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本編
21 さようなら
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「グレッグ……あなたなぜこんなところに?」
「昨日たまたま王宮でファンタニエ伯爵にお会いしてね。君が帰ってくると聞いたから」
なるほど。私とグレッグが仲が良かったことは両親も知っているし、学生時代は家に遊びに来ていたこともあった。
まだ貧乏ではなかったあの頃は、お父様に『同じ伯爵家の出だし、ヴィヴィが好きなら婚約の打診をするかい?爵位は継げないが、優秀な彼なら君をきっと幸せにするだろう』と言われたこともある。それくらい……我が家の両親達にも気に入られていた。その時はグレッグに妹だと思われていると誤解していたので『彼は友人だ』と断っていた。
そして舞踏会でのあの告白をお父様は知らない。だから世間話として『久々に娘が戻ってくるんだ』とでも話したのだろう。
「奥様に近付かれては困ります。お引き取りを」
毅然とした態度のミアが、私を庇うように背中に隠した。
「……少しでいいので、彼女と話す時間をいただけませんか?」
グレッグは真剣な顔で、ミアの後ろにいる私をじっと見つめた。
「ミア、彼と話すわ」
「奥様っ!」
「二人きりは無理です。侍女が近くにいる状態で話す……それでいいなら十分だけ話を聞くわ」
グレッグが頷いたので、私達はファンタニエ家の傍にある小さな湖の近くに移動した。ここにはベンチがあり、人目も気にならない。
心配そうなミアに「大丈夫だから」と伝え、少しだけ離れたところ……しかしちゃんと姿が見える場所で待っていてもらう。
「懐かしいな……学生の時よくここで二人で話したな」
グレッグは目を細めて、嬉しそうに微笑んだ。そう、ここは学生時代の私達の思い出の場所だ。
「ヴィヴィ、舞踏会でいきなりあんなこと言って悪かった」
「本当にね。驚きしかなかったわ」
「あの時、ランドルフ様に言われてガツンと来たんだ。君を手に入れるチャンスが何度もあったのに、私は掴む勇気がなかった……という言葉はその通りだな、って」
グレッグはため息をついて、ガックリと項垂れた。
「私は完全に独りよがりな勘違い男だ。留学先で頑張って結果を残せば、君が振り向いてくれるって勝手に信じてた。自分のことばかり考えていたんだ。もし、ヴィヴィが評判の悪いロドリー伯爵なんかのところに、嫁いでいたら悔やんでも悔やみきれなかったよ。でも……それを助けてくれたのが、ランドルフ様だったんだな」
私はこくんと頷いた。
「ヴィヴィ、今幸せか?」
「とっても幸せ」
私がとびっきりの笑顔でそう答えると、グレッグは泣きそうな顔で笑った。
「そうか。ヴィヴィが幸せなら、もう何も言うことはない」
「ありがとう」
「残念だよ。この前はつけ入る隙がありそうだな、と思ったのに今日は完全に脈なしだ。それに……ランドルフ様があんなにヴィヴィを愛してると思わなかったから、舞踏会で驚いたんだ。金で買った愛のない結婚だとばかり思っていたのに。やはり社交界の噂は当てにならないな」
グレッグは大きなため息をついて、チラリと私を見つめた。
「あの時、もし私が素直に気持ちを言えてたら君と結ばれる未来があったのかな?」
彼は寂しそうな声でそう質問した。それは誰にもわからない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも……
「私の初恋は間違いなくあなたよ。だけどそんなの関係ない。今の私が愛しているのも、これから死ぬまで愛するのもランドルフ・ベルナールだけ」
「……はっきり振ってくれてありがとう」
グレッグは俯いて、前髪をぐしゃりと片手で掴んだ。
「諦めるよ。長い片想いの想い出にするから……最後にキスがしたい」
「なっ、何言ってるのよ!絶対にだめに決まってるでしょ」
とんでもないことを言い出したグレッグに、私は真っ赤になってぶんぶんと首を左右に振った。
「……はは、冗談だよ。反応が初心すぎて、とても人妻には思えないな」
フッと笑った彼にいきなり手を引かれ、ギュッと抱き締められた。私は驚いて彼の胸を押すがびくともしない。
「一度だけ許してくれ」
――抱き締められても、ドキドキしない。
それが私が彼ではなく、ランディ様を好きなんだと決定付けることになった。だって、ランディ様には手を触れられただけで胸が高まるもの。
「ヴィヴィ、とても愛してた。幸せでいてくれ」
声が震えていることに気が付き、私は慰めるようにポンポンと背中を叩いた。
「ありがとう。グレッグも……幸せを見つけてね」
そう伝えると、ゆっくりと身体が離された。
「ええ。時間をくださってありがとうございます……ヴィヴィアンヌ様」
彼は丁寧な言葉で深く頭を下げた。ランディ様に愛称で呼ぶなと言われたことを守っているようだ。結婚した今では私の方が家格が上になってしまった。少し切ない気持ちになるが、彼なりの区切りなのだろう。
「……グレゴリー様、さようなら」
私は彼に背を向けて、ミアと共に馬車に乗り込んだ。彼はまだこちらを見ているだろうと思ったが、私は決して振り向かなかった。
ミアにはしっかりと抱きつかれたところを見られているので、心配しているはずだ。
「ミア、あれは別れのハグよ。彼は私がランディ様を愛しているとわかってくれたの。話をして良かったわ」
「……承知致しました。しかしあのような場面を旦那様がご覧になられたら、嫉妬されますのでお気をつけ下さい」
「ええ」
それは容易に想像がつく。ランディ様は私の前では案外子どもっぽく、独占欲が強い。そして好きなものは目一杯可愛がりたいタイプだ。きっとクールで無口でぶっきらぼうで怖いという世間のイメージとはかけ離れている。
「あ、あのね……ミア……」
私は恥ずかしいけれど、彼の誕生日に本物の夫婦になる予定だと話した。だって彼にその日は一番可愛い私を見てほしい。だからミアに色々と準備を手伝って欲しいのだ。
「本当ですか!?」
「う……うん。だから協力して欲しくて」
「します!しますとも!!うっ……うぅ……奥様、私は嬉しいです」
二人で一緒の寝室で寝ていても、最後までしていないというのはミア達にはバレバレだった。使用人達にとっては、家に『後継』がいないのは大問題だ。仕える人がいないのは困るものね。
なのにみんな口を出さずに優しく見守ってくれたことが、とても嬉しかった。
「ランディ様に一番可愛い私を……あ、愛してもらいたいから」
ポッと頬を染め、チラリとミアを見つめる。ミアは「任せてくださいませ」とやる気に満ちていた。
それからというもの、ミアがどこからか手に入れた美肌効果のあるパックや髪の毛をツヤツヤにするオイルなどを用意されて……その他も全身のマッサージや爪のケア等毎日毎日とことん磨かれた。彼がいない日々を寂しいと思う時間もないくらいの過密スケジュールで、予定をこなしていった。
おかげで今の私はピッカピカだ。ミアにも「素晴らしく可愛いくて美しいです」と大絶賛された。そこまで言われたら、少し自信もついてきた。
そして今夜はランディ様が戻られる日。彼からは一日早く戻れそうだが、深夜になるので無理せずに寝ておくようにと手紙が来ていた。
「お出迎えしたいな」
「朝方になる可能性もあると報告があったので、お休みになってください」
「そうですよ。寝不足はお肌に悪いですよ」
テッドとミアにそう言われて、私は渋々寝室に向かった。
「……おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
それでもベッドでうとうとしながら頑張って起きていたが、深夜になってもランディ様は戻って来られない。なんだか寂しさが募ってきて、私は夫婦の寝室にある彼のガウンを借りてきてギュッと抱き締めて寝転がった。
ランディ様の香水の匂いがして落ち着く。でも彼自身の匂いがしないのが少し哀しい。本物のランディ様に抱き締められたいな……なんて思いながら眠りについた。
「ただいま」
その言葉と共にいい匂いがふわっと香り、大きな身体にすっぽりと包まれた。
「ランディ……さま?おかえり……なさい」
「ヴィヴィに早く逢いたくて、寝ずに馬で駆けてきた」
「嬉し……逢いたかったです」
「もう遅いからこのまま寝たらいい。ずっと傍にいるから」
優しくおでこにキスをされて、私は幸せな気持ちのまままた深い眠りについた。
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「……少しでいいので、彼女と話す時間をいただけませんか?」
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「ミア、彼と話すわ」
「奥様っ!」
「二人きりは無理です。侍女が近くにいる状態で話す……それでいいなら十分だけ話を聞くわ」
グレッグが頷いたので、私達はファンタニエ家の傍にある小さな湖の近くに移動した。ここにはベンチがあり、人目も気にならない。
心配そうなミアに「大丈夫だから」と伝え、少しだけ離れたところ……しかしちゃんと姿が見える場所で待っていてもらう。
「懐かしいな……学生の時よくここで二人で話したな」
グレッグは目を細めて、嬉しそうに微笑んだ。そう、ここは学生時代の私達の思い出の場所だ。
「ヴィヴィ、舞踏会でいきなりあんなこと言って悪かった」
「本当にね。驚きしかなかったわ」
「あの時、ランドルフ様に言われてガツンと来たんだ。君を手に入れるチャンスが何度もあったのに、私は掴む勇気がなかった……という言葉はその通りだな、って」
グレッグはため息をついて、ガックリと項垂れた。
「私は完全に独りよがりな勘違い男だ。留学先で頑張って結果を残せば、君が振り向いてくれるって勝手に信じてた。自分のことばかり考えていたんだ。もし、ヴィヴィが評判の悪いロドリー伯爵なんかのところに、嫁いでいたら悔やんでも悔やみきれなかったよ。でも……それを助けてくれたのが、ランドルフ様だったんだな」
私はこくんと頷いた。
「ヴィヴィ、今幸せか?」
「とっても幸せ」
私がとびっきりの笑顔でそう答えると、グレッグは泣きそうな顔で笑った。
「そうか。ヴィヴィが幸せなら、もう何も言うことはない」
「ありがとう」
「残念だよ。この前はつけ入る隙がありそうだな、と思ったのに今日は完全に脈なしだ。それに……ランドルフ様があんなにヴィヴィを愛してると思わなかったから、舞踏会で驚いたんだ。金で買った愛のない結婚だとばかり思っていたのに。やはり社交界の噂は当てにならないな」
グレッグは大きなため息をついて、チラリと私を見つめた。
「あの時、もし私が素直に気持ちを言えてたら君と結ばれる未来があったのかな?」
彼は寂しそうな声でそう質問した。それは誰にもわからない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも……
「私の初恋は間違いなくあなたよ。だけどそんなの関係ない。今の私が愛しているのも、これから死ぬまで愛するのもランドルフ・ベルナールだけ」
「……はっきり振ってくれてありがとう」
グレッグは俯いて、前髪をぐしゃりと片手で掴んだ。
「諦めるよ。長い片想いの想い出にするから……最後にキスがしたい」
「なっ、何言ってるのよ!絶対にだめに決まってるでしょ」
とんでもないことを言い出したグレッグに、私は真っ赤になってぶんぶんと首を左右に振った。
「……はは、冗談だよ。反応が初心すぎて、とても人妻には思えないな」
フッと笑った彼にいきなり手を引かれ、ギュッと抱き締められた。私は驚いて彼の胸を押すがびくともしない。
「一度だけ許してくれ」
――抱き締められても、ドキドキしない。
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「ヴィヴィ、とても愛してた。幸せでいてくれ」
声が震えていることに気が付き、私は慰めるようにポンポンと背中を叩いた。
「ありがとう。グレッグも……幸せを見つけてね」
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