タバコと木札

藤ノ千里

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番外編

20歳の誕生日①

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 その日は、朝5時に目覚ましをかけて、でもそれより少し早く目が覚めた。
 スマホの画面を見ると、まこまことしーちゃんから「お誕生日おめでとう」のメッセージが来ていて、「ありがとう」とスタンプを返す。
 朝ご飯を食べて、昨日決めておいた服を着て、少しだけメイクをする。
 家族がまだ寝ている中、6時になる前に家を出た。
 まだ少し肌寒い見慣れた道を歩く。ゆっくりと歩いてたはずなのにいつの間にか駆け足になっていて、鳥居の下に着いた時には少し息が上がっていた。
 息を整えるのもそこそこに、1段飛ばしで階段を駆け上がる。
 境内に着く頃には完全に息が上がっていて、少し恥ずかしいのでそこで息を整えた。
 息が整って歩き出す。ちょうどあの建物、おじさんの家からおじさんが出てきたところだった。
 目が合った。
「早ぇな」
 苦笑するおじさんの近くまで歩いていき、目の前で立ち止まって、真っ直ぐに彼を見上げた。
「20歳になったんだけど」
「朝一でそれかよ」
 おじさんは困ったように頬を掻く。
「2年待ったんだけど」
 そう、今日は私の20歳の誕生日だった。
 この、私の目の前にいるおじさんに散々待たされた、20歳の誕生日だった。
 おじさんは大袈裟にため息をつく。
 でも、いつものTシャツとジーンズがヨレヨレのやつじゃないから、彼もちゃんと今日だと分かっていたはずだ。
「来なさい」とおじさんは家に入る。高校を卒業してからだから1年とちょっとぶりのおじさん家は、彼の匂いがした。
  促されるままに、以前ご飯を食べた席に座る。
 おじさんは向かいじゃなくて隣に座ってくれた。
 ハァともう一度ため息をついて、それから彼は口を開いた。
「おじさんは、嬢ちゃんより10歳も年上です。嬢ちゃんより早くシワシワのおじいちゃんになるし、たぶん嬢ちゃんより早く死ぬ。おじさんとしてはちゃんと同年代の男の子とお付き合いして少しでも長く幸せになってほしいです」
 まるで原稿を読むかのように一息にそう言うおじさん。
 真剣な顔は、まだ保護者のそれだった。
「それで?」
「それでって・・・」
「それはもう聞いたよ。他にはないの?建前ってやつ」
 言葉こそ違うけど、ここに来るまでおじさんからは同じ意味の言葉をもう何度も聞いていた。
 聞いて、ちゃんと理解していた。
 それが建前であると同時に、彼の本心であることも。
 おじさんは片手で顔を押さえて、それから髪をかき上げる。覗いた眼差しには諦めの色が見えた。
「あー、ねぇよ。悪いか」
 勝った、と思った。
 約2年間のおじさんと私の根比べ。やっと、やっとこの時がきた・・・!
「じゃあ付き合お!」
「待て待て待て」
 嬉しくてハグしようとした私をおじさんは押しとどめた。
 なんだ、まだここに来て何かあるのか?とムッとした顔になってしまう。
 おじさんはスッと真面目な顔をして、姿勢を正して私を見た。
 つられてわたしも背筋が伸びる。
 おじさんの、保護者じゃない真剣な目が私を見つめる。
 その姿がかっこよくて、今更ながらドキドキと心臓が騒ぎ出した。
「美菜月さん、俺と結婚を前提に付き合ってください」
 嬉しくて嬉しくて涙が溢れた。
「もちろん!」と叫びながら抱きつく私を、おじさんはしっかりと抱きしめてくれた。
 少しだけタバコの匂いのするおじさんの胸元。暖かくて、でも男の人の硬さだった。
 ぐりぐりと顔を押し付けると、おじさんの心臓も私と同じくらいドキドキしていて、また嬉しくなった。
「結婚もしてくれるの?」
 抱きつきながら聞くと、おじさんの優しい手が頭を撫でた。
「そりゃ、こんだけ歳が離れてんのに結婚前提じゃないと殺されるだろ」
 不穏な単語に思わずおじさんを見上げる。
 彼は冗談なのかよく分からない変な顔をしていた。
「誰に?」
「嬢ちゃんの親とか世間様に」
 親と言われて、両親の顔を思い出した。
 反対される姿なんて全く想像できないし、なんだか面白くなってつい笑ってしまう。
「うちの親は殺さないよ」
 笑い終わると、おじさんの真面目な顔が近づいてくるのに気づいた。
 あ、目を、閉じないと・・・。
 一瞬だけ、唇に柔らかい何かが触れて離れた。
 目を開けると、まだすぐそこにおじさんの顔があって、もう一度今度はしっかりと唇が重なった。
 唇が離れると、嬉しいのに恥ずかしくておじさんの胸元に顔を押し付けた。
 それが、私の初めてのキスだった。
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