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第三章 道明様の愛

第二十九話 行き先

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 道明様の読経の声が聞こえた。
 けだるい頭で目を開ける。読経をあげる道明様の背中。後ろ姿も素敵だなと思う。
 道明様と一緒に読経をあげているのは晴彦さんか。衝立の裏で姿は見えないが、昨日と同じ声だから分かる。
 肌寒い気がして身を縮める。布団の下は、裸だった。
 昨晩の痴態が浮かんでしまって声にならない悲鳴を上げる。ぐしゃぐしゃになるのを承知で慌てて布団の中で服を着た。
 服を着終わって布団から出ると、ちょうど読経が終わる。
「目覚めたか」
 爽やかな麗しい笑顔。昨晩あんな破廉恥なことをしてきた人とは別人かと思うほどだった。本当に憎たらしい。
 布団は晴彦さんが片づけてくれるようだったので、立ち上がって離れた。目が合った時の彼の顔が少し赤かった気がする。本当に、本当に申し訳ない。
「服が乱れておるぞ」
 道明様が、笑いながら私の服を整えてくれる。だが、そんなことでは誤魔化されない。
「次はお断りしますからね」
「断れるのか?」
「っ!?」
 余裕の笑みが私をのぞき込む。
 信じられない、なんてことを言うのか。
 もう張り倒してやりたくて、でもこんな会話ができるのが嬉しくて。
 私はただただ道明様を睨みつけることしかできなかった。


 私たちは軽い朝食を取ると、そのお寺を後にした。
 どこへ向かっているのかについては、道明様が歩きながら教えてくれた。
 聖雅院院主となった道明様は、元々年末のご挨拶に天子様の元へ向かっていたらしい。
 天子様。京におわす天皇様の事だ。
 川平で慰問をしていたため予定よりは遅れているが、ここからゆっくり10日も歩けば着くのでご挨拶には間に合いそうなのだと言う。
 念のため同行していた秀仲僧正を先に向かわせているらしいので、万一遅れてもそこまで大きな問題にはならないらしい。
 秀仲僧正とは多分あのお小姓さんを侍らせていた中年のおじさんだ。私は好きじゃないが、道明様がどう思っているかはさすがに分からなかった。
 清水城では、私は突然逃げたということになっているが、だれも手引きをできない状況だと思われているため神隠しのように思われているだろうとのことだ。
 もしかしたら八ツ笠へ捜索の手が伸びるかもしれないが、いないものは探しようがない。責任問題にはならないと言われ凄く安心した。
 私たちは、できるだけ宿に泊まりながら、ゆっくりと京へと歩いて行った。
 7日目の昼。「明日の昼には京へ入れる」と道明様が言った。
 この日は少し早めに宿屋に入った。
 質素な夕ご飯を食べて、今晩泊まる部屋に入る。宿は空いていたので、晴彦さんだけ別の部屋だ。
 布団に向き合って座る。お約束とばかりに道明様が優しいキスをくれた。
「道明様」
 抱きしめようとする彼の胸を押しのける。
 今日は、今日こそは聞かないといけないことがあった。
「京に着いた後、私をどうするおつもりですか?」
 道明様は、目的地は京であることは教えてくれた。でも、その後どうするかは教えてくれなかった。
 そのことに気づいていながらも、私は今まで怖くて聞けないでいた。
 幸せな時間に終わりがあることを知っていても、見たくないと逃げ回っていたのだ。
 悲しそうな顔をして目を閉じる彼の姿に、やっぱりと思った。
 心を読むまでもなく、彼がこういう時私の身を守るために動くのだということをもう知っていたからだ。
 道明様の長いまつげがゆっくり持ち上がり、整った唇から切ないため息が漏れた。
「そなたを、天子様へ引き渡す」
 この聡明な人の事だ、きっと色んな方法を何度も何度も考えて、その結果たどり着いた答えなのだろう。
 あんなに悲しい顔をしているのは、もう二度と会えなくなるからなのかもしれない。
 いや、きっとそうだ。天子様なんてそう易々とお会いできる方ではない。引き渡されてもひどい目にあうことはないだろう。だがきっと、気軽に外出できるような立場でも、恋人と会えるような立場でもなくなる。
 結婚だって、させられるかもしれない。
 愛云々など関係なく、私を縛り付けるそのためだけに。
 嫌だった。でもそれ以上にこの人は嫌だと思っただろう。
 それでも、どんなに嫌でも、私の身を大事に思う一心で決めてくれたことだと思うから。
「分かりました」
 へたくそに笑って答えた。
 たとえもう二度と会えなくても、心だけは道明様の妻でいようと、そう心に誓った。
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