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10 ハニートラップ
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「ティーナ、今度街に出かけないか」
「……すみません、疲れているので」
「そうか。ではまた今度にしよう」
これで誘いを断られたのは何度目なのだろう、とハビエルは肩を落とした。
最近、ハビエルはマルティナにあからさまに避けられていた。公式な行事は一緒に行ってくれるが、プライベートな誘いは全て断られているのだ。
「……何故こんなことに。私は何をしてしまったんだ」
ハビエルはショックで頭を抱え、執務室の机に顔を埋めていた。
「どうした? 元気ないじゃないか」
「……クラレンス」
「そんな女に振られたような辛気臭い顔すんなよ」
無遠慮にバシバシと背中を叩いてくる親友を、ハビエルはギロリと睨みつけた。
「振られていない!」
「ん? その反応は怪しいな。ははーん、愛するマルティナ嬢に愛想尽かされたのか」
ニヤニヤと揶揄うクラレンスが憎らしい。王太子と側近という立場ながらも、幼い頃からの親友の二人は公式ではない場では気軽な関係だった。
ハビエルは恋心をずっと秘密にしていたが、この前クラレンスにはマルティナが『最愛の女性』だと正直に話した。
『二人はただの政略結婚だと思っていた。でもマルティナ嬢って、お前の理想には合わなくないか? 優しいのは間違いないが、可愛いっていうよりは美人だろ。いつも凛としていて大人びているじゃないか』
『私の前では違う。ふわりと微笑む顔がすごく可愛いんだ。美味しいものを食べて喜んだり、エスコートで手に触れた時に照れてはにかむ姿は……可愛いすぎて困る』
ハビエルが惚気ると、クラレンスは意地の悪い笑顔をみせた。
『スタイルの良さは諦めていいのか? 俺が見たところ、彼女の胸は控えめだぞ』
ニヤニヤするクラレンスを、ハビエルはギロリと睨みつけた。
『おい、そんないやらしい目でティーナを見るな! お前は二度と彼女に近付くんじゃない』
ハビエルは眉を吊り上げて、クラレンスに圧をかけた。
『おお、怖い。でも事実だろ』
『……どんなティーナでも好きだから、そんなことは全く問題はない』
ハビエルは下心などなさそうな爽やかな顔で、話をバッサリと断ち切った。
『くっくっく、なるほど。そうか』
『……なんだ』
『お前は足派なんだな』
クラレンスの指摘に『ごほっごほっ』とハビエルは盛大に咽せた。なぜなら、その通りだったからだ。
『むっつりだもんな、お前は。うんうん、ハビエルが幸せな結婚ができそうで安心したわ。俺も真剣に相手考えないとな。何件か見合いするつもりだし』
『うるさい、黙れ』
『ハビエルくん、こわーい!』
茶化すクラレンスを、再びギロリと睨みつけた。この親友はハビエルを揶揄うのをいつも楽しんでいる。面倒な男だが、王太子の自分が本音を話せる唯一の存在でもある。
「最近、ティーナの様子が変なんだ。避けられている気がする。私は愛想を……尽かされたのだろうか」
「何したんだよ。まさか我慢できずに襲ったとか? 生粋のお嬢様に気軽に触れちゃダメだぞ」
「そんなことしてないっ!」
ハビエルは嫌われるようなことをした覚えはない。しかし、ハビエルと婚約していることで色々と言われているのも確かだ。それが嫌になってしまったという可能性は大いにある。
「でも王太子妃になるっていうのは、大変だからな。高位貴族は嫌な奴等も多いし、ストレスが溜まってるんじゃないか?」
「それは……そうかもしれない」
「ハビエルが支えてあげないとな」
「そうだな」
クラレンスと話して、ハビエルは自分がもっとしっかりしなければと思った。マルティナを守ってあげられるのは、自分だけなのだから。
そう思っていた時、あの事件が起こった。そう……ビビアナと初めて出逢った時のことである。
さすがに最初はマルティナだとは気が付いていなかったが、彼女からしかしない『いい香り』でビビアナはマルティナの変化後の姿だとわかった。
初めはマルティナの可愛い悪戯だと思っていた。マルティナの姿だと、人目につくのでわざわざ姿を変えてハビエルに逢いに来てくれたのかもしれないと心が踊った。
マルティナがそのつもりなら、ハビエルも知らないふりをして彼女を別人として扱うことにした。そういう趣向を変えたデートも新鮮かもしれないなんて、呑気なことを思っていた。
姿は違えど中身はマルティナなので、ビビアナに逢って話すのはとても楽しく幸せな時間だった。
お気に入りの本を紹介し感想を言い合ったり、彼女が作ってくれたクッキーを食べたり……まるで普通の恋人同士みたいに過ごした。
そもそもハビエルはマルティナが作ったものでなければ、毒味もせずに食べ物を口に入れるなんて迂闊なことはしない。
もし自分が『王太子』ではなかったら、こんな穏やかで幸せな生活を彼女と過ごせたのかもしれないと思った。
その時点で、ハビエルがマルティナの正体を気付いているとわかってくれるかと思ったが、何度逢っても彼女は正体を明かしてくれなかった。
そうすると、なぜこんなことを彼女がしているのか急に不安になってきた。
「そういえば……ティーナが変化魔法が使えることを私は知らないと思っているんだよな。じゃあ、何故こんなことを?」
つまり、マルティナはハビエルを騙そうとしている。存在しないビビアナという御令嬢まで作ってまで、ハビエルに何をしたいのかがわからなかった。
「これはまさかハニートラップのつもりか……?」
ハビエルがビビアナに熱を上げていることが世間に判明すれば『婚約破棄』になるだろう。ペドロサ公爵家は、不貞を働いたハビエルとの婚約を許すはずがない。
「マルティナは私と別れたいのだろうか」
その答えに辿り着いたとき、ハビエルはショックを受けた。そして、彼女がそのつもりであればこの状況を利用しようと考えた。
ハビエルはマルティナと別れるつもりなどない。どんな手段を使っても、彼女を自分の妻にする。
「……すみません、疲れているので」
「そうか。ではまた今度にしよう」
これで誘いを断られたのは何度目なのだろう、とハビエルは肩を落とした。
最近、ハビエルはマルティナにあからさまに避けられていた。公式な行事は一緒に行ってくれるが、プライベートな誘いは全て断られているのだ。
「……何故こんなことに。私は何をしてしまったんだ」
ハビエルはショックで頭を抱え、執務室の机に顔を埋めていた。
「どうした? 元気ないじゃないか」
「……クラレンス」
「そんな女に振られたような辛気臭い顔すんなよ」
無遠慮にバシバシと背中を叩いてくる親友を、ハビエルはギロリと睨みつけた。
「振られていない!」
「ん? その反応は怪しいな。ははーん、愛するマルティナ嬢に愛想尽かされたのか」
ニヤニヤと揶揄うクラレンスが憎らしい。王太子と側近という立場ながらも、幼い頃からの親友の二人は公式ではない場では気軽な関係だった。
ハビエルは恋心をずっと秘密にしていたが、この前クラレンスにはマルティナが『最愛の女性』だと正直に話した。
『二人はただの政略結婚だと思っていた。でもマルティナ嬢って、お前の理想には合わなくないか? 優しいのは間違いないが、可愛いっていうよりは美人だろ。いつも凛としていて大人びているじゃないか』
『私の前では違う。ふわりと微笑む顔がすごく可愛いんだ。美味しいものを食べて喜んだり、エスコートで手に触れた時に照れてはにかむ姿は……可愛いすぎて困る』
ハビエルが惚気ると、クラレンスは意地の悪い笑顔をみせた。
『スタイルの良さは諦めていいのか? 俺が見たところ、彼女の胸は控えめだぞ』
ニヤニヤするクラレンスを、ハビエルはギロリと睨みつけた。
『おい、そんないやらしい目でティーナを見るな! お前は二度と彼女に近付くんじゃない』
ハビエルは眉を吊り上げて、クラレンスに圧をかけた。
『おお、怖い。でも事実だろ』
『……どんなティーナでも好きだから、そんなことは全く問題はない』
ハビエルは下心などなさそうな爽やかな顔で、話をバッサリと断ち切った。
『くっくっく、なるほど。そうか』
『……なんだ』
『お前は足派なんだな』
クラレンスの指摘に『ごほっごほっ』とハビエルは盛大に咽せた。なぜなら、その通りだったからだ。
『むっつりだもんな、お前は。うんうん、ハビエルが幸せな結婚ができそうで安心したわ。俺も真剣に相手考えないとな。何件か見合いするつもりだし』
『うるさい、黙れ』
『ハビエルくん、こわーい!』
茶化すクラレンスを、再びギロリと睨みつけた。この親友はハビエルを揶揄うのをいつも楽しんでいる。面倒な男だが、王太子の自分が本音を話せる唯一の存在でもある。
「最近、ティーナの様子が変なんだ。避けられている気がする。私は愛想を……尽かされたのだろうか」
「何したんだよ。まさか我慢できずに襲ったとか? 生粋のお嬢様に気軽に触れちゃダメだぞ」
「そんなことしてないっ!」
ハビエルは嫌われるようなことをした覚えはない。しかし、ハビエルと婚約していることで色々と言われているのも確かだ。それが嫌になってしまったという可能性は大いにある。
「でも王太子妃になるっていうのは、大変だからな。高位貴族は嫌な奴等も多いし、ストレスが溜まってるんじゃないか?」
「それは……そうかもしれない」
「ハビエルが支えてあげないとな」
「そうだな」
クラレンスと話して、ハビエルは自分がもっとしっかりしなければと思った。マルティナを守ってあげられるのは、自分だけなのだから。
そう思っていた時、あの事件が起こった。そう……ビビアナと初めて出逢った時のことである。
さすがに最初はマルティナだとは気が付いていなかったが、彼女からしかしない『いい香り』でビビアナはマルティナの変化後の姿だとわかった。
初めはマルティナの可愛い悪戯だと思っていた。マルティナの姿だと、人目につくのでわざわざ姿を変えてハビエルに逢いに来てくれたのかもしれないと心が踊った。
マルティナがそのつもりなら、ハビエルも知らないふりをして彼女を別人として扱うことにした。そういう趣向を変えたデートも新鮮かもしれないなんて、呑気なことを思っていた。
姿は違えど中身はマルティナなので、ビビアナに逢って話すのはとても楽しく幸せな時間だった。
お気に入りの本を紹介し感想を言い合ったり、彼女が作ってくれたクッキーを食べたり……まるで普通の恋人同士みたいに過ごした。
そもそもハビエルはマルティナが作ったものでなければ、毒味もせずに食べ物を口に入れるなんて迂闊なことはしない。
もし自分が『王太子』ではなかったら、こんな穏やかで幸せな生活を彼女と過ごせたのかもしれないと思った。
その時点で、ハビエルがマルティナの正体を気付いているとわかってくれるかと思ったが、何度逢っても彼女は正体を明かしてくれなかった。
そうすると、なぜこんなことを彼女がしているのか急に不安になってきた。
「そういえば……ティーナが変化魔法が使えることを私は知らないと思っているんだよな。じゃあ、何故こんなことを?」
つまり、マルティナはハビエルを騙そうとしている。存在しないビビアナという御令嬢まで作ってまで、ハビエルに何をしたいのかがわからなかった。
「これはまさかハニートラップのつもりか……?」
ハビエルがビビアナに熱を上げていることが世間に判明すれば『婚約破棄』になるだろう。ペドロサ公爵家は、不貞を働いたハビエルとの婚約を許すはずがない。
「マルティナは私と別れたいのだろうか」
その答えに辿り着いたとき、ハビエルはショックを受けた。そして、彼女がそのつもりであればこの状況を利用しようと考えた。
ハビエルはマルティナと別れるつもりなどない。どんな手段を使っても、彼女を自分の妻にする。
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