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9 待ち望んでいた婚約
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「ああ、夢みたいです」
「……ハビエル、気持ちはわかるが落ち着け」
「落ち着けませんよ。十歳からの片想いが、これから叶うんですから」
ハビエルは、ずっと客間を行ったり来たりうろうろしていた。今日はマルティナとの顔合わせと、婚約の書類の取り交わしの日だった。
「そんなことでは嫌われるぞ」
「……彼女の前では上手くやりますよ」
「心配だな」
父親であるペドロサ公爵と一緒に、緊張した面持ちのマルティナが王宮に来てくれた。
「ハビエル殿下、私不束者ではございますがよろしくお願い致します」
「こ、こち……ごほん。こちらこそ。私こそ至らぬ点もあるかもしれないが、よろしく頼むよ。優秀なマルティナ嬢となら、協力してこの国に良くしていけると思う」
ハビエルは久しぶりに近くで見る大好きなマルティナに動揺して吃ってしまったが、なんとか誤魔化して当たり障りのない台詞を言うことができた。
さすがに最初から『子どもの頃からずっと大好きだった』なんて言ったら、マルティナに気持ち悪がられる可能性があるからだ。
「はい、お願い致します」
「ああ」
マルティナはきっとこれは政略結婚だと思っているだろう。結局婚約してからになってしまったが、少しずつお互いの気持ちを近付けていこうとハビエルは決意していた。
マルティナをお茶に誘い、デートをし……ドレスを贈って舞踏会でダンスをする。そのどれもがハビエルにとっては夢のようで、幸せな時間だった。
「マルティナ……その……君のことをティーナと愛称で呼んでもいいだろうか?」
「は、はい。どうぞ」
頬を染め恥ずかしそうにしながらも、ティーナと愛称で呼ぶことを受け入れてくれてハビエルはとても嬉しかった。
「ありがとう。嫌でなければ私のことも……その……ハビと呼んで欲しい」
「殿下にそんな呼び方をするのは畏れ多いです」
「そうか。じゃあ、それは結婚後の楽しみにとっておくよ」
ハビエルは断られてショックだったが、余裕ぶってニッコリと微笑んで見せた。
それからもハビエルは、マルティナをとても大事に大切にした。逢った時は恥ずかしがらずにできるだけ彼女に『愛してる』や『可愛いよ』と素直に伝え、お互い忙しい中でも一緒に過ごす時間を確保した。
するとマルティナも、だんだんとハビエルの前で微笑んでくれる回数が増えた。それがとても嬉しかった。
ハビエルでも逃げだしたくなるような大変な王妃教育を、マルティナは文句も言わずに前向きに取り組んでくれた。これは自分と結婚しなければしなくてもいい苦労だ。なのに、マルティナが頑張ってくれたことが有り難かった。
教育係からも『マルティナ様はご立派です』と太鼓判を押してもらっている。
自分の娘をハビエルの妻にできなかった腹いせに、高位貴族たちは『魔力量の少ないマルティナは王太子妃に相応しくない』などと馬鹿なことを言っているらしい。その娘たちも同じように悪口を繰り返している。
『愛するティーナへの暴言は、私への暴言と同じだ。それでも申したいことがあるなら、遠慮なく名乗りでよ!』
牽制を続けているが、人の口は完全には塞ぎ切れていないのが現状だ。しかし、マルティナの悪口を言った人間は全てチェックしている。私がそんなことを許すはずがない。然るべきタイミングで、後悔させてやるつもりだ。
「ティーナ、私と婚約して何か嫌がらせを受けたりしていないか? 些細なことでも、何かあれば私に言って欲しい」
「大丈夫ですわ」
「本当か? 最近、元気がないので心配だ」
初めはハビエルと一緒に居るのを楽しそうにしてくれていたマルティナだったが、婚約して一年が経過した頃……辛そうな表情をすることが多くなった。
「殿下、何もありませんわ」
「……そうか」
「はい。気にかけてくださってありがとうございます」
力なく笑うマルティナを見て、ハビエルは哀しかった。
「私は頼りないのか」
マルティナを苦しめているのは、間違いなくハビエル自身だった。ハビエルの婚約者に選んだせいで、マルティナを傷付けている。
「でも、君を手放せない」
恋焦がれたマルティナの手を、自ら離すことなんてできなかった。悪口を言った人間を処分するのは簡単だ。しかし、それでは解決しないし……むしろ『マルティナがハビエルに告げ口をして、処分させるように仕向けた』なんて言われる可能性もある。
マルティナを守る最良の方法を考えなければいけない。ハビエルはそう思っていた。
「……ハビエル、気持ちはわかるが落ち着け」
「落ち着けませんよ。十歳からの片想いが、これから叶うんですから」
ハビエルは、ずっと客間を行ったり来たりうろうろしていた。今日はマルティナとの顔合わせと、婚約の書類の取り交わしの日だった。
「そんなことでは嫌われるぞ」
「……彼女の前では上手くやりますよ」
「心配だな」
父親であるペドロサ公爵と一緒に、緊張した面持ちのマルティナが王宮に来てくれた。
「ハビエル殿下、私不束者ではございますがよろしくお願い致します」
「こ、こち……ごほん。こちらこそ。私こそ至らぬ点もあるかもしれないが、よろしく頼むよ。優秀なマルティナ嬢となら、協力してこの国に良くしていけると思う」
ハビエルは久しぶりに近くで見る大好きなマルティナに動揺して吃ってしまったが、なんとか誤魔化して当たり障りのない台詞を言うことができた。
さすがに最初から『子どもの頃からずっと大好きだった』なんて言ったら、マルティナに気持ち悪がられる可能性があるからだ。
「はい、お願い致します」
「ああ」
マルティナはきっとこれは政略結婚だと思っているだろう。結局婚約してからになってしまったが、少しずつお互いの気持ちを近付けていこうとハビエルは決意していた。
マルティナをお茶に誘い、デートをし……ドレスを贈って舞踏会でダンスをする。そのどれもがハビエルにとっては夢のようで、幸せな時間だった。
「マルティナ……その……君のことをティーナと愛称で呼んでもいいだろうか?」
「は、はい。どうぞ」
頬を染め恥ずかしそうにしながらも、ティーナと愛称で呼ぶことを受け入れてくれてハビエルはとても嬉しかった。
「ありがとう。嫌でなければ私のことも……その……ハビと呼んで欲しい」
「殿下にそんな呼び方をするのは畏れ多いです」
「そうか。じゃあ、それは結婚後の楽しみにとっておくよ」
ハビエルは断られてショックだったが、余裕ぶってニッコリと微笑んで見せた。
それからもハビエルは、マルティナをとても大事に大切にした。逢った時は恥ずかしがらずにできるだけ彼女に『愛してる』や『可愛いよ』と素直に伝え、お互い忙しい中でも一緒に過ごす時間を確保した。
するとマルティナも、だんだんとハビエルの前で微笑んでくれる回数が増えた。それがとても嬉しかった。
ハビエルでも逃げだしたくなるような大変な王妃教育を、マルティナは文句も言わずに前向きに取り組んでくれた。これは自分と結婚しなければしなくてもいい苦労だ。なのに、マルティナが頑張ってくれたことが有り難かった。
教育係からも『マルティナ様はご立派です』と太鼓判を押してもらっている。
自分の娘をハビエルの妻にできなかった腹いせに、高位貴族たちは『魔力量の少ないマルティナは王太子妃に相応しくない』などと馬鹿なことを言っているらしい。その娘たちも同じように悪口を繰り返している。
『愛するティーナへの暴言は、私への暴言と同じだ。それでも申したいことがあるなら、遠慮なく名乗りでよ!』
牽制を続けているが、人の口は完全には塞ぎ切れていないのが現状だ。しかし、マルティナの悪口を言った人間は全てチェックしている。私がそんなことを許すはずがない。然るべきタイミングで、後悔させてやるつもりだ。
「ティーナ、私と婚約して何か嫌がらせを受けたりしていないか? 些細なことでも、何かあれば私に言って欲しい」
「大丈夫ですわ」
「本当か? 最近、元気がないので心配だ」
初めはハビエルと一緒に居るのを楽しそうにしてくれていたマルティナだったが、婚約して一年が経過した頃……辛そうな表情をすることが多くなった。
「殿下、何もありませんわ」
「……そうか」
「はい。気にかけてくださってありがとうございます」
力なく笑うマルティナを見て、ハビエルは哀しかった。
「私は頼りないのか」
マルティナを苦しめているのは、間違いなくハビエル自身だった。ハビエルの婚約者に選んだせいで、マルティナを傷付けている。
「でも、君を手放せない」
恋焦がれたマルティナの手を、自ら離すことなんてできなかった。悪口を言った人間を処分するのは簡単だ。しかし、それでは解決しないし……むしろ『マルティナがハビエルに告げ口をして、処分させるように仕向けた』なんて言われる可能性もある。
マルティナを守る最良の方法を考えなければいけない。ハビエルはそう思っていた。
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