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本編
8 抱き枕
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私はとりあえずクロード様を見送り鍵を閉めて、旦那様のベッド近くに座った。
「あの、本当に申し訳ありません。さっきのことも……勘違いして職場まで来てしまったことも」
私がしゅんとすると、旦那様は無表情のままだが優しく私の頭を撫でてくれた。
「別に……構わない。心配をかけた」
「今夜は旦那様に付いていていいですか?ここに座っているだけでいいので」
「君をこんなところにずっと座らせておけない。その服では寝にくいだろう……クローゼットに俺のシャツがあるから適当に着替えなさい。君ならワンピースのようになるだろう」
「旦那様のシャツ?」
確かに今の私はカッチリしたワンピースを着てしまっている。夜を明かすには少し窮屈だ。
「……嫌かもしれないが、ちゃんと洗濯とアイロンしてある。残念ながら、この部屋に女物はないからな」
少し拗ねたように旦那様がそんなことを言うので、ぶんぶんと左右に首を振った。むしろ女物が出てきたら、私の精神はズタズタになっている。
「そんな心配はしておりません。お借りしてもいいのかな、と思っていただけです。遠慮なく着させていただきます」
私はクローゼットのシャツを一枚取り、脱衣所まで移動して着てみた。旦那様の香りがして……少し恥ずかしい。そしてとても肌触りがよくて気持ちが良い。さすが公爵家の高いシャツは素材が違うわね。
だが、見事にダボダボだ。丈は膝下まですっぽり隠れるし、袖も何重にも折らなきゃだめだし、肩もずり落ちそう。
旦那様の大きさと、私の小ささの差を改めて感じてため息が出る。これではまるで大人と子どもだ。
「旦那様のシャツやっぱり大きすぎます」
私は仕方なくその格好悪い姿を、旦那様に見せることになった。こんなに余っているのを見せたくて、目の前でパタパタと袖を振ってみる。
「……っ!」
旦那様は私の姿を見た瞬間、口元を手で覆い下を向いた。あまりにも変な格好で呆れていらっしゃるのかしら?
「あのー、やっぱり元の服に着替えます。これでは格好悪すぎますものね。横にならなければ大丈夫ですし」
私が脱衣所に戻ろうとすると、手を掴まれて静止された。
「……いや、このままでいろ。風邪をひいてはいけないから早く中に入りなさい。ここにベッドは一つしかないから」
旦那様はベッドの布団をペロリとめくってくれた。私は頬が真っ赤に染まる。
「あっ……いや、でも!旦那様寝不足なのに私がいたらご迷惑になりますから、そこのソファーで横になります」
「いいから来なさい」
そう言われてしまえば……抗うことなどできない。私が「失礼します」とベッドの中に入るとぎゅっと抱きしめられた。
「ひゃあ!」
「……変な声を出すな。君を抱き枕だと思って寝る。静かにしておけ」
「はい」
そのまま沈黙が続くと、胸の鼓動のドキドキが激しくなる。旦那様の身体の中があったかくて気持ちいい。毎日こうして眠れたらいいのに。
「……ねえ、旦那様」
「……もう寝た」
「ふふ、旦那様は寝ながらお返事してくださるのね」
「……」
「お帰りなさいませ。お会いしたら一番に言おうと決めていたのに、忘れておりました」
私はそのまま旦那様の頬にチュッとキスをした。いつもは彼からしてくれるけれど、別に逆でもいいはずだ。
「……ただいま」
「無事に帰って来てくださって嬉しいです。おやすみなさいませ」
旦那様に怪我がなかったことに安心したのか、私はすぐに睡魔に襲われた。
「……気持ちよさそうに寝やがって」
旦那様が何かを言っている気がするけれど、瞼が重たくて反応ができない。返事をする代わりにぎゅっと彼のシャツを掴んで……それからはもう覚えていない。
朝になって目が覚めると、隣に旦那様はいなかった。ベッドが冷たいのできっと何時間も前からここに彼はいなかったのだろう。
寝室からでると、旦那様はソファーに座っていらっしゃった。すでにキッチリと騎士の制服に着替えており、隙がない完璧な装いだ。
「おはようございます」
彼は私を見て困ったように眉を顰め「早く着替えて来なさい」と脱衣所を指差した。やっぱり……この格好は見れたものじゃないわよね。ごめんなさい。
私は昨日のワンピースに着替えて、リビングに戻った。借りたシャツを洗濯しないと、と言うと彼は後日使用人に頼むから置いておけと奪い取られた。
「早く出るぞ。君がここにいることを部下達に見られたら面倒だからな」
「あ、はい!もしかして女性は来てはいけなかったのですか?」
「申請していればいい。もちろん家族とか婚約者だけだが……だけど基本男ばかりだからな。嫉妬から色々と冷やかされるし、品のないことを言う奴等もいるから君に嫌な思いをさせたくない」
別に私は何を言われても平気だけれど、昨日申請なんてしてない。どうしよう……規則を破らせてしまったのかしら。
「あの、私申請なんてしていません」
「……問題ない。俺は申請を受ける立場だ。部下達が俺に申請しなければならないだけだ」
それを聞いてホッとした。彼に「行くぞ」と促されて、慌てて外に出た。彼はあらかじめ我が家の馬車の手配をしていたらしく、宿舎を出てすぐに乗り込むことができた。
「見つからないようになんて、なんだかスリリングですね!小説で読んだスパイみたいです」
私が興奮していると、彼はふぅとため息をついた。あー……また子どもっぽい発言をしてしまったかもしれない。
「二つ聞きたいことがあるのだが」
「なんですか?」
急に真面目な顔になった旦那様に、私もキュッと顔を引き締めた。
「……体調は大丈夫になったのか?この前起きてこなかっただろう」
それは私が拗ねてお見送りをしなかった時のことだ。ずっと彼に心配をかけていたことを申し訳なく思った。
「寝不足だっただけで、すぐに元気になりました」
「それならいい。あと街で君が……荷物を持った若い男と歩いているのを見た。あれは誰だ?何をしていた」
街で若い男と歩いていた?私は首を捻ったが、ハッと思い出した。たぶんその日に孤児院に行った時のことだ。
「あれは街の洋服屋さんのご子息です。私と同じ年で、とっても気さくな方なんですよ!」
「……へえ」
旦那様は不機嫌そうに低い声を出した。ん?なんか怒ってる?もしかして……私が男性と歩いているのを見て、やきもちを焼いてくださったとか!?もしそうなら嬉しすぎる。
「も、もしかして妬いちゃいました?」
えへへ、と冗談っぽく言うと旦那様にギロッと睨まれた。こ……怖い。すみません、二度と言いません。
「君が世話になったのなら、ベルナール家として礼をしなければと思っただけだ。何をしていた?なぜそんなところで服を買うんだ。服を買いたいなら、我が家の馴染みの店があるだろう。どうしてそこに行かない?」
早口でいっぱい質問されてしまった。実は私が孤児院に行っていたことは、旦那様に秘密にしてもらっていた。貰ったお金を自分に使え、と怒られそうな気がしたからだ。
「あー……実は定期的に孤児院の訪問をしていまして。本とか服とか……差し入れに。旦那様が毎月くださるお金で子ども達に必要なものを街のお店で買っていました」
こうなったら白状するしかないと、全部言ってしまった。
「孤児院に……君が?俺が毎月渡してた金を使って?」
「はい。使い切れなくてですね」
「まさか、自分のためには全く使っていなかったのか?」
「えーっと、自分のため……ああ、使いました!チョコレートとかマフィンとか!普段買えない高くて美味しそうなのを買って、使用人達とみんなで食べました。美味しかったです!!」
私がニコニコとそう言うと、彼はまた「はぁ」と大きなため息をついた。
「すみません、旦那様にもお土産を買うべきでした。あまり甘いものお好きでないとお聞きしてたので、迷惑かなと思ってしまって」
「……そういうことが言いたいんじゃない。いや、いい。君の欲しい物はなんだ?自分で買わないなら俺が買ってやる」
旦那様にそんな嬉しいことを言ってもらったが、結婚してから何の不自由もない。物でないのであれば……欲しいものはあるけれど。
――本物の妻にして欲しい。
そんなことを言ったら、旦那様はものすごく困るだろうと思い「何もいりません」と彼の申し出を丁寧に断った。
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確かに今の私はカッチリしたワンピースを着てしまっている。夜を明かすには少し窮屈だ。
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少し拗ねたように旦那様がそんなことを言うので、ぶんぶんと左右に首を振った。むしろ女物が出てきたら、私の精神はズタズタになっている。
「そんな心配はしておりません。お借りしてもいいのかな、と思っていただけです。遠慮なく着させていただきます」
私はクローゼットのシャツを一枚取り、脱衣所まで移動して着てみた。旦那様の香りがして……少し恥ずかしい。そしてとても肌触りがよくて気持ちが良い。さすが公爵家の高いシャツは素材が違うわね。
だが、見事にダボダボだ。丈は膝下まですっぽり隠れるし、袖も何重にも折らなきゃだめだし、肩もずり落ちそう。
旦那様の大きさと、私の小ささの差を改めて感じてため息が出る。これではまるで大人と子どもだ。
「旦那様のシャツやっぱり大きすぎます」
私は仕方なくその格好悪い姿を、旦那様に見せることになった。こんなに余っているのを見せたくて、目の前でパタパタと袖を振ってみる。
「……っ!」
旦那様は私の姿を見た瞬間、口元を手で覆い下を向いた。あまりにも変な格好で呆れていらっしゃるのかしら?
「あのー、やっぱり元の服に着替えます。これでは格好悪すぎますものね。横にならなければ大丈夫ですし」
私が脱衣所に戻ろうとすると、手を掴まれて静止された。
「……いや、このままでいろ。風邪をひいてはいけないから早く中に入りなさい。ここにベッドは一つしかないから」
旦那様はベッドの布団をペロリとめくってくれた。私は頬が真っ赤に染まる。
「あっ……いや、でも!旦那様寝不足なのに私がいたらご迷惑になりますから、そこのソファーで横になります」
「いいから来なさい」
そう言われてしまえば……抗うことなどできない。私が「失礼します」とベッドの中に入るとぎゅっと抱きしめられた。
「ひゃあ!」
「……変な声を出すな。君を抱き枕だと思って寝る。静かにしておけ」
「はい」
そのまま沈黙が続くと、胸の鼓動のドキドキが激しくなる。旦那様の身体の中があったかくて気持ちいい。毎日こうして眠れたらいいのに。
「……ねえ、旦那様」
「……もう寝た」
「ふふ、旦那様は寝ながらお返事してくださるのね」
「……」
「お帰りなさいませ。お会いしたら一番に言おうと決めていたのに、忘れておりました」
私はそのまま旦那様の頬にチュッとキスをした。いつもは彼からしてくれるけれど、別に逆でもいいはずだ。
「……ただいま」
「無事に帰って来てくださって嬉しいです。おやすみなさいませ」
旦那様に怪我がなかったことに安心したのか、私はすぐに睡魔に襲われた。
「……気持ちよさそうに寝やがって」
旦那様が何かを言っている気がするけれど、瞼が重たくて反応ができない。返事をする代わりにぎゅっと彼のシャツを掴んで……それからはもう覚えていない。
朝になって目が覚めると、隣に旦那様はいなかった。ベッドが冷たいのできっと何時間も前からここに彼はいなかったのだろう。
寝室からでると、旦那様はソファーに座っていらっしゃった。すでにキッチリと騎士の制服に着替えており、隙がない完璧な装いだ。
「おはようございます」
彼は私を見て困ったように眉を顰め「早く着替えて来なさい」と脱衣所を指差した。やっぱり……この格好は見れたものじゃないわよね。ごめんなさい。
私は昨日のワンピースに着替えて、リビングに戻った。借りたシャツを洗濯しないと、と言うと彼は後日使用人に頼むから置いておけと奪い取られた。
「早く出るぞ。君がここにいることを部下達に見られたら面倒だからな」
「あ、はい!もしかして女性は来てはいけなかったのですか?」
「申請していればいい。もちろん家族とか婚約者だけだが……だけど基本男ばかりだからな。嫉妬から色々と冷やかされるし、品のないことを言う奴等もいるから君に嫌な思いをさせたくない」
別に私は何を言われても平気だけれど、昨日申請なんてしてない。どうしよう……規則を破らせてしまったのかしら。
「あの、私申請なんてしていません」
「……問題ない。俺は申請を受ける立場だ。部下達が俺に申請しなければならないだけだ」
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それは私が拗ねてお見送りをしなかった時のことだ。ずっと彼に心配をかけていたことを申し訳なく思った。
「寝不足だっただけで、すぐに元気になりました」
「それならいい。あと街で君が……荷物を持った若い男と歩いているのを見た。あれは誰だ?何をしていた」
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「はい。使い切れなくてですね」
「まさか、自分のためには全く使っていなかったのか?」
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私がニコニコとそう言うと、彼はまた「はぁ」と大きなため息をついた。
「すみません、旦那様にもお土産を買うべきでした。あまり甘いものお好きでないとお聞きしてたので、迷惑かなと思ってしまって」
「……そういうことが言いたいんじゃない。いや、いい。君の欲しい物はなんだ?自分で買わないなら俺が買ってやる」
旦那様にそんな嬉しいことを言ってもらったが、結婚してから何の不自由もない。物でないのであれば……欲しいものはあるけれど。
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