上 下
18 / 23

18 ※憧れの夫婦

しおりを挟む
「今日正式に処分が下り、滞りなく手続きは終わりました」
「クラレンス、ご苦労だったな。感謝する」
「いえ」
「ペドロサ公爵も、ご協力ありがとうございました」
「なに、大事な娘のためだ。マルティナはこのことは、何も気が付いていないから安心して欲しい」
「はい、ありがとうございした」

 バルバストル伯爵家は税金を長年誤魔化していたことが判明し、それは王家への謀反だと判断された。

 最終的に伯爵家は取り潰した上に、領地と財産は没収。平民にした上で、国外追放の厳しい処分になった。

 王太子妃毒殺の件は、色々な影響を考えて公にはされずに闇に葬られた。もちろんハビエルは父親である国王にこの件も報告していたので、脱税でこれだけ厳しい処分に決まったのだ。

「ハビエル殿下。この度は娘を救ってくださり、ありがとうございました」

 ペドロサ公爵は襟を正し、最敬礼をしてハビエルに頭を下げた。

「やめてください。私は、あなたにマルティナを『守る』と宣言して妻にもらったのですが、当然です。それに私と結婚したからこそ、こんな事件に巻き込まれたのですから」
「ならば……手放しますか? 我が家はいつでも歓迎しますが」

 意地悪くニヤリと笑ったペドロサ公爵に、ハビエルはとても嫌そうな顔をした。

「手放すなんていう選択肢はありません。一生あり得ないから安心してください」
「そうですか。また愛娘と暮らせるかと思ったのに残念です。では、そろそろ私は失礼しますね」

 ハハハと笑って去って行ったペドロサ公爵は、やはり食えない男だ。ハビエルはマルティナの婚約者として認めてもらうまで、何度この男に『娘に相応しくない』と無碍に追い払われたかわからない。

「相変わらずだな」
「ハビエル、大変な義父を持ったな」
「そうだな。臣下としては、頼もしいんだがな」
「全くその通りだ」

 クラレンスと顔を見合わせて、苦笑いをした。何はともあれ、無事にマルティナを守ることができてハビエルは一安心だった。

♢♢♢

 この一見爽やかだが実はなかなか腹黒いハビエルは、のちにエブラム国王として即位し王妃マルティナと共に国をさらに発展させていくことになる。

 国民を思い、臣下を大切にする彼は賢王と呼ばれていたが……マルティナに危害を加える者だけには、相変わらず容赦がなかった。

 マルティナは、ペドロサ公爵領での経験を活かして貧困層への教育支援に尽力し、平民全員が無償で義務教育を受けられるようになった。

『莫大な費用をどうするのか』
『平民に教育をさせるなんて意味がない』

 反対意見も多数あったがマルティナは長期的にみた時にメリットしかないことを説明し、ペドロサ公爵領での成果も交えてプレゼンテーションをして国の上層部を納得させた。

 ハビエルが力を貸さなくとも、マルティナは一人でそれをやり遂げた。

 そのプロジェクトも二十年経過した今、犯罪も減り働き手も増えて国は益々豊かになった。今やマルティナは、エブラム王国の『女神』だなんて言われている。

「ティーナは女神なんだけどな」

 国民に認められているのは、ものすごく誇らしい。だが、日に日にマルティナが人気になっていくのを、ハビエルは複雑な気持ちでみていた。

「何言ってるんだよ。王妃のおかげで臣下や国民の王家への忠誠心も確固たるものになって、安泰なんじゃないか」
「……それはわかっている。ティーナには感謝しかない」
「お前もエブラム王国建国以来、一番素晴らしい王だと言われてるんだ。似合いの夫婦で、いいじゃないか」

 クラレンスに『似合いの夫婦』と言われて嬉しいのが、ハビエルはまんざらでもない顔をした。

「似合っているのは当然だ。ティーナの素晴らしさを世の中に知らしめたいが、ティーナを好きになる輩がこれ以上増えてほしくないんだっ! この相反した気持ち……私はどうすればいいんだ」

 ハビエルは頭をぐしゃぐしゃにかきむしりながら、叫んでいる。

「もう結婚して二十年も経つのに、よくそんなに王妃のことが好きだよな」
「大好きに決まっているだろう。何年経ってもティーナは可愛い。昨日のティーナより、今日のティーナはさらに可愛いんだ」
「……はいはい」

 クラレンスは、呆れたように適当に相槌を打った。

 ハビエルとマルティナは、ずっと仲睦まじく暮らしている。たまに喧嘩をしている時もあるが、それは大抵マルティナが『自分以外の男に優しくしてた』とか『可愛い顔で笑いかけてた』とかいうハビエルのしょうもないやきもちが原因だ。

 しかしその喧嘩も、一晩経てば関係が直っている。翌朝マルティナはぐったりしていて、ハビエルは艶々しているのを見ると……まあ、つまりはそういうことなのだろう。

「我が国は平和だな」

 他国では正妃と側室の血みどろの争いがあったり、国王が若い女にいれあげて税金を使いまくるなんて話も珍しくない。

 しかし、エブラム王国ではそんな心配は全くなかった。ハビエルはマルティナだけを、ずっと愛しているからである。

 二人は三人の子どもを授かっており、皆すくすくと優秀に育っている。なので、エブラム王国はしばらく安泰だと言われている。

♢♢♢

「ティーナが足りないっ! もっと一緒にいたいのに、お互いこの忙しさはなんなんだ」

 寝室で、ハビエルがそんなことを言い出した。最近は二人とも公務が忙しくて、夜の僅かな時間しか話すことができていなかった。どうやらハビエルは、我慢の限界らしい。

 後ろからぎゅうぎゅうと抱き締め、ハビエルはマルティナの首筋に顔を埋めた。

「子どもたちより、あなたの方が甘えん坊ですね」

 マルティナにそんなことを言われて、ハビエルはムッと唇を尖らせた。

「……やっと二人きりに戻れたんだ。いいだろう?」
「ええ」

 最近末の子どもが一人で眠れる年齢になったので、部屋を分けたのだ。なので、完全に二人きりの寝室は久しぶりだった。

「子たちは皆可愛いが、一番可愛いのはティーナだからね」

 ハビエルはマルティナをゆっくりと、ベッドに押し倒した。

「今夜からは、いっぱい大きな声が出せるよ」
「……馬鹿」

 真っ赤に頬を染めているマルティナを見下ろしながら、ハビエルは目を細めた。もう子どももいるのに、こういう時に毎回照れるマルティナが、愛おしくて堪らなかった。

 四十歳に差し掛かったハビエルは、結婚した時よりも深みのある魅力的な男になっている。そして、日に日にハビエルの色気が増しているのでマルティナは困ってしまう。

「我慢して耐えている君も魅力的だが、やはり可愛い声を聴きたいんだ」

 ニッと口角を上げたハビエルは、マルティナに深い口づけをした。

「あんっ……ふっ……」
「やっぱりいい声だね。もっと聴かせて?」

 ハビエルはマルティナの美しい胸を長い指で包み込み、ツンと硬くなった先端をペロリと舐めた。

「……んんっ!」
「ティーナは、昔からここ好きだよね。いっぱい気持ちよくなって」

 焦らすようにねっとりと何度も舐められた後に、じゅっと強めに吸われるとマルティナの身体がビクッと跳ねた。

「あっ……ああっ……!」
「胸だけで上手にイケたね。可愛い」

 マルティナはトロンとした顔で「はぁはぁ」と息を整えていた。その姿がとても色っぽくて、ハビエルはごくりと唾を飲み込んだ。

「すごいな。もうとろとろだ」

 ハビエルはぐっしょりと濡れた秘部に、そのまま顔を埋めて舌を這わせた。

「だめぇ……もう少し待っ……んんっ……!」
「待たない。もっともっと愛させて」
「ああんっ!」
「いい声だ。ずっと聴いていたいな」

 それからハビエルは宣言通りじっくり丁寧に全身を愛し続け、マルティナは声が掠れるほど一晩中鳴く羽目になった。








「ティーナ。そろそろ抜け出して街でデート……いや、街の視察をしよう」

 ハビエルは翌朝ベッドで片肘をつきながら、マルティナにそう切り出した。

 彼等はお互い変化ができるので、姿を隠してお忍びのデートができた。ちなみにハビエルが変化魔法を使えるのは未だに王族のごく一部の人間とマルティナだけの秘密だ。

「まあ、悪い人ね」
「視察だ。だから、ちゃんとした仕事だよ」

 パチンとウィンクをするハビエルは年齢を重ねた今でも美しく、マルティナの永遠の『王子様』だ。実際は……もう王様なのだが。

「これは私達だけの秘密だよ」
「はい、秘密ですね」

 ベッドで視察という名目のデートの計画を立てる二人は、とても幸せだった。

「変化魔法を使うと、いつもティーナに初めて逢った時のことを思いだすんだ」
「ふふ、十歳の頃のことですか? 懐かしすぎますね」
「あとは、君からのハニートラップ。あれは衝撃的だったね」

 ハビエルが意地悪な顔でニヤリと笑うと、マルティナは拗ねたように唇を尖らせた。

「もう、あれは忘れてください」
「はは、忘れられるわけないよ。あのおかげで今があるんだから」

 ハビエルはくすくすと笑って、マルティナに優しいキスをした。

「それに、ティーナになら騙されてもいいな」
「ではまた、変化してハニートラップをかけてみましょうか。あの頃より魔法の精度が上がっていますからね」

 マルティナが冗談っぽくそう言うと、ハビエルは愛おしそうに目を細めた。

「はは、いいよ。どんな姿でも、絶対にティーナのことに気付くから」
「私もわかりますよ。あなたがどんな姿でも」

 自慢満々にそう言ったマルティナに、ハビエルは微笑んだ。

「私はティーナのことを、ティーナは私を愛しているからね」
「ええ、その通りです」
「……私は幸せ者だな」
「私の方が幸せ者です」

 お互い張り合ってそんなことを言い合っているのがなんだか可笑しくて、見つめ合いながらぷっと吹き出して笑った。



 ハビエルとマルティナはエブラム王国で『憧れの夫婦』としていつまでも仲良く暮らしました。

 もし街中で仲睦まじい夫婦がいたら、それはもしかしたらマルティナとハビエルかもしれません。変化した二人は、お互い以外にはわからないのですから。




 公爵令嬢マルティナ王太子殿下ハビエルと婚約破棄をするためにハニートラップをしかけたら……まさかの幸せな結婚生活が待っていたのでした。






END







ーーーーーーーー

最後までお読みいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていたら、幸せです。
誤字脱字のご指摘も確認して、修正しております。教えていただいて感謝しています。

恋愛小説大賞に応募しております。
よろしければ、応援していただけると嬉しいです。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。 「悪役令嬢は溺愛されて幸せになる」というテーマで描かれるラブロマンスです。 主人公は平民出身で、貴族社会に疎いヒロインが、皇帝陛下との恋愛を通じて成長していく姿を描きます。 また、悪役令嬢として成長した彼女が、婚約破棄された後にどのような運命を辿るのかも見どころのひとつです。 なお、後宮で繰り広げられる様々な事件や駆け引きが描かれていますので、シリアスな展開も楽しめます。 以上のようなストーリーになっていますので、興味のある方はぜひ一度ご覧ください。

愛の重めな黒騎士様に猛愛されて今日も幸せです~追放令嬢はあたたかな檻の中~

二階堂まや
恋愛
令嬢オフェリアはラティスラの第二王子ユリウスと恋仲にあったが、悪事を告発された後婚約破棄を言い渡される。 国外追放となった彼女は、監視のためリアードの王太子サルヴァドールに嫁ぐこととなる。予想に反して、結婚後の生活は幸せなものであった。 そしてある日の昼下がり、サルヴァドールに''昼寝''に誘われ、オフェリアは寝室に向かう。激しく愛された後に彼女は眠りに落ちるが、サルヴァドールは密かにオフェリアに対して、狂おしい程の想いを募らせていた。

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

お義兄様に一目惚れした!

よーこ
恋愛
クリステルはギレンセン侯爵家の一人娘。 なのに公爵家嫡男との婚約が決まってしまった。 仕方なくギレンセン家では跡継ぎとして養子をとることに。 そうしてクリステルの前に義兄として現れたのがセドリックだった。 クリステルはセドリックに一目惚れ。 けれども婚約者がいるから義兄のことは諦めるしかない。 クリステルは想いを秘めて、次期侯爵となる兄の役に立てるならと、未来の立派な公爵夫人となるべく夫人教育に励むことに。 ところがある日、公爵邸の庭園を侍女と二人で散策していたクリステルは、茂みの奥から男女の声がすることに気付いた。 その茂みにこっそりと近寄り、侍女が止めるのも聞かずに覗いてみたら…… 全38話

処理中です...