は涙目になりながら、子どもの特権をフルに使い駄々をこねる。彼が困っているところにお父様がやってきて「娘の言う通りにしてやってくれ」と呼び捨てにしてもらった。

 それからは毎週一回サムは我が家に来てくれることになった。

「じゃあリリー後ろから襲われたら?」
「はい! こうします」
「うん、いいね。ちゃんとできてる」

 私がきちんとできると彼は頭を撫でてくれる。それが嬉しくて私は護身術を真面目に習得していった。

「でも実際に女の子が男に襲われたら、怖いと思う。その時は倒そうとはせず、隙を作って全速力で逃げるんだ。決して真正面から向き合ってはいけないよ」
「はい」
「リリーはいい子だな」

 彼に子ども扱いされるのは気に食わないけれど、好きだから傍に入れるだけで幸せだった。

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