タバコと木札

藤ノ千里

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番外編

進路①

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「しばらくここには来れなくなる」
「ほう」
「LINEも返事できなくなるかも」
「そうか」
「・・・寂しくないの?」
「平和になるな」
「バカ」
 そんな会話を嬢ちゃんとしたのが10月頭だったか。
 1度だけ「告白された」だなんだの言いに来たのを除いて、嬢ちゃんは本当にもうバイトにも遊びにも来なかった。
 夏休みはほぼ毎日、学校始まっても土日のどっちかは必ず来てた常連客が来ないと、週一くらいしか参拝者が来ない曲尾神社は凄く静かになった。
 あの日、嬢ちゃんが祠を壊した日より前はこれが通常運転だったって言うのに、物足りなさを感じてしまう自分に苦笑が漏れた。
 足元で、大きな赤い瞳が一瞬だけ開くのを感じて見下ろす。
 この神様も寂しいらしい。いや、俺は寂しくないが。
 たまーにこうやって目を開くが、名もない水神様はちゃんと寝ていて、2~30年は放っておいても大丈夫なはずだった。
 それまでに嬢ちゃんの呪いを解いて、封印できるやつを探すか、封印できなくても最悪また眠らせればいい。
 時間の経過と共に力が弱まっていらっしゃるから、次起きた時は呪いも微々たるものになっているはずで、もう一度眠らせれば起きるより先に消滅する可能性が高い。
 そうなれば俺もお役御免だ。この地に縛り付けられる理由もなくなるし、別の仕事を始めたっていい。
 呪いさえ解いてしまえば、嬢ちゃんだって自由になれる。
 何も俺みたいなおじさんの隣にい続ける必要はないのだ。


 告白された時はまぁ正直嬉しくはあった。
 可愛いらしいお嬢さんに好意を抱かれて喜ばない男はいないだろう。
 だが、彼女は18で、俺は28だ。
 一回り近く年上のおじさんに彼女が抱くのは、ぼんやりとした歳上への憧れでしかない。
 ちゃんと年相応の青春して、社会に出れば間違いだと気づくはずだった。
 嬢ちゃんの世界がちゃんと広がるように少しだけお節介を焼いてやった。
 で、あの日。花火の日、俺に言われた通りにちゃんと嬢ちゃんはお友達を連れてきた。
 黄色い浴衣は、あのとんぼ玉に寄せたデザインだとすぐに気づいた。
 健気なことをしやがる。
 髪の毛を結い上げて、いつもはしない化粧もして、まるでデートにでも来たような姿に罪悪感にも似た感情を覚えた。
 同級生の男どもも引き連れてきたくせに、どう考えても俺に見せるためにオシャレをしてたのだ。
 毎年派手になる花火。特等席から見るのも毎年の事で、特別なことなんてないはずで。
 夜空を彩る明かりに照らされた嬢ちゃんが、20歳だったら良かったのにと思ったのは気の迷いだった。
「美菜月」と、心の中で名を呼ぶと振り返るから、つい目が逸らせなくなったのもきっと花火の魔力にやられたからだ。


 人気のない曲尾神社も、年末になるとちらほら参拝客が来るようになる。
 縁切り神社と知らないのか、知ってても縋りたいのか、そのほとんどが高校生だ。
 嬢ちゃんも高校三年だから、進学するなり就職するなりするんだろうが、何も聞いてない。
 それでいいと思う。
 嬢ちゃんには嬢ちゃんの人生があって、俺はその中のほんの片隅にいただけの存在で、そのうち忘れられるそんなものでしかないのだから。
 三が日ともなると、参拝客だけでなくお守りや破魔矢を求める客が数人は訪れる。
 1人で対応するからそこそこ忙しくなるが、それも毎年の事。
 波とも言えない数の参拝客を見ていたが、嬢ちゃんは、来なかった。
 いや、それでいい。馬鹿なことを考えそうになるのを、頭を振って無理やり思考を切り替えた。
 この為に俺の名前すら嬢ちゃんには教えないように徹底していたのだから。
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