聖女の私にできること第三巻

藤ノ千里

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第七章 愛していればこそ

第五十九話 託児所の提案

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 道明様に憮然とした気持ちを抱いたままだったし、赤ちゃんの様子も気になったので、朝ご飯は木村先生達と講堂で食べることにした。
 お美代さんにみかんのしぼり汁をもらった赤ちゃんは、彼女の腕の中で満足そうに眠っている。
「道明僧正様は何と?」
「町で引き取ってくれる親を探すと」
「やはりそうなりますか」
 木村先生の声も世間話の温度感で、この老医師もこうなることは分かっていたようだ。
 確かに冷静に考えてみれば、粉ミルクもないこの時代に乳幼児を育てるなんてほとんど無理な話だし、仕方ないのかもしれない。
 けれど、この子は他でもない道明様と私のいるこの光来寺に来てくれて、だから運命なんじゃないかとすら思っていたのに。
 いじけた表情のままご飯を食べる。
 貢物と言う食材が潤沢に手に入るようになったおかげでご飯はおいしくて。でも、いまいち箸は進まない。
 お美代さんに抱かれている赤ちゃん。触りたいけど、きっと抱っこしたら情が移って手放せなくなる。
 黙々とした食事時間が終わり、木村先生が箸を置く。
 お美代さんから赤ちゃんを受け取ると、先生は私の方を見てニコリと笑った。
「どうしてもと仰るのでしたら、私に良い考えがございます」
 人生経験豊富な名医は、知識量も相当に豊富なのだろう。
「寺子屋へ、赤子を一時的に預けることのできる施設を併設してはいかがでしょうか」
 私ですら思ってもみなかったアイデアは、この時代ではありえない事のようで、その場にいた全員の驚いた顔が木村先生の方を向いた。
 でも私は、それが十分実現可能であることを、知っていた。
「託児所ですね!確かに!」


 朝ご飯の後、道明様に早速話をしに行こうと思ったが、彼はお客様こと檀家さん予備軍のお相手に忙しいようだった。
 しかたなく一松に「お昼ご飯の時に話がしたい」と伝言をお願いして、新医療所へと出勤する。
 赤ちゃんはお美代さんが寺の人と見ていてくれるらしい。うちの侍女は育児もできる有能な女性なのだ。
 町中でボヤがあったとかで、今日は火傷の患者が何人かいた。幸いにも重症ではなかったしすぐに治せたが、空気が乾燥していることを考えればまた近いうちに同じような事が起こりそうだ。
 あとは、やっぱりインフルエンザ。見つけ次第他の患者から離していたが、行き来や並んでいる間に周りに感染しているだろうことは容易に想像がつく。感染防止の意識の低さは、今後の大きな課題になりそうだ。
 お昼になると光来寺に戻った。
 道明様は彼の部屋にいて、すでに二膳のお昼ご飯が向かい合わせに用意されていた。
「道明様!あの子なんですけど・・・!」
「まずは座りなさい」
 勢いあまったせいで怒られてしまった。
 渋々彼の向かいに腰を下ろすと、フッと苦笑されてしまい、物凄く複雑な気分だ。
「話とは?」
 箸を手に取り、お椀の蓋を開ける動作すら気品に溢れている。
 余裕の笑みを浮かべる彼だが、その頭脳をもってしてもこの後の私の言葉は想定外だったようだ。
「寺子屋の隣に託児所を作ってもよいでしょうか?」
「託児所?」
 道明様の手が止まり、探るような視線がこちらに向けられる。
 多分この時代にはないものだから当然の反応ではあるが、彼が知らないことを私が知っているというのは少し楽しい。
「親のいない子や、親が育てられない子を一時的に預かる施設です」
 乳母さえ探してこれれば乳幼児も預かることができるだろうし、寺子屋の延長線上で何とかなる気がしていた。
 それに何より、託児所ができればあの赤ちゃんを手放さなくても済むのだ。
「寺の者が面倒を見るのか?」
「最初はそうなりますが、預かっている子たちが大きくなったらそのまま託児所で働いてもらうようにできればと」
 託児所とは言うが、どちらかというと乳児院に近い。
 大人になった後の働く場所も提供してあげれば、もうこれは完璧なシステムになるんじゃないかと、話しながらワクワクしてきていた。
「なるほど・・・詳しい話は夕餉の後にいたそう」
 道明様のその返事は、もうほぼ賛同だった。
 きっと彼はこれから夕ご飯の間までに現実的に実現可能な案を考えてくれるに違いない。
 最愛の夫は、私にとてもとても甘い、凄く仕事のできる住職様で。多少悪い事をしていたとしてもこういうところが本当に最高に魅力的な男性なのだった。
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