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番外編 ※※君の香り
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前半は婚約前の話です。後半は結婚して一人目の子どもが産まれた頃です。
ハビエルの片想い期にはこんな夜もあったのではないか……と想像して書きました。
---------
「キャー、ハビエル殿下よ。一夜だけでもお相手してもらえないかしら」
「今夜も素敵ね。まだ婚約者は決まっていないらしいわよ」
「じゃあ、既成事実を作ればいいんじゃない? 眠らせてベッドに潜り込めば……」
「あはは、あなたって大胆ね。でも殿下はなかなかガードが固くてよ」
「王太子妃になれるなら、なんでもやるわよ」
ハビエルは御令嬢たちの吐き気がしそうな話を聞きながら、素知らぬふりをして笑顔を作っていた。自分を狙う女たちはまるで女豹のようだ。派手に着飾り、大人しく清純そうにしているが、中身は獰猛で強かだ。
彼女たちが欲しいのハビエルの心ではなく、ハビエルの『地位』でありハビエルの『見た目』なのだと冷静に理解していた。
ハビエルは十歳からずっとマルティナのことが好きだ。婚約したいが、まだマルティナの父親であるアレクシスには許されていない。
「……ハビエル殿下」
「マルティナ嬢! ど、どうしたのだ」
普段話しかけられることがないのに、今夜はマルティナが自分の元に来てくれた。それだけで胸が高鳴り、動揺して吃ってしまったことがハビエルは恥ずかしかった。
「あの……我が領地で作っているオレンジの精油が……その……とても好評なのです。最近は王妃様にも使っていただいているそうで……お礼を申し上げたく……」
「ああ、それなら知っているよ。マルティナ嬢が発案したそうだね? この前私も、風呂の湯に入れて使ってみたがとてもいい香りだったよ」
「ありがとうございます」
マルティナが作った精油があると聞き、ハビエルは発売初日にすでにそれを手に入れていた。しかし、そんなことは流石にマルティナには言えない。
入浴時にはいつもそれを垂らして使っている。爽やかな良い香りで、ハビエルはとても気に入っていた。
「……」
マルティナはそれ以上話さなくなった。ハビエルはマルティナが、急になぜ自分に話しかけてきたのかよくわからなかった。
しかし、しばらくするとその理由に気がついた。御令嬢方がまだハビエルにどうやって近付くかの話を続けており、その酷い話が聞こえないようにマルティナは大きな声で話しかけてくれているのだとわかったのだ。
「我が領地はオレンジがたくさんとれるので、それを利用しました。オレンジも傷がついた物を利用しているので、ロスを減らせます」
「そうか。それは素晴らしいことだ。もしかしたら、他の領地の花や果物でも精油ができるかもしれないね」
「はい! そうなれば、隣国にエブラム王国の特産品として精油を輸出できるかもしれませんわ」
「そうだね。いい意見をありがとう」
ハビエルがニコリと微笑むと、マルティナはホッとした顔をした。そしてチラチラと御令嬢方がいた場所に視線を送りいないことを確かめた。
「お話を聞いていただきありがとうございました。では、失礼致します」
「マルティナ嬢、あの……」
「はい」
「そ、そろそろ精油がなくなるんだ。使いたいから買わせてくれないか?」
まだ話したくてそう伝えると、マルティナは嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「もちろんです。すぐに贈らせていただきますわ」
「いや、それは悪いから買わせてくれ」
「いいのです。殿下に使っていただく方が嬉しいですから」
ニコリと笑って、では……とその場を去っていった。
「……可愛い」
ハビエルはついそんなことを呟いてしまい、慌てて口を押さえた。周囲の人間には聞こえていなかったようで、ほっと息をため息をついた。
その後もたくさんの御令嬢に囲まれたが、ハビエルが隙をみせるはずもなくその場をのらりくらりと切り抜けた。
「湯浴みの準備ができました」
「ありがとう。だが、もう一人でできる。下がってくれ」
「承知致しました」
舞踏会が終わり、ハビエルは疲れを取るために風呂に入ることにした。
「ふぅ、疲れた」
熱い湯に浸かると、少しだけ身体が楽になる気がした。
いつものことではあるが、好きではない御令嬢たちの相手をするのは疲れる。王太子という立場なので、高位貴族の御令嬢たちを無碍にはできない。
十八歳になったハビエルは、結婚適齢期だがまだ婚約者がいない。それがみんなわかっているからこそ、年頃の御令嬢方からのアピールが止むことはないのだ。
しかし、マルティナ以外を婚約者にすることなどハビエルは考えられなかった。
「……早く認めてもらえるように頑張らないとな」
少しナーバスになった気分を変えるためにハビエルは、湯にマルティナが作った精油を数滴垂らした。
その瞬間に、オレンジの爽やかな香りが浴槽を包んでいく。その香りは、マルティナが動くたびにふわりと香るものだった。
『ハビエル殿下』
その香りを嗅いだことがきっかけで、マルティナがニコリと目を細めて笑った顔と、ハビエルの名前を呼ぶ優しい声が鮮明に思い出された。
男の身体は正直なもので……大好きなマルティナを頭に浮かべただけで、下腹部にじんわりと熱がこもってきてしまった。
「マルティナ……マルティナ……」
愛する人の名前を呼びながら、昂りを手でゆるゆると擦ると段々と息が荒くなっていく。
『ハビエル殿下、気持ちいいですか?』
「ああ……いい……」
『なら、もっとしてさしあげますね』
これがもしマルティナの手だったら……なんてことを想像すると、手を動かすスピードが上がっていく。そして、そのスピードと比例して快感も増していった。
「ああ、もう……だめだ」
『いいですよ』
「マルティナ……マルティナっ! うゔっ……」
そのまま勢いよく果てて、手にはべっとりと自分の欲望の跡が残った。
「はぁ……はぁ……」
さっきまであれほど気持ち良かったはずなのに、急に頭が冷めて清廉なマルティナを、醜い欲に塗れた自分が汚したような罪悪感が襲ってくる。
自分が汚い存在に思えて、悪事の証拠を消すようにシャワーのお湯で全てを洗い流した。
「私はどうしようもない男だな」
どれだけ取り繕おうとも、愛する女の前ではハビエルは年相応の男だった。自分に都合の良い妄想もするし、見たこともない彼女の霰もない姿を思い描いたりもする。
「絶対に知られないようにしないと」
彼女が作った精油をこんな使い方をしていると知られたら、軽蔑されるに違いない。マルティナが冷たい目で見てきたら、たぶんハビエルは王太子の公務などできないくらいダメージを受けるに決まっている。
「しっかりしないとな」
「ハビエル、ペドロサ公爵家からオレンジの精油が献上されたぞ。この前、お前が使っているとマルティナ嬢が聞いたからと書いてあった」
「……そうですか」
「お前、この前精油を仕入れていなかったか?」
「さて、何のことでしょう」
父親である国王にそう聞かれたが、ハビエルはしらばっくれた。
「ふっ、早くペドロサ公爵に認められることだ」
「……はい」
「香りは、一番その人を思い出すから毎晩辛かろう?」
くっくっくと笑いを噛み殺している父親を、ハビエルはギロリと睨みつけた。
「お前も年頃だ。必要なら秘密裏に解消もできるが?」
「いりません」
「はっはっは、そう言うと思ったぞ。頑張って仕事や勉強に励め」
「……はい。失礼します」
色々とばれている気がして、ハビエルはいたたまれなくなった。ハビエルがどれだけマルティナを好きかは、父親が一番よくわかっている。それを知りながら、面白がっているのだ。
「絶対に今年中に婚約を結んでやる!」
ハビエルはそう決意して、本当にその年にはマルティナと正式な婚約ができた。
♢♢♢
「懐かしい香りだね」
「ええ。落ち着いたので、また使用しようかと思いまして」
「ああ、いい香りだ。婚約した頃を思い出すね」
マルティナの作った精油は、今でも人気の商品だ。しかし、マルティナは妊娠した時に匂いのあるものは気持ち悪い時期がありいつの間にか使用をやめていたのだ。
「なんだか、甘酸っぱい気持ちになるな」
「え?」
「この香りでいつもティーナを思い出していたから」
「そうなのですか?」
「ああ。まだ片想いの頃にね」
「まあ、ハビにもそんな可愛らしい時期があったのですね」
くすくすと笑っているマルティナを見て、ハビエルは苦笑いをした。
これは、マルティナが思い描いているような爽やかで綺麗な話ではないからだ。しかし、ハビエルはマルティナに全てを白状するつもりはない。
「あの時は、好きなのに君に触れられなくて辛かった」
「私はあなたに好かれているだなんて、微塵も思っていませんでしたから」
「ダンスに誘ったり、話しかけたり頑張ってアピールしていたんだけどな」
「す、すみません」
申し訳なさそうなマルティナの首に、ちゅっとキスを落とした。
「いいよ。今、こうして一緒にいられるのだから」
「ひやっ……は、はい。そうですね」
「あの時の分まで、ティーナを愛したいな」
甘えるようにそう伝えると、マルティナは頬を染めてこくんと頷いてくれた。
「ああっ……ふっ……ちょっと……待っ……」
「待たないよ。まだまだ足りないから」
「んんっ……! 最初から激し……」
「それは、ティーナが可愛すぎるせいだ」
ハビエルは自分がいつもより興奮していることには気が付いていた。
マルティナの足の間に顔を埋め、丁寧に舐めると彼女から甘い声が漏れた。
「あっ……だ、だめです」
「気持ちよくない?」
「……い、いいです……けど……」
「なら、良かった」
じゅるじゅるとわざと音を立てると、さらにマルティナの身体が震えた。
「やぁ……そこ……ばっかり……だめ……」
「そうだね。ここばかりじゃ嫌だよね」
ハビエルは色っぽくフッと笑った。しかしまたすぐに舐めはじめて、そのまま手を伸ばしてツンと尖った胸の先端を指で摘んだ。
「ああっ!」
同時に二箇所を可愛がられて、マルティナは強い快感で頭が真っ白になりそうだった。
「蜜が溢れて、もう舐めきれないな」
「あっ……やぁっ……」
「これだけ潤っていたら大丈夫そうだな」
マルティナにそっと指を当てると、するんと抵抗なく入っていった。それを見て、ハビエルはニッと口角を上げた。そのまま下着をずらすと、ぶるんと勢いよく昂りが飛び出してきた。
「触って欲しい」
「……はい」
「ああ……ティーナ、気持ちいいよ」
「すごい。おおき……」
マルティナは頬を染め恥ずかしそうにしながらも、細い指でゆるゆると動かしハビエルのモノをさらに昂らせてくれた。
あの時想像していたよりも、何倍もマルティナは綺麗で可愛くて色っぽかった。
「愛してる」
我慢できなくなったハビエルは、ズプリと奥まで一気に挿れた。マルティナは、気持ちが良くてビクッと身体が揺れた。
「くっ、そんなに締めたらすぐに出てしまう」
「あっ……ああっ……」
「ゔっ、ティーナの中……すごい」
ハビエルは、マルティナの細い腰を持ち何度も激しく突き続けた。
「ああ、ティーナ好きだ」
「んっ、んっ……私も……ハビのこと……好き」
あの頃のハビエルは、一人でマルティナを想像して自分を慰めていた。婚約者になる前は、エスコートすらも任させることはなく手すら繋げなかった。
しかし今はこうして自分の力でマルティナに快感を与えることもできるし、二人で気持ちよくなることもできる。
「愛して……ます」
「私も愛しているよ」
ハビエルはマルティナにキスをしながら、そのまま一緒に果てた。
呼吸を整えながらぎゅっとマルティナを抱き締めると、オレンジのいい香りがふわりと漂ってきた。
あの頃乙女だったマルティナは、ハビエルの腕の中でとても美しい大人の女性になっている。そう彼女を変えたのは、自分なのだ。ハビエルはそれがとても嬉しかった。
「あの頃の自分に見せてやりたいものだ」
「……ん? 何をですか」
「こんなに幸せが待ってるから頑張れって」
ハビエルは目を細めて微笑み、マルティナの頬を撫でた。
「いや、しかし……あの時の自分に今のティーナを見せたら危ないな」
「危ない?」
「こんな素敵な君を見たら、我慢できずにすぐに襲いかかるに決まってる。あの時の自分は飢えた狼だったからな」
ハビエルが気まずそうにそんなことを言うので、マルティナはくすりと笑った。
「そうですか? あの時のハビはとても紳士でしたよ。こんないやらしい手をしてませんでしたし」
胸に纏わりついているハビエルの手を、マルティナは軽くつねった。
「いててて。それはティーナの前では、紳士ぶってただけだ」
「そうでしたか。騙されましたわ」
「上手く騙せてよかったよ」
ハビエルは、悪戯っぽく微笑んだ。
「……申し訳ないけど、私はティーナの前では一生紳士ではいられそうにないよ」
そう言って、ハビエルはまたマルティナの胸に手を伸ばした。
「まあ、困った人だわ」
マルティナは呆れたような声を出しながらも、嬉しそうに微笑んでいた。
END
-----
恋愛小説大賞、たくさんの方々に応援していただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていたら、嬉しいです。
最後までお読みいただき感謝します。
ハビエルの片想い期にはこんな夜もあったのではないか……と想像して書きました。
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「キャー、ハビエル殿下よ。一夜だけでもお相手してもらえないかしら」
「今夜も素敵ね。まだ婚約者は決まっていないらしいわよ」
「じゃあ、既成事実を作ればいいんじゃない? 眠らせてベッドに潜り込めば……」
「あはは、あなたって大胆ね。でも殿下はなかなかガードが固くてよ」
「王太子妃になれるなら、なんでもやるわよ」
ハビエルは御令嬢たちの吐き気がしそうな話を聞きながら、素知らぬふりをして笑顔を作っていた。自分を狙う女たちはまるで女豹のようだ。派手に着飾り、大人しく清純そうにしているが、中身は獰猛で強かだ。
彼女たちが欲しいのハビエルの心ではなく、ハビエルの『地位』でありハビエルの『見た目』なのだと冷静に理解していた。
ハビエルは十歳からずっとマルティナのことが好きだ。婚約したいが、まだマルティナの父親であるアレクシスには許されていない。
「……ハビエル殿下」
「マルティナ嬢! ど、どうしたのだ」
普段話しかけられることがないのに、今夜はマルティナが自分の元に来てくれた。それだけで胸が高鳴り、動揺して吃ってしまったことがハビエルは恥ずかしかった。
「あの……我が領地で作っているオレンジの精油が……その……とても好評なのです。最近は王妃様にも使っていただいているそうで……お礼を申し上げたく……」
「ああ、それなら知っているよ。マルティナ嬢が発案したそうだね? この前私も、風呂の湯に入れて使ってみたがとてもいい香りだったよ」
「ありがとうございます」
マルティナが作った精油があると聞き、ハビエルは発売初日にすでにそれを手に入れていた。しかし、そんなことは流石にマルティナには言えない。
入浴時にはいつもそれを垂らして使っている。爽やかな良い香りで、ハビエルはとても気に入っていた。
「……」
マルティナはそれ以上話さなくなった。ハビエルはマルティナが、急になぜ自分に話しかけてきたのかよくわからなかった。
しかし、しばらくするとその理由に気がついた。御令嬢方がまだハビエルにどうやって近付くかの話を続けており、その酷い話が聞こえないようにマルティナは大きな声で話しかけてくれているのだとわかったのだ。
「我が領地はオレンジがたくさんとれるので、それを利用しました。オレンジも傷がついた物を利用しているので、ロスを減らせます」
「そうか。それは素晴らしいことだ。もしかしたら、他の領地の花や果物でも精油ができるかもしれないね」
「はい! そうなれば、隣国にエブラム王国の特産品として精油を輸出できるかもしれませんわ」
「そうだね。いい意見をありがとう」
ハビエルがニコリと微笑むと、マルティナはホッとした顔をした。そしてチラチラと御令嬢方がいた場所に視線を送りいないことを確かめた。
「お話を聞いていただきありがとうございました。では、失礼致します」
「マルティナ嬢、あの……」
「はい」
「そ、そろそろ精油がなくなるんだ。使いたいから買わせてくれないか?」
まだ話したくてそう伝えると、マルティナは嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「もちろんです。すぐに贈らせていただきますわ」
「いや、それは悪いから買わせてくれ」
「いいのです。殿下に使っていただく方が嬉しいですから」
ニコリと笑って、では……とその場を去っていった。
「……可愛い」
ハビエルはついそんなことを呟いてしまい、慌てて口を押さえた。周囲の人間には聞こえていなかったようで、ほっと息をため息をついた。
その後もたくさんの御令嬢に囲まれたが、ハビエルが隙をみせるはずもなくその場をのらりくらりと切り抜けた。
「湯浴みの準備ができました」
「ありがとう。だが、もう一人でできる。下がってくれ」
「承知致しました」
舞踏会が終わり、ハビエルは疲れを取るために風呂に入ることにした。
「ふぅ、疲れた」
熱い湯に浸かると、少しだけ身体が楽になる気がした。
いつものことではあるが、好きではない御令嬢たちの相手をするのは疲れる。王太子という立場なので、高位貴族の御令嬢たちを無碍にはできない。
十八歳になったハビエルは、結婚適齢期だがまだ婚約者がいない。それがみんなわかっているからこそ、年頃の御令嬢方からのアピールが止むことはないのだ。
しかし、マルティナ以外を婚約者にすることなどハビエルは考えられなかった。
「……早く認めてもらえるように頑張らないとな」
少しナーバスになった気分を変えるためにハビエルは、湯にマルティナが作った精油を数滴垂らした。
その瞬間に、オレンジの爽やかな香りが浴槽を包んでいく。その香りは、マルティナが動くたびにふわりと香るものだった。
『ハビエル殿下』
その香りを嗅いだことがきっかけで、マルティナがニコリと目を細めて笑った顔と、ハビエルの名前を呼ぶ優しい声が鮮明に思い出された。
男の身体は正直なもので……大好きなマルティナを頭に浮かべただけで、下腹部にじんわりと熱がこもってきてしまった。
「マルティナ……マルティナ……」
愛する人の名前を呼びながら、昂りを手でゆるゆると擦ると段々と息が荒くなっていく。
『ハビエル殿下、気持ちいいですか?』
「ああ……いい……」
『なら、もっとしてさしあげますね』
これがもしマルティナの手だったら……なんてことを想像すると、手を動かすスピードが上がっていく。そして、そのスピードと比例して快感も増していった。
「ああ、もう……だめだ」
『いいですよ』
「マルティナ……マルティナっ! うゔっ……」
そのまま勢いよく果てて、手にはべっとりと自分の欲望の跡が残った。
「はぁ……はぁ……」
さっきまであれほど気持ち良かったはずなのに、急に頭が冷めて清廉なマルティナを、醜い欲に塗れた自分が汚したような罪悪感が襲ってくる。
自分が汚い存在に思えて、悪事の証拠を消すようにシャワーのお湯で全てを洗い流した。
「私はどうしようもない男だな」
どれだけ取り繕おうとも、愛する女の前ではハビエルは年相応の男だった。自分に都合の良い妄想もするし、見たこともない彼女の霰もない姿を思い描いたりもする。
「絶対に知られないようにしないと」
彼女が作った精油をこんな使い方をしていると知られたら、軽蔑されるに違いない。マルティナが冷たい目で見てきたら、たぶんハビエルは王太子の公務などできないくらいダメージを受けるに決まっている。
「しっかりしないとな」
「ハビエル、ペドロサ公爵家からオレンジの精油が献上されたぞ。この前、お前が使っているとマルティナ嬢が聞いたからと書いてあった」
「……そうですか」
「お前、この前精油を仕入れていなかったか?」
「さて、何のことでしょう」
父親である国王にそう聞かれたが、ハビエルはしらばっくれた。
「ふっ、早くペドロサ公爵に認められることだ」
「……はい」
「香りは、一番その人を思い出すから毎晩辛かろう?」
くっくっくと笑いを噛み殺している父親を、ハビエルはギロリと睨みつけた。
「お前も年頃だ。必要なら秘密裏に解消もできるが?」
「いりません」
「はっはっは、そう言うと思ったぞ。頑張って仕事や勉強に励め」
「……はい。失礼します」
色々とばれている気がして、ハビエルはいたたまれなくなった。ハビエルがどれだけマルティナを好きかは、父親が一番よくわかっている。それを知りながら、面白がっているのだ。
「絶対に今年中に婚約を結んでやる!」
ハビエルはそう決意して、本当にその年にはマルティナと正式な婚約ができた。
♢♢♢
「懐かしい香りだね」
「ええ。落ち着いたので、また使用しようかと思いまして」
「ああ、いい香りだ。婚約した頃を思い出すね」
マルティナの作った精油は、今でも人気の商品だ。しかし、マルティナは妊娠した時に匂いのあるものは気持ち悪い時期がありいつの間にか使用をやめていたのだ。
「なんだか、甘酸っぱい気持ちになるな」
「え?」
「この香りでいつもティーナを思い出していたから」
「そうなのですか?」
「ああ。まだ片想いの頃にね」
「まあ、ハビにもそんな可愛らしい時期があったのですね」
くすくすと笑っているマルティナを見て、ハビエルは苦笑いをした。
これは、マルティナが思い描いているような爽やかで綺麗な話ではないからだ。しかし、ハビエルはマルティナに全てを白状するつもりはない。
「あの時は、好きなのに君に触れられなくて辛かった」
「私はあなたに好かれているだなんて、微塵も思っていませんでしたから」
「ダンスに誘ったり、話しかけたり頑張ってアピールしていたんだけどな」
「す、すみません」
申し訳なさそうなマルティナの首に、ちゅっとキスを落とした。
「いいよ。今、こうして一緒にいられるのだから」
「ひやっ……は、はい。そうですね」
「あの時の分まで、ティーナを愛したいな」
甘えるようにそう伝えると、マルティナは頬を染めてこくんと頷いてくれた。
「ああっ……ふっ……ちょっと……待っ……」
「待たないよ。まだまだ足りないから」
「んんっ……! 最初から激し……」
「それは、ティーナが可愛すぎるせいだ」
ハビエルは自分がいつもより興奮していることには気が付いていた。
マルティナの足の間に顔を埋め、丁寧に舐めると彼女から甘い声が漏れた。
「あっ……だ、だめです」
「気持ちよくない?」
「……い、いいです……けど……」
「なら、良かった」
じゅるじゅるとわざと音を立てると、さらにマルティナの身体が震えた。
「やぁ……そこ……ばっかり……だめ……」
「そうだね。ここばかりじゃ嫌だよね」
ハビエルは色っぽくフッと笑った。しかしまたすぐに舐めはじめて、そのまま手を伸ばしてツンと尖った胸の先端を指で摘んだ。
「ああっ!」
同時に二箇所を可愛がられて、マルティナは強い快感で頭が真っ白になりそうだった。
「蜜が溢れて、もう舐めきれないな」
「あっ……やぁっ……」
「これだけ潤っていたら大丈夫そうだな」
マルティナにそっと指を当てると、するんと抵抗なく入っていった。それを見て、ハビエルはニッと口角を上げた。そのまま下着をずらすと、ぶるんと勢いよく昂りが飛び出してきた。
「触って欲しい」
「……はい」
「ああ……ティーナ、気持ちいいよ」
「すごい。おおき……」
マルティナは頬を染め恥ずかしそうにしながらも、細い指でゆるゆると動かしハビエルのモノをさらに昂らせてくれた。
あの時想像していたよりも、何倍もマルティナは綺麗で可愛くて色っぽかった。
「愛してる」
我慢できなくなったハビエルは、ズプリと奥まで一気に挿れた。マルティナは、気持ちが良くてビクッと身体が揺れた。
「くっ、そんなに締めたらすぐに出てしまう」
「あっ……ああっ……」
「ゔっ、ティーナの中……すごい」
ハビエルは、マルティナの細い腰を持ち何度も激しく突き続けた。
「ああ、ティーナ好きだ」
「んっ、んっ……私も……ハビのこと……好き」
あの頃のハビエルは、一人でマルティナを想像して自分を慰めていた。婚約者になる前は、エスコートすらも任させることはなく手すら繋げなかった。
しかし今はこうして自分の力でマルティナに快感を与えることもできるし、二人で気持ちよくなることもできる。
「愛して……ます」
「私も愛しているよ」
ハビエルはマルティナにキスをしながら、そのまま一緒に果てた。
呼吸を整えながらぎゅっとマルティナを抱き締めると、オレンジのいい香りがふわりと漂ってきた。
あの頃乙女だったマルティナは、ハビエルの腕の中でとても美しい大人の女性になっている。そう彼女を変えたのは、自分なのだ。ハビエルはそれがとても嬉しかった。
「あの頃の自分に見せてやりたいものだ」
「……ん? 何をですか」
「こんなに幸せが待ってるから頑張れって」
ハビエルは目を細めて微笑み、マルティナの頬を撫でた。
「いや、しかし……あの時の自分に今のティーナを見せたら危ないな」
「危ない?」
「こんな素敵な君を見たら、我慢できずにすぐに襲いかかるに決まってる。あの時の自分は飢えた狼だったからな」
ハビエルが気まずそうにそんなことを言うので、マルティナはくすりと笑った。
「そうですか? あの時のハビはとても紳士でしたよ。こんないやらしい手をしてませんでしたし」
胸に纏わりついているハビエルの手を、マルティナは軽くつねった。
「いててて。それはティーナの前では、紳士ぶってただけだ」
「そうでしたか。騙されましたわ」
「上手く騙せてよかったよ」
ハビエルは、悪戯っぽく微笑んだ。
「……申し訳ないけど、私はティーナの前では一生紳士ではいられそうにないよ」
そう言って、ハビエルはまたマルティナの胸に手を伸ばした。
「まあ、困った人だわ」
マルティナは呆れたような声を出しながらも、嬉しそうに微笑んでいた。
END
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恋愛小説大賞、たくさんの方々に応援していただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていたら、嬉しいです。
最後までお読みいただき感謝します。
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ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
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とても素敵なハラハラドキドキ物語でこれを恋愛と呼ばず何と言う!と言う勢いで投票してきました!
楽しんで読んでいただきありがとうございます!
しかも投票までしていただけて、応援とっても嬉しいです✨
昨日から、番外編も載せていますのでよろしければそちらもご覧ください(o^^o)
楽しんで読んでいただき、ありがとうございます!
私もドロドロしたり、酷いざまぁは苦手なのでこのような話になりました。ヒロインにはやっぱり幸せになってもらいたいので。
感想とても嬉しかったです(^^)
ハビエル視点をニマニマしながら読んでいただけで、とても嬉しいです。私もニマニマしながら書いていました。
最後までお読みいただき、感想まで書いていただいてありがとうございました✨