タバコと木札

藤ノ千里

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本編

第2話 木札とアルバイト

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 その日の夜、お風呂から上がって自室に籠る私の手首には、小さな木札がぶら下がっていた。
 消しゴムくらいの大きさで、細かい文字がみっちり書かれている少しダサいデザインのやつだ。
 おじさん曰く、祠を壊しちゃったことといい最近私の身に降りかかる災難は運気が悪いからとの事で、ちょっとはマシになるためのお守りらしい。
 由緒正しいもので、貸してくれるだけらしく、「風呂でも外すなよ、失くすから」なんて言っていた。
 首にかけれればもう少し楽なのだろうが、手首にというのが地味に邪魔だ。
 正直神様なんて信じてないし、効果があるとは思ってはいない。あのおじさんが可哀想だからつけてあげているだけだ。
 おじさんのことは両親には言わなかった。
 言って変に心配されたくない。弁償なんて言ってお金を払わせるのも嫌だ。
 幸いおじさんは良いおじさんのようで、「30日間巫女としてバイトすること」ということで祠の件はチャラにしてくれるらしい。
 大切な夏休みの間の30日間。とは言っても部活にも入ってなければ友だちもいない私には、ちょうどいい暇つぶしになるかもしれないと引き受けたのだ。
 断じて、毎日昼ご飯を作ってもらえるから引き受けたわけではない。


 翌日、私は約束通り朝から曲尾神社に来ていた。
 鬼門だと思っていた長い階段は今日はそこまで苦でもなく、日傘の偉大さを感じる。
 朝の境内は肌寒いくらいで、今が夏だということを忘れてしまいそうな程だった。
 ふと、昨日窓の外に見た影を思い出す。
 大きさからすると車くらい。確か手水舎の辺りで動いていた。
 そういえば、手水舎が少し変わった形をしている。
 近づいて見るととぐろを巻いた蛇をモチーフにいていることが分かる。口から水を吐き出す蛇は少し怖い顔をしていた。
「お、嬢ちゃん来たな」
 昨日ご飯を食べた建物からおじさんが出て来た。あそこに住んでいるらしい。
「ちゃんとお守りも着けてて感心感心」
 うんうんと頷く仕草がいちいちおじさんっぽい。
 服も昨日とほとんど同じ組み合わせだし、どうしてこうおじさんという生き物はセンスがないのか。
 色々言いたいことはあったが、今日からの雇用主になる人に失礼な態度を取るわけにもいかず、私はとりあえず眉を顰める程度に留めてあげることにしたのである。


 おじさんの口から「巫女のアルバイト」という単語が出た時には少しだけ警戒していたのだが、指示されたのは普通に健全な巫女の仕事だった。
 午前中は境内の掃除、お昼ご飯を挟んで午後はお守りやお札を販売する担当ということらしい。
「参拝者っているの?」と聞いてみたが「稀にな」と返されてしまった。
 その稀に来る参拝者のためにわざわざアルバイトなんて変な話だ。
 しかも、参拝者が来ない間は宿題をしててもいいしスマホをいじってても本を読んでてもいいときた。
 私としてはそれで弁償の代わりになるなら願ったりだけど、うまい話すぎて少しだけ不安になる。
 一応おじさんに警戒だけはしとかないとと、スマホは手放さないことにした。
 まぁ、当のおじさんは私の仕事ぶりを遠くから見てたり見てなかったりするくらいで、その警戒も徒労に終わるのだが。


 それは、参拝者が1人も来ないままただ宿題だけが順調に終わっていき、アルバイト開始1週間が経った頃だった。
 今日の分と考えていた宿題も終わり、境内をボーと見ながらスマホをいじっていた。
 あまり見てもいなかったクラスのグループLINEの通知を間違えてタップしてしまい、画面を戻そうとした私の指が止まった。
 名前しか知らないクラスメートの投稿。
「荻野先生、2人目できたんだって!」
 意味がすぐに理解できなくて、何度も読み返す。
 荻野先生は私の好きな人で、離婚まで秒読みで、でも実は家族仲がよくて、私の告白を断らなくて、そして、2人目の子どもができた・・・?
 胸をぎゅっと掴まれるような激しい怒りにも似た悲しみが湧き上がる。
 酷い。裏切られた。酷い。嫌い!
 荻野先生なんて、荻野先生なんていなくなっちゃえばいいんだ。
 そう思った瞬間、体が急に重くなる。そして、全身を包む水を被ったかのような寒気。
 体が、重力に耐えきれず地面に落ちていく。
「嬢ちゃん!」
 向こうから駆け寄ってくるおじさん。その後ろにまたあの大きな影が見えた気がした。
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