タバコと木札

藤ノ千里

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本編

最終話 タバコと木札

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 目が覚めた私を待ち受けていたのは、呆れ顔のおじさんだった。
「外すなよって言ったろ?」
 とても疲れているのだろう。声に覇気がない。
 ヘロヘロでボロボロになりながらも、私を布団に運んでくれたらしい。
 着ていた変な服もしわくちゃになっていた。
「すみませんでした」
 横になりながら謝ると、おじさんは頭をワシワシと撫でてくれる。
 タバコの匂いがふわりと鼻をくすぐった。
「まぁ、ちゃんと言ってなかったおじさんも悪かったから、おあいこな」
 二ッと笑うおじさんに、抱き着きたくて、でも我慢した。
 好きな人に、迷惑はかけたくない。
 ゆっくりと体を起こしてみた。少しだけ頭が重いがそれ以外は何ともなさそうだ。
 安心すると、お腹がグーと鳴った。なぜかお腹が空いていることに気づく。
 今何時だっけと、時計を探して辺りを見回すと、窓の外はなぜか明るかった。
 家を出たのが夜9時過ぎ。日が出ているということは、一晩ここで過ごしたことになる。
「朝ご飯作ってきてやるから、その間に無断外泊の言い訳しとけよ」
 おじさんが指さす先には私のスマホが置いてあった。
 嫌な予感がする。いや、予感というよりこれは予知か。
 恐る恐るスマホの画面を見ると、今までに見たことのない件数の着信が入っていた。
 やばい。これは大事になっているやつだ。
 助けを求めておじさんの方を見ると同時に扉が閉まる。
 に、逃げた!普通こういう時って助けてくれるものなんじゃないの??
 そうこうしているうちにスマホが鳴り出す。
 お母さんからの着信だ。
 出たくない。でも出ないという選択肢はない。
 フーと大きく息を吐き、覚悟を決める。スマホを手に取った手首には、真新しい木札がぶら下がっていた。


 お母さんにはめちゃくちゃ怒られた。
 いや、お母さんだけじゃない。お父さんと弟にもめちゃくちゃ怒られた。
「お昼くらいには帰るから」と言うと更に怒られ、結局できるだけ早く帰宅しないといけなくなった。
 できるだけ長くおじさんと一緒にいたかったが、こればかりは仕方ない。
 向かい合わせに座って、おじさんが握ってくれた朝ご飯のおにぎりを頬張る。
 塩だけのおにぎりは、まるで特別な何かが入っているかのように凄くおいしい。
 あっという間におにぎりは消え。「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
「さて、嬢ちゃんが帰る前に大事なお話をしようかね」
 そう言うとおじさんはお茶をすする。
 おじいちゃんみたいな飲み方も、なんだか少しかわいく見えた。
「まずあのおっかない見た目の神様だけど」
 水神様のことだろう。禍つ方の。
「たくさんお酒を飲ませて、いったん寝てもらいました」
 冗談めかして言っているが、たぶん本当の事なんだろう。
 あの時の大蛇は酔っぱらっているように見えたし、何よりあの時の境内はものすごくお酒臭かった。
「封印とは違うの?」
 伝承の通りなら、おじさんに封印はできないはずだ。
 それに、封印したならあの赤い目の説明がつかない。
「おじさんそっちは得意分野じゃないのよ」
 おじさんは頬をボリボリと掻いた。
 それが困った時の癖なんだと、今では知っている。
「今回は寝てもらっただけ。あとこれはひじょーに言いにくいんだけど」
 おじさんが指さしたのは、私の手首に揺れる木札だった。
 よく見ると、以前の「護」ではなく「封」の文字が書かれているのに気付く。
「ちょびっとだけ呪いをもらっちゃったみたいでそいつで封じてあるから、今度こそ外さないように」
 新しいお守り。また私とおじさんを繋ぐ、小さな木札。
 不謹慎かもしれないけど、凄く、嬉しかった。
「嬢ちゃんが大人になったら解いてくれる人のとこに連れて行くから、邪魔かもだけど我慢してくれ」
 連れて行くと、言った。おじさんが私を連れて行ってくれる。
「それってデートってこと!?」
 嬉しくてつい大きな声が出た。
 だって、大人になってからってことはそういうことでしょ??
「待て待て待て待て」
 前のめりになる私をおじさんが手で押し返す。
 肩を触られてしまった。男の人の力に少しドキドキしてしまう。
「あー、その話は保留!おじさん逮捕されちゃうから!」
 口元を抑えながら顔をそらしているのはきっと照れてるからだ。
 顔が赤くなっていないのが少し悔しいが。
 でも、保留だ。断られたわけじゃない。
「私もう18歳だよ?」
「おじさんは20歳からしか大人と認めません!」
 ダメ元で聞いてみたがやっぱりダメらしい。20歳。あと二年か。
 あと二年間は、こうして会えるのか。
 その間に、好きになってもらえば両想いなのか!
「私、頑張るね!」
 何もなかった私の日常に大きな大きな目標ができた。
 おじさんは凄く複雑そうな顔をしてたけど、拒否しないでいてくれた。
 手首で木札がカランと揺れる。その音はまるでこの恋を応援してくれているようだった。
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