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本編
第8話 恋とお別れ
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曲尾神社までは走れば15分。
運動は苦手だ。喉は苦しいし、脇腹は痛い。汗をかくのは気持ち悪いし、すぐに足が痛くなる。
それでも、走った。
走って走って、曲尾神社の鳥居にたどり着く。
大蛇の影は今は見えない。
木札が真っ黒に見えるのは、きっと夜だからだ。
息を整えながら階段を登る。
怖い。
呪いだなんだより、おじさんがいなくなってしまうんじゃないかということが、もう会えなくなるかもしれないことが、怖い。
あと少しで階段が終わる。そう思った時、手首の木札がパキンと鳴った。
真っ二つだった。
おじさんから貰ったお守りの木札。
まるで無理矢理裂かれたように、綺麗に2つに割れていた。
胸を締め付けられるような不安。恐怖よりおじさんへの心配の気持ちが勝ち、残りの階段を一気に駆け上がる。
境内では、祠の跡でやっていた儀式のように、大きな炎が燃えていた。
おじさんは昔の人のような変な服を着ていて、そのおじさんを大きな蛇の頭が睨みつけていた。
蛇の口がゆっくりと開く。おじさんを呑み込むように大きく大きく開いて。
「おじさん!」
私はおじさんに駆け寄って飛びついた。
「嬢ちゃん?!なんで・・・!」
おじさんはちゃんと私を抱きとめてくれた。
煙とタバコとお酒の匂い。暖かい。まだ生きてる。
「私、おじさんが好き!」
「なっ・・・」
「おじさん死なないで!」
おじさんに縋り付く。きっとおじさんは私の身代わりに死ぬつもりなんだ。
そんなこと、嫌だ。
おじさんが死ぬくらいなら、私が呪われた方が良い。絶対に、その方がいいに決まっている!
おじさんは答える代わりに、何か呪文のような言葉を呟いた。
蛇はまだ噛み付いてこない。振り返ってみると、大きな頭がゆらゆら揺れていて、まるで酔っ払っているようだった。
「おじさんは死なねぇよ」
頭をポンポンと優しい手が撫でる。
「だから嬢ちゃんは後ろに隠れてな」
おじさんは優しく笑っていて、その言葉は嘘じゃないと思った。
離れ難い体を引き剥がし、言われた通りおじさんの背中側に回る。
おじさんの背中越しに見える大蛇は不思議とそこまで怖く感じなかった。
その後の光景は、まるで映画のようだった。
おじさんが呪文を呟くにつれて、揺れる大蛇の顔が低く低く下りて行く。
まるで子守唄のように、おじさんの呪文は蛇の神を鎮めていった。
パチパチと爆ぜる火の音。低く響くおじさんの声。地面に横たわった大きな大きな蛇。
蛇は目を閉じると、眠るように色が消え、空気に溶けて消えていった。
おじさんの声が止む。あぁ、全部、終わったんだ。
「おじさん!」
安堵と喜びとおじさんへの気持ちと色んなものが混ざって、思わずおじさんの背中へ飛びついた。
「おわっ・・・!」と驚きながらもおじさんはちゃんと受け止めてくれる。
「好き・・・!」
ダメ人間なのに、ダメ人間だけど、おじさんが好きだった。
今までの恋が霞んでしまうような、これが本当の恋なんだと思った。
でも、これがおじさんを困らせる思いなんだということも、分かっていた。
ゆっくりと、おじさんの背中から離れる。
水神様の呪いが収まった今となっては、私とおじさんを繋ぐものはもう何も無い。
意味の無いバイトだってきっとおしまいだ。
お別れだと、思った。
手首にぶら下がる、もうほとんど壊れている真っ黒な木札を引っ張ると、驚くくらいするりと解けた。
おじさんに貰ったお守りの木札。きっとこのまま持っていると悲しくなってしまうから。
明々と燃える火柱に投げ入れた。これでおじさんにお別れを言えると、振り返る。
そこには、地面に光る大蛇の赤い目がひとつあった。
「あ!おい!嬢ちゃん!」
急に強い眩暈に襲われる。倒れ込む視界の中で、おじさんが私を抱きとめてくれたのを感じた。
運動は苦手だ。喉は苦しいし、脇腹は痛い。汗をかくのは気持ち悪いし、すぐに足が痛くなる。
それでも、走った。
走って走って、曲尾神社の鳥居にたどり着く。
大蛇の影は今は見えない。
木札が真っ黒に見えるのは、きっと夜だからだ。
息を整えながら階段を登る。
怖い。
呪いだなんだより、おじさんがいなくなってしまうんじゃないかということが、もう会えなくなるかもしれないことが、怖い。
あと少しで階段が終わる。そう思った時、手首の木札がパキンと鳴った。
真っ二つだった。
おじさんから貰ったお守りの木札。
まるで無理矢理裂かれたように、綺麗に2つに割れていた。
胸を締め付けられるような不安。恐怖よりおじさんへの心配の気持ちが勝ち、残りの階段を一気に駆け上がる。
境内では、祠の跡でやっていた儀式のように、大きな炎が燃えていた。
おじさんは昔の人のような変な服を着ていて、そのおじさんを大きな蛇の頭が睨みつけていた。
蛇の口がゆっくりと開く。おじさんを呑み込むように大きく大きく開いて。
「おじさん!」
私はおじさんに駆け寄って飛びついた。
「嬢ちゃん?!なんで・・・!」
おじさんはちゃんと私を抱きとめてくれた。
煙とタバコとお酒の匂い。暖かい。まだ生きてる。
「私、おじさんが好き!」
「なっ・・・」
「おじさん死なないで!」
おじさんに縋り付く。きっとおじさんは私の身代わりに死ぬつもりなんだ。
そんなこと、嫌だ。
おじさんが死ぬくらいなら、私が呪われた方が良い。絶対に、その方がいいに決まっている!
おじさんは答える代わりに、何か呪文のような言葉を呟いた。
蛇はまだ噛み付いてこない。振り返ってみると、大きな頭がゆらゆら揺れていて、まるで酔っ払っているようだった。
「おじさんは死なねぇよ」
頭をポンポンと優しい手が撫でる。
「だから嬢ちゃんは後ろに隠れてな」
おじさんは優しく笑っていて、その言葉は嘘じゃないと思った。
離れ難い体を引き剥がし、言われた通りおじさんの背中側に回る。
おじさんの背中越しに見える大蛇は不思議とそこまで怖く感じなかった。
その後の光景は、まるで映画のようだった。
おじさんが呪文を呟くにつれて、揺れる大蛇の顔が低く低く下りて行く。
まるで子守唄のように、おじさんの呪文は蛇の神を鎮めていった。
パチパチと爆ぜる火の音。低く響くおじさんの声。地面に横たわった大きな大きな蛇。
蛇は目を閉じると、眠るように色が消え、空気に溶けて消えていった。
おじさんの声が止む。あぁ、全部、終わったんだ。
「おじさん!」
安堵と喜びとおじさんへの気持ちと色んなものが混ざって、思わずおじさんの背中へ飛びついた。
「おわっ・・・!」と驚きながらもおじさんはちゃんと受け止めてくれる。
「好き・・・!」
ダメ人間なのに、ダメ人間だけど、おじさんが好きだった。
今までの恋が霞んでしまうような、これが本当の恋なんだと思った。
でも、これがおじさんを困らせる思いなんだということも、分かっていた。
ゆっくりと、おじさんの背中から離れる。
水神様の呪いが収まった今となっては、私とおじさんを繋ぐものはもう何も無い。
意味の無いバイトだってきっとおしまいだ。
お別れだと、思った。
手首にぶら下がる、もうほとんど壊れている真っ黒な木札を引っ張ると、驚くくらいするりと解けた。
おじさんに貰ったお守りの木札。きっとこのまま持っていると悲しくなってしまうから。
明々と燃える火柱に投げ入れた。これでおじさんにお別れを言えると、振り返る。
そこには、地面に光る大蛇の赤い目がひとつあった。
「あ!おい!嬢ちゃん!」
急に強い眩暈に襲われる。倒れ込む視界の中で、おじさんが私を抱きとめてくれたのを感じた。
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