【完結】公爵令嬢が婚約破棄をするために王太子殿下にハニートラップを仕掛けた結果

大森 樹

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15 恐ろしい男

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 翌日ご機嫌で鼻歌を歌いながら書類を片付けているハビエルに、親友のクラレンスは苦言を呈した。

 もちろん人が居る場所では王太子であるハビエルを立てるが、二人きりの時はクラレンスはただの親友として接することを許されている。

「……肌が艶々じゃねぇか」
「まあね」

 昨夜マルティナとたくさん愛し合ったハビエルは、心身共に満たされていた。多少の寝不足なんて気にならないくらい、すこぶる調子が良い。

「お前な! 昨日の会議、さすがに早く切り上げすぎだろう」
「……必要なことはきちんと話し合った」
「あの後の処理、全部こっちに押し付けやがって!」

 昨日ハビエルは最低限の仕事を、最短で済ませた。しかし、後の面倒臭い処理はクラレンスに押し付け……いや、お願いしてマルティナの元に向かったのだ。

「急いでいた理由が『王太子妃を迎えに行く』なんて……はぁ……呆れるぜ」

 側近のクラレンスは、頭を抱えながらハビエルに説教をしていた。

「最も大事な用じゃないか」
「会議の後に会えばいいだろうが!」
「……それでは遅い。ユベール伯爵家で開催されている茶会だったんだぞ! くそ、早く知っていれば行かせなかったのに」
「はぁ? それの何が問題なんだよ。ユベール伯爵家は品行方正で、王家の信頼も厚い貴族じゃねぇか。王太子妃がコリンヌ嬢と仲良くするのは良いことだろう?」

 クラレンスは意味がわからなくて、首を傾げた。ユベール伯爵家の人間がマルティナに何かをするとは思えなかった。

「コリンヌ嬢は問題ではない」
「じゃあ、なんだよ」
「……問題は弟のアルバンだ。彼はこの前、初めて伯爵に連れられて舞踏会に来ていたんだ」

♢♢♢

 アルバンはまだ十五歳だが、背が高くワイルドな雰囲気を持った凛々しい男だった。見た目だけではなく、学校の成績もなかなか良いらしい。

 社交界に新しい優良物件が現れたことで、舞踏会に参加していた未婚の御令嬢方は一気に色めき立った。

「まあ、ユベール伯爵家の御子息なのね」
「まだお若いのに、素敵だわ」
「男らしい見た目なのに、まだ舞踏会に慣れていない様子が可愛いわね」

 父親と姉のコリンヌが近くを離れた隙に、あっという間に御令嬢たちに囲まれてアルバンはあからさまに困っていた。

『社交界の洗礼を受けているな』

 ハビエルは遠くからアルバンの様子をみて、そう思っていた。これは、もてる男の宿命だ。御令嬢に囲まれても、紳士的に上手く切り抜ける技を自分で身につけるしかない。

「まあ、コリンヌ様の弟君が困っていらっしゃいますわ。ハビ、少しご挨拶をして参りますわね」
「……え? いや、ティーナがわざわざ行かなくてもいいんじゃないか」
「コリンヌ様にはいつも仲良くしていただいてますの。それに、初めてでお可哀想だわ」

 そう言って、マルティナはするすると人をすり抜けてアルバンのいる方に歩いて行った。もちろんハビエルも追いかけようとしたが、途中で様々な人に足止めをされてなかなか進めなかった。

「皆様、ご機嫌よう」

 マルティナがそう声をかけると、アルバンに群がっていた御令嬢方が驚いて道をあけ頭を下げた。

「王太子妃殿下!」
「皆様、頭をあげてくださいませ。あの、アルバン様と少しお話ししてもよろしいかしら」
「もちろんでございます」

 その一言で皆はその場を離れていった。

「お、お久しぶりでございます」

 アルバンは、まさか自分に話しかけられるとは思わずに慌てて頭を下げた。

「久しぶりですね。以前お会いしたときより、すごく逞しくなられたわ。いつもお姉様とは仲良くしていただいていますの」
「は、はい。姉上からよくお話は聞いております」
「そうですか。これからもよろしく頼みますわ」
「は、はい。あの……助けていただいてありがとうございました」

 周りに聞こえないように、マルティナに近付いて小声でお礼を伝えた。

「いいえ、私は何もしておりませんわ。社交界は大変なことも多いですが、是非舞踏会をお楽しみになってくださいませ。では」

 優しくニコリと微笑んだマルティナに、アルバンはポッと頬を染めた。

 ハビエルは、アルバンがマルティナに見惚れていたこと、そしてやけに距離が近かったことを見逃していなかった。


「……アルバン・ユベールか」

 その時からハビエルは、マルティナに近付く要注意リストにアルバンの名前を入れた。

 御令嬢方に人気のある優秀な男は、基本的にマルティナの視界に入れたくはない。

 ハビエルは自分が他の男に負けるとは微塵も思ってはいないし、マルティナが浮気するとも微塵も思っていない。

 そもそもこの国の王太子妃であるマルティナに、手を出す馬鹿な奴がいるはずがない。

 だが、小さな芽を摘んでおくことは大事だ。嫉妬深いハビエルは、本当は自分以外の男がマルティナに片想いしていることすら嫌だったからだ。

♢♢♢

「お前……まさか家にアルバンがいるから心配で、ユベール伯爵家まで行ったのか!?」
「そうだ」
「若い時に、年上の女性に憧れることくらいあるだろ? 別にいいじゃねぇか。それくらいの淡い恋心許してやれよ」

 クラレンスが呑気にそんなことを言うので、ハビエルは机を叩いて反論した。

「いいわけないだろう!」
「なんでだよ。片想いしてても、お前や王太子妃には迷惑かけてねぇだろ」
「十五歳の男なんて自分の好きな女性で何を想像してるか……考えるのも恐ろしい! 絶対、絶対に許すことなんてできない」

 大きな声で真剣に怒り出したハビエルに、クラレンスは苦笑いをした。

「あー……ああ、まあな」
「だろ?」
「経験者が言うんだから間違いない」

 クラレンスは揶揄うようにニヤニヤと笑い、ハビエルを横目で見た。

 片想い中に、ハビエルは何度マルティナを頭の中で抱いたかわからない。絶対にマルティナには知られてはいけないような、あり得ない妄想までしてしまっている。

 聖人君子のような顔をしていても、マルティナのことに関してはハビエルは普通の男だ。

「だから、迎えに行った時にアルバンの前で存分に仲の良さをアピールしておいた」
「あちゃー……可哀想」
「初心な彼は顔を染めて、恥ずかしそうに俯いていたよ」

 もちろんハビエルがそれだけで終わるはずはなく、父親であるユベール伯爵に見合い話を数件紹介した。優秀なアルバンに相応しい、一流の御令嬢たちばかりだ。

「美人で性格も良い女性ばかりだ。きっと一人くらい気にいるだろう。アルバンは将来有望だから、敵対したくないからね」
 
 全然笑っていないのに、ニッと口角だけ上げるハビエルを見てクラレンスはゾクリと背筋が凍った。

 ハビエルは抜かりない策略家だ。柔和な雰囲気を纏ってはいるが、本当のハビエルは優しいだけの男ではない。

「きっとすぐにいい縁が結ばれるさ」
「……お前、恐いわ」
「心外だな。私はキューピッド役を買って出ただけさ」

 爽やかに笑っているハビエルは、きっとマルティナへの興味を逸らすためだけにこの見合い話を進めたのだろう。

 だが、結果として政略結婚ではあるが両家にとっては良い話になるのだから……完璧な采配だった。しかも、マルティナには一切この裏工作は気付かれない。

「初恋は実らないってか? 甘酸っぱいな」
「私は実ったけどな」

 ふふんと得意げな顔をするハビエルは、王太子の仮面を外しいて年相応の男に見えた。

「まあ、お前が幸せならそれでいいわ」
「私はティーナがいれば幸せだ」
「はい、はい」

 クラレンスは、王太子としての重圧を跳ね除けて立派に公務をしている親友が、少しでも楽になるように自分も頑張ろうと心に決めた。

 そして、絶対にこの恐ろしい男の敵には回らないようにしようと思った。


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