【完結】公爵令嬢が婚約破棄をするために王太子殿下にハニートラップを仕掛けた結果

大森 樹

文字の大きさ
上 下
4 / 23

4 不貞の証

しおりを挟む
 ハビエルは、婚約者のマルティナにエスコート以外で触れたことはなかった。

 生粋の御令嬢である彼女に結婚前に気軽に触れるのはいけないと考えていたし、王族の妻としてちゃんと大切にしたいという気持ちもあった。

 しかし、一度ビビアナに触れると止まらなかった。彼女の身分の低さが触れることへのハードルを下げていたのかもしれない。

 ビビアナの温かさや柔らかさ、そして触れ合うことで生まれる心の充足感。ハビエルは彼女なしの生活など考えられなくなった。

 さすがに一線を越えることはなかったが、その寸前までは済んでいた。

「あっ……ハビ……これ以上はだめです」
「大丈夫。誰も見ていないよ」
「は、恥ずかしいです。んんっ……あぅ」
「恥ずかしい? おかしいな、気持ちよさそうな顔に見えるのに」
「うう……意地悪ですね」
「ふふ、ごめんね。でも声を抑えて。君の可愛い声を、誰にも聞かせたくない」

 二人は誰もいない空き教室に鍵をかけて、逢引きをしていた。しかし、外からは他の生徒たちの声が聞こえてくる。その背徳感が、より一層関係を深いものにしていった。

 ハビエルに服の上から胸や足を撫でられ、濃厚な口付けをされるとビビアナは恥ずかしさと気持ちよさで身体が震えた。

「好きだよ、ビビアナ」

♢♢♢

「ハビエル殿下は、やはりビビアナのような女性が好みなのね」

 ハビエルの心変わりを知ったマルティナは、一筋の涙を溢した。

 もしかしたら、ハビエルは『婚約者がいるから』と関係を断ってくれるかもしれないと期待していた。しかし、そんな期待は粉々に砕け散った。

 今まではどんな美しい御令嬢が近付いて来ても、ハビエルははっきり断ってくれていた。しかし、それは好みの御令嬢ではなかったからなのかもしれない。

 ビビアナは自分とは似てもにつかぬ可愛らしい見た目に、愛らしく素直な性格。

 ハビエルはマルティナを大事にしてくれたが、エスコート以外で触れてくれなかった。一度もあんな風に激しく求められたことなどなかった。女として完敗だった。

 彼女はハビエルとビビアナの密会現場を、王家にリークした。そうすれば必ずこの関係が公になることがわかっていたから。

 残念ながら、ハビエルはビビアナとは幸せになれないことは決まっていた。

 だってビビアナはマルティナが用意したハニートラップだから。

 つまりは全てがマルティナの計画通りだった。

 マルティナが婚約を破棄するにはこれより他には仕方がなかった。家同士が決めた婚約は、よっぽどのことがない限り絶対なのだから。

 ハビエルもこの浮気の責任を取らされる可能性もあるが、彼の能力があれば王家を追放などはされないだろう。いや、されないように後で上手くマルティナがフォローをするつもりだった。

 元々マルティナは完璧なハビエル殿下の婚約者としては相応しくないと思われている。

 きっと婚約破棄をすれば、彼好みの御令嬢から山程アプローチがあるはずだ。王族以外で一番家格の高いマルティナが婚約破棄されれば、公爵家以下の御令嬢も婚約者の対象になる。

 マルティナより家格が下でも、可愛くて素敵な御令嬢は沢山いるのだから。

「これから本当に好きな人を見つけてくださいませ。さようなら」

 マルティナは涙目で自分の唇を指でそっとなぞり、別れの言葉を呟いた。


♢♢♢


 ハビエルとビビアナが逢えるのは人目のつかない場所ばかり。今回も、舞踏会をこっそり抜け出して人気のない裏庭で愛を確かめ合っていた。

「んんっ……ふっ……」
「はぁ、なんて可愛いんだ。ビビアナは私のものだ」
「殿下」
「そんな呼び方やめてくれ。いつも通りハビと」
「ハビ……」

 抱き合い、何度もキスを交わす様子は誰がどう見ても仲睦まじい恋人同士だった。その瞬間がきっと二人にとって一番幸せな時間だったに違いない。

 この後すぐに二人の関係が、公になってしまうのだから。

「……ハビエル、これはどういうことだ」

 冷たい声で二人を睨みつけたのは、ハビエルの父である国王陛下だった。

「ち、父上。なぜ……ここに……」

 青ざめたハビエルは、身体を離しビビアナを背中に隠した。

「匿名の手紙が届いた。お前が今夜ここでマルティナ嬢ではない女性と密会をしていると」
「誰がそのようなことを」
「……ただの悪戯であって欲しいと願っていたが、まさか本当だったとはな」

 陛下の声は哀しみと怒り、そして失望の色が含まれていた。

「父上、これは全て私の責任です。ビビアナは帰してください」
「ハビ、でも……!」
「いいんだ。私は父上と話をする。君はここにいてはいけない」

 この状況でもビビアナを庇おうとするハビエルを、父親である国王陛下は複雑な気持ちで眺めていた。

「まずはお前から話を聞こう。そちらの女性への処罰は後だ」
「……罰なら私一人にしてください」
「お前にそんなことを言う権利はない。今すぐ王宮に戻れ。こんな醜聞が他に漏れたらどうするのだ!」

 オロオロとするビビアナに「大丈夫だから」と微笑み、ハビエルは父親と共に王宮内に消えていった。

 無言のまま歩く廊下はとても長く、永遠に着かないのではないかと感じるほどだった。

「すぐに話を聞きたいところだが、このまま騒ぎにならぬように自室に戻れ。明日の朝一番に私の部屋に来い」
「……はい」
「マルティナ嬢にも事実を話す。彼女には知る権利があるだろう」

 それを聞いたハビエルは、慌ててそれを止めようとした。

「父上、待ってください。それは……!」
「今夜は自分のしたことを悔い、反省しろ。マルティナ嬢が許してくれることを祈るんだな」

 バタン

 ハビエルは逃げ出さないように扉の前の警備の数を倍にされ、外に出られないように魔法でバリアを張られた。

 ベッドに寝転がったハビエルは「はぁ」と大きなため息をついた。目を閉じると、浮かんでくるのはビビアナとマルティナの二人の女性の顔だった。

「どうしたものか」

 ハビエルは自分がこれからどうしたいのかを、一晩考えることにした。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】なんで、あなたが王様になろうとしているのです?そんな方とはこっちから婚約破棄です。

西東友一
恋愛
現国王である私のお父様が病に伏せられました。 「はっはっはっ。いよいよ俺の出番だな。みなさま、心配なさるなっ!! ヴィクトリアと婚約関係にある、俺に任せろっ!!」  わたくしと婚約関係にあった貴族のネロ。 「婚約破棄ですわ」 「なっ!?」 「はぁ・・・っ」  わたくしの言いたいことが全くわからないようですね。  では、順を追ってご説明致しましょうか。 ★★★ 1万字をわずかに切るぐらいの量です。 R3.10.9に完結予定です。 ヴィクトリア女王やエリザベス女王とか好きです。 そして、主夫が大好きです!! 婚約破棄ざまぁの発展系かもしれませんし、後退系かもしれません。 婚約破棄の王道が好きな方は「箸休め」にお読みください。

処理中です...