聖女の私にできること第三巻

藤ノ千里

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第五章 新医療所

第四十三話 それぞれの心の中

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 光来寺の治安が良くなっていて、懐かしい先生達に囲まれて、聖女として活躍の場ができて。だから油断していたんだと思う。
 ふと、あちらの世界で「澄恋スミレは考えてること全部口に出るよな」と何度か言われたのを思い出して、これは十中八九やらかしてしまったのだと頭を抱えた。
 私の過去について、話さない方がいいと道明様には言われた。でもやっぱり、こうなってしまっては「記憶が曖昧だ」なんて誤魔化しもできそうになかった。
「私の記憶については、この場で答えることはできなくて・・・」
 他の事についてなら違ったかもしれない。けれど他でもないインフルエンザについての知識を伝えず、それによって人が亡くなるのは、堪えられるわけがない。
「道明様に相談してくるのでいったん保留にしてもらってもいいですか?」
 こんな時、毎回彼に頼ることになってしまうのは凄く情けない気もするが、今の私に考えられる一番ベストな選択肢はこれしかなかったのだった。


 それから少し後、晩ご飯を食べた直後の時間に、道明様の部屋に集まっていたのは彼と私と木村先生と草順先生の4人。
 「木村殿を」と言った道明様にごり押して草順先生も呼んでもらい、晴彦と一松には外してもらった。
 道明様の隣に私が座り、先生方は正面に横並びに座っている。道明様は相変わらずにこやかだが、先生方の表情は少し硬かった。
「お呼びいただいたのは、小瑠璃様の記憶の件でしょうか?」
 木村先生の先制パンチにチラリと道明様を伺う。彼には記憶喪失でないことがバレたかもしれないということと、できればこの二人には正直に話したいのだと伝えていた。
「はい。話せる限りではございますが、妻がお二人にはどうしてもお話したいと申しておりますので、お呼びだていたしました」
 道明様の「妻」という単語に反応して私を見たのは草順先生だった。そういえば、草順先生にはまだ話していなかったかもしれない・・・。
「ですが、とても繊細な内容となりますゆえ、どうかこの場での話はお二人のお心に留め置いていただきたいのです」
 木村先生が大きく頷くと、つられるように草順先生も頷いた。
 それを見て、道明様が私の方に顔を向ける。
 作り物みたいな僧正様の仮面の奥で、彼の瞳はいつだって私に愛を囁いていて、だから例え私の秘密を誰かに否定されたとしても、彼さえいればどうってことないと思える。そんな気がしていた。

ーーーーーー
 危惧していた通りはやり風邪の患者がいたので、僕としては木村先生だけでも感染しないように八ツ笠へお帰りいただくことすらも考えていた。
 そんな時、いつになく真剣な顔で俯く小瑠璃殿の口から漏れ聞こえてきたのは、驚くしかない内容だった。
「やっぱりインフルエンザか・・・」
 最初は、聞き間違いかと思った。彼女は時折鋭い意見をくれるが、医師としての経験はまだまだ浅く、知識としては最低限といったところだったからだ。
「予防接種はないから、対処療法・・・感染対策は、してくれないよなぁ・・・」
 考え込みながら、小瑠璃殿は自分の口が動いていることに気づかない様子で、だからこそこれは彼女が時たま飲み込んでいた彼女の考えそのものだと気づいた。
 チラリと視線をやると、木村先生も同じことを考えているようで、僕と同じように小瑠璃殿の独り言を聞き逃すまいと耳を傾けている。
「熱性けいれんよりは、異常行動の方が怖いか・・・あとはインフルエンザ脳症、はどんな症状だったっけ・・・」
 ようやく気付いたらしい幸太郎先生が肩を叩いてきたが、身振りで黙っているように伝えた。
 これは多分、彼女が普段であれば喋ってくれないであろう内容で、そしておそらくとても貴重な情報なのだから。
「とにかく解熱だ・・・脳症も炎症だから解熱できれば問題ないはず・・・」
 どうやら小瑠璃殿の中で結論が出たらしい。それを確認してから木村先生が重たい口を開く。
「小瑠璃殿」
 弾かれたように顔を上げた彼女は、僕たちをぐるりと見渡した。「やってしまった」と顔に書かれていて、興味深くはあるが今の優先順位はそこじゃない。
「もしかして、何か思い出したんですか?」
 僕の言葉に、小瑠璃殿は泣きそうな顔で俯いた。それがもうほとんど答えだった。


 夕餉を下げに来た晴彦という小坊主さんに木村先生と一緒に案内されたのは、この光来寺の住職である道明僧正様の私室だった。
 川平から帰還する時に、園田先生から小瑠璃殿と道明僧正様が恋仲なのだと聞いていたが、私室で並んで座っているという事はやはりそうなのだろう。
 不釣り合いにもお似合いにも見える二人の組み合わせに少しだけ胸の奥がモヤモヤする。
 木村先生が道明僧正様に呼び出しの理由を聞いて、道明僧正様が答えて、そして「妻」と彼は言った。
 思わず小瑠璃殿を見てしまった。
 恋仲なだけじゃなかったのか?でも、よく考えると住職の立場にある方がただの恋仲の娘をこんな時間に私室に呼ぶわけもないのか。
 妻であるならば二人の距離の近さにも頷ける。
 あぁ、そうか。やはり僕の中にあるこれは、恋心というもので、僕は今失恋というものを経験したのか。
 理解した瞬間、一気に胸が重苦しくなって、僕も人の子だったのだと謎の納得感が浮かんできた。
 内緒にしてくれと言う道明僧正様に木村先生が頷いたのを見て、慌てて頷いたけど、小瑠璃殿の顔を見るのがほんの少しだけ気まずくなってしまった。
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