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第三章 道明様の愛

第二十六話 死よりも辛い選択

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 てっきり牢屋に入れられると思っていたが、連れていかれた先はなんと清水城だった。
 奥まった手狭な部屋に通される。座敷牢でもなく、普通の質素な部屋だ。
 廊下には見張りが外に2人付いたらしい、この分だと内廊下も同じ感じなのだろう。
 命までは取られないという確証はあっても、これからどうなるのかは分からない。
 見張りの人の心を読んだが、答えを知っている人はいなかった。
 そんな心細い時間を30分は過ごしただろうか。唐突に内廊下を歩く音が聞こえ、襖が勢いよく開いた。
 そこに立っていたのは、清水城城主様だった。
 まるで捉えた獲物を確認するような、背筋が凍るような視線だった。
 ゆっくりと近づいてきて、私の目前でしゃがみこむ。
 激しい嫌悪感に、声も出せない。
「選ばせてやろう」
 城主様の手が髪に触れる。気持ち悪い。心を読もうとしなくても醜悪な感情が流れ込んでくる。
「医師共々死刑となるか、ワシの妾となるか、よう考えるが良い」
 そう、死よりも辛い選択があるなんて、私はこれまでの人生で考えた事もなかったのだ。


 待遇は、気持ち悪いくらいに良かった。
 まるで私の返事をもう分かっているとばかりに、侍女も付き、迎賓としてのもてなしをされる。
 見張りがいるということを除けば、聖女扱いをされていると勘違いしたことだろう。
 あんなに殿が言ってくれたのに。
 あんなに先生方は庇ってくれようとしたのに。
 あんなに、道明様が心配して何度も忠告をしてくれたのに。
 私はきっと、あちらの世界にいた時の能天気な考えのまま今までも軽率な行動を取り続けていて、そしてそのツケが今こうやってやってきたのだ。
 私は馬鹿だ。
 それでも、どうしてもあの患者を見捨てれば良かったとは、思えなかった。
 夜になると、途端に心細さが限界に達した。
 焚き染められたお香の匂い。道明様のものとは似ても似つかない、下品な匂い。
 本当であれば、今頃は道明様の胸に抱かれていたのに。
 私は、本当に馬鹿だ。
 道明様の元へ帰りたい。みんなの元へ、八ツ笠へ、あの場所へ戻りたかった。
 こちらの世界へ転生した時、後悔しない生き方をしたいと思った。
 後悔しない生き方なんてできるわけがなかったのに。
 せめて、せめて、今からでもやれる事をと考える。
 みんなや殿、道明様にこれ以上迷惑はかけられない。かけては、いけないのだ。


 翌朝、朝食を食べると、ケバケバしい衣装に着替えさせられる。私の趣味でもなければ聖女のせの字もない、趣味の悪い派手な柄だ。
 侍女に案内されて、城主様の自室に向かう。
 何も考えない。ひたすら心を無にした。
「返事を聞こうか」
 嫌な笑いだ。やはり第一印象は大事らしい。
 心を必死に殺す。
 ここにいるのは私じゃない。ただ聖女と呼ばれる人だ。
「お話お受けしたく存じます」
 この口は私の口じゃない。
 悲しくない。悲しんではいけない。
 今は弱みを見せてはいけない。
「殊勝な心がけじゃ」
 例え何があっても、心が死んでも、私は生きないといけない。
 ただ生きる。それだけが、今の私にできることだから。


 嫌な時間まではあっという間で、すぐに夕方になってしまう。
 お風呂に入って夕ご飯を食べると、城主様の寝室に案内された。
 何も感じない。何も感じていない。大丈夫。
 お風呂に入る時に、胸にあった彼の証は消した。涙が出たのはその一瞬だけだった。
 高価そうな掛け軸や骨董品が並ぶ趣味の悪い部屋。
 嫌なお香の香り。
 悲鳴をあげる心を押さえつける。
 今はただ何があっても生きないと。ただ、生きないといけない。
 足音が、聞こえてくる。
 唇を噛んで、爪が食い込むほどに手を握りしめても、涙が溢れてしまいそうになる。
 足音が止まり、襖が開く。
 絶望というものはこんなにくっきりときた形をしているのだと、私は初めて知ったのだ。
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