聖女の私にできること第三巻

藤ノ千里

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第六章 私の役割

第五十話 適切な距離感

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 翌朝、目が覚めると道明様は隣にいなかった。
 出かけてるのだから当然だ。当然だが、ここのところ毎日一緒に寝ていた人がいないとやはり寂しさを感じてしまう。
「小瑠璃様、朝餉をお持ちいたしました」
「お美代さん!」
 寂しさを吹き飛ばしてくれたのは朝一のお美代さんの笑顔だった。
 二人分の膳。どうやら一緒に食べてくれるらしい。
 向かい合わせに座ると東山城での日々が思い出されて思わず笑い合う。お美代さんの隣は実家のような安心感だ。
「小瑠璃様は本日も診察をされるのですよね?」
「うん、お美代さんは?」
「私は、寺子屋をお始めになるという事でそのお手伝いをいたします」
 木村先生から寺子屋の打診を受けたという話は道明様に聞いていたが、どうやら本当に始めてくれるらしい。
 漢方屋に、寺子屋に、そういえば田助のお嫁さんも探すと言っていたし、今はあいさつ回りに行ってるし、マルチタスク過ぎて道明様って本当は三人くらいいるんじゃないかと思ってしまう。
「困ってることとかない?」
「はい、お坊様方が皆さま良くしてくださるので」
 お美代さんの曇りのない笑顔が眩しいが、色んな事を知り過ぎてしまった私にはそのお坊様方に下心があるんじゃないかと疑ってしまって・・・駄目だ、こういう考え方はよくない!
「何かあったらいつでも相談してね」
「ありがとうございます!」
 ニッコリの笑顔にニッコリの笑顔で返して朝ご飯の時間が終わる。
 お美代さんが膳を下げてくれたので、少し早いが木村先生達のいる客間へと向かったのだった。


 客間へ行くと、廊下には助三がいてちょうど草順が部屋から出てくるところだった。
「あ、小瑠璃さん、おはようございます」
「おはよう草順・・・あ、漢方屋に行くんだっけ?」
「はい、朝早くから開いているらしいので」
 確かに、薬が足りなくなってから買いに行っていては遅いし、なるべく早く買いに行った方がいいのだろう。
 こんな早い時間から営業してくれている漢方屋には感謝しかない。
「遠いの?」
「割と近いらしいです。・・・何か買ってきて欲しいものとかあります?」
 呼び捨てため口の効果か、心なしか草順との距離が縮まった気がする。今までであればこんな風に必要最低限じゃない話はしてこなかったのに。
「じゃあ蜂蜜あったら欲しいなー」
「分かりました。では行ってきます」
 実は、熊男おじいちゃんにもらった蜂蜜は、もらった時にひと舐めさせてもらっただけで後は薬として持って行かれてしまったのだ。
 粗食には飽きた。甘味が欲しい。お菓子は食べられなくても、蜂蜜は欲しい!
 「行ってらっしゃい」と草順を見送りながら、「絶対に蜂蜜買ってね」と念を送る。
 草順の背中が廊下の陰に消えたので振り返ると、でかい影、幸太郎先生が立っていた。
 もの言いたげな顔でこちらを見ている。いたなら声をかけてくれればいいのに。
「幸太郎先生、おはようございます」
「・・・小瑠璃ちゃんさ」
「はい?」
 距離が近い気がして一歩下がる。避けているわけではない、これは夫殿の言いつけなのだから。
「いつの間に草順先生と仲良くなったの?」
 もしかしなくても呼び捨てため口の件だろう。いちいちそんな事に反応するなんて子どもじゃあるまいし、いい年した大人が何を言うのか。
「幸太郎先生には関係なくないです?」
「えぇーひどっ!」
 大げさにショックを受ける姿に思わず笑ってしまう。良くも悪くも初めて会った時から幸太郎先生は全く変わってない。
「俺にも草順先生みたいに話してほしいなーなんて」
 やっぱりこう、距離の詰め方にホスト感を感じてしまうのだ。真面目に診察している時と素のチャラチャラしている感じと、ギャップが面白いせいで思わず受け入れてしまいそうになる。が、そう、彼は以前私に告白してきていたな・・・。
「幸太郎先生は駄目です」
 異常に情報収集能力が高い我が夫がどの程度まで私の周囲の情報を掴んでいるかは分からないが、「以前告白してきた相手と仲良くしている」なんて耳に入ったらそれこそ何をされるか分かったものではない。
 念には念を入れて幸太郎先生とは適切な距離感を保つ必要があるだろう。
「えぇぇー!」
 芝居がかった仕草で項垂れる幸太郎先生を横目に見ながら、木村先生が部屋から出てきた。
 この大先生ですら、幸太郎先生にはノータッチで私に「行きましょうか」と言ってくるので、彼の扱いはこれで正解なのかと思いつつ「はい」と頷いたのだった。
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